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異世界奴隷が目指すもの!  作者: 芳井食品(芳井暇人)
四頭竜の軍旗を掲げて
89/162

シャムシールの親衛隊

 ◆


「ふむ。ではちと試させてもらうとするか……ええと、名は?」


「シャムシール」


 干からびたパヤーニーが何を試したいのかは知らないが、白骨の兵も全員が抜刀している。

 とりあえず俺はパヤーニーから視線をそらさずヤツの問いに答えると、すり足で間合いを詰めた。


 干からびているクセに隙の無いパヤーニーは、俺を目掛けて無数の矢を放つ。

 無論それは魔法によって生み出された光の矢なのだが、俺は左手を翳すと巨大な重力を発生させてそれらを飲み込んだ。

 光さえ屈折させる程の”超重力魔法”を俺は操れるようになったのだ。

 まあ、本当の事を言えばアーノルドに教わったのだが、何でも俺は筋が良いらしい。

 アーノルドが言うには、ここまで見事に”闇属性”を操る人間などいないそうだ。


上位妖精ハイエルフが光の精霊を操るように、上位魔族シャイターンは闇の精霊を操りますから、主どのが闇属性を極めたとして、なんら不思議はありませぬ」


 だから俺は人間だ……と。

 とりあえず、こんな事を言ったアーノルドの頭は小突いておいた。


「へ、陛下、その魔法は危険です。兵達も飲み込まれます、にゃん」


 一応、指向性を持たせた重力を発生させたのだが、それでも超重力だった為、味方の兵も幾人かが倒れ、引力に耐えていた。

 ザーラの黒髪も、俺の手元へ吸い寄せられる様に揺れてる。


「ん? やりすぎだったか。力の加減が難しいな」


 俺がうっかりしたせいで、味方に隙が生まれてしまった。

 一方、不死骸骨スケルトン達の統制は見事で、隙を見せた我が軍の密集隊形をいとも容易く突き破る。

 穿たれた楔の様に陣形の隙間から白骨兵が姿を見せると、即座に対応したのはジャムカだった。


 小型の円形盾で不死骸骨を殴りつけて吹き飛ばすと、そのまま曲刀で袈裟斬りにするジャムカ。彼女が右に、左にと動けば、その度に白骨が吹き飛び、粉砕されてゆく。そうして穿たれた陣形は再び立ち直り、密集隊形は保たれる。


 俺は眼前で浮遊するパヤーニーを睨み付けると、そのままヤツの間合いに踏み込んで、水平に曲刀を振う。ヤツの攻撃を凌いだのだから、次は俺の番なのだ。

 青白い燐光が弧を描き残像となって、剣の軌跡を描く。するとパヤーニーの身体は両断された。


「ふ、ふふははは。強いな、そなた」


 しかし両断されたパヤーニーは、上半身だけで浮遊し続けている。

 

 不死者というものは、どうにもよくわからない。

 下半身も下半身で勝手に動いているように見えて、気味が悪かった。


浄化プリフィケーション――陛下、あれは私が始末致します。どうか兵達の援護を」


 蠢くパヤーニーの下半身に杖を翳して何事かを唱えたカイユームが、俺に耳打ちをする。

 パヤーニーの下半身は見る間に青白い炎に焼かれ、跡形も無く消え去った。


「ふむ。古代魔法エンシェントの使い手もおるのか」


 上半身のみになった干物が、感心した様に呟く。

 下半身を失っても動じないのは立派だが、干物が顎に指を当てて考え事をしても、違和感しか見出せない俺だった。

 その前に、何かパヤーニーの行動に違和感を感じ始めた俺は、気分的に観察モードになっている。

 と、観察していたらパヤーニーがとんでもないモノを放ってきた。


「では、これを防ぐ事が出来るかな? 炎槍ナール・ハルバ


 使う魔法の種類を選んでいたらしいパヤーニーは、中空から此方に手を翳すと炎の槍を三つ、打ち出した。

 この魔法は、中々に高位だったはず。

 何しろ高温の槍先が敵を貫通した挙句、内部に達すると破裂するという恐ろしいシステムの魔法だ。

 劣化ウランの戦車砲弾が三発飛んできたようなものなのだから、俺は神に祈りたい気分になった。

 俺は鎧があるから平気だが、奴隷騎士マルムークの大半はこれを喰らったらひとたまりも無い。だから皆を守る為に、俺は魔法を展開する。


 ええと、今度は闇系を使わないようにしよう。


シダール!」


 俺は地面から土の壁を生み出した。

 しかし、干からびたパヤーニーの魔法は実に高威力で、いとも簡単に俺の壁を融解させる。


「嘘だろ!?」


 また泥粘土程度の壁を作ってしまったか? と内心焦った俺だが、どうやら違ったようだ。

 パヤーニーの放った魔法の威力が相当なモノだったらしい。

 側にいるカイユームがいつになく真面目な表情を浮かべていた。


「物理障壁展開三層っ! 耐熱障壁展開五層っ!」


 ――その瞬間である。

 カイユームが叫ぶと、炎の槍を八層に及ぶ半透明の球体が覆い、その内部で爆発が起きた。

 その直後、多少暖かい風が吹いたが、ただそれだけに抑えてしまったカイユームの手腕は見事だ。

 それにしても、敵の攻撃を丸ごと閉じ込めてしまったカイユーム。これって、実は物凄く高等技術なんじゃないだろうか?


「すごいな、カイユーム」


「流石にこの状況で回避しては、味方にも被害が出ますから」


 額に汗を浮かべている所をみれば、カイユームといえども結構な魔力を消費してしまったに違いない。


「それよりも陛下。パヤーニーは私とザーラで相手を……ですから兵達の援護をお願いします」


 今日のカイユームはやる気まんまんだ。

 俺はパヤーニーの意図を図りかねていたが、といってカイユーム達の言葉が真実なら、あまり我が侭を言ってもいけないだろう。ヤツが倒すべき敵である事に違いないのだから。

 だが、カイユームとザーラでパヤーニーを倒せるのだろうか?

 どうもパヤーニーの底が見えないので、それを探る為にも二人に戦ってもらう方が良いかも知れない。


 ――それに。


 俺が周囲を見渡すと、所々で不死骸骨スケルトンに追い詰められている兵が見受けられた。

 ジャムカとシェヘラザード、それからサクルがそれぞれ無双しているが、残念なことに兵の基本能力としては、敵に分があるようだ。

 しかも、倒しても不死骸骨スケルトン達は暫くすると復活してしまう。これでは時間と共にどんどん不利になって行くだろうし。

 やはり、ここは俺も無双しておくか。

 

 骸骨無双、どこかのゲームみたいだな――そう思ったら、少しだけ楽しくなった俺だ。

 実際、骸骨達がかつては人だったとしても、今は既に死んでいる。そう思えば命を奪う事にはならないのだから、生者との戦場に立つよりも遥かに気は楽だった。


「援護はいいが、どうやったらコイツ等を倒せるんだ?」

 

不死骸骨スケルトンを倒すには、使役者を倒すほかありません。いくら魔法で滅しても砕いても、使役者に魔力がある限り幾度でも甦ります。といっても、聖系統の魔法で消したり、跡形も無く砕けば暫くは復活出来ないはずです、にゃん」


 宙に浮かびながら”聖系統”の魔法を次々に放っているザーラが、俺に教えてくれた。

 それにしても、ザーラが”聖系統”を使うというのが意外だ。


「パヤーニーを倒すか、骸骨兵を全て粉微塵に砕くか、か。面倒だなぁ」


「ふはは! そうであろうよ! この骨を倒すのは骨が折れるぞ! 骨だけになぁ! ふははは!」


 俺の呟きを聞くと、上半身だけになって飛び回るパヤーニーが哄笑した。

 冗談を言っているつもりだろうが、俺が通っていた高校の教師より劣悪なオヤジギャグをパヤーニーの口から聞いた気がする。

 ちなみにその教師は数学の担当で、「三十五歳、私はギリギリ青年だ!」と言っていたが、どっぷりと中年の世界に浸っていたと俺は思う。

 

「……パヤーニーは、一体幾つで、どうして死んだんだ?」


「三十六歳の時、不死隊アタナトイと共にフローレンス軍に突撃をして果てました、にゃん。ただ、遺体を不死隊アタナトイがマディーナに持ち帰り、その後、不死公リッチーとして復活。フローレンス軍に再戦を挑み、みごとこれを破ってシバールを勝利へと導きました、にゃん。

 生前は、緻密な軍略を得意とする名将でもありましたが、同時に、敵の捕虜を巨大な杭に突き刺して殺し街道に並べる、という処刑法を考案した事もあり、その残虐性故に不死公リッチーと成り果てたのです、にゃん」


 ザーラの説明は細かかった。

 というか、ザーラも当時の事を知っているのだろうな。

 しかし話だけを聞くと、”狂気の英雄から華麗にジョブチェンジした悪の華”という感じのパヤーニー。しかし実際のヤツは、加齢臭も通り越して腐敗臭すらしないオヤジギャグを放つ半熟ミイラだ。

 まあ、死んだ年齢が三十六歳なら、ギャグもあんなものなのだろう。

 人を串刺しにしていたようなヤツが面白い事を言えたとしても、それはそれで逆に恐い。

 

 いやいや、そんなことはどうでもいい。


「パヤーニー! 貴様の犯した罪の数々! 今こそ償えっ!」


 縦横無尽に宙を舞うパヤーニーを追うカイユームが、魔法の光弾を放ちながら叫ぶ。

 同時に下方へ防御結界を展開しているカイユームの戦いぶりは、実に見事だ。

 

召喚イステドアァ! 骸骨兵ハイカル・アズミ!」


 ここへきてザーラが面白い事をしている。

 敵の骸骨兵の背後に、味方の骸骨兵を生み出しているのだ。

 目には目を、の感覚かも知れないが、この空間に骸骨がどんどん溢れ、もう、骸骨祭といった様相を呈している。


 俺は少しだけ目に涙を溜めて、骸骨無双をする事にした。


 ◆◆ 


 俺は兵達の間を分け入り、最前線に出る。

 見れば入り口方面にはシェヘラザード、右手にジャムカ、左手にサクルとそれぞれが守り、不死骸骨スケルトンと交戦していた。

 

 俺は早速、魔剣を縦横に振い、骸骨達を粉砕してゆく。

 流石に元々精鋭と呼ばれた不死隊アタナトイだけあって、たまに俺の一撃を耐える者もいた。しかし、そんな者も蹴りで粉砕する俺だ。


上位魔族シャイターンシャムシール万歳アクバル!」


 最深部には武将が居なかった為、兵達の士気が落ちていたが、俺が来た途端に持ち直したようだ。

 崩れかけた隊形を堅持し、場合によっては俺の横に並び不死骸骨スケルトンを屠る者まで現われる始末。

 

 しかし、変な掛け声と共に不死骸骨スケルトンを倒さないで欲しい。俺が凹んでしまうから。


 それにしても、骸骨兵のサクル――本当に斧が得意だったんだな。

 体に似合わない巨大な戦斧を両手で抱えて、斧の平で敵の骸骨達をなぎ倒す様は圧巻だ。

 何しろ弾かれた骸骨たちが後ろに吹き飛んで、そのまま壁に激突してさらに砕けるのだから恐ろしい。

 といっても暫くすると骸骨兵は復活するので、所詮は単なる時間稼ぎであった。

 それからついでに味方の骸骨兵ハイカル・アズミも巻き込んでいるが、いいのだろうか?


 もっとも、それを言ったら俺の方も同じだった。

 骨を粉砕する勢いで魔剣を振っていたので、吹き飛んだ不死骸骨スケルトン達が味方の骸骨兵ハイカル・アズミにぶつかって砕けてしまうのだ。

 ちなみに基本性能はどうやら不死骸骨スケルトンの方が圧倒的に良いらしい。

 こちらの骸骨兵三体で、ようやく不死骸骨一体を相手取れる程度だろう。ザーラには悪いが、あまり役に立つとは言えない代物だった。


「なかなかやるな、シャムシールどの! それにサクルは優秀だろう! こんな所でそろそろ戦いを止めようと思うのだが、どうか?」


 俺が一頻り骸骨達を打ち倒し、少しだけ息を付いた所でパヤーニーが声をかけてきた。

 ヤツはカイユーム、ザーラと二人を相手にしているのに、尚、余裕だというのだろうか?


 俺は”ぎょ”っとして中空を見上げた。


 いや、パヤーニーに余裕など無い。

 もう、いよいよ干からびた首だけになって逃げ回っているのだから。

 

「だまれ、パヤーニー! 王を僭称したのみならず、罪無き者を殺し不死隊アタナトイとするなど! まして、ましてサクルは私の友だったのだぞ! それを毒で殺し、入隊させた罪! 煉獄に繋がれ、もがき苦しんで償うがよいっ!」


 カイユームが烈火の如く怒っている。

 自らの周囲に竜巻を発生させつつ、所々炎を纏わせてる様は、そのままパヤーニーを燃やし尽くそうということだろう。

 なるほど、サクルはカイユームの友だったのか。そういうことならカイユームの怒りも納得だ。

 でも、サクルに記憶はあるのだろうか?


 ともかく俺も頭上に火球を用意して、いつでもミイラを火葬する準備を整えておく事にした。


「まて。余はサクルを殺してなどおらん」


「今更そのような詭弁! 自らが不利になったからといって、今度は命乞いか?」


「いや、余、既に死んでいるし……」


「消滅したくないのだろうと、そういう意味だ!」


 憮然としたパヤーニーの口調に、不快感を顕にしたカイユーム。


「余が、不利? 頭だけになった事をいうておるのか? ふはは! 身体など、余にとってはただの飾りよっ!」


 余裕のパヤーニーは軽く笑うと、頭を左右に揺すっておどけていた。

 俺は左手を翳し、ミイラに火球をぶつけてみる。揺れるパヤーニーの後頭部がイラッとしたので、たとえ話している最中でも仕方がない。

 

「熱いではないかっ!」


 俺の火球ナール・ナハブは、そう生易しいものではないはずだ。本来なら「熱い」ではすまない。しかし、パヤーニーは僅かばかり焦げただけだった。

 それにしても、ミイラの燃えるニオイはキツイ。

 だがこの様子をみれば、ヤツの言葉が単なる強がりという訳ではない事もわかった。

 カイユームは怒りで我を忘れているようだから気付いていないが、肩で息をして結構辛そうだ。それに、顔がうっすらと透けている。透けている!?

 時折、輪郭がぶれたりするカイユームは、一体どうしたというのだろう? まさかコイツも実は幽霊でしたーとか、そんなオチだろうか……。


「余の話を少しくらい聞いてくれてもよかろう? これまで、そなた達を誰一人殺さずにおいてやったではないか」


 少しだけションボリした声を出すパヤーニー。

 この時、同時に不死骸骨スケルトンの動きが止まった。

 そしてサクルは首を上下に動かし、パヤーニーの言葉に同意を示している。

 パヤーニーは歴史的に信用の無い男だが、サクルが頷くのならいいだろう。

 俺は十六歳で死んでしまったサクルに、少なからず同情をしている。だからなるべくなら、意見を尊重してあげたいのだ。


「そんな事はどうでもいい! 貴方は不死隊アタナトイを維持する為に有望な者を殺し、不死骸骨スケルトンと為す事で類稀な戦果を上げていたではないか!

 私だって見ているのだぞ! 貴方が不死骸骨スケルトンを作り上げる所を! まずはその罪を償うべきだ!」


「まて、カイユーム。話だけでも聞いてみよう。今、俺達に犠牲者が居ない事も事実だから」


 俺は怒りの収まらないカイユームを見上げ、諭す。

 俺の声を聞くと表情を和らげ冷静になったカイユームは、全身を覆う風系の魔法を解除した。


「シャムシールどの、感謝する――」


「話したいこととは、何だ?」


 パヤーニーは俺と視線が釣り合う高さまで下りると、頭だけで会釈をした。

 そして俺の目をじっと見つめて語り出す。


「ふっ……そなた、いい目をしている。まるで余と同じだな。ふっははは!」


 このやろう!

 お前と同じ目だったら、俺も空洞の目になっちゃうよ! 馬鹿にしてるのか!

 それとも俺の目が節穴だとでも言いたいのかよ!


「なんてな!」


 俺が曲刀を構えると、顔を引き攣らせながら冗談だと首を振るパヤーニー。

 俺は震える腕を押さえつけて、ヤツの言葉を促した。


「次はない。話せ」


「ふむ――まず、余が不死隊アタナトイを維持する為に、味方を殺して不死骸骨スケルトンを作っていたという話は、時の聖帝カリフのでっちあげよ。

 そもそも不死隊アタナトイとは、マディーナを守らんと命を賭けて戦ったつわもの共が、フローレンスの”聖戦クルセイド”に為す術も無く敗れた無念から生まれたのだ。

 ――マディーナが”聖戦クルセイド”を発動しているフローレンスとの最前線である限り、我が兵共は常に死に続けることとなり、必然的に不死隊アタナトイの数が増す事になっただけのこと」


 俺の言葉で静寂が訪れた空間に、パヤーニーの浪々とした声が響く。

 干からびて首だけなのにどうやって声を出しているのか不思議だが、ともかくパヤーニーの声は低く渋いものだった。

 

「……それが事実だとしても、サクルはどうなのだ? 毒殺したのではないのか? 第一、貴方の生前の行動は残虐過ぎて……」


 目を細めて追及の構えを見せるカイユームの上唇は、わなわなと震えている。今も怒りを堪えているのだろう。


「サクルは、聖帝カリフの密偵に殺されたのだ。もっとも――サクルの強さを惜しみ、不死骸骨スケルトンにしたのは確かに余だ。これを罪と言われれば、甘んじて受けるしかないが。

 それに残虐だと言われようが、敵を退けるに手段など選んではおれぬよ。まあ、その結果が今に繋がっているのであろうがな」


 自嘲気味なパヤーニーの言葉に、少しばかり俺は共感した。

 多分、恐がられなければ敵に甘く見られる。甘く見られれば攻め込まれ、結果として多くの血が流れるのだ。

 もっとも、味方の血を流さない為に敵の血を効率よく流させた結果が、今のパヤーニーの評価――英雄と虐殺者の狭間――なのだろう。

 もしかしたら当時の聖帝もパヤーニーの虐殺行為を誤解して、王位を授けなかったのかもしれない。

 そう考えればパヤーニーは圧倒的に加害者と思われていても、実は被害者でもあるといえた。


 いや、それよりも――もっと悲惨なのはサクルだろう。

 パヤーニーの言葉に、サクルは首を横に振っていた。

 十六歳で死んだことは、さぞや無念だっただろう。骨だけになって数百年、ここでずっと過ごしたことも、サクルにとっては耐え難いことだったはずだ。

 それでもサクルは旧主に恨みが無いことを示していた。

 きっとサクルも、パヤーニーの心中を理解しているのだろう。


「パヤーニーさまも……わたしたちのため、し、んでくれた。カリフ、パヤーニーをスルタンにしなかった。だから……ぜつぼうも、した」


 たどたどしい言葉が聞こえてくる。

 サクルが斧を置き、身振り手振りを交えて必死で想いを伝えようとしている。


「パヤーニー、まってた。マディーナまもってくれるひと。わたし、を、たくせるひと。パヤーニーとみんな、ここ、うごけないから」


「ふむ。そういうことだ。だがサクルを託すにしても、その者が余りに不甲斐ないのではなぁ。そう思って戦ってみたのだ。はははは!」


 干からびた首だけで笑うパヤーニーはとても不気味だった。

 だけど未だに黄金の髪が残っている所をみれば、生前はもしかして美男子だったかもしれない。

 オヤジギャグを言う美男子ってどうかと思うが、まあ所詮今は半熟ミイラだ。


「さて、これで誤解は解けたな! そなたら、マディーナの未来、行く末をしかと頼んだぞ! では余は寝るからな!」


「待ちなさい、勝手に話を進めないで。貴方はスルタンになれないことが無念で不死公リッチーになったの? いいえ、そんな事はどうでもいい。どちらにしても私は貴方をここで滅した方が良いと考えているのだけれど……にゃん」


 宙に浮かぶ干物骸骨の頭を剣の背で”とんとん”と叩いたザーラは、冷徹な笑みを浮かべていた。


「ひいっ。脅かすでない、女。髪型が乱れるではないか。

 余が不死公リッチーとなったは、不死骸骨スケルトンと成り果てた我が配下を偲んでのことよ。何の故あって一人のうのうと神の御許へゆけるものか。第一、余の肉体が滅んでも、フローレンスの侵攻は止まらなかったのでな。死してもなお戦う必要があったということが最大の理由であろうよ。

 大体、おぬしでは余を滅することなど叶わぬぞ、無駄な努力はせぬことだ。

 まあ、シャムシール王が本気で余と戦うのなら、滅されることがあるやもしれぬが……」


 パヤーニーの言葉に眉を顰めて不快感を示したザーラだったが、俺はヤツの言葉に納得した。

 確かにパヤーニーはまだ魔力を秘めている。

 多分、俺達が本気で戦ったら、それこそ味方に被害が出るだろう。

 それを見越して、ニヤリと笑う干物は多少ウザかった。


「それより、フローレンスが再び”聖戦クルセイド”を発動しているのだろう。余の頭髪にビンビンとその魔力が伝わってくる。だからこそ、余は待っていたのだ。もしもここを訪れる者がフローレンス軍ならば再び戦い、再びマディーナを守ろうと。しかし幸いな事に、ここを訪れた者はシャムシール王であった……」


 お前の頭髪は魔力アンテナか! とツッコミたくなったが、俺は必死で我慢した。

 もしかしたら俺はヤツの何かに取り込まれつつあるのかもしれないが、それはとても不本意だ。

 ともかく、”聖戦クルセイド”に関する情報を仕入れる事にする。

 今は闇隊ザラームからの報告も滞っていて、それがどれほどの威力なのか、俺には見当もつかない状況なのだから。


「”聖戦クルセイド”っていうとあれだろう。聖騎士達の能力が飛躍的に上がるという。そんなに凄いのか?」


「うむ。例えばそうだな……兎でも獅子に勝てるようになる、そのようなものだ。そんな敵に生身の兵をぶつけて、一体どれだけ生き残れるというのだ? だから余は不死骸骨スケルトンを見て禍々しいとは思いながらも、これを戦力として活用する術を考えたのだから」


「ふむ……俺と同じ位の強さを持つ者なら、吐いて捨てるほどいる、ってことか?」


 俺の心に不安が過ぎる。

 力が闇雲に強い俺だが、相手が同等となれば話も変わってくるのだ。そう簡単に無双など出来ないだろう。何よりそんな敵を相手に、皆が生き残れる保障など何処にも無いのだ。


「さあ、な。当時の”聖戦クルセイド”でも、余に匹敵しうる敵は少なかった。その状況が今時でそこまで変わるとも思えぬが。

 ……我等の様な天才は滅多におらぬものだしなぁ」


「うそ。パヤーニ、さいご、あっけなかった。かんたんにうちとられた。つよくなったの、リッチー、なってから」


 いつの間にやら俺の側にやってきたサクルが、パヤーニーを見上げて首を傾げている。

 サクルは決して喋っている様には見えないが、何故か俺にはその声がしっかりと聞こえていた。


「へえ。人だった頃のパヤーニーは弱かったのか」


「それを言ってはならぬと……サクルよ……」


 干物は項垂れると、乾いた眼窩から涙を零した。

 貴重な水分なのに、随分と惜しげもなく放出するものだと思って俺が見ていると、


「はうあっ! 涙!」


 自分で驚くパヤーニーだった。


 パヤーニーは変な不死公リッチーだ。

 しかし、決して悪人では無い事が理解出来た俺は、魔剣を鞘に収める。

 これからの決戦に、戦力は必須だ。

 だったら、マディーナを守ろうとして不死公リッチーとなったパヤーニーは、もしかしたら強力な味方になってくれるのではないだろうか。

 何より、このまま眠らせるのは余りに惜しい。


「パヤーニー、マディーナを守りたいという気持ちは伝わった。よかったらサクルだけではなく、貴方も俺に力を貸してくれないか?」


「ほう? 余に助力を求めるか。力量だけでなく、器も随分と大きいのう――」


 パヤーニーの落ち窪んだ眼窩が、少しだけ細くなった気がする。

 俺は日本に育った人間だ。

 ミイラを見たって恐いとは思わないぞ。

 むしろ即身仏だと思えば、ありがたみさえ沸くってものだ。


「なぜ、余に手を合わせておるのだ?」


「いや、こうしたら手を貸してくれそうだったから」


 俺が拝むと、パヤーニーは不思議そうに頭を揺らす。

 暫く待つと、ヤツは全身を取り戻して俺と同じ位の身長になっていた。

 まあ、体重の方はきっと三分の一程度しかないのだろうけど。


「――シャムシール王。余も、力を貸したい。しかし実はな――この地に封印されておるのだ。その封印をした者は聖帝カリフフェリドゥーンなのだが」


 指を乾燥した唇の跡におき、”困った”という風に俯いて可愛らしさをアピールするかの様なパヤーニー。当然ながら、まったく可愛くない。

 しかしフェリドゥーンといえばシェヘラザードの父で、既に亡くなっている。亡くなっているのに封印は継続するのだろうか?


 俺が疑問に思っていると、薄桃色の衣服も艶やかなシェヘラザードが進み出て、女性にしてはやや低い声を発した。

 シェヘラザードの胸甲がうっすらと輝いているのは、それが魔力を含んだ防具であるからだろう。臨戦態勢を維持している、ということでもある。


「父は、聖帝カリフフェリドゥーンは逝去された。よってフェリドゥーンの封印は弱体化しているか、それとも無効化しているであろう」


 シェヘラザードの姿を認めたパヤーニーは、一歩、二歩と後ずさる。


「な、なんという美しい女性にょしょう。だが、我が完成されし美に比べれば、未だ潤いのある肌が残念であるな。だがしかし、ふむ――そういわれてみれば、余を戒める魔力が弱くなっておるような――」


 眩しいものでも見るように、右腕を額に翳したパヤーニー。

 実際シェヘラザードは眩しいのだから仕方がないが、それにしてもパヤーニーの価値観はどの辺にあるのだろう。

 結局、骸骨やミイラが好きなんじゃないかと思える節もある。


「それに、父の施した封印だもの。私が解いても問題ないわ。シャムシール、本当にこの者を配下として加えるのね?」


 シェヘラザードは視線をパヤーニーから俺に移すと、やんわりと微笑みながら聞いてきた。


「ああ。過去の”聖戦クルセイド”を相手に戦った経験は大きい。配下に加える」


 俺が頷くとシェヘラザードは両手を開き、二言三言の呪文を唱えた。

 すると気圧が変わったような――空気が身体から抜けるような感覚があり――封印は解かれたようだった。


「ま、まて。自由にしてもらった事は感謝する。しかし余が配下になって、何か見返りはあるのか? それに王たる余が今更何者かの配下になるなど……」


「でも、マディーナ王にはなれなかったんだろう?」


「う。だが、今更マディーナの人民のスルタンというのも……」


「だから、不死王イクシルという称号はどうだ? どうせ不死隊アタナトイを率いてもらうのだし」


「不死の王……か。余は余に付き従ってくれた者達の為にこそ、王になりたかった。王にならねばならぬと思った。だが今、余に従ったものは皆死に絶えておる……ならば、不死王イクシルの称号は相応しいかもしれぬ。

 だがシャムシールどの、一つ覚悟を決めておかねばならぬぞ。そなたは今、余を王と為したのだ。それは、王を超える者だからこそ出来ること。そなたはいずれ王達を束ね、皇帝イムベラートールと呼ばれるのだぞ。ふははは」


 王という言葉を噛み締めると一頻り楽しそうに笑ったパヤーニーは、緋色のローブを床につけて俺の前に跪く。


「我、不死王イクシルパヤーニーはここに宣言する! 我と我が不死隊アタナトイは、絶対の主たるシャムシール陛下を守護するものである!」


 その時、一斉に不死骸骨スケルトンが跪いていた。

 ザーラの生み出した骸骨兵ハイカル・アズミはすでに塵となっていたが、それでも百人の奴隷騎士マルムークの五倍はいるだろう骸骨たちに囲まれて、俺は引き攣った笑いを冑の中で浮かべるのだった。


「これよりは、余がそなたの親衛隊長であるぞ、シャムシール陛下」


「わたし、ふくちょう、がんばる」


 俺はもうどうにでもなれ! という気持ちでサクルの頭を撫でる。

 ひんやりとした感触が篭手ごしでもわかるサクルの白骨は、確かにさわり心地がよいかもしれないと思う辺り、俺はもうダメかもしれない。

 皇帝イムベラートール? ううん、聞こえなかった。俺はなんにも聞こえなかったよ。


「陛下もサクルの言葉がわかるなんて、素敵っ」


 地上に下りた変態眼鏡のカイユームが、俺にぴったりと寄り添って見上げてくる。

 だが、俺の背後に影の様に付き添い始めたパヤーニーを睨むと、ぷいと顔を背けたカイユームは、まだ釈然としない気持ちのようだった。


「そなた、何ゆえ全力で戦わなんだ?」


 顔を背けられたパヤーニーは、ふと思い出したかのようにカイユームに聞いた。


「……あれでも、今の私の全力ですが」


「ほう? 変化を解けば、余と良い勝負も出来ようものに、な」


 カイユームの眼光が冷たく輝き、空洞のパヤーニーを射抜く。

 射抜かれたところで実害の無いパヤーニーは、何処吹く風とばかりに飄々としていた。


「ま、知られたくないことなど、誰にでもあるもの。聞かぬよ」


 再び一触即発かと思われたカイユームとパヤーニーだが、なんと微妙に大人であることを見せ付けた半熟ミイラの配慮で場が収まる。


 こうして俺は群青玉葱アズラク城へ、百の奴隷騎士マルムークと五百の不死隊アタナトイを率いて地下水路を進むのだった。


「さながら不死の軍団だな、あははっ」


 ジャムカが楽しそうに言った一言が、少しばかり俺の胃をちくちくと刺したが、今更それを気にしても仕方が無い。

 ――ああ、俺は良い事をしようと心がけているのに、どうして闇とかカオスとか、そっち属性に転がってしまうのだろうか。

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