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ユメロマ  作者: 白菜
傘盗難事件編
13/32

三章2

「…………」



 犯人は逃げ出す気はないのか、睨む俺に突っ立ったまま対峙する。


 俺は激しい怒りを感じながら、改めて、犯人の持つ物に目を向けた。


 ──それは血に塗られた鉄パイプだった。


 未だに状況に頭がついていけてないのだが、ようやく繋ぎ合わさった事実がある。


 コイツが、この目の前にいる人物が唯斗を手に持った鉄パイプで殴り倒した、そんな事実が。


 ふてぶてしいまで態度の犯人に我慢出来ず、思いついた言葉をそのまま口にした。


「お前は傷害行為だけはしないんじゃなかったのか? 何で唯斗を殴った?」


「……」


 問いに無言で返す犯人。


 どうやら答える気はないらしい。


 ならば、と俺は懐にあった銃を抜き、突きつけた。


「……答えないなら、力づくでも聞かせてもらう」


 ドクドクと頭から血を流す唯斗が横目に映ったせいか、不思議な事に躊躇いも無く引き金に力を込める事が出来た。


 カチリ、とそのまま指を力強く引こうすると──


「なっ!?」


 唐突に、それまで全く動きのなかった犯人が踵を返し、背を向けながら逃走をしたのである。


 突然の犯人の動きに目を見開き、動揺してしまう。


「逃がすか!」


 が、それでも落ち着き、冷静に犯人に向かって引き金を引こうとして、


 ガッ!


「──っ!」



 一瞬。


 犯人が投げた鉄パイプは俺が避ける暇も、銃を撃つ暇もなく、俺の元へと届き、そのままの勢いで鉄パイプが腕に直撃した。


 簡単そうに言うが、実際にやられた俺にとっては洒落にならなかった。


 何故ならその事に気づいたのが、自分の手に痛みが走り、銃が弾き飛ばされたと分かった時だったからだ。


 犯人のその行動はそれほどまでに素早く、本当に人間かと疑ってしまうレベルだった。


 俺が痛みで腕を抑え、呻きながら鈍痛で苦しんでいる間にも犯人は逃走を続け、ついにその姿を消した。


「くそっ!」


 悔しさのあまりその辺の木に力任せに拳を叩きこむ。


 しかし、こうしている場合ではない。


 すぐに俺は倒れている唯斗に再度、駆け寄り、容体を確認するために体を揺らしながら呼びかける。


「おい、大丈夫か! 唯斗!」


 息はしているので、とりあえずは生きてはいる。

 しかし、頭を打ったのか体はピクリとも動かなく、意識がどこか虚ろになっている。


 治療どころか応急処置のやり方すら知らない俺だが、とりあえず血を止めた方がいい事は分かるので、持っていたハンカチを唯斗の頭に当てがった。


 犯人が通って行った道を憎しげに睨みつけながら、他に何か俺に出来る事はないかと模索すると、


「……うが……」


「!! どうした唯斗!」


 意識がようやくはっきりしてきたのか、口を開き、何かを伝えようとする唯斗。


 よく聞こえなかったので、口元に耳を近づき、声を聞き取ろうとした。


 ゆっくりと、途切れ途切れながらも唯斗は健気に紡いだ言葉。


「こう、が……。僕の死体は由依のベッドの下に……」


「あ、うん。お前、もう黙ってろ」


 それはいつもながらの唯斗のボケで思わずツッコんでしまった。


 決して唯斗の体を気遣っての台詞ではない事は分かってくれるだろうか。


 こういう時は普通、犯人に関する何か情報を伝えるんじゃないのか……?


 何だかシリアスな雰囲気が一気に崩れていったようで、脱力してしまった。


 一方、唯斗は遺言(?)を無事に伝えられ、安心したのか、気絶したようだ。


 数分後、織里香が呼んでいたのか、ようやく国代が血相を変えて現れたのだった。


「桐原! 無事なの!?」


 血を流す唯斗を見たからか、慌てて駆け寄ろうとする国代を、俺は犯人が逃げた方向を指を指し、それを制した。


「犯人があっちに逃げた! 唯斗は俺に任せて、お前は早く犯人を追いかけろ!」


「馬鹿っ!! 怪我の具合がどの程度か分からない人を放っておけるワケがないでしょ!」


 ……気を使ったつもりだが、一喝されてしまった。


「今すぐ私達で城田君を運ぶわよ! ついで桐原は他の部員に撤退の指示をして!

……何をモタモタしているのよ! さっさと行動しなさい!」


「あ、ああ!」




※※




 社会福祉部の部員六人共、無事に揃っての学校の保健室。


 俺らは包帯を頭を巻き、ベッドの上で安っぽい白いシーツを体に被せる唯斗の前で一息をついていた。


「命に別状は無し、ですか……」


「まぁ、全治一週間で済んで唯斗も運が良かったな」


「何を言ってるのよ! 一歩間違えれば死んでいたのかもしれないのよ!」


 珍しくシリアスな雰囲気で怒鳴る国代。


 国代がそうなる気持ちも分かる。

 俺も同じように犯人には怒りを感じていたからだ。


 唯斗が、悪友とはいえ、知り合いが傷つけられたのだ。

 出来るのなら犯人を今すぐにでもぶっ飛ばしてやりかった。


「それで、犯人の目的は一体何なんですの? 傘を盗む事ではないのですの?」


「むっ……それは我も気になったな。城田はその時、傘を持っていなかったし、そもそも城田は男だろう?」


「それに犯人さんは傘を盗む際、被害者に暴行は加えないじゃなかったんですか……? どうして急にこんな事を……」


 小波が自身の言葉で顔を曇らせてしまう。


 その言葉には誰も返事を返す事は出来なかった。


 犯人が何を目的にしているのかも、どういう思いで行動しているのか、俺らは全く知らないからだ。


「……とにかく、まずは状況の整理ね。まず、この中で犯人を間近で見た人は誰?」


「俺と織里香だ」


「ええ。確かにあれは情報通りの人物でしたわ」


「なら、城田君を襲ったのは傘の盗難事件の犯人、それで間違いないわね?」


 そういう事になる。

 唯斗を襲った犯人の意図は分からないわけだが。


「どんな人物だった?」


「俺は対峙までしたけどな。犯人が男か女かどうかも分からなかった。だが、恐ろしく身体能力は高かった」


「それはどのくらいなのかしら?」


「お前と同じくらい、と言えば信じるか?」


「……冗談でしょ?」


「残念ながら大マジだ。発明品の銃を使っても余裕で逃げられた」


 やれやれ。

 唯斗を殴り倒した事といい、犯行を重ね続ける事いい、犯人も随分と凶悪な奴になったもんだな。

 一時期はただの変態扱いされていたというのに。


「気になるのは、城田君がどうしてあそこにいた事についてですけど……」


「それなら唯斗本人が話してた」


「桐原は城田君が殴られる前に会ってたの?」


「正確に言えば俺と織里香だけどな。で、だ。唯斗があの場所にいた理由についてだが、昇降口で起こった事件を聞きつけ、林あそこに来たって事らしい」


「いかにも城田君らしい理由ね」


 この辺りは唯斗だから、と何の不思議もない。

 アイツは情報屋という立場だからか、色々な事に首を突っ込んでくるからな。

 今回の事は今までのツケだと言えるだろう。


「他に報告はないかしら?」


「わたくしからは別に……」


「報告というか、気になる事ならあるけどな」


 無い、と織里香が言い切ろうとした所で横から口を挟んだ。


「ふむ? 気になる事とは何だ桐原よ?」


 黒鳴先輩が大げさなくらい首を横に傾げた。


「犯人の犯行時刻だ。あれはどう考えてもおかしい。皆も聞いただろ、この事件のせいで教師達の警戒が高まってるって」


「そういえば、いつにもなく先生達がピリピリしてたような……」


「でも、更河さま。それがどうかしたんですの?」


「いやいや、犯人は学校にいる誰か何だろ? もし俺が犯人だとしたら、そんな情報を聞いていながら犯行なんて絶対しない。わざわざ自分を捕まえて下さい、って言ってるようなものだからな」


「やはり、私達に挑戦を売ってるのかしらね?」


「それはどうか知らないが……。つまり俺が言いたいのは傘を盗むだけなら唯斗を殴ったりしないわけだし、犯人には傘を盗む以外に何か他の意図があって犯行に及んでいるんじゃないかって事」


 犯人が何も考えずにただ傘を盗んだとは考えにくい。

 何かはあるはずだ。

 傘を盗んだ目的、それに唯斗を殴った理由が。


「何にせよ、全ては犯人を捕まえれば分かる事ね」


「そうとなれば小輿よ。犯人を捕まえる為に何かが必要なのだろう?ならば、ここは我の発明品で……!」


「いえ、ここは枝々咲家の全総力を用いて即座に……」


「お前らは学校を破壊する気か!?」


 この二人が本気を出したら本当に学校を破壊しかねない。

 それと織里香さん、真剣顔で『核兵器が……』とか呟かないで!

 ここは非核三原則という憲法がある日本ですから!


「大丈夫ですわ、更河さま。他の国で撃てばいい話ですもの」


「心を読むな! そして、いい加減、自分がやろうとしている事が犯罪だと理解しろ!」


「その罪を被る前にわたくしも更河さまも消えますわ! 核と共に!」


「スケールがデカい心中だな、オイ!」


「そして、そのまま天国で更河さまといつまでも幸せに過ごすのですわ! 永遠に! 永久に!」


「かと思ったら計画的かつ壮大な未来設計だったー!」


 すげぇ! こんなただのイカれた犯罪にしか思えない中で俺との幸せを築こうとしている所が感心をしてしまう程、すげぇ!


「あなた達は何ふざけているのよ……」


「待て国代! 俺もその『達』の中に含まれるのか!?」


 コイツらと同じ扱いなんて心外だ!


「あなたはそもそも存在がふざけてるのよ!」


「それを言ったら小波以外の全員が終わりだろ!?」


 ああ、やはりここではシリアスな雰囲気は数分も持たないのか。


 けれどそんな状況に最早、諦めがついていて少しずつ慣れつつある自分が怖かった。

 慣れというものは恐ろしい、と誰かが言っていたのを俺はふと思い出した。


 いや、まだ大丈夫だ。きっとこういう時には小波が『み、皆さん、真面目に考えて下さいっ』とか言ってこの場を諌めてくれると──


「し、枝々咲さんが天国まで桐原君について行くつもりなら、わたしだってついて行きます!」


 まさか乗っかるだと!?

 真面目なキャラの立ち位置はどうなったんだよ!


「ほーう、そうやって小波さんは死後まで更河さまを呪うおつもりですの?」


「ち、違いますっ。呪うとかそういう事ではなくて……そうです! 桐原君が天国でも変態行為をしないか見張る為です!」


「ちょっと待った小波。俺がいつどこで変態行為をしてみたか言ってごらん?」


 しかも何だその理由。

 まるで俺が常に変態行為をしているみたいだろうが。


「更河さま。ベッドの上ならどんな変態行為も合法なのですわよ?」


「その考えが既に非合法でアウトなんだよ!」


「れっつ、とらいですわ!」


「ええい! もう黙れこの万年発情期が!」


 変態にとっては罵倒すらご褒美として捉えるのか、恍惚の表情を浮かべる織里香に寒気すら覚えた。

 多分、俺はこの人種を一生理解する事はない、したくない所だ。


「とにかく! そろそろ真面目に作戦を考えてくれ!」


 国代に代わってこの場を諌めると、周りから目を丸くして見られた。

 特に国代は口まで開いていた。


「き、桐原がやる気を出しているなんて……今日は雨でも降るのかしら」


「まいった。傘を持って来るべきだったか……」


「わたくし、折りたたみ傘なら持ってますわ」


「お前ら、色々と失礼だな」


 そうは言うが、確かにそう言われる程の覚えはあったので何も反論は出来ないのだが。


「原因は唯斗が傷つけられたからかしら。微笑ましい友情ね」


「違う。誰がアイツの為なんかにやる気なんか出さなければならないんだ」


 頭の怪我?

 唾でも塗ってればその内治るだろ。


「じゃ、どうして?」


 せめ寄って来る国代に俺は仕方なしに答えた。


「傷ついた唯斗を見て、泣き出す由依ちゃんの姿を想像したら……ちょっと、頭にきてな」


「桐原……」




「「「ロリコン」」」


「お前らなんて大嫌いだチクショーッ!!」


 口を揃えて放たれた『ロリコン』の言葉が心に刺さり、涙する。


 どうしてだ!?

 どうして今、全員がハモったんだ!?

 あれか! さっき襲って来た『ロリ最高同盟』が流した噂のせいか!?


「き、ききき、桐原君っ! 趣味は人それぞれですけど、ロリコンは社会的に隔離されちゃいますよ!?」


「むしろ謂れのない冤罪で社会的に抹殺されそうなんだが!?」


 全くコイツらは……っ!

 人の話を聞きやしない……!


 その後もコイツらは好き勝手言いたい放題で、織里香は『そのあらぬ疑いを失くす為にわたくしと付き合ってみてはどうでしょう』などと迫って、国代に至っては『今の内に通報していた方がいいかしら……?』と真剣な顔で携帯を握っていたり。

 最終的に黒鳴先輩が『クハハハ!桐原よ!人間、ロリコンでも生きてはいけると我は思うぞ!』と偉そうに語ってた辺りからついに俺がブチ切れ、思った事をとりあえず叫んでしまった。


「俺はロリコンじゃねぇーーーーっ!!

 小さい子供なんかが恋愛対象に入るかっつーの! 10歳!? 小学生!? あんな生理もきてない偏平まな板を誰が相手にするかあぁぁっ!!

何がロリっ娘だ! そろそろ現実を見ろよ!

 そもそも俺の理想の相手は巨乳の赤髪ツインテール美少女で、常に『更河♥︎』と笑顔で名前を呼んでくれる事が前提条件であって、尚且つ身長は俺よりも小柄で、身長が低い事を気にしていて、それでも頭を撫でられると嬉しがるような純粋な性格で、家事スキル搭載! 容姿端麗! でも、どこかドジっ娘な、怒った顔も可愛い、そんな──」


 そこまで言いかけてからやっと俺は周りの視線に気づいた。


 氷点下0°以下。

 いや、既にブリザード状態だ。


 ロリコン、と蔑まれた時よりも皆の視線が痛かった。

 これは……ひょっとしたら俺はとんでもない事をしてしまったんじゃないだろうか、と今更ながら後悔した。


「い、いや、これは……」


 しどろもどろになりながらも、必死に言い訳を摸索していると、とっさの判断力で考えついた言葉を思いつくままに口にしていた。





























「全く……小学生は最高だぜ!」



 のちにあれは事故だった、と俺の判断力はそう語る。



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