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ユメロマ  作者: 白菜
傘盗難事件編
12/32

三章1

「くそっ、ど、どこに、行き、やがった。あの野郎……」


 俺と小波の二人で傘泥棒の逃げたあとを追うものも、傘泥棒はすぐにその姿を消したのだった。


 校舎で逃げ回っていた事もあって、息の消耗が激しい。


「逃げ足が、早い、野郎、だな……」


「た、単に、わたし達の、足が、遅かったから、じゃ……」


「それは、言うな」


 俺の50m走の記録が11秒台とか、決して言ってはならないからな。


 小波にしても、体力は平均並で、しかも途中でコケる事もあるので、この結果は仕方ないとも言える。


「唯一の救いは、犯人がどこに、逃げたのかまでは、分かる事だな……」


 俺の予想通り、犯人が逃げて行ったのは、生徒達の絶好のサボり場として使用されている学校の林だった。

 しかし、あそこはごちゃごちゃしている分、隠れるにはもってこいの場所だからな……。

 もたもたしていると、犯人に学校外にでも逃げられてしまうだろう。


「追いかけながら、国代達には俺らの場所を教えておいたが……おっ、来たな」


 向こうから国代と織里香、ついでに黒鳴先輩がこちらに向かって走ってくるのを遠目から確認出来た。


 一番に俺らに駆け寄ってきたのは、意外にも国代だった。



「桐原、穂菜ちゃん、無事?」


「あ、ああ。別に俺らに怪我はない。そっちは?」


「別に問題ないわ。私達は犯人からは遠かったから……」


「どこにいたんだ?」


「ちょうど、バカ春の様子を見に行った時でね、三階にいたのよ」


「……それは間の悪い事で」


 ちらりと横目で黒鳴先輩の様子を伺うと、登場時のポーズなのか、何やら真剣な様子でおかしな動きを練習している姿が見られた。


 何だろう。

 今回ばかりは先輩は何も悪くないというのに、あの姿を見ていると殴りたくなってくるのは。


「で、犯人が逃げた場所は分かってるのかしら?」


「すぐそこの林の方だ。多分、犯人の奴は学校外にそのまま逃げるつもりなんじゃないか?」


「そうですか? わたくしにはそうは思えませんわ。だって、このまま下手に逃げて、そのまま学校内で調査でもされたらその場でいなかった生徒が疑われますわよね?」


「そうなったら困るのは逃げた犯人さんですし……もしかしたら犯人は林で身を潜ませて、しばらくの間、そこでやり過ごすのかもしれませんね」


「……どっちも可能性はないとは言えないわね」


「どっちにしても行動しない事には何も始まらないだろ。犯人を探しに行こうぜ」


 犯人が隠れているにしても、逃げているにしても、俺らがじっとしていたら何も変わらない。

 ならばここは動くしかないのだろう。


「分かってるわ。今から全員で林の中を捜索するわよ!分担が決まり次第、全員、一時解散よ!」


「「「了解!」」」





「っても、そうは簡単に見つかるわけはないよなぁ……」


「そうですわね……」


 あの後、俺と織里香の組み合わせ以外(やはり俺を一人にするとサボると踏んでいるらしい)はバラバラになって犯人探しのために林を捜索していた。


 が、未だ犯人の姿どころか手がかりすら見つけられないでいるのだった。


「更河さま、次はあっちを探してみましょう」


「ああ、分かった」


 織里香は緊急事態だからか、流石にこの状況で襲いかかる気はないのか、随分と大人しい。


 『更河さまと二人きり……更河さまと二人きり……うふふ、うふふふ……』と怪しい様子で呟いてはいるが。

 あ、今、こっちを見た。

 だ、大丈夫だ。目さえ合わせなければ……。


「ところで更河さま。小波さんとの調査で何か発展はあったんですの?」


「あの学校には変人か奇人か変態しかいないって事が分かったな」


「あの……答えになってない気がするのですが」


「織里香達の方は?」


「生徒達に札束でビンタをかましていたのですが、調査に発展はありませんでしたわね」


「え? それって何のご褒美?」


 どんな調査の仕方をしていたのだろうか……。

 寧ろ、何のプレイ?


「つまりどっちも調査は進まなかったってワケか」


「そういう事ですわね」


 なんだか非常に時間を無駄にした気分だ。

 このやり切れなさは犯人にぶつける事にしよう。

 完全に逆恨みだが。


「あー、つーか、何か面倒臭くなったな……。帰ってゴロゴロしたい。それで永遠に明日に来なければいい……」


 これまでの疲れもあるのか、急に何故だかやる気を失くしてしまった。


 その辺の木に寄りかかりながら御馴染みのダラけモードに入る俺。

 このまま木にでもなっていたい。

 カブトムシでもいいな。


「ご自分の願いのためでしょう? ほら、やる気を出して」


 嗜めながら織里香が体を揺らしてくる。


「いや、それは分かってるが、何かなぁ……ダルい」


「もう、更河さまったら……」


 仕方ないと言う風に肩を下げる織里香。


「頑張らないと願いは叶いませんわよ? それでも更河さまはいいんですの?」


「……頑張らないと、ね」


「そうですわ。何事にも努力は必要なんですわ」


「……」


「? どうかしたんですの更河さま?」


「いや、織里香は不安にならないのか、と思ってな」


「不安……?」


「頑張るとか、努力とかで願いが叶ったら『夢』なんてモノは存在しないだろ」


「あら、更河さまはロマンがお嫌いでしたの?」


「何だそれ?」


 今度はこっちが聞き返した。


 ロマンって何だ、ロマンって。


「ロマンはロマンですわ。一生懸命頑張って人助けをして自分の夢を叶える、まさしくロマンですわ!」


「余計分からん」


「ロマンな物語は全てがご都合主義で出来ていますのよ。つまりわたくし達の願いは全て叶いますわ!」


 バックに『ドーンッ』効果音でも出そうな織里香さんのお言葉をいただきましたー。


 というか、何て理屈だ。

 無茶苦茶にも程があるだろ。


「あのなぁ、織里香? 俺らの願いを叶える為に必要な『夢力』の数値、分かってるのか?」


 人の平均『夢力』は1000前後。

 だというのに、俺らが願いを叶える為に必要な『夢力』は最低でも3000以上はなければならない、と黒鳴先輩はそう告げた。


 それに対して俺が集めた『夢力』は一年で500ちょっと。

 つまり目標まで2500くらい足りない事になる。


 一年間で500しか集まらなかったというのに、あと一年と半年で2500も『夢力』を集めるなんて無理ゲーにも程がある。


「俺にはお前がどんな願いを叶えたいのかは知らないが、そろそろ現実を見てみてもいいんじゃないか?」


 こんな所にいても願いなんて叶わない。

 それでも残って願いを叶えようとするなんて、賢い選択とはいえない。

 先の見えない『夢』を追いかける真似は誰だってしたくはないだろう。


 普通なら、もうこの辺で諦めるのが正しい選択だ。



「クスクス……更河さまはとことん意地が悪いですわね」


「意地? 何の事だ?」


「わたくしに本気でそう言うくらいなら、とっくに自分は辞めていますのに」


「……バレたか」


 織里香の言う通り、俺は社会福祉部を辞める気なんて毛頭ない。


 何故ならそれは告白の返事を待っている織里香を裏切る事と同じだからだ。

 俺はそれだけは絶対にしない。

 したくない。


「それにわたくし、知っていますわ。更河さまが部活にあまりやる気を出さない理由。

それって迷ってるからですわよね?」


「……さてな」


 勿論図星だが、顔には出さなかった。


「いいえ、そうに決まってますわ。更河さまはわたくしか、あの子か、どっちを選ぶか迷い始めているのですわ」


「うぐっ……」


 まさかここまでピンポイントに心を読まれるとは思わなかった。


 勝ち誇るかのような織里香の態度が腹立たしい。


「お、俺は、べ、別に、そんなワケじゃ……」


 うわっ。

 自分でも引くくらい、動揺しまくっているのが分かる。

 否定しようとする言葉が上ずっている。


「はいはい、ツレデレ乙ですわ」


「だ、誰がツンデレだ!」


 くそっ、顔が熱い。

 胸がムカムカする。


 否定の言葉が否定になってない。

 世界中の誰であろうとも俺の言っている事が強がりだと分かる俺の虚勢。


「大体、不公平だ。お前は俺の願いを知ってるくせして、俺がお前の願いを知らないなんて」


 やられっぱなしなのはムカつくので、反撃を試みようとするが、


「乙女には秘密が多いのですわ」


 ウインクと共に、軽やかにはぐらかされてしまい、思わず唸ってしまった。


 一体どうやって織里香に仕返ししてやろうと、頭の中で画策をしていると、茂みからガサガサと草木をかき分けながらある人物が当たり前のように出てきたのだった。



「なんだ、唯斗か」


「……なんだとは失礼だね」


 出てきたのは、意外といえば意外な人物である唯斗だった。


 唯斗は自分の手足に引っ付いた葉っぱを払うと、からかうようにニヤニヤと笑みを作った。


「確かに絶賛ラブコメ中をお邪魔して悪かったとは思うけどさ、その言い方はないんじゃない?」


「お前、俺らの会話を聞いてたのかよ!」


「いいや。カマをかけてみただけ。まさか本当にそうだったとはねぇ……」


「出会い頭になんだが、ちょっと殴っていいか? 2、3発で済ませてやるから」


「わー、怖いなぁ」


 おどけてみせる唯斗にますますイラつきを覚えるが、抑えた。


 ふとした疑問があったのでそれを聞きたかった為だ。


「それで、お前はどうしてこんな所に?」


「ああ、校内で騒ぎを聞いて傘泥棒が出たって言うからさ。面白半分でここに駆けつけて来たんだよ。そうしたら、更河達の大きな声が聞こえてね」


「……そんなに俺らの声ってでかかったか?」


「犯人を探してるって自覚あるの、ってツッコミをいれたくなるくらいには」


「お恥ずかしいですわ……」


 唯斗が呆れるように肩をすくめ、織里香が俯く。


 う、うーん……。

 ぐうの音も出ないな。


「まぁ、僕もさっきまでこの辺りをざっと探していたけど、犯人の姿は見なかったし、きっともう逃げたんだと思うよ」


「そうか……なら、もう少ししたら俺らも戻るか」


「そうした方がいいよ。この事件の犯人は随分と異質みたいだからね。作戦はそれなりに練った方いいと思う」


 作戦ね……今みたいに犯人が犯行を続けるんだったら、罠でも張るのが手っ取り早いか?

 いや、それとも待ち伏せの方がいいか?

 しかし、タイミングが分かりにくそうだしな……。



『そういえば、枝々咲さん。……事なんだけど』


『……ですか?』


『……かったよ。でも、……で』


『……分かりましたわ。ありがとうございます。……ですわね』


『いやいや、……はないよ。……だと、……なっちゃうしね』



 思案する俺の横で何やらこそこそと話をしている織里香と唯斗が気になったが、多分、事件には関係のない話だから放っておいた。


 もしかして、唯斗がここに来たのは織里香と話をするためでもあったのか?

 ……どうでもいいな。


 しばらくすると、会話が終わったようで、何故か織里香が嬉しそうに顔をほころばせていた。


「それじゃあ、二人共。またね」


「いや、二度と来なくていいぞ」


「さよならですわ」


 唯斗が手を振りながら、林を走り抜けて行くのを見届けると、嵐が去ったように全身の力が抜けたのだった。


「……何だったんだアイツは」


「とてもいい情報を聞けましたわ♪」


「お前はいつでも楽しそうにしているよな……とにかく、唯斗もああ言ってたし、国代達に一度連絡を──」



 ゴッ……!



 携帯を取り出すと同時に、その時、遠くで鈍く、それでいてどこか響くような、そんな音が聞こえた。



「え……?」



 ふいに戸惑うような疑問の言葉が唯斗の口から漏れた気がした。


 多分、それは俺らはおろか、唯斗本人も何が起こったか分かっていなかったからだと思う。


 次の瞬間、振り返った俺が見た光景は、林の入り口前で静かに眠るように横たわっている唯斗の姿だった。


「──!」


 声を出す暇も、なかった。

 いや、本当は何かを叫んでいたのかもしれない。

 だが、俺がそれを理解するにはあまりにも状況が混乱し過ぎていた。

 俺を呼びかける織里香の声もどこか遠くで聞こえる。


 急いで唯斗の元へと駆けつけて、俺は倒れる唯斗の横で佇むそれを見て、ようやく唯斗の身に何が起こったのか理解した。



「どういうつもりだこの野郎……!」



 先程、校舎で見た時と同じである全身黒づくめの格好がまず目についた。

 体格は目測だが、170くらいか。

 覆面を被っているので顔立ちは分からない。

 が、荒い息づかいといい、目元で男なんだろうと勝手に答えを出した。

 極めつきは片方の手に持っている被害者の傘と思われる決定的な証拠。


 コイツが──傘の盗難事件の犯人。


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