真暦二年、メンヒ村にて
◆
「わたしはイズラーイール。メンヒ村に住む魔術師だ。まあ、本当の所は人外だが、それはおぬしも似たようなもの。遠慮はいらぬ、何なりと申してみよ」
ネフェルカーラの母親はイズラーイールと言うらしい。
瞳の色が金だという以外、未来のネフェルカーラに酷似した彼女は、たおやかに人外だと名乗る。
いや、まて、俺は一応人間なんだけども。そこはあまり一緒にしないで欲しい。
「わたしがネフェルカーラ。ぜっせいのびじょだ!」
何故か小さなネフェルカーラが俺とイズラーイールの間に割り込んで、ぴょんぴょんと弾んでいる。とりあえず、こんなに小さな絶世の美女はいないと思うので、視界に入れない事にした。
「ネフェルカーラ、わたしはこの者と暫し話をする。お前は余り遠くへ行かぬよう、その辺りで遊んでおれ」
胴体を母に掴まれたネフェルカーラは、脇に追いやられる。
それでも手足をジタバタさせて暴れたネフェルカーラは、母から解放されると一目散に俺の下へ来た。そして俺の服を掴むと、自信満々に言い放つ。
「かあさま! この者は、わたしの名をよんだのです! わたしがはなしをします! これは、うんめいなのです!」
「ではネフェルカーラは、どのような話をこの者とするのだ?」
「……うん、めいなのです!」
小さなネフェルカーラが、縋るように俺を見上げる。だが、一体何を話せばよいのか分からないネフェルカーラは”ぷるぷる”と震えながら、目を瞬かせるだけだった。
それにしても緑の瞳はそのままなのに、身長が縮むだけでここまでネフェルカーラが可愛くなってしまうなんて……。
俺はネフェルカーラの頭にそっと手を乗せ、くしゃくしゃっと撫でた。それから、何となく小さな子供が納得しそうな事を言ってみる。
「そうだね。あとで遊んであげるから、今はちょっとだけ待っていてくれるかな? ほら、運命だから」
「うむ。ネフェルカーラよ。運命の人も、このように申しておる。少しばかり森で遊んでおれ。獲物がおれば、狩りをしてもよい。
ああ、ただし、あまり炎の魔法を使うなよ? 森が焼けるし、肉が焦げるゆえ」
「わかった! うんめいならば仕方が無い! わたしは良い子だから、ちょっとけものを狩ってくる! ぴきーん! きらきらーって! だから……ユウセイ! あとでなっ!」
ネフェルカーラの言う”ぴきーん、きらきらーっ”とは、多分、氷系統の魔法なのだろう。確かにそれなら肉も痛まず、保存状態もバッチリな狩りが出来るはずだ。
未来のネフェルカーラが妙に逞しいのは、こんなに小さな頃から狩りをしていたのだから、当然だろう。それなのに、どうして料理は覚えなかったのか? 獲物を狩ったら、捌いて調理するまでが生きる為の知恵だろうに。
あ、ネフェルカーラが転んだ。”ぷるぷる”している。泣くだろうか?
そう思って俺が後姿を見ていると、こちらを振り返ったネフェルカーラは涙を溜めて笑顔を見せる。
俺は苦笑しつつ、手を振ってあげた。
「さて、迷いの森より出でし者よ。おぬしが一体何者であるのか、聞かせてもらうとしようかの。なに、立ち話をしようというのではない、さ、そこへ座るが良い」
転んで泥に塗れたネフェルカーラに溜息を零しつつ、イズラーイールが右手で示した先には、やはり切り株があった。切り株は三つほど並んでおり、それらを結ぶと二等辺三角形が出来上がるような配置だ。
「三つ?」
「ふふ。ここはわたし達家族の憩いの場なのだ。
――夫ならば、もう少し奥へ行って狩をしておるぞ。流石にネフェルカーラがまだ小さいゆえ、あまり危険な場所には連れて行けんのでな。ここでわたし達は木の実を拾ったり、山菜を集めたりしておったのだ」
俺が三つの切り株を不思議そうに眺めていると、イズラーイールが説明を始めた。
なるほど確かに切り株の周りだけ、下草があまり生えていない。踏み固められた褐色の土が、木の根に沿って盛り上がっていた。
なるほど、家族は三人ということか。
三人がそれぞれ切り株に腰掛けて談笑したり、昼食を摂ったりするのだろう。そんな一家団欒の微笑ましい光景が、俺の脳裏を過ぎる。
「――ふはは。おぬし、わたしが一人身でなくて、残念だったのう! 随分と寂しそうな顔をしておる! ふははは!」
だが俺の想像を他所に、何故かイズラーイールが暴走していた。
確かにイズラーイールは美人だが、たとえ彼女が一人身だったとしても、俺は手を出したりしないだろう。だってネフェルカーラのお義父さんには、なりたくないからな。
「へ、へぇ」
だが同時に、切り株に腰を下ろした俺は、一体何から話せば良いのか迷ってしまった。
確かに現状のネフェルカーラに相談するよりも、イズラーイールは適任だ。しかし彼女に、俺がネフェルカーラの未来の夫だなどと、考えてみたら言える筈も無い。
とはいえ、ある程度大人になったネフェルカーラに相談する方が、もっと突拍子も無い事になっていただろう。そう思えば、今はギリギリセーフなのだが。……なのか?
だって考えてみたら、過去のネフェルカーラにとって俺は初対面だ。それなのに、俺は一体何をもって彼女が俺に協力してくれると考えていたのだろう?
もう、顔から火が出る程の浅はかな自分に、俺は乾杯したい。
「冗談はさておき、ここは”迷いの森”と言うてな、現界、幽界、幻界、魔界と、四界の狭間なのだ。だからここに現われるものは、幽鬼や魔族、それから妖精や刻に迷った人間と相場が決まっておる――もっとも人間の場合は大体が不死骸骨やら死霊になっておって、五体満足ではないがの」
悩みのあまり顔から冷や汗をダラダラ垂らしていると、イズラーイールが俺の言葉を促すように微笑んでいる。
切り株に腰を下ろし、淡い紫色の長衣を身に纏う彼女は、いっそ妖精の様にも見えるから不思議だ。
俺は彼女の言葉に後押しされて、僅かに軽くなった口を開く。
「俺は未来から来た。今よりも、ずっとずっと先の世界から。本当はそれだけじゃないけど、多分言っても信じてもらえないと思う」
「ふむ。刻を遡った、と? 面妖な話よな。――されど、それならばわたしとネフェルカーラを見間違えたというのも、合点がゆくのう。つまり、未来のネフェルカーラはわたしと似ておったということだ。
刻、か。心当たりがないでもないが……。
――だが、それだけではない、とは? 言ってみなければ、わたしが信じるか信じぬか、分からぬでは無いか。安易に決め付けるでない」
イズラーイールは首を傾げつつ、僅かに口元を歪めた。その仕草がまた、未来のネフェルカーラに酷似している。だからなのか、俺はネフェルカーラと話をしているような気軽さで真実を語った。
「俺は別の世界から、未来の幻界に飛ばされてきた人間なんだ」
「ほう、異な事を。わたしが感知しておる世界とは、神界、天界、魔界、幻界、幽界、現界の六界だ。そのどれにも属さぬと申すか?」
「ああ、そうだ。これが証拠になるかどうかは分からないけど――”全ての知識”へ接続。”大陸の記録”をここへ」
俺の言葉と共に、中空から褐色の表紙を持った分厚い本が現われる。
俺は”大陸の記録”の内容をイズラーイールに見せることで、自分という存在を証明しようと考えたのだ。
「ほう――それは幻界の”全ての知識”によるものか。しかも最上位だな? おぬし、随分と愉快なモノを持っておるのう」
なんとイズラーイールは、”全ての知識”の事さえ知っていた。
だとすれば話が早い。俺は”大陸の記録”のページを捲り、久織悠聖の項目を示す。
(久織悠聖――該当種族、――原人(原初の人)にして半神。別名シャムシール。来歴、不明)
おい。おいおい、おいってば、おい。俺が原人だと? ふざけるなよ! 俺はジャワとか北京とかからやってきた覚えはない。これは穏やかじゃないぞ、”大陸の記録”さんよぉ。しかも来歴不明って、お前なぁ。もうちょっとやる気を見せろよ!
「原人……! 原人だと? ぷっ! それに別名がシャムシール? 剣奴か! ぷくっ! しかも半神になっておるなど、どういう出鱈目なのだ? ぷくくっ。ましてや、未来や別の世界など、何一つ関係ない――ぶわははははははっ――ではないか――はははははっ! しかも来歴不明などと――ははははははっ!」
「いやその、俺は実際奴隷だったし、名前は仕方が無いんじゃないかな……半神っていうのは多分、古代竜を食べたからだと思う」
「古代竜を食った? ふはははははっ! 随分と豪気なことよ! それなのに奴隷だっただと? 何なのだ、おぬしはっ! ぶわははははははっ! もうだめだ! わははははははっ!」
イズラーイールは腹を抱えて笑っている。
どうやらツボにはまってしまったようだ。喜んでもらえるのは嬉しいが、基本的には困った。
「しかしおぬし……古代竜達は、神々の愛玩動物だろうに。それを喰うなど……うはははははっ!」
「し、知らなかったんだ。単なる守護者としか」
「そんな事さえ知らなかったのなら、おぬしはまったく”大陸の記録”を活用しておらぬということ。阿呆だな? おぬしは本当に阿呆だな! うはははは! いや、それより守護者と知って、なお喰うか? わはははははは!」
――どうしてこうなったのだろう? 俺は鬱だ。そして何処までも不運だ。
世界中どころか、やっぱり俺は神さままでも敵に回してしまうというのだろうか? しかも原人……救いが無い。救いがなさ過ぎるぞ。もう、泣きたい。
しかしイズラーイールは一頻り笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭いながらも納得してくれたようだ。
「うむ。まあ、しかし、わかった」
「そうか、俺が未来の、それも異世界から来たこと、わかってくれ――」
「……ふははははは! わかったぞ、おぬしの規格外の阿呆さ加減がなぁ! ……うわははははははははっ!」
完全にツボに嵌ったイズラーイールは、俺の顔を見るたび腹を抱えてのたうちまわる。
なんて失礼なヤツなんだろう。やっぱり所詮はネフェルカーラのお母さんだ。どこかズレている。きっと最初から人の話なんて聞く気が無かったんだ。ただ、遊びたかっただけだろう。
うう……イズラーイールは性格までネフェルカーラに似ているのか。
俺はイズラーイールの笑いが収まるまでに、せめて彼女の事や今の事を”大陸の記録”で調べる事にした。
笑われ続けていているというのも、暇なものなのだ。
(今は何時だ? それからイズラーイールが何者か、教えてくれ)
俺の意志に反応して、本のページが捲られてゆく。
(解答。大陸暦六一〇年、三月。
イズラーイールに関する項目を検索します。
元熾天使。堕天により上位魔族となる。
しかし上位魔族としての能力は現在、人間との間に儲けた子供に引き継がれています。
――さらに来歴を確認なさいますか? マスター)
冷静な”全ての知識”の声が脳内に響く。対照的な笑声が耳朶を打つだけに、シュールな感じだった。
(――いや、これだけで十分だ)
なるほど、イズラーイールは熾天使だったのか。ならば世界の事を、かなり深くまで知っていても納得できる。だからこそ”神々”とやらに関する知識も、あって当然なのか。
まあでも、堕天している時点で色々と問題だろうが。
とはいえイズラーイールといえば、シバール国の歴史と真教にとっては馴染みの深い熾天使だった。
何しろ不勉強な俺でさえイズラーイールの名は既に知っていたのだから、彼女の来歴を、あえて殊更”大陸の記録”で確認する必要性を感じなかったのである。
大陸暦六〇〇年の人魔大戦で人間と共に戦った四人の熾天使。しかしその後、行方を眩ました彼女は歴史からその姿を消す。
恐らく堕天のゆえに姿を消したのだろうが、現実は親子三人で幸せに暮らしていただけだった。
そんな彼女はシバール国における真教において、預言者パラディンの守護天使とされる存在なのだ。
聖典にはこんな風に書かれている。
僻地を彷徨い約束の地を探す預言者パラディンは、いよいよ生命の終わりを迎えんとしていた。
されど、そこに現われた告死天使は、かく語りき。
「汝、未だ聖なる土地を目指す意思、ありや?」
するとパラディンはこう答えた。
「おお、おお。イズラーイールさま。私に暫しの猶予を与えて頂けますれば、きっと辿り着きます!」
「汝、聖地の場所を何処と心得る?」
イズラーイールの問いに答えられないパラディンは、そっと眼を閉じて首を振る。
しかし、次の瞬間パラディンはイズラーイールに抱えられ、聖地オロンテスへ舞い降りたのである――。
ちなみに聖地オロンテスは聖典によれば、最初に神が人々の前で奇跡を見せた地、という事になっている。
元々あのオアシス都市に、巨大な水源は無かった。だから小さな集落が一つか二つしかなく、皆、細々と暮らしていたのだ。
だが、ある日、預言者を名乗る男が現われて、
「ここには神の慈愛が眠っている」
と、言ったらしい。
その後、預言者が七日七晩、神に祈りを捧げると、水柱が天にも届くほど上り、程なく巨大な湖が出来たという。
以来、オロンテスで聖教が生まれ、栄え、西へ西へと波及していったのである。
と、まあ、これで俺が理解できた事は、聖典に書かれていた事が出鱈目だった、ということだけだ!
それと大陸暦元年が、まさにそのオロンテス誕生の年。真暦の元年はパラディンがオロンテスに到達したと言われる大陸暦六〇九年で、聖暦が大陸暦七〇九年から始まるという歴史は、百人長昇進試験に必ず出るので要チェックだ! もちろん、俺は試験を受けずに百人長になったがな!
とはいえ、そんな事をイズラーイールに伝える必要はないだろう。そもそも、この時代にはまだ真教も出来ていないのだし。
それよりも、だ。事実はともかくとして、そんな二人の子供なのだから、ネフェルカーラこそが実は聖帝に最も相応しい存在ではないか?
真教はそもそも聖教のアンチから始まったからこそ、聖教国を作った三人の熾天使や救世主ではない彼らを担いでいる。
だが、だからこそ今までは聖教と違い、聖騎士も居らず、熾天使の加護がある訳でもなく、肩身の狭い思いをしてきた真教徒。そこへネフェルカーラの存在を明かしたら、伝説がそもそも眉唾だったとしても、民衆は、さぞ熱狂するだろうなぁ。
或いは、真教そのものを崩壊させる事も可能か――ふふ、面白い。
――って、俺は一体、今何を望んだ? まったく、久織悠聖の影響だろうが、碌なもんじゃないな。
「何かを、調べておったのか? 人の悪そうな笑みを浮かべおって」
俺が腕を組んで考え込んでいると、イズラーイールが金色の目を此方へ向けていた。笑い疲れて”ぜーぜー”言っているところは目を瞑ろう。
「ああ、少し貴女の事を調べさせてもらった。熾天使だったんだな。でも堕天して――」
「ふむ、そうだ。今は多少魔力が多い程度の人間――魔族と言った方が近かろう。受肉しておるしな。
で、おぬしはこれからどうしたい? わたしは神の敵と成り果てた存在だが……だからこそ、おぬしに協力すること、吝かではないぞ」
イズラーイールの言い方は引っかかるが、どうやら協力してくれるようだ。
「俺は未来に還りたい。還らなければならないんだ」
「ふむ。未来へ、か。ネフェルカーラと共に、気長に待ってはどうか?」
「いや、俺、人間だし! 死ぬし!」
「人間? 原人なのだから、寿命などあって無いようなモノなのでは?」
俺が悔しそうに下唇を噛むと、イズラーイールが「すまん、半神の方がいいか?」と言った。俺としては、どっちでもいい。むしろ”原初の人”が良いような気もするが、それは結局”原人”か。
というより、”原初の人”で”半分神さま”って、俺は一体どういう存在なんだろう?
まあいいさ、俺の明晰な頭脳をもってしても解けない事は山ほどある。分からない事は考えないのが一番だ。未来に戻ったらドゥバーンにでも聞こう。
「一つだけ教えて欲しい。おぬし、未来のネフェルカーラと、一体どういう関係なのだ? 何故かネフェルカーラを、おぬしから感じるのだ」
「ああ。それはネフェルカーラが俺の第一夫人になるから――」
あ、俺、余計な事を考えていたら、イズラーイールに正直に答えてしまった。
「ふむ、なるほどな。因果の理も愉快なものよ。よかろう、協力する。わたしが責任を持って、おぬしを未来へ還してやろうぞ!」
イズラーイールが立ち上がり、俺の両肩に手を乗せる。
しなやかな彼女の両手は、しかし華奢な体に似合わず、暴力的なまでに力強かった。
結果オーライ、とでも言えばよいのだろうか?
俺は口の中で小さく「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と言ってみた。
◆◆
俺は今、発展途上のメンヒ村で土木作業をやったり、森に狩りへ行ったりして忙しく暮らしている。
かれこれ、もう一月が過ぎた。未来へ還れる気配は、一切ない。
たまには「早くマディーナへ帰らなければ!」と焦りもするが、焦った所で帰る手立てもないのだから、いっそここでゆったりするのもいいだろう、なんて思ったりする昨今だ。
それにメンヒ村という場所は、意外と面白い。
今より十年前、人魔大戦と呼ばれた大きな戦争の後、ここより北東を魔族の土地、南西を人の住まう土地、と定めたというのだ。
となるとここは、魔族の国と最も近い村落、ということになる。必然この村に流れ着く者は、他の街であぶれて、行く宛を無くした者が多くなるのも道理だった。
だからこそ、様々な経験を持った人々がメンヒ村に集まり、にも拘らずそれを語らない。それでも敵が近いことから、団結力は持っていた。つまりは全員がメンヒ村の村人であって、それ以外を捨てた、ということなのだ。
それを理解した俺は、これが国家のあるべき始まり方のような、そんな気さえしていた。
もちろんネフェルカーラの父母もその例に漏れず、皆と同じようにメンヒ村を愛し、同時に愛されているのだ。
そんな場所だもの! 俺だって仲間に入りたいと、少し位は思ったっていいじゃない!
今、俺は夕食に呼ばれてイズラーイール達の家にいる。
もちろん肉類は今日、俺が狩ったものなので遠慮などしないつもりだ。
「神よ――今日の糧が得られた事、感謝に耐えませぬ」
未だに信仰心の厚いパラディンが、食事前の祈りを捧げている。
パラディンの髪は金色で長い。瞳は見事なエメラルドグリーンで、まさにネフェルカーラと同一のものを持っている。
身長は今の俺よりも少し低い位だから、百八十センチにギリギリ届かない位だろうか? 衣服は簡素な麻の長衣だが、それでも品の良さは隠せない三十過ぎのナイスガイ、それがパラディンだ。
それにしても俺、よくもまあ十八歳から十センチ近く伸びたもんだ。
「神さまに謝ろう、謝ったら許してくれるかもしれない。竜を食べてごめんなさい。そして、今日の食事を感謝します」
俺もパラディンにならって、祈りを捧げる。
俺は日本人らしく、如何なる場所の如何なる宗教にも溶け込めるのだ。
それに、俺は神さまの地雷を踏み抜いているので、丁重に謝っておく。不安は取り除きたいのだ。
するとイズラーイールがケラケラと笑って、全てを台無しにする。
「流石に愛玩動物を食われた神はどう思っておるだろうなぁ? まあ、神々も一枚岩ではないゆえ、今は何の手出しもしてこぬが――」
イズラーイール曰くの、”神々”とは、天使と神剣士を僕とした絶対者達である。
彼らは皆、カフカス大陸から切り離された浮遊大陸に居を構え、そこを神界と称し我が世の春を謳歌しているそうだ。
神界の背面世界である天界には天使達が暮し、その最高司令官が熾天使達、ということだった。
「神さまと神族は同じなのかな?」
俺は目を泳がせながら、自分の立ち位置を考える。
できれば神さまなんて敵に回したく無い。だとすれば、一番身近と思える神さまは神族のパールヴァティ。
元の時代に帰ったら、上手い事アエリノールが奴隷にしていてくれないかな? なんて俺は思った。
そして奴隷のパールヴァティを懐柔して、俺と神々の仲を取り持ってもらって――。
「いや。この世界で神族と呼ばれておる者達こそが、元々この大陸の覇者であったのだ。それを東方へ追いやり虐げたのが、かつての我等――ルシフェルさま率いる天軍だ。
もっとも、その惨状にルシフェルさまは神々へ不信を抱き、叛旗を翻したのだがな」
なんと神族も神々の敵だった。俺の作戦は、早速崩壊した。
そしてルシフェル――彼が神々に叛旗を翻した結果は、俺もよく知っている。
何しろルシフェルこそが、俺の前に幻界にある”知識の果実”を食べた人なのだから。
彼は人から天使にジョブチェンジすると、華麗な出世街道を歩み、最後の最後で道を踏み外した。
「結局、負けたらなんの意味もない」
「そうとも言い切れんぞ?
ルシフェルさまは確かにミーカーイールに討たれたが、それは弱かったが故の事ではない。それが証拠に、カフカス大陸に魔族――堕天使の領土は確立し、神族もまだまだ生きておる。そして神々は現界を監視対象とするも、手出しを控えるようになったのだからな。
――もっとも、あの方の手を離れて時を経た堕天使共が分裂し、十年前の惨状となったのだが」
「イズラーイール、それはお前のせいではない。天使は、我等をお守り下さった。それで十分だ」
「ふふ。結果、わたしも堕ちたがのう」
イズラーイールが不敵な笑みを見せたところで、元気よく入り口の扉が開かれた。
「ただいまー! たべるー! かみさま、ほろべー!」
「ネフェルカーラ、遅いぞ! しかもなんだ、その祈りはっ! ……挙句……俺以外の男の膝の上にっ……ううっ!」
勢いよく開いた扉から、俺の膝上目指して一直線に走るネフェルカーラ。
彼女は俺の上に座ると、やっぱり俺の肉を”もきゅもきゅ”と食べ始めるのだった。
こうして神々に関する話は終わり、平和な会話が食卓を支配する。
パラディンが額に青筋を立てつつ文句を言うが、流石に将来俺がネフェルカーラの夫になるとは知らないらしく、今は子供のやる事として、色々と我慢をしてくれているようだった。




