アズラク城の攻防 3
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光速化を使っている俺の背後に容易く回りこんだジャンヌは、確かにこう言った。
「――刻よ」と。
俺の考えが正しければ、ジャンヌは俺よりも速く動ける訳じゃあない。時間そのものを止めて、その間に俺の背後へ回ったのだろう。
ジャンヌが俺の背後で呪文を唱える。
「風刃」
背後から襲い掛かったのは、まるで俺一人を囲むかのような竜巻だった。
「ぐっ……」
俺は思わず曲刀を支えとして、片膝を落とす。
身体にダメージがあった訳ではなく、吹き飛ばされそうになるのを支える為だ。
「へえ、僕の風刃でも傷一つ付かないなんて、随分と凄い鎧だね」
俺の背後に立ったまま軽口を叩くジャンヌは、さらに魔法の重ね掛けをしようとしているようだ。
俺は風の渦巻く方向と逆に身体を回転させると、勢いをつけて魔剣を振う。
――ブォン!
凄まじい風の力を腕に感じたが、それでも俺の腕力が上回ったようだ。
竜巻は消え去り、次の魔法を準備していたジャンヌの顔が驚きに満ちる。
さらにジャンヌは眼前の俺に集中していた為、刻を止める余裕もなくジャムカの接近を許した。
ジャムカは素早くジャンヌの前に現われると、彼女を袈裟掛けに切り裂く。
「ジャ、ジャムカちゃんの異国的な斬撃も素敵だよぉ」
ジャムカに肩を切り裂かれながらも、恍惚の表情を浮かべるジャンヌはまさしく変態だ。
ジャムカが嫌悪感も顕に吐き捨てている。
「不死身か、貴様!」
そんなジャンヌを蔑むような眼差しで一瞥したファルナーズは、弾むように移動し、俺と向き合い対峙した。
ファルナーズはジャムカと対峙していたはずだが、ジャムカが俺の救援に向かう事を止めなかったようだ。
「シャムシールさま、あの女、剣に迷いがある。忠義と……ふん。どちらにしても、あっさりと斬り捨てるには、惜しい腕。出来れば救いたいものだな」
背中越しに話すジャムカは、どうやらファルナーズの本質に気が付いたらしい。それにジャムカは小鬼の実力を高く評価したようだ。
俺は頷くと、眼前のファルナーズに声をかける。
「ファルナーズ、大丈夫か!? 一体何があった!?」
それにしても、今は敵として対峙しているのにおかしな声の掛け方もあったものだと苦笑してしまう。
だがファルナーズは、微笑を浮かべようと努力をしていた。
「う…う、シャムシール。わしは戦いたく……な……うう……シャムシール、殺す」
しかし努力は報われず、ファルナーズは赤い瞳に涙を溜めて苦しげに呻く。
曲刀の先端が僅かに揺れているのは、ファルナーズの心中にある葛藤を表しているのかもしれない。
「ジャンヌ! ファルナーズの心を弄んでっ!」
俺は必殺の突きをジャンヌに見舞いながら、叫ぶ。
身体を開いて俺の突きをかわすジャンヌは、体術も相当に使えるようだ。
「ファルナーズちゃんの心を弄んでいるのはキミだろう!」
ムスっとした表情を浮かべるジャンヌは右手を引くと、後ろの中空に無数の短剣を生み出した。
「舞え――蝶の短剣」
何を言ってるんだ、この野郎! と言おうと思ったが、ジャンヌは野郎ではなかった。
ついでにジャンヌの腕の後ろに舞っている短剣の数が、見る間に増えている。最初は十本程度だったので、全部叩き落してやる! なんて考えたものだが、もう無理だ。絶対に千本以上ある。「嘘付いたら針千本飲ます」をもしも本当にやられたら、きっとこんな感じなのだろう。
しかもジャンヌは短剣を俺だけに向けて放つ。間違いなく嫌がらせ込みで俺を殺そうとしているはずだ。
ジャムカには一切手出しをしないので、それはありがたいのだけど何だか無性に腹が立つ。
「そんなものっ!」
俺は一斉に飛び掛ってきた短剣を、真紅のマントを翻して迎撃した。
実はこのマント、ミスリルを糸状にして真紅に染め上げたものなのだ。
別に鎧で受けきっても良かったが、ここは一つかっこよく弾いてみたかった。
「ジャムカちゃんにはこれだよっ! ちょっと大人しくしていてねっ!」
ジャンヌの出鱈目な魔力は、右手で短剣千本を操作しながらも、左手で重厚な結界を作り上げていたようだ。
重厚といっても半透明で、囚われたジャムカ自身が球状の壁面にぶつかるまで気付かなかったらしい。
俺がマントを払って再び立ち上がると、半透明な球体に囲まれて身動きの取れなくなったジャムカの姿が見える。
闇雲に刃を煌かせて自身を囲む結界を破ろうとしているジャムカだったが、その結界はジャンヌにとって遊びで作ったようなものなのだろう。
「頑張るジャムカちゃん、とっても可愛いなぁ」
柔和な笑顔を向けて、まるで小動物を愛でるかの様にジャンヌは呟いていた。俺から見ればジャンヌの方が明らかに小動物だというのに。
俺が視線をジャンヌに向けた刹那――ファルナーズが突進してきた。
淡い白色に輝く曲刀は俺の物と同じく魔剣。それを一閃させたファルナーズの斬撃は速い。
「いけいけー、ファルナーズちゃん! シャムシールを殺っつけろぉー! ……ぐわっ?」
俺は手首を返して刀を立て、ファルナーズの攻撃を防ぐ。それと同時に斜め右へ大きく三歩踏み込み、ジャンヌの頭上へ曲刀を振り下ろした。
ファルナーズの応援を始めたジャンヌは、実に隙だらけだったのだ。
両手を突き上げながら地団太を踏んで、目をぎゅっと閉じていたのだから、これはアエリノールと互角の馬鹿だろう。
光速化の効果はまだ続いているのだ。
いかにファルナーズが強くとも、俺の速さには敵わない。
そして油断していたジャンヌは、頭頂部から大量の血を撒き散らして驚愕の表情を浮かべていた。
「ちょ、このか弱い少女の頭を割るなんて、キミは悪魔かい、シャムシール。ああ、上位魔族だからそれもそうか!」
ジャンヌの身体を両断するつもりで俺は魔剣を振ったのに、頭で止まるとは意外だった。もしかしたらジャンヌの頭蓋骨はオリハルコンか超合金で出来ているのかも。
……いや、そもそも普通なら頭の三分の一も割れれば致命傷なのだろうけど、ジャンヌの場合は頭を抱えてブツブツ文句を言う程度。
――そうは言っても、これは待ちに待ったジャンヌの隙だった。
俺は素早くザーラに目配せをして、極大魔法を見舞うように頼む。
「太陽降臨ッ!」
ザーラの声が中庭に響いた。すると遥か天空には二つ目の太陽が生まれ、そこから一本の光の柱が伸びてジャンヌを押し潰す。
よし、素晴らしいタイミングだ、ザーラ!
俺はそう思い肩越しにザーラを見て、左拳を握り締めた。
(にゃん)
ザーラは両腕を大きく開き、掌を天に向けたまま、微笑を浮かべて頷いている。
しかしジャンヌは光の柱の中心で左右を見渡し、笑っている。ダメージがあるようには見えない。
「へえ、こんな精霊魔法があったんだ? 火と光を混ぜてあるね。隕石召喚が火と土だから……うん、面白いね。さすが魔族。妖精と対を為す種族なだけはあるよ」
光の柱の中、指で扉の形を描くと、なんの苦もなく外に出てしまったジャンヌ。その様を見て唖然としたのは俺とザーラだった。
「馬鹿な……」
ザーラは余りの事に地上に落ちて、片膝を付いてしまった。彼女にとっては魔力の大半を使う攻撃だったのだろう。荒い息をして、苦しげな表情でジャンヌを見る。
俺としてはここに至って、ジャンヌを倒す方策が尽きた。と言っても、ここで攻撃の手を休める訳にもいかない。
俺はさらに踏み込むと、横なぎに魔剣を振いジャンヌの首を狙う。しかしそれをファルナーズの魔剣が防いだ。
「これ以上は、やらせぬ。ジャンヌさま……お下がり下さい」
激しい金属音が響き、火花が散る。
やはり速度はともかくとして、その力は俺と互角であるファルナーズ。しかも攻撃を止めたということは、身体が追いつかないだけで、彼女の目には俺の動きが見えているということだろう。
ハールーンの様にトリッキーな戦い方の出来ない俺は、基本的に教科書通り。そうなると、ファルナーズに動きを予測されてしまう可能性が高い。
「シャムシール。わしはおぬしを殺さねばならぬのじゃ……」
再び対峙したファルナーズの声は、抑揚がない。瞳も機械仕掛けのように冷たく、荒涼としていた。
――これは、ファルナーズではない?
俺がそう思ったとしても止むを得ないほど、ファルナーズは怜悧なツインテール人形のようだった。
「そういうこと。ファルナーズちゃんはシャムシール、キミを殺すまで自由になれない。もう一つ自由になる方法があるとすれば、逆に彼女を殺してあげることだね。
まあ、キミくらいの王様となれば、血も涙もないんだろうから、ファルナーズちゃんの命を奪う位なんでもないでしょう? なにしろ王様だもんね、何でも自由になって当たり前だもの。
……だから僕は王様なんて大嫌いなのさ!」
ジャンヌは俺を見ながら薄笑いを浮かべている。
なんだかわからないが、ジャンヌの根底には”王”というものに対する恨みもあるらしい。
俺を一般的な”王”というものに当てはめて、ジャンヌは恨みを募らせているようだ。少なくとも俺にはファルナーズを殺すという選択肢は無いのに、酷い話だ。
それにしても、どうあれ俺が死ななければファルナーズの隷約が解けないのだろうか?
だとすればファルナーズは、”隷約を解く為に俺を狙っているのか? いや、どうもこの雰囲気は違う。おそらく俺を殺せという命令も、”隷約”の中に組み込まれているのだろう。だからファルナーズの動きがちぐはぐになるんだ。
そうなるとファルナーズの奥底に眠る本当の彼女は、どれ程苦悩しているだろうか。もしも俺が逆の立場であったなら、どうする? 正直、考えたくもないな。
でも――ファルナーズが俺に想いを寄せているって、本当だろうか? ここで騙されていたら、俺、凄く恥ずかしい人になってしまう。
ダメだ、ダメだ。
ジャンヌが強すぎて、思考がつい変な方向へ……。
大丈夫、ファルナーズを取り戻す方法はあるんだ。
「ジャンヌ。お前を倒しても、ファルナーズは解放されるだろう!」
今の俺にはジャンヌを倒す手立てが見つからない。それでもやらなければと、俺は無い知恵を絞り勇気を奮い立たせる。
「そうだね。僕が死ねば、ね。でも、僕は死なない、というより、死ねないんだよ」
俺の言葉に少しだけ表情を曇らせたジャンヌは、物憂げに言った。
いつの間にかジャンヌは血の色がとれて相変わらずのまっさらに戻り、純白そのもの。ただ、俺の攻撃によって異様なカチューシャは破壊されたようだった。
「だから僕を倒すなんてことは、諦めた方がいいよ、黒甲王。シャキーン! ――召喚――座天使。召喚――大天使達。召喚――天使達」
ジャンヌは新たなカチューシャを取り出すと、頭に乗せる。
今度は黄金色で、細工も鮮やかなカチューシャだった。いっそ宝冠といっても過言ではないだろう。
それにしても、いちいち「シャキーン」と言いながら頭に何かを乗せるジャンヌを、俺はたまらなく殴りたい。
一方で周囲は、奴隷騎士同士が相討つ戦場と化している。
もともと不死隊が全滅した為に数的な不利を強いられたが、何とか三分の一ほどの不死骸骨が復活して戦線に復帰していた。これによって戦況全体で見れば、こちらが優勢となりつつある。
だからだろうか、ジャンヌがよからぬモノを召喚しようとしていた。
今まで晴れ渡っていた空はどんよりと曇り、稲光を発する。
このマディーナはオアシス都市だから、局地的には雨が降ることもあった。しかし、雨が降るにはそれなりの前段階というものがある。今はそれを無視して雷雲が発生しているのだから、明らかにこれはジャンヌの仕業だろう。
鋭い雷光が、ジャンヌの隣に落ちた。
「ジャンヌさま、お久しゅうござる。さて、我を呼び出しましたるは、いよいよ天軍を率い上位魔族共を駆逐する決意をして頂けましたので?」
「久しぶり、マーキュリー。うん、まあとりあえず、目の前の上位魔族には死んでもらおうと思っているけど。それにしても、僕、座天使を一人と大天使を四人、それから天使をいっぱい呼んだつもりだったんだけどなぁ?」
「ああ、それでしたら――」
雷光の中から現われたのは、金髪を短く刈り込んだ筋肉質なオッサンだった。
純白のタンクトップみたいな服を着て、ズボンも白。挙句に金色のネックレスをしている有様は、どことなく怪しげだ。口髭を生やしている所も、そこはかとなく気持ち悪い。
だが、何より特筆すべきはその背中だった。
なんと純白筋肉なオッサンは、二対四枚の翼を持っているのだ。
そんな怪しげなオッサンが幼女と会話をしている様を見れば、俺は出来れば警察に通報したい。
しかしこの世界に警察はいないし、むしろ治安を守るのはこの俺だった。ああ――もうイヤ。
「――出よ、大天使達」
純白オッサンが、背中の翼を大きく開く。
すると背後に光の塊が現われて、四人の美しい女性の姿を形作る。そして四人の後ろには、やはり純白の軍団が現われた。
四人の女性はそれぞれに一対二枚の大きな翼を持っているが、軍団の方は誰も翼を持つものが居ないようだ。その代わり軍団の兵達は円形の盾と短槍を手に、マーキュリーや四人の女性を見上げて片膝をついている。
「ああ、マーキュリーが偉くなったんだ? 前に会った時は、キミが大天使だったのにね」
「全ては筋肉の賜物――いや、神の恩寵にござる。して、ジャンヌさまに敵対せし上位魔族とは?」
「ほら、あの禍々しい甲冑を着ているヤツっ!」
ジャンヌが人差し指を真っ直ぐ俺に向けている。
「ほう、あの魔力は……確かにこのまま野放しには出来ませんなぁ。とはいえ再教育の後、天使として育成すれば、次代の熾天使にもなりうる逸材やも。ジャンヌさま、彼を倒した後の処置は、我等にお任せ願えますかな?」
「ダメだよ。彼は”王”を名乗った。権力に穢れた魂では、決して天使になれないから」
「ふむ、左様ですか。――ならばジャンヌ様の御為、殲滅するっ!」
純白のオッサンは、眼光鋭く俺を睨む。
あの態度からして、オッサンの実力は相当なものだろう。
出来れば軽く様子を見たいところだったが、純白のオッサンは此方の意図などお構いなしだ。
一瞬両手を光らせたかと思うと、純白の棍棒が現われる。そしてそのまま突進して来るのだが、なんと翼は飾りなどではなかった。低空を飛行しながら俺に向かってくるのだから、それは反則だと言いたい。
「ちっ」
俺は舌打ちしつつ、迎撃の為に両足を広げた。
左側にファルナーズが回りこんできたため、最悪、同時に攻撃を受ける事になる。
「やらせはせん! やらせはせんぞぉ!」
その時、純白オッサンの棍棒を全身で受けたのはパヤーニーだった。
パヤーニーは両手両足をどこかへ飛ばしたまま、ただ全身で俺を守っている。
やはりコイツは馬鹿なのだろうか?
「鼻がジンジンする……まあ、余に鼻はないけどもなぁ! はっはー!」
馬鹿なことを言っているし、やはり馬鹿なのだろう。
「お待たせいたした。不死隊を再編成していたせいで援護が遅くなり、申し訳ない」
しかし、やる事はやってくれていたパヤーニー。
迫り来る美しい天使の軍団を、俺の白骨軍団が迎え撃っていた。
どうやらこの戦闘能力は互角のようで、数が揃えば膠着状態に持ち込めそうだ。
さらにパヤーニーは飛ばしていた手足をマーキュリーの背後に回りこませて、その背中を撃ち抜く。
惚けていても、意外と良い働きをするパヤーニーだ。
まあ、そうでなければ過去の”聖戦”を凌げなかっただろうしな。
――真紅の怪光線がマーキュリーの背中を貫いて、パラパラと舞った純白の羽、そして破片。
純白オッサンは太い眉を吊り上げ、口髭を震わせながら激怒していた。
「我の美しき筋肉に傷をつけるとは、貴様、何者か! 筋肉も無いくせに、無礼であろう!」
「はんっ! 筋肉が美しいだと? 余の終末の美をこそ崇め称えよ! 我こそは世界の覇者たる至高の帝、シャムシール陛下により不死王の称号を与えられしパヤーニーである! 貴様こそ、名を名乗れ!」
「貴様の口上、真に不遜! 天に唾を吐くが如きなりっ! 我こそは天軍第三位階、座天使マーキュリー! 神罰をその身に刻み、そして死ねっ!」
「……むうっ? 余は既に死体であるが?」
パヤーニーの攻撃でも大したダメージを負わなかったマーキュリーは、そのまま矛先を俺から反らした。奴は間違いなく脳筋であろう。たった今名乗りあったパヤーニーに、輝く笑顔で突進してゆく。
多分、マーキュリーに俺の相手をさせたかったのであろうジャンヌが、開いた口を閉じられないでいる。
「そ、そっちじゃないよ、マーキュリー……」
口をパクパクとして、こんな事を呟いたジャンヌは少しだけ可愛かった。
どうやらジャンヌの後ろに控えている大天使達も、諦観を顕にしている。
「ジャンヌさま、シャムシールとか申す者は我等が……」
「マーキュリーさまは好敵手に会うと、ちょっと……」
「きっと今、楽しいんだと思います……」
「なんだか、すみません……」
そんなわけで、俺は左から迫っていたファルナーズの斬撃をかわすと、正面から四人の大天使による同時多重攻撃に晒されることとなった。
「うわっ!」
流石に彼女達の攻撃は速い。
というより、さっき光速化が切れたので、全員の攻撃を捌くなんて俺には無理だった。すぐに光速化を使おうかとも思ったが、一応これも切り札なので連発はしない。本当にヤバイ時に使えなかったら洒落にならないからだ。
俺は魔剣を構えつつ鋭い突きだけを避けて、あとは攻撃されるままに任せた。
鎧が大天使の直剣を弾き、魔法を無効化し、鉄槌を曲げる。
もともととんでもない防御力の鎧だと思っていたが、本当にとんでもない防御力だった。
「罅も入らない!?」
大天使の一人が悲鳴に似た声を上げる。
大天使たちは全員がライトグリーンの髪色をしていて、長い髪を背中辺りで束ねていた。
身長の高い二人が剣や槍を使い、中間の一人が魔法攻撃、そして一番小さい一人が鉄槌を振り回している。
「私の鉄槌は曲がっちゃった。姉さん達は?」
「私の剣もダメね、弾かれたわ。魔法は?」
「私の魔法も鎧の表面をなぞっただけ。魔力の無駄よ」
「私、槍の技量が落ちたのかしら? 全然当たらないもの……」
彼女達の会話を聞くと、どうやら四人姉妹である事がわかった。しかし、だからといってどうなる訳でもない。
とりあえず突かれるのだけは嫌だったので、槍の攻撃だけは避けた俺だ。そのせいで、一人だけ随分と凹んでいたのが面白い。
彼女達は白地で襟や袖口に金糸の刺繍が施された揃いの衣服を着ている。それは豪華なもので、他の天使たちとは明らかに一線を画していた。
一難去ってまた一難……というより一難も去っていないのに、また一難がやってきたのでニ難になってしまったのだろうか?
今や俺はファルナーズを含む、大天使達に囲まれつつある。
しかしそこに、鉄槌を持った大天使を吹き飛ばして参戦した骸骨がいた。
だれあろう、サクルだ。
どうやら上半身を吹き飛ばされても復活できるらしいサクルは、まさに不死骸骨と呼ぶのに相応しい。
「サクル、生きていたか!」
俺はサクルの無事を喜び、大きく頷いた。
「わたし、しんでる」
俺の目の前が、少しだけ潤んだ。
俺はサクルに冷静さを求めていた訳ではない。ただ、大きく頷いて欲しかっただけなのに……。
俺は周囲を囲まれつつも、ジャンヌに突進した。別にサクルの冷静さに耐え切れなくなった訳ではない。
結局の所、要はジャンヌなのだから、彼女を倒しさえすればいいのだ。
そもそもファルナーズを助けたいのに彼女と戦ってしまったら、本末転倒になる。
しかし槍を構えた大天使が、俺をジャンヌに近づけまいと立ちふさがった。
「羽つきっ! シャムシールさまの邪魔をするなっ!」
大天使の横合いから盾で殴りつけたのは、ジャムカだった。
先ほどまでジャンヌの結界に囚われていたが、ジャムカはどうやら無事に抜け出せたらしい。
そしてジャムカは大天使が相手ならば、決して後れをとったりしないようだった。
俺はさらに駆けて、ジャンヌとの間合いを詰める。
頭上から一人の大天使が迫ったが、それをザーラの光矢が弾く。
「座天使? 大天使? 随分と大仰なものが出てきて。それでも、陛下の邪魔はさせません、にゃん」
大天使は金色に輝く瞳をザーラに向けて、微笑を浮かべた。
ザーラの光矢を丸盾で防いでいた大天使だが、彼女はどうやら魔法タイプのようで、武器は杖を持っている。
「行かせないっ! えっ? 剣もかわさずっ……! 馬鹿にしてっ!」
俺はジャンヌとの間に立ちふさがる最後の大天使を抜くと、”光速化”を発動させた。
ジャンヌがどのような防御手段を講じても、意表を突かれれば動揺するはず。
俺はここで、所謂、緩急をつけたのだ。
それが功を奏して、俺はジャンヌの背後に回る事が出来た。
しかしジャンヌは事も無げに振り返ると、俺に抱きついてくる。
「シャムシール王、僕だって嫌なんだよ……男に抱きつくなんて。でも、キミの鎧……それは反則でしょう。だって、あらゆる魔法を弾くんだもの。でも、こうすれば……灼熱」
ジャンヌの上目遣いは艶かしいが、それでも”つるぺた”なので俺の食指は動かない。
というより、目の前が”ゆらゆら”と揺れている。
なんだろう? そう思ってジャンヌを見ると、真っ白だったはずのジャンヌが桃色に輝いていた。
「熱伝導だよ。鎧の中で焼け死ぬといい。ね、マディーナの王様」
自身を極限まで熱しているせいか、ジャンヌの服が燃えて落ちる。
もはや裸の幼女に抱きつかれている俺は、別の意味で眩暈がした。
ジャンヌ――なんて美しいんだ。ああ、俺はロリコンになってしまったのかも――。
違うぞ! 断じて違う! そうじゃない!
俺は自分にそう言い聞かせながら、ジャンヌから視線を逸らす。
鎧の表面温度は一体どれ程なのだろう?
俺の体は今、焼けるように熱い。辛うじて自分の魔法防御で防いでいるが、きっと解除した瞬間に俺は死ぬだろう。
俺は必死にもがいてみるが、何故かジャンヌの小さな身体から逃れる事が出来なかった。
「シャムシール、そんなに動かないでよ。変な所が擦れて、僕、気持ちよくなっちゃうじゃないかぁ」
とろんとした目を俺に向けるジャンヌが、妙に色っぽい。
裸だから余計にそう見えるのだろうが、もう、なんだかこのまま死んでも悔いが無い気がしてきた。
――いや、諦めちゃダメだ。
――諦めたらそこで試合終了って、漫画の中でどこかの先生が言っていた。
(シャムシール、本当におれの事が好きか?)
こんな時に、ネフェルカーラの念話が再開される。
いや、念話がきたということは、ネフェルカーラが解放されたということだろう。
しかし、何故このタイミングでこんな事を……。
俺は朦朧としつつある意識で、その声に応えた。
(今は、そんなこと……)
(大事なのだ。今だからこそ……。おれとハールーン。どちらを、愛しておるのだ?)
は?
俺の意識は意味不明の疑惑を晴らす為、一瞬にして帰還した。
何故にハールーンを俺が愛していると?
あの脳筋魔術師は、一体誰にそんな馬鹿な事を吹き込まれたんだ?
「なんで俺がハールーンと愛し合ってるんだよ! その考えはどこからきたんだ! そんな事よりネフェルカーラ! ジャンヌがホントに強いんだけど! どうにもならないんだけど!」
とにかく俺はこの後、ネフェルカーラに愛を叫ばされたのだ。
そうして暫くすると、ジャンヌが紫色の瞳に涙を溜めながら、プルプルと震えていた。
「キミを蒸し焼きにして殺してやろうと思っていたのに……その冑からネフェルカーラちゃんの作った冷気が流れ込むから殺しきれなかったよ! しかも、しかも、ネフェルカーラちゃんと念話でイチャイチャしてるだなんて、僕に対して無礼だぞっ! 僕なんか裸だったんだからな! こんなに恥をかかされたのは初めてだよっ! 僕の事もちゃんと見ろっ!」
何故だか怒るポイントがズレまくっているジャンヌは、すっぽんぽんで仁王立ちをしている。
言われたとおりにちゃんと見てみると、ほんの少しだけ胸が膨らんでた。
――ぐうっ!
俺は大ダメージを食らってしまった。
鼻血だ。
「もう、その冑を奪ってやる!」
言うなりジャンヌは”ぴょん”と飛び上がり、俺の冑に手をかける。
その動きは、俺から見れば遅いものだ。すぐに身体を引けば、かわせると思った。
しかし、鼻血のせいで俺の動きは鈍くなり――気が付けば俺の冑をジャンヌが手に持ち、彼女は目を丸くしていたのだった。
「えっ……これがシャムシール……王? もっと猛獣みたいな人かと思っていたけど。でも……ほら、キミだって女の裸でそうやって興奮して鼻血なんかだしてさ――精々僕の身体に欲情するがいいさ!」
ジャンヌは一瞬だけ俺を見る目を変えたが、ポタポタと零れる鼻血を見て嫌悪感を顕にした。
だったら正直、服を早く着て欲しいと思うのだが、何故かジャンヌはそのままだ。
とりあえず俺は冑を取られたついでに、マントを外してジャンヌに渡す。どうにも裸の女の子と戦うなんて絵面が耐えられそうにない俺だ。
「とりあえず、これで隠してくれ。ここには色んな人が居るし、お前だって誰彼かまわず見られたい訳でもないだろう?」
俺が放ったマントはジャンヌの手前に”パサリ”と落ちた。
マントをまじまじとみたジャンヌは、不思議そうに瞼を二度、三度と瞬かせると、こう言った。
「う、いや。僕、ゴメン、裸じゃなくって……これは魔法でキミに幻覚を見せて、だね……けど、その、その、ありがと……解除……」
その瞬間、戦いの喧騒が甦るとジャンヌは純白の衣服のまま、俺の前に仁王立ちをしていた。
見渡せば、大天使達四人を相手に戦うジャムカ、サクル、ザーラ。それから座天使とファルナーズを相手どるパヤーニーの姿がある。
どちらも数の関係で押されているが、全員心配気にチラチラと俺を気にしているようだ。
俺は、一体何時からジャンヌに幻覚を見せられていたのかと不安を覚えたが、目の前に立つ少女は、何故か俺のマントを手に、少しだけモジモジとした動きを見せていた。




