四章1
「──そういうワケで、小波が退学になりそうなんだ」
生徒会長と一悶着あってからの帰宅後、我が家の黒猫もやしを愛でながら、こういう時に一番頼りになりそうな国代に電話で事情を説明していた。
『ふぅん、そんな事があったのね』
「ふぅんって、お前……」
えらく淡々としている、と俺は思った。
『騒いだってどうにもならないでしょう?』
「それは……そうだけどな」
国代は嫌に冷静だ。
そういう所が国代の美徳でもあるのだけど。
『安心しなさい。きちんとあなたのやる事には協力してあげるから』
「やる事?」
『どうせあなたの事だから、穂菜ちゃんを助ける為に何かやらかすつもりなんでしょう?
それに協力してあげるって言っているのよ』
「そ、そうか、助かる。でも、どうして俺が何を言うのか──」
『あなたは複雑そうに見えるけど、根は単純だからね。ラノベの主人公か、って言うくらい何かフラグを立てまくりだし?』
「死亡フラグか?」
『それもあるわね』
え? 今のは冗談だったんだが?
何で真面目なトーンで話したんですか国代さん?
まさか常時、どこかで知らずに命が狙われている……なんて事はないだろうな?
『言っておくけど、現実はラノベやゲームみたいな事は起こらないんだからね。だから、全ての出来事が上手くいくなんて起こるわけがないのよ』
「……分かってる」
『いいえ、あなたは分かってないわ。「どうにかしてやる」とか「何とかしてやる」って言うのは私からすればそれはどうにもならない事を誤魔化しているのと同じよ』
生徒会長に立ち向かった時の事を思い出す。
俺は小波に向かって「何とかしてやる」と言った。
それは果たして、その場限りの誤魔化しだったのか?
「そんな事は……ないだろ」
気がついたら、俺はその国代の言葉を否定していた。
しばらく沈黙が続いた。
『……どうだかね。あなたがさっきの台詞を口にしてない事を祈るばかりね』
「……」
後ろめたい気持ちが何故か少し、湧いた。
『それで、今回は一体何をするつもりなのかしら?』
「ああ、その事なんだが。一旦、織里香の家に来てくれないか? アイツも協力させるつもりだから、そうした方がてっとり早い」
『なるほど。ついに桐原もあのお嬢様に嫌気が差したのね。安心しなさい、可及的速やかに終わらせてあげるわ』
「俺は第三次世界大戦に加わる気はないんだが……。頼むから騒ぎはよしてくれ」
『騒ぎ? もう、何を言っているのよ桐原は。
騒ぎになんてなるわけないでしょう?』
「そ、それはそうだよな。いくら国代でも場をわきまえ──」
『騒ぎになる前に終わらすのよ♪』
「おまわりさん、コイツです!!」
犯罪者が! 今、ここに新たな犯罪者が誕生しようとしている!
『まぁ、半分、冗談は置いといて』
「半分!?」
『あ、4分の1って言った方が良かったかしら?』
「良くねぇよ!? そこは全て冗談だって言い切らなきゃ駄目な場面だからな!?」
もうやめたげてよぉっ!
これ以上、破壊デストロイを勃発させようとするのは!
『いやいや、真面目に桐原は何を言ってるのかしら? あのお嬢様と私がどんな関係か分かってるの?
火に油を注ぐどころの話じゃないわよ。ダイナマイトを火に直接ブチ込むようなものよ?』
「そんな事は分かってる。だが、この作戦にはどうしても人手が必要なんだよ」
『なら、バカ春にでも頼めばいいじゃない』
「本気で言ってるか、それ?」
『ええ、ごめんなさい。分かり切ってる事だもね』
無駄にド派手に登場、作戦をぶち壊し、勝手に自分の発明品で自爆。
と、まぁ、こんな所だろう。
一連の流れがすぐにイメージ出来てしまうのだから、あの先輩は本当に恐ろしい。
「まさか小波にこんな事やらせるわけにもいかないしな。箱ノ中は元から除外だし、そうなると残ってるのはお前らだけなんだよ」
唯斗を選択するという手もあるにはあったのだが、アイツは怪我を負っているし、後が怖いので、借りも出来るなら作りたくないからだ。
『なんたって、あなたはいつも面倒臭がっている割りに、面倒な仕事を持って来るのかしらね……全く、処理をする方の気持ちを考えなさいよ』
「なら、やってくれるんだな?」
『「夢力」をくれるならね』
「やはりそうくるか……」
予想はしていたが、ガクリと肩を落としてしまう。
国代は意外にガメつい。
なので、協力を得るには必ずと言っていい程、『夢力』を要求する。
それが馬鹿にならないのだから本当にたまらない。
「あの、国代さん? 今回は小波の為って事ですし、それを勘弁するのは兎も角、少しくらいは負けてくれるとありがたいなぁ〜、なんて」
『駄目よ。それはそれ、これはこれ、よ。
別に穂菜ちゃんを助けたくないわけじゃないけど、一番は私の願いを叶える事だから』
「ですよねぇ……」
どうやら、交渉の余地はないようだった。
仕方ない、後は国代の要求する『夢力ほうしゅう』が少ない事を祈るばかりだ。
「で、一体どのくらいの夢力を要求するつもりだ?」
『800』
「いくら何でも、ふっかけすぎだろ!」
法外過ぎるにも程がある国代の要求。
下手したら、俺の人生が破滅するだろうが!
『あはは、これも冗談よ』
「いい加減にしろよお前……」
国代の冗談は質が悪い。
『けど、一概にもふっかけてるとは言えないと思うわ。だって、私、何をやらされるかまだ聞かされてないのよ? 犯罪紛いの事をさせられるって考えたら、報酬が高くなるのも道理じゃない?』
「なら、50くらいで」
『75』
「待ってくれ。それだと、前回のと今回の依頼の報酬を合わせても足りないんだが? せめて60くらいに」
『70よ』
「65! これ以上は無理だ!」
『…………そんな所かしらね』
納得したような国代の声。
くそっ。
ぎりぎりまで粘られた。
おかげで前回と今回の依頼がチャラになりそうだ。
とんだ出費だ。
『それじゃあ、交渉は成立ね』
「ただし、条件があるんだが、いいか?」
『何かしら? 幼女のパンツ?』
「さらりと心の傷を抉るのはよしてくれないか!?」
もはや、今日の出来事は俺の中で、トラウマになりつつある。
違うんだからな!?
俺はロリコンなんかじゃないんだからな!?
「そうじゃなくて、俺が国代に報酬で『夢力』を与えるって事は織里香には黙っといて欲しいんだよ」
この事が小波を助ける為だという事ってだけでもヤバイというのに、願いを遅れさせるような行動をとったとバレでもしたら、告白の返事を待たせている織里香がどうなるかも想像がつかない。
『どうして?』
案の定、事情を知らない国代が尋ねてきた。
「こっちにも事情があるんだよ。これ以上、余計な詮索はするな」
『それって、桐原の願いに関わる事かしら?』
「ノーコメントだ」
何を言われようが、答える気はまったくなかった。
話したところでどうにかなる問題でもないし、この話はしたくもなかったからだ。
『……別にいいわ。空気が読めない程、無粋じゃないし』
「そこはお互い様だろ。俺もお前の事には深くは詮索しない」
国代だけじゃない。
黒鳴先輩や、小波、箱ノ中。
俺は織里香以外の部員全員の知らないし、知ろうともしなかった。
どれだけ部内で協力をし、活動をしても、最後に願いを叶えるのは個人の問題だ。
だったら、他の奴らの事情なんて自分には関係がない。
「要するに、俺らは自分の願いを叶える事さえ考えていればいいんだ」
『そうね。その考え方には全面的に同意するけど……』
「けど?」
『矛盾してるわね』
「矛盾? どこがだ?」
『あなたが本当に自分の願いの事だけ考えてるなら、わざわざ自分の夢力を渡してまで、穂菜ちゃんを助けようとしないでしょ?』
織里香に続いて、国代までに図星を突かれた俺は何も言えず、ただ頭をかくしかなかった。
『私はあなたのそういうところ、嫌いじゃないけどね』
今から織里香の家に向かう、そう国代は言い残して通話は切れた。
「……俺は何だってこう、国代には弱いのかね?」
携帯を握りながら呟いた独り言に返事を返したのは、もやしのにゃー、という鳴き声だった。