三章3
※※
「くそぉ、グレてやる。グレてやる……」
「ま、まぁ、わたしはもう信じてませんから元気出して下さい、ね?」
「って事はさっきまでは信じてたって事だろうが……」
「あっ、いえ、そ、そんなつもりじゃ……あぅ」
結局。
犯人を捕まえる為の作戦もロクに話し合えないまま、その日はタイムアップとなり、重い足取りで小波と共に帰路に就いていた。
皆には誤解を受けたままの上に、最後の最後に俺の不本意な発言によって浮上した『ツンデレロリコン』の疑惑も解かれてない状態なのである。
小波には何とか事情を聞いてもらえたから良かったが、織里香など『更河さまがロリコンにーっ!』と人目を気にせず、泣き叫びながら走り去ってしまって、話すら聞いてもらえなかった。
……噂に拍車をかけるような真似だけはしないで欲しかった。
「これもあれも全部、アイツらのせいだ……」
憎き元同志達の顔を思い浮かべる。
アイツらめ。次に会った時はどうしてくれよう……!
この恨みは釘バット千本ノックの刑をしても尚、消える事のないくらいだ。
国代にでも頼んで、高角度後方回転エビ固めでも喰らわせてやろうか。
溜まるに溜まった恨みをどう消化しようと考えていると、横で俺の話に耳を傾けていた小波の足がピタリと止めたのである。
「? どうした、小波?」
何だか小波の様子がおかしい。
よく見ると体を震わせているような……。
「──待っていた」
おかしい、と俺が気づいた時にはその声は俺の耳に届いていた。
驚き、声の方向へと体を向ける。
そこには電柱に寄りかかり、キザったらしく微笑を浮かべる生徒会長がそこにいた。
そういう事か。
事情を知っている俺は念の為、教頭の時と同じように小波の前に立った。
生徒会長としての立場から手を出す事は考えにくいが……。
一体、小波に何の用があるというんだろうか。
硬直する俺らに普通に歩いて近づいて来る生徒会長。
そして、俺の前まで距離を縮めると、
「どいてくれないか? 自分は小波 穂菜に用がある」
笑顔でそう言われた。
ただし、威圧感が半端じゃない。
笑顔が笑顔過ぎて逆に何を考えているのか分からなく、恐ろしかった。
しかし、まさかここで引くわけにもいかない。
内心はビビりながらも、生徒会長に向かってガンをくれた。
「……小波が怖がってるんだよ。用件なら俺が聞くからさっさと話せやナルシスト」
「自分は、小波 穂菜に用があると言ったはずだが?」
「なら俺が小波の代理だ。小波はナルシストに話しかけられると蕁麻疹が出るらしいからな」
「嘘をつくな」
「あ、一瞬でも信じたか? 馬鹿じゃないのかアンタ?」
うん、自分でも思うけど、煽り過ぎだろ俺。
絶対、生徒会長も怒ってるだろ、コレ。
やり過ぎだと言えなくもない俺の罵倒にも意外にも生徒会長は眉をひそめただけで、『……まぁ、話を聞いている分には構わない』と、息をついた。
「えっと、は、話ですか……?」
恐る恐る、といった感じで俺の背中に引っ付きながら生徒会長に尋ねる小波。
ちなみに引っ付く小波の胸を背中で感じられて、役得なんて全然思ってないんだからねっ!
「ああ、今日の橋倉教頭の件についてだ」
「──っ」
小波がまた体を強張らせたのが、背中越しでめよく分かった。
小波は教頭を殴ってしまった事で、退学処分になりかねない状況にいるのだった。
「単刀直入に言おう。……小波 穂菜、貴様はこのままだと退学になるだろう」
「……!」
「はぁ!? ちょっ、ちょっと待てよ! 小波が教頭を殴ったのは今日の話だろう!? いくら何でも早過ぎるだろ!」
それにいくら教頭を殴ったからって処分が重過ぎる。
せいぜい重くても、小波みたいな優秀な生徒なら停学止まりだろう。
それが退学なんて、一体どうしてそんな事になるんだ!
「橋倉教頭がゴリ押しをしてな。大げさに話を盛っていた事もあって、そう職員会議で即時決定した」
「それって隠す気もない教頭の陰謀だよな!?」
「そうだな。流石に自分もやり過ぎだと思って、止めたんだが……。すまない、力不足だった」
「あ? えっ?」
急に生徒会長に頭を下げられ、困惑してしまう。
本当に責任を感じているようで、申し訳なさそうな顔を見せていた。
「それでだ。お詫びと言ってはなんだが、小波 穂菜が退学にならないようにしてあげよう」
「本当か!?」
小波が何かを言う前に俺が声に出して驚いていた。
なんだ、初めて会った時は嫌味な奴しか見えなかったが、生徒会長も話の分かる、いい奴じゃないか。
「ああ、小波 穂菜が社会福祉部とやらを辞め、生徒会に入る事が条件付きでな」
「………………は?」
一瞬、生徒会長が何を言っているのか分からなく、ただ呆然とするだけだった。
小波も同じようで口を開けて、ポカンとしている。
「なに、生徒会に入ると言ってもいきなり大変な仕事を押し付けたりはしない。自分も誠意を持って、やるべき事をきちんと教えるから、貴様が心配するような事は何一つ──」
「まてまてまてっ! 何だ、その条件は!」
「ん? 何って小波 穂菜が退学にならないための条件だが?」
「何平然と言ってる! そんなもん、受け入れるわけがないだろう!」
「わ、わたしっ、生徒会には……」
控えめながらも、小波も一緒になって、生徒会長に拒否の意思を見せると、
「なら、小波 穂菜が退学になるだけだ」
生徒会長は、そう冷たく言い切った。
小波がみるみる表情を青ざめる。
「な……なんだ、それは。そんな選択肢ってアリか!」
「本来ならその選択の余地すらなかったはずだがな」
「うるさい! 大体、どうして小波を生徒会に入れさせたがる!」
「決まっている。小波 穂菜がわけの分からない部活にいるには勿体無い程の優秀な人材だからだ」
今度の生徒会長は侮蔑の眼差しを向けていた。
もちろん、対象は俺だった。
「優秀な人間がゴミ溜めにいる事なんてマイナスにしかならないだろう? 優秀な人間はそれ相応の環境にいるべきだ」
「だからって、脅しまでかけるのか」
「脅しではない、自分は選択を与えているだけだ。それに何遍も言わせるつもりか。断れば小波 穂菜が退学になるだけだ」
生徒会長は冗談でものを言っているようでなく、どうやら本気で言っているらしかった。
「……小波 穂菜にとっても、貴様たちにとっては悪い話ではないはずだ。何も貴様たちとの交流を断てとも言っていない。
小波君が生徒会に入ってくれれば、教頭も考えを直してくれるかもしれない上、手も出しにくくなる」
生徒会長が一歩、一歩、と前進する。
小波に近づく。
「小波 穂菜。橋倉教頭に立ち向かった時の貴様の懸命さは伝わった。ただ、その努力の方向が間違っていると自分は思う」
それを止めらない。
足が、動かない?
「それを自分達なら正しい方向へと誘導することが出来る。貴様を救ってやることが出来る」
まさか生徒会長の言葉に何か思う事があったのか。
そんな馬鹿な。
自分の中で何を否定しようが、生徒会長が小波に近づいてるのは確かで──
「どうだ、小波 穂菜? 生徒会に入らないか?」
「わ、わたしは……っ」
泣きそうになりながらも、声を必死に搾り出そうとしている小波。
ここで小波が選べる選択は二つ。
大人しく退学になるか……。
──生徒会に入り、部活を辞め、学校生活を続けるか。
そんなもの、選びようがない。
選択肢などあってないようで、どうしようもない。
「わたしは……っ、わたしは……っ!」
葛藤をしているのか、小波は悶え、体を震わせた。
小波が社会福祉部を辞め、生徒会に入る道を選べば、確かに俺らと関わる機会が減る。
だが、それはあくまで減るだけであって、退学を選んで、無事に高校生活を送れなくなるよるは何倍もマシだ。
でも、小波は?
ここで重要なのは、小波はその選択でどう思うのかだ。
これは俺の想像だが、多分かなり悲しむ。
小波は何やら自分の『夢』を相当叶えたがっているみたいだし、国代とは親友といってもいい関係だったから寂しくもなるだろう。
最悪、泣くかもしれないし、本当にもしかしたらだが、俺との別れを惜しんでくれるかもしれない。
嫌だ、嫌だと最後まで駄々をこねるような気もする。
もういい、と俺はその思考を断ち切った。
結局だ。
結局、どちらの選択でも小波は悲しむ事には変わりはない。
なら、どうする?
ただ、それを見守るか?
どっちかの選択を小波に促すか?
そうじゃないだろう俺。
小波にはもうどうにも出来ない。
だが、俺なら、俺らなら、どうにか出来る。どうにかする。
どっちかの選択肢しか選べないで、どっちも悪い選択しかないなら……選択肢を増やせばいい。
ああ、なんて勝手。
なんて無茶苦茶。
それでも──
「させるかよ。絶対に」
俺はもう一度、生徒会長の前に立ちはだかった。
──それでも。
小波が社会福祉部からいなくなるのは、小波も、俺だって悲しいから。
「絶対にさせない。小波を生徒会にも入れさせないし、退学にもさせない」
「貴様……!」
予想外の行動に驚いているのか、若干、たじろぐ生徒会長。
俺はそんな生徒会長を無視して、小波に向き合った。
俺が何をするにしても、これだけは確認しなければならないから。
「なぁ、小波。退学も生徒会に入るのも嫌、だよな?」
「……!」
小波は少しだけ、俯いてから、すぐにその顔を上げると、
「はい!」
いつものような明るい笑顔でそう返事をした。
震えは、止まっていた。
「なら、何とかしてやる」
今、俺は自分で悪い奴だと思った。
こんな真面目な時に、こんな大切な時に、今から自分がやることが楽しみだと感じてしまうなんて。
本当に悪い奴だ。
思わず、悪い方の笑みが零れてしまう。
「生徒会長、知ってたか? 社会福祉部は──人助けより、悪い事をする方が得意だって」
本当に、本当に──。
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