魅了と疑問
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聳え立つ城壁を内側から眺めやると、どうにも気が重くなる。何しろ、俺たちは近い将来、ここを攻めなければならないのだ。
俺の立場が千人長とかなら、絶対無理! って進言する。ファルナーズあたりに。
サーリフさんには、言えないけどね。だって、怖いもん。
さて、現在、俺たちはオロンテスの城門近くにある衛兵の詰所において、全員纏めて事情聴取中である。
石造りの建物の最深部であろうか。地下牢へと繋がる一歩手前の部屋である。
俺たちは、シャジャル、俺、ネフェルカーラ、ハールーンと、長机を前に横一列に並んで座っていた。正面には、係りであろう若い騎士が一人座り、その後ろで、鉄製の扉を守るように兵士が二名、佇立していた。
「……あの。魔物は?」
恐る恐るといった感じで、俺の横ではネフェルカーラが口を開いていた。
ほんと、演技の才能でもあるのか! ってくらい自然に怯えた口調だ。
それを見て、正面の青年騎士も心をぐっと鷲掴みにされたんだろう。今にもネフェルカーラの手を取らんばかりの勢いである。
「大丈夫です! 今、我等の隊長が討伐に向かいました! ご安心めされよ!」
胸をそらして、全身鎧の胸を”ばぁん”なんて叩く正面の青年騎士である。
この熱血馬鹿め。
俺は、ネフェルカーラの本性をばらしてやりたかった。
「だが、どうしてこのような時勢にこのような場所へ?」
騎士の質問は本題へ入り、ネフェルカーラも淀みなく答える。
暫く問答は続いたが、会話の内容は結局、ネフェルカーラが独身であるとか、恋人は居ないだの、といった意味不明なモノに流れてゆく。
それでも、無事、俺たちの身分に関する説明も受け入れられて、一安心、といったところであった。
だが、騎士よ。最も大切な質問をしていないのだぞ。ネフェルカーラが男か女か。
ま、本人が男って言い張るだけで、絶対に女なんだけどね。聞くと認めないんだよなぁ。
それにしても、ネフェルカーラはどんな技を使ったんだろう。俺だってわりとツッコミ所が多いようなやり取りだなぁと思ってたんだけど、いつの間にやら通行の許可が出た。
「魅了魔法だ。ゆえに、奴等はおれの意のままよ。うわははは」
青年騎士が席を外した隙に、ネフェルカーラが得意げに俺の耳元で囁いたのだ。別に教えてくれなくても良かったんだが。
「すごいな。ネフェルカーラさま。どんな魔法でも使えるんだな!」
「うむ。おれに使えぬ魔法の方が少ないぞ。わはは。今度貴様に教えてやらんこともない」
あ。ネフェルカーラ。煽てたら木に登るタイプだったのか……。実は、案外操りやすいのかも……。
などと考えていたら、中座した騎士が再び俺たちの前に現れた。
加えて、後からもう一人の騎士が姿を現す。それは、口髭も立派な壮年騎士だった。多分、先ほど青年騎士が言っていた「隊長」だろう。
開口一番、彼が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「いや、相すまぬ。魔物を討ち果たすには至らなかった」
「いいえ、いいえ。構いませぬ。私達主従はこうして無事でございます、騎士さま。
助けていただきましたご恩は、決して忘れませぬ」
妖艶な笑みを浮かべて、ネフェルカーラが壮年騎士を労った。
全く、若者には少女のように清純に、壮年には淑女のような貞淑さを漂わせる。そんなネフェルカーラの凄艶な美貌は、それだけで魔術だと思う。
ほら、壮年騎士が早速デレているし。
「そ、そうか? お主にそういってもらえると……」
俺が退屈を持て余し始めていると、またもネフェルカーラが俺の耳元で囁いてきた。
「それにしても、貴様はなぜおれの魅了魔法で隷下にならんのだ?」
え? 俺にもかけてたの? てか、みんなにかけてたの?
うん、確かに、俺にもかかっているのかもしれない。でも、効果が低いのだろうか?
ネフェルカーラの声は、たしかにとろけるように柔らかく、俺の萌える琴線に触れる。だが、鳴り響くことはないのだ。
とはいえ、ネフェルカーラの疑問は、もっともであった。
何しろ、ハールーンやシャジャルさえもが、ネフェルカーラを見る目がハートなのだ。いくらなんでもおかしいだろう。俺だけハートにならないなんて。
「では、私達は早速大聖堂に向かいます。早く神の御許に赴いて、感謝を捧げたく存じますので」
厳かな声で、ネフェルカーラは言った。いかにも敬虔な信徒、といった体だ。
これに対して青年の騎士も壮年の騎士も、反論する余地とてなく頷くばかりである。俺は見ていて正直呆れた。なにしろ、騎士たちは此方の事情など、殆ど聞けていないのだ。
名前も、住所も、だ。杜撰すぎるだろう。とはいえ、これは俺たちにとって、全く都合が良いことなのだが。
老婆心ながら、上司とかに怒られないかな? と騎士たちが心配になったりもしたのである。
恐るべし、ネフェルカーラの魅了魔法……
というわけで、門衛の騎士たちとの問答は問題なく終わり、互いに笑顔を向け合い別れを告げたのであった。
最後に、騎士たちはいつまでも名残惜しそうにネフェルカーラを見つめていたが、白皙の麗人は面白くもなさそうに仏頂面を決め込んでいただけである。
ついでに、ハールーンがネフェルカーラの側から離れようとしない。
シャジャルは、流石に、詰所の建物を出て暫く歩くと、”はっ”としたように一度、大きく目を開いて、全てを悟ったように項垂れた。
多分、彼女は魔法に対して相当な自信を持っていたんだろうと思う。
それが、俺にも破られ、ネフェルカーラにも差を見せ付けられてショックだったんだろうな。
「シャジャル。頑張ればいいさ」
なんとなく、俺は妹になった少女を慰める。
一人っ子であった俺には、妹や弟との接し方なんかは分からない。でも、人として、落ち込んでいる人を慰めることは、決して悪くないはずだと思ったのだ。
「はい! そうですね! 兄者!」
屈託の無い笑顔を俺に向けるシャジャル。目的がアシュラフ王を殺す事でなければ、いう事ないんだがなぁ。
ていうか、なんでそんな事を目的にしているのか、今度聞いてみよう。それで思いとどまってくれれば、俺も変な疑いをかけられなくて済むってものだ。
一話が長くなったので、分けました。
結果、短くなりました。無念!