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ユメロマ  作者: 白菜
傘盗難事件編
11/32

二章5

「こ、ここまでくればもう大丈夫だろ……」


「そ、そうですね……」


 逃げ回る俺らがやっとの思いで腰をつけた場所は二階の空き教室。


 変態集団から逃げ切るまでに消費した、その時間は、約30分にも及んだ。

 こっちは元々、スタミナが平均を大きく下回っているというのに、俺の体力はこれ以上ないくらいに消耗をしていた。


「走ったのは久しぶりだから、疲れちまったよ……ん?」


「わたしもです……あれ?」



「「──っ!」」



 俺らが手の違和感に気付いたのは、ほぼ同時。

 互いに慌てながら、手を引き離した。


 どうやら逃げる時に咄嗟に手を握っていたらしく、今更だが恥ずかしさが込み上げてきたのだった。


「す、すまん」


「こちらこそ……」


 何となく小波の方から視線を外してしまう。

 むず痒いというか何というか……。


 それは小波も同じようで俺から目を背けている。

 いや、さりげなくこっちをチラチラ見てる!?

 一体どういう意図で……。


 妙な雰囲気が漂い、理由もなくそわそわしていると──



「あれ? きみ達……ここで何しているの?」


「うおっ!」


「わ、わわっ!」



 背後から何者かに突然、声をかけられた。


 慌てる俺ら。


 急いでその姿を確認すると、何だ妙におっとりとした雰囲気を持つ人物が教室のドアの近くに立っていた。


「ああ、ゴメン。驚かせるつもりはなかったんだけど……大丈夫かい?」


「あ……ああ」


 床に尻を付く俺と小波に、伸ばしてきた手を素直に握り返す。

 そして立ち上がると、俺は安直な問いを目の前の人物にした。


「えっと……お前、誰だ?」


「ぼくは安田やすだ 宏典ひろのり。きみ達は?」


 とても爽やかに笑顔を振る舞う人物におそるおそるとしながらも、まず俺が名乗り出る。


「俺は……桐原 更河だ」


「こ、小波 穂菜ですっ」


 俺らが名乗ると、安田という人物は急に目を細め、びっくりした顔つきになる。


「そうか……きみ達は社会福祉部の部員なんだね?」


「え? 俺らの事、知ってたのか?」


「名前だけだけどね。ぼくは黒鳴のクラスメートでね、黒鳴からきみ達の名前をちらほらと聞いた事があるんだ」


「なるほど……」


 それで俺らの事を知ってたわけか……って、黒鳴先輩のクラスメートって事はこの人、三年生なのか!?


「す、すいません! 三年生だとは思わず敬語を……!」


「いや、気にしないでいいよ。言わなかったぼくも悪いしね」


 笑って返す安田先輩。


 この人が人の良い人で良かった。

 しかし、黒鳴先輩にこんなまともな性格の知り合いがいたとは……。

 先輩の性格が性格だけに本当に驚いた。


「それできみ達はここに何の用だい? きみ達にはあまり関わりのなさそうな場所だけど……」


「用? ここって何かの場所なんですか?」


「なんだ。知らずにここに来たのかい?」


「はい。ただの空き教室かと思ったんで……」


そう言って周りを見渡してみると、部屋の奥にただの教室には相応しくない、普通の生徒が使うものとしては偉そうな机と椅子があった。


あれって……。


「……あっ! 思い出しました!」


 と、ここで小波が急に声を上げる。


「何がだ?」


「この人、前に生徒会の演説で生徒会長の隣にいた人ですよ!」


「生徒会の演説……?  !!  まさか!?」


「そのまさかだと思うよ。

改めて名乗ろうか、ぼくの名前は安田 宏典。僭越ながらもこの学校の副会長を務めさせてもらっているよ」


「生徒会メンバー……!?」


 普通の学校の生徒会は基本的に地味な団体というイメージしかないが、この学校の生徒会というと、かなり有名なのである。

 イギリスやら何やらに留学していたとか何だかは知らないが、とりあえずとんでもなく頭がいい上、イケメンな人物がこの生徒会の会長らしく、人望の良さと言ったら校長など目じゃない。

 そんな人物が生徒会のメンバーを務めているだけで既に人気だと言うのに、生徒会がボランティアなど学校や生徒の為に奉仕の限りを尽くしているので、もはや一部からはヒーロー扱いだ。


 よくよく見てみれば、先ほどのデスクには『生徒会長』とネームプレートがあり、俺らはいつの間にか、生徒会の根城に来てしまったのだと理解できた。


「す、すいませんっ。ここが生徒会室なんて知らなかったんです!」


「ぼくは全然、構わないよ。ただ、用がないなら早くここから出て行った方がいい」


「え?それってどういう──」



「貴様等、ここで何をしている?」


 威厳のある声。


 振り向くと、今度は噂をすれば何とやら、丸眼鏡を装着した生徒会長その人と、妙に偉そうに腕を組んで横に立っているのは確か教頭だったろうか。

 どちらも俺と小波を不審そうな目で睨みつけている。


 何か悪い事をしたというわけでもないのに、睨みつけてくる生徒会長の閃光に威圧され、何も言い出せないでいると、安田先輩が俺らを制すように前に出てきた。


鞘森さやもり、早かったね」


「思いのほか仕事が早く終わったものでな。……それで安田。コイツ等はお前の知り合いか?」


「うん。さっきまで二人から相談を受けていたんだよ」


 さらりと嘘をつく安田先輩。


 嘘をつく理由が分からないが、わざわざ安田先輩が前に出て来たんだ。きっと何かあるはずだ。


「なるほどな。それなら失礼したな」


 恭しく俺らに向かって生徒会長が頭を下げると、安田先輩の横を通り過ぎ、こちらに歩み寄って来た。


「自分は生徒会長をやっている三年B組の鞘森 京介きょうすけという者だ。また、何かあったら遠慮なく生徒会を頼るといい」


 怪訝そうな顔が一変、すぐに笑顔になった生徒会長は握手でもしようというのか、手を差し伸べてきた。


 言葉遣い以外は礼儀作法が完璧だった。


 その自然な動作に思わず手を伸ばしかけると──その手を横からガシリと掴まれてしまった。


「……鞘森君。キミがこんなクズ共と関わってはいけないね」


 辛辣な物言いと共に俺の手を掴んだのは、生徒会長の横にいた教頭。

 その教頭の表情は怪訝そうとかそういうレベルのものではなく、まるで俺らの事を害虫とでも思っているのかのような、そんな冷たい表情だった。


「……どういう意味だ?」


 生徒会長は伸ばしかけた手を元に戻すと教頭に向かって問いた。


 教師に向かってもタメ口なのは、生徒会長としてどうなんだろうとは思うが、シリアスな雰囲気にそこはツッコミを自重。


「意味も何も鞘森君だって知っているだろう?このクズ共はあの社会福祉部の連中なのだよ」


「社会福祉部だと……!」


 教頭の言葉に今度は生徒会長までもが教頭と同じ表情で俺らを睨んできた。

 それどころが、親の敵を見るかのような、そんな強い怒りの感情まで読み取れた。


 何だ。

 何だこれは?


 突然の事態に俺の頭の中はパニックを起こした。


 確かに俺と小波は生徒会長、教頭を見たことはないとは言わない。

 だが、所詮は見たことある程度で、会話どころか、こうして会うのも初めての事だ。

 なのに、教頭からのクズ扱いに加え、噂では人望がいいと評判の生徒会長にまで怒りの形相で睨まれなければならないのか。

 まさか、俺らが生徒会長と教頭に知らずに暴行を行なった、という事も多分ないはずだ。

 うーん、正直、理由がさっぱりなんだが。


 …………いや、待てよ。

 教頭は俺らの名前を聞いて過剰な反応をしたというワケじゃない。

 寧ろ、生徒会長も含め、過剰に反応を示した言葉ワードは──



「そうか、貴様等があの──人助け、と評し、さも正当な理由にかこつけ、自分達のやりたい放題、好き勝手にする、生徒達も大迷惑をこうむっている傍迷惑な『社会福祉部』という名の、団体の一員というワケか……!」


「長ったらしい説明わざわざご苦労様です!」


 嫌味と敬意を込めて、生徒会長にツッコませてもらった。


 だが、まぁ、その生徒会長の言葉で大体の事を察する事が出来た。


 生徒会長と教頭が過剰なまでの反応を見せていたのは、俺ら個人に対してではなく、社会福祉部に対してだったのだ。


 社会福祉部として何か心当たりがあるかといえば、数が多過ぎて数えられない程ある。


 学校の不良共を鬼畜するために暴れ回り、学校の窓ガラスを数枚割った事とか、黒鳴先輩の発明品が大暴走して、部室を爆破させてしまった事や、理由もなく学校で花火を打ち上げた、なんてものもあったな……。


 生徒会長と教頭の言っている事はほぼあっていて、反論も出来ないのだが……クズ扱いは堪える。


「貴様等、こんな所まで一体何をしに来た?」


 腰を低く構え、戦闘態勢をとりながら警戒心を丸出しにする生徒会長。


 この、まるで危険物を取り扱うような反応は少しばかり傷つく。


 とはいえ、聞かれたのだから正直に答える他ない。


「部活動の一環で傘の盗難事件について調べているんですよ」


「はっ! それもどうせロクでもない活動なのだろう!」


 嘲笑するかのように教頭が鼻を鳴らす。


 ……流石にだんだんイラついてきたぞ。あの教頭、教師のくせに生徒をクズ呼ばわりするとは……。

教育委員会に訴ってやろうか?


「社会福祉部のクズ共は何をそんなにあばれたいのかね?人の為だと言って暴れるくらいなら退学でも何でもして、他の場所で暴れてくれた方がこちらしても助かるのだがね?」


 教頭が俺らが何も言わない事をいいことに好き勝手言いたい放題にしている。

 俺はただ、静かに自分の拳を強く握り、力を込めた。


「例えば──クズ共にお似合いなゴミ山とかはどうだろうな?」



 プチンッ


 その一言で何かが弾ける音がした。

 多分、堪忍袋とか頭の血管とかだろうが、どうでもいい。


 俺の頭の中は赤一色で染められていて、教頭の前に無意識に出て行ったのはいいが、何をするかまでは決めてなかったと思う。


 が、俺の中で確かに明確になっていたのは目の前の教頭をぶっ飛ばす、という殺意にも似た感情だった。


 まず、手始めに右手てそのふざけたにやけ顔をぶん殴ってやろうと、大きく腕を振り上げると──

























 パシンッ、と乾いた音が部屋に響き、教頭の顔が手の平の形に合わせて変形した。


 衝撃で床に倒れこむ教頭。


 殴ったのは、俺じゃない。

 手の平を振り切ったポーズで目を真っ赤にして教頭を睨みつけている──小波、だった。



 その場にいる全員が愕然とする。


 小波が教頭を殴った──。


 俺もその事実には驚きを隠せず、目を丸くして小波を姿をしばらく見つめていた。


「お、おい、小な──」


「社会福祉部の皆さんを馬鹿にしないで下さいっっっ!!!」


 はっ、として小波に声をかけようとすると、それより先に小波が声を荒げた。


 びりびりと部屋に伝わる振動。


 こんな声を……小波が?


「く、クズのくせに私に手を上げるとは……覚悟はできているんだろうな!!」


 ぶたれた頬を押さえながら、教頭が顔を真っ赤にし、激昂する。


 が、小波はそんな声にも全く怯まなかった。


「教頭先生こそ、わたし達の大切な人達を馬鹿にして、覚悟は出来ているんですか……!」


「あんなクズ共の事なんて知るものか! 今だって、こうして教師に向かって手を出すなど前代未聞の事件を起こしているだろう!」


「それは教頭先生がわたしの大切な人達を馬鹿にしたからでしょうに!」


「黙れっ! 学校だけじゃない、生徒や教師、その他の色々な人々にお前達、クズ共は迷惑をかけているんだぞ! それをクズと呼ばずして何と呼ぶ!?」


「どうしてそうやって、直接会ったわけでもないのに勝手に決めつけるんですか!教頭先生は一度でもわたし達が頑張っているところを見た事があるんですか!?

 何も知らないじゃないですか!

 何も分かってないじゃないですか!

 何も分かってなくて知らない人にはわたし達の事なんて理解出来っこありません!」


「このっ……! いい加減に──」



「──そこまでだ、二人共」



 完全な衝突まであと一歩、というところで成り行きを見ていた生徒会長から遂に抑止の手が入った。



「橋倉はしくら教頭、そこの貴様も少しは落ち着け。ここは由緒ある生徒会室だぞ? 無粋な争いは止めてもらいたい」


「むっ、鞘森君。だがこのクズは私を……」


「それは分かっている。その事なら橋倉教頭自身の手で処分を下せばいいだろう」


「私の手で?」


「ああ。理由があるとはいえ、そこの女子生徒は橋倉教頭を殴ったわけだ。それなら、それこそ停学や退学にでも、好きなようにできるだろう」


「……なるほど。確かにその通りかもしれんな」


 教頭がいやらしい笑みを浮かべている。


 それは当然だろう。なんせ、生徒会長の言葉通りの意味を考えれば、教頭は被害者として小波の処分について上に報告することができる。更に教頭という立場にいることである程度の処分の方法についても自由に決める事も可能だろう。

 つまり、今現在、小波がこれからどうなるかは教頭に全てがかかっているわけだ。


 生徒会長がうんざりした様子でため息を漏らす。


「とにかく、今は自分と安田以外は全員出ていってくれないか? 騒ぎを持ち込まれるのは生徒会としても仕事に支障をきたす可能性があるため、遠慮してほしい」


「……キミがそこまで言うのなら、私はこれでいなくなるとしよう」



 教頭が去り際に『後で覚悟しているんだな』と不敵に笑っていく後ろ姿を、その時は俺らはただ見送ることしか出来なかった。



 ──今は、ただ。






「……すみませんでした」


 生徒会室を出ると同時に、小波が俺に頭を下げてきた。


「ん? どうして小波が謝るんだ?」


 教頭をぶん殴った事は置いとき、小波は俺らの代わりに怒ってくれたというのに。

 それなのに、どうして小波が謝るのだろうか。

 謝るのは寧ろ、あの場で小波の援護が出来なかった俺であるべきだ。


「だって、わたしっ、一人で勝手に怒りだして教頭を殴っちゃったり……」


「アホか。小波が殴ってなかったら俺が殴ってたって。それにあのふざけた頭をしている教頭にはいい刺激が与えられてちょうど良かったんじゃないか? 俺の家のばあさんも壊れたテレビを直す時にそうやっていたしな」


 その後、見事に壊れたがな。

 いやぁ……あれはばあさんがトドメを刺してたな。


「教頭先生は壊れたテレビじゃないです……」


「そうかもな。向こうからしたら俺らの方が壊れたテレビのような存在だろうし」


 映すべきものを映せず、正常な音は出せずに、おかしな音しか出ないテレビ。


 きっちりと列をそろえ並ぶ、多くの正常なテレビの中に数個だけそんなテレビが紛れ込んでいる。


「はっきり言って、俺らは不良品だ。教頭の言う通りに実際に俺らは多数の奴らに迷惑をかけているし、好き勝手にやってる」


 そのテレビがあるだけで他のテレビまで被害を受けてしまうという、害虫のようなテレビ。

 非難されるのは当然だろう。駆除したいと思うのは当たり前だろう。

 迷惑な物や事はいなくなるべきだと考えるのが普通だからだ。


「……桐原君もわたし達はいなくなった方がいいって考えているんですか?」


 小波が泣きそうな顔で声を震わせた。

 俺はその問いに、


「逆に小波はどう思っているんだ?」


 問いで返した。


「え……? ええっと……」


 惚けた顔をするも、小波はしばらくの間、考えこんでから、



「そんな事は絶対にありませんっ」



 真面目にそう答えるのだった。


「それはどうしてだ? やっぱり願いを叶えたいからか?」


「違います。だって、わたし達は不良品じゃありませんから」


「不良品じゃない?」


「はいっ。不良品なら誰かを助けることなんて出来ませんから」


「…………」


「桐原君は覚えてます? わたし達が入部して、一ヶ月後の依頼の事」


 勿論、覚えている。

 入部してからの初めての活動で、舞い上がって調子に乗りまくった、とある生徒の落とし物探し。


 ふざけていたから、時間がかなり経って、一日じゃ探し切れなくて、二日、三日とかかってしまった事。


「あの依頼では最後には皆が真面目になって、最後の最後に見つかった時はそれまで怖そうな顔をしていた依頼人さんも笑ってくれました。ありがとうって、そう言ってくれました」


 わたしはそれが堪らなく嬉しかったんです、と小波は続けた。


「わたし達は確かに誰かには迷惑をかけてしまっています。人は生きてる限り、誰かに迷惑をかけない事なんて絶対に不可能ですから……なんて言うとちょっと狡いかもしれないですけどっ。でも、その行動はいつも誰かを救うためにやっていますよね? だったら……」


「いなくなるのはおかしいって?」


「そうです」


 小波は断言した。


 少ない人を助けているなら、多くの人に迷惑をかけていても、いなくならないでほしい、と。


 誰だって思うだろう。

 その理屈はおかしいって。

 間違っているって。

 だが──



「俺もそう思う」


 俺はその答えに同意を示した。

 俺らは、社会福祉部はいなくなっては駄目だ。


 決して、小波の考えが正しいと思ったわけじゃない。俺は少ない人のために多くの人に迷惑をかけていいとは思わない。


 これは非常に身勝手な考えだが、小波が言ったのなら、俺も言わなくちゃならないんだろう。


「あの場所は、居心地がいいからな」


 あそこがいい、そう本当に思っただけだ。


 単純かつ、私的すぎる俺の理由。

 小波のような思いがあったわけじゃない。


 めちゃくちゃ勝手な理由だ。答えにもなってないかもしれない。

 それでも、俺はそれを言葉として出した。


「俺にはあそこで叶えたい夢があるし、ヒマの時はあそこで適当にだべっていたい」


 危険な事もやっていたし、シャレにならない事もあった。

 だが、おもしろかった事もあったし、嬉しい事もあった。


 それだけ。

 それだけだ。


「……それだけだ」


 とても短くて、拙い理由だった。

 我ながら、それはないだろうとは思った。


 これを聞いた小波は全滅しただろうか?


 そう不安に思って小波を見てみると、小波はーー泣き出しそうで、笑っているという、複雑な表情を浮かべていたのだった。


「桐原君は……本当にーー」



 prrrrrrrrr……



 小波が言いかけたその言葉は俺の携帯の着信音によって遮られた。


 取り出した携帯を耳に当てると、聞こえてきたのは切羽詰まったような国代の声だった。


『桐原! 穂菜ちゃんを連れて急いで校舎を出なさい! 傘泥棒が出たわよ!』


「何だと!?」


 まさかこのタイミングで!?

 何でだ!?


 窓から下の昇降口を覗きこむと、確かに国代の証言通り、見るからに怪しい全身が黒づくめの男が盗んだと思われる傘を持って、逃げている姿が確認出来た。


「小波! 傘泥棒が出た! そいつは多分、林の方に逃げている!」


「ええっ!? は、早く捕まえにいかないと……」


「分かってる! 行くぞ、小波!」


「は、はいっ!」



 ……俺はこの時、もっと犯人の不自然な行動にもう少し早く気づいても良かったんだと思う。

 だが、傘泥棒のタイミングが余りに衝撃的でそんな考えが吹き飛んでしまっていたんだろう。



 それは俺にとって、不運だったのか、幸運だったのか……分からない。


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