プロローグ1
始まります!
一段、二段と階段に足をかけながら俺は思った。
学校に階段なんて物を作った奴はロクでもない奴なんだろう。
そうに違いない、と勝手に決めつける俺にはそう思う理由があった。
何故なら階段を昇るのは疲れる。
スタミナという文字を太平洋辺りに投げ捨ててきた俺にとっては階段の昇り降りも重労働……いや、拷問に等しい。
自分で動かなくても、勝手に上の階に上がらせてくれる、エレベーターやエスカレーターという偉大な発明をした偉人達を階段なんて疲れるものを作りやがった奴は土下座するくらいの敬意を是非とも払って欲しいと思う。
もう一つ付け足すなら、この学校はエレベーターかエスカレーターを導入するべきだろう。
つか、さっさと導入しろ。俺の為に。
面倒なんだよ。階段を登るのが。
とまぁ、そんなくだらな過ぎる事を考えながら、二階、三階と階段を昇り、遂に目的地がある四階へと到着した。
ここの学校では、四階は基本的に文化部である生徒達が使用する部室があるだけなのだが、唯一例外として校舎の一番東には生徒だけではなく、教師も利用出来る特別な教室がある。
その名も『情報管理室』。
果てしなく中二病臭がぷんぷんする、ふざけた名前の教室だが、ありとあらゆる情報を提供してくれる、学校側が認めた異例中の異例である教室。
学校にいる大半がこの教室利用している程、人気の場所で普段は数人の客が四階をウロウロとしているはずなのだが、今日は周りに人気がない辺り利用客は誰もいないんだろう。
これは好都合だ。
ここまで来て並んで待たなきゃならないなんて勘弁だからな。
俺はダラダラとその情報管理室に向かって歩き出す。
俺自身にはその情報管理室に用は無く、わざわざ四階まで歩きたくもなかった。
それはもう四階まで行くための消費エネルギーを金に変換してくれと言いたい程に。
ただ、俺には無くても俺の日常を全力で破壊してくる人物の一人、平穏破壊機こと国代には用があるらしく、都合の良い副部長命令(拒否権は無かった)により国代の代わりに俺がここに来る羽目になってしまった。
言うなればパシリ同然だった。
そんなワケでそんな無茶苦茶な命令をされ、当然俺がやる気をなくさないわけがなく、機嫌も相当悪かった。
「……くそっ、あのまな板女にはいつか天罰が下ればいい」
だから俺がこんな風に誰もいない廊下で愚痴るのも仕方ない事だ。
そうでもしないとやってられん。
頭の中で暗い夜道、マスクを被った俺が国代に闇討ちしようと忍び寄るイメージを思い浮かべるが、その後、自分のゴールデンタイムでは放送出来ないような姿が容易に想像出来てしまい、俺は頭を振ってその想像を頭から消した。
ハイスペックなあの女に何かするだけ無駄だという事は分かっている。
……やはり神に祈るしか手はないようだ。
前に『情報管理室』とプレートが貼ってあるドアが見えた。
さっさと用事を済ませてしまおうと俺はドアノブに手をかける。
「入るぞ」
ノックも無しに当然のように部屋へと入る。
中は相変わらずの殺風景で何もないと言ってもいいかもしれない。
部屋の真ん中にソファーが二つ、横長のテーブルを挟むように置いていて、何とか接客が出来る程度に家具があるのがせめての救いか。
「……ノックくらいはしてくれよ」
ノートパソコンとセットでソファーに座っているのは俺と同級生にして、悪友とも呼べる城田 唯斗。
少し長めのサラサラした長髪に時折見せる白い綺麗な歯が印象的だ。
長身の唯斗はまるでモデルのようにかっこ良く、女子にモテる容姿をしている。
実際、唯斗は学校にファンクラブが出来る程モテるのだが、モテる割にはまだ誰とも付き合ってないのだから質が悪いというか……とりあえず滅べ。七回くらい死んでこい。
「挨拶はしたからいいだろ。
それとも何だ? 何かやましい事でもしてたのかよ?」
「いや、妹コレクションの一つ、スクール水着の写真を見ていただけだよ」
「……それをやましい事だと言うんだが、自覚と恥じらいがない辺りがもう何か駄目な気がするな」
「妹を愛でるのは、恥じる事じゃないと思うんだけど」
至って大真面目な顔でそう答える唯斗に俺は額に手を当て、ため息をつく。
もう何も言わなくても分かると思うが、この男、自他共に認めるシスコンである。それも真性の。
妹である由依ちゃんを溺愛し、その溺愛っぷりは由依の為なら死ねる、と本気マジ顔で語っていた程で度が過ぎていると言えなくもない。というか、度が過ぎてるレベルを軽く越えている。
唯斗が誰とも付き合わないのはこれが関係しているようだが、ファンクラブの奴らはこの事実をまだ知らないようだ。
知った時のファンクラブの絶望とした顔が楽しみだと思ってしまうのはやはり俺が外道だからか。
「お兄ちゃんが妹の写真を見るのは当たり前の事でしょ? 兄妹なんだからさ」
「そんな理屈が通ったら『シスコン』なんて言葉は存在しないんだよ」
「でも、ギリギリセーフなラインでしょ?」
「……そこで平然とそう返せるとは恐れ入ったな。
それとアウトだ、馬鹿野郎」
一体どこをどう考えればシスコンがセーフだと思えるのか不思議で堪らない。
あれか、シスコンになるとそういった常識が頭から吹き飛ぶのか。
呆れた目つきで見る俺に唯斗は冗談だって、とケラケラ笑った。
本当か? 少なくても後半は本気だった気がするんだが……。
「でも見られたくない物と言えば確かにそうだね。更河に見せたら悪用されそうだしね」
言わなくても分かると思うが、更河というのは俺の名前である。
桐原 更河。
現在、高校二年生のごくごく普通の高校生だ。
内面上は。
「あのなぁ……何の情報かも知らないのに俺がそんな事するわけないだろ。大体知っててもそんな犯罪みたいな事──」
「ちなみに僕がさっき本当に見ていたのは学校にいる全女子生徒のスリーサイズのデータだよ」
「お願いがある唯斗。土下座でも何でもするからそのデータを見せてくれ、いや、見せて下さい」
「うん。予想通りとはいえ、この反応は僕も若干引くよ?」
手の平を返したように懇願する俺に言葉通り若干引く素振りを見せる唯斗。
プライド?
学校一の美人、石川さんのスリーサイズを知れるんだったら安い物だ。
石川さんのスリーサイズには自分のプライド以上の価値がある……!
「ま、嘘なんだけどね」
「死ねッ! むしろ七回くらい殺させろ! つか、殺すッ!」
土下座から一変、唯斗に飛び掛かるまでのこの間、実に0.2秒。
多分、オリンピックに反射神経を競う競技があれば、出場して余裕で金メダルを取る事が出来るくらいの反応スピードだと思う。
まぁ、そんな反射スピードがあっても俺が唯斗に返り討ちにされたって事実には変わりはないんだけどな。
「もう、物騒だなぁ……」
「鳩尾に蹴りって……! 仮にも親友だぞ!?」
「会話の途中でいきなり殴りかかって来る更河がそれを言う?
『親友』って言葉の重みをまったく感じられないんだけど?」
「実際、薄っぺらい紙で出来てる友情だからな。
……何か不都合な事が出来たら、すぐにでも縁を切ってやる」
例えば……万一の可能性だが、コイツに彼女が出来たらとか。
「それはお互い様だね。利用価値がある内はまだ生かしてあげるよ」
「なんだその台詞? まるでお前が俺をいつでも殺せるみたいな言い方──」
「年下が前提条件であって、好みの髪型は赤髪ツインテール。バストは貧乳ではないけど大きすぎない、いわゆる美乳派。身長は自身よりも小柄を良しとし、童顔が好きだという事からロリコンの疑いもアリ。この時点の暫定としては童顔の小さい女の子が好きだという事は間違いない。子供のような純粋な性格、笑顔が無邪気で可愛い子がいいとクラスメートに本気顔で語っている事からやはりロリコンの線が強い。さらに言えば、最近友達から借りたエロ本のタイトル『小学生の──」
「悪かったっ! 反省してますから、やめて下さい唯斗様ッ!!」
先程のリプレイのように唯斗の前で土下座を決める。
情報を扱うだけあって、親友である俺の情報を把握しているらしい。
学園生活を送っている間、俺はコイツに逆らう事が出来ない事を今、理解した。
逆らったら、(社会的に)殺されるだろうから。
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次回もお楽しみに!