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異世界奴隷が目指すもの!  作者: 芳井食品(芳井暇人)
四頭竜の軍旗を掲げて
88/162

骸骨騎士のサクル

 ◆


「おい、行くぞぉ!」


 朝、俺とハールーンが眠る牢を開けてくれたのはロスタムだった。

 おでこは相変わらず石だが、本人はどうやら気に入ってしまったらしい。

 馬鹿なんじゃないだろうか?


 それにしてもロスタムに牢を開けてもらうなんて、懐かしすぎて奴隷時代を思い出す。

 ……奴隷時代に良い思い出など一つも無いので、俺は何の感慨に耽るわけでもなく、さっさと牢から抜け出した。

 ハールーンは相変わらず寝起きが悪いらしく、”むにゅむにゅ”と藁の上を転がっている。

 そこへアーザーデがやってきて、


「ハールーンさま、起きてくださいまし。朝食の用意も整ってございます。あ、あら? 陛下、此方においででしたか。ご無礼を……」


 もう、俺なんか眼中に無い勢いでハールーンを膝枕していた。

 

 確かアーザーデはサーリフの元妻で、今はネフェルカーラの部下じゃなかったっけか? ていうか、今はマディーナの行政官ハーシブだろう! それが王様である俺を無視とか! 酷いじゃないか!?


「ああ、アーザーデ姉さん、おはようぅ? あれ? シャムシールはぁ?」


「あちらでロスタム将軍と共におられます」


 俺はハールーンとアーザーデのやり取りを横目で見ながら、桶に汲まれた水で顔を洗っていた。

 実は俺の身体を拭く為の侍女とやらもロスタムは連れていたのだが、全員がロスタム好みのロリロリした容姿だった。そのせいで俺は罪悪感に駆られて彼女達に身体を拭いてもらう事が出来なかったのだ。

 お陰でロスタムが俺の上半身を拭きながら、顔は自分で洗うという有様になっている。


「シャムシール、ボクが身体を拭いてあげようかぁ?」


 そんな事をいうハールーンは、アーザーデに肌着を脱がされて、嬉しそうに身体を拭かれている最中。 ハールーンは鈍感すぎて気付いていないのかも知れないが、アーザーデは完全にハールーンを狙っている。

 もう、アーザーデが視線で俺に語っていた。


(私のハールーンを盗らないで下さい!)と。


 なので俺はハールーンに首を振り、ロスタムがそのまま俺の身体を拭き続ける事になった。


「ぬうんっ!」


「いてっ! ロスタム、背中の皮が捲れる! やめろ!」


「男なら我慢せい!」


「我慢して血が出たらどうすんだよ!」


「背中の皮も鍛えろ! 鎧に頼っているうちは半人前だ!」


 あっさりとおでこを石化されたヤツに言われたくない。

 大体、背中の皮なんか鍛えられえない!

 そうだ、防御魔法を薄く纏って……。


「ぬおっ!? 流石は我がスルタンの背中! 岩が砕けたぞ!」


 ロスタムの野郎。俺の目を盗んで、石なんかで背中をごしごししやがって。恨みでもあるのか!

 俺はヒリヒリする背中の仇を取る為、ロスタムの額をビシバシと叩いた。しかしヤツの額は石だった為、手の方が痛い。


「身体を拭くのは普通、布だろ!」


「いや、やはり上位魔族シャイターンともなると、我等と同じく皮膚も鍛えられるかと思ってなぁ。ほら、我等テュルクの民でも軽石などを使って肌を擦る事があるので」


 軽石で擦るのは角質化した皮膚だよ! などとツッコミを入れたかったが、よく考えたらテュルク人はわりと防御力も高かった。

 もしかしたら彼等は、本当に皮膚も鍛えられるのかもしれない。

 ということは、文化の違いというか種族の違いによる誤解だ。額をビシバシ叩いて、ロスタムには悪い事をした。


 それにしても、妻たちはなんで俺の世話に来てくれないんだろうと思っていたら、ここに来た二人は共に姫と呼ばれる存在だった。

 つまりは、他人に傅かれることはあっても、傅いたことなどないのだ。

 という訳で、俺とハールーンが対照的な形で朝の洗面をすませて隣の天幕へ行くと、ジャムカとシェヘラザードは優雅に座って待っていた。朝食の準備が整っていたのだ。

 絨毯の上に簡素な食器が置かれ、その上に並べられた朝食は、石釜で焼いた魚に薄いパン、それからヨーグルトとチーズの間にあるようなものだった。

 魚が出るのは、ここが港に近いからであろう。

 それらをさくっと平らげると、俺達は軍を進発させてマディーナへと向かうことにした。


 ◆◆


 マディーナはオアシス都市であるだけに、その周囲は全てが砂に囲まれている。だからどこから近づいたとしても、魔法で姿を隠さない限りはかなりの遠くから丸見えとなる。


 今回ハールーンは三万の軍を率いていた。


 ハールーンの予測では、マディーナの防衛戦力は最大でも二万らしい。

 ネフェルカーラ指揮下の部隊は俺の軍旗を見れば、まず何があっても動かないだろう。彼女の影響下にある部隊も大半が沈黙を守るはず、とのことだ。

 そうなると城内に三万は居るであろうマディーナ軍でも、実質ファルナーズが動員を可能とするのは半数程度。その数に加えてフローレンス兵が四千人程いるのだから、敵は合計で一万九千と予測が可能なのだとハールーンは語る。


「それにぃ、この予測は最悪の場合だよぉ」


「そうなのか?」


「ファルナーズの配下だってぇ、シャムシールに心酔している者が多いからねぇ。いきなりフローレンスが味方だなんて言われても、誰だってピンと来るわけがないよぉ」

 

 ハールーンが率いた部隊は、五千の騎兵とニ万五千の歩兵だった。

 城を落とすには、攻城兵器と魔法が最適だ。

 その意味では、まさしく教科書通りの編成をしたハールーン。

 ついでに言えば、その中の百名は俺達と一緒にマディーナへ突入する任務に就く。


 俺達がマディーナ西門から半ファルサフ(約二・五キロ)と離れていない場所に陣を敷くと、マディーナでは、大きな銅鑼が打ち鳴らされた。

 敵襲の合図ではあるが、奴隷騎士マルムーク達の動きは鈍い。

 

「ま、こっちの軍旗を見れば誰を敵に回したのか、一目瞭然だからな。それに、身内同士で血は流したくねぇし」


 俺の側で軽く身体を動かしているロスタムが、顎をしゃくって軍旗を示す。

 軍旗は、黒地に頭を四つ持った黄金の竜が描かれたものだ。

 この意匠は俺がスルタンになった折、ネフェルカーラが考えてくれたものなのだが、やはり中ニ感があるのは否めない。

 一応意味合いは、四頭の竜を支配下に置いた黒甲王カラ・スルタンという事らしい。

 実際、一国で四頭の竜を所有する国家は、クレイトかウチだけなのだから、威張ってよいのである。

 そういう意味では、個人で三頭の竜を卵から育て所有していたアエリノールに感謝しなければいけない。彼女のお陰で我が国は、建国と同時に強国という評判を手にする事が出来たのだから。

 馬鹿でさえなければ、アエリノールは今頃世界帝国の女帝として君臨していてもおかしくないだろう。


「ぐるる……(我の頭は一つなのに)」


「ぐるぐる(我も我も)」


「ぐる……ぐるる?(我、もしかしたらもう一つ位頭が生えるやも?)」


 今、本陣には三頭の竜達もいる。

 ウィンドストームが軍旗を見つめ、ボソリと不平を漏らすと、ドゥラが頷いていた。そして三頭の中では最も高位な属性竜であるアーノルドは、アホな事を言っている。

 多分、コイツは首を切られてもまた生えてくると思っているのだろう。


「ぐるうっ!(流石、アーノルドどの!)」


 ドゥラが尊敬の眼差しでアーノルドを見つめたが、ウィンドストームはジト目だった。


「ぐるるる……ぐるるるるる(アエリノールさまは単なるアホだが……シャムシールさまもどこかずれておられるからなぁ。アーノルド、ぬしも二人に染まってしまったか。気の毒なことよ)」


 なんだか俺がずれていると、ウィンドストームには思われているらしい。

 ずれているってなんだよ? 俺はいつだって一所懸命なんだぞ!

 余りの悲しさに、俺は魔剣を抜き放ってウィンドストームに近づいた。


「なあ、ウィンドストーム、誰がずれてるって?」


 未だ東にある太陽に照らされて、俺の影は西へと伸びる。

 禍々しい冑の影はより巨大になって、ウィンドストームの心に恐怖を描くだろう。


「ぐ、ぐるるるぅ? ぐるっぐるっ!(へ、陛下! このような所にっ? いや、陛下もアエリノールさまと同様にお美しい方だと、そのように申しておりましたっ!)」


「へえ……ふーん。美しさがずれているのかなー?」


「ぐ、ぐぐるっ、ぐるっ(滅相もございませんっ!)」


 尻尾位は切ってやろうと思ったけれど、誇り高き竜が、頭を地面に擦り付けてまで謝っているので、とりあえず俺は許す事にした。


 それにしても、俺はずれているのだろうか?


 確かによく敵中に孤立したりはする。

 世間的に、俺は脳筋だと思われている事も理解している。

 ボアデブルの頭部を蹴って以来、俺は上位魔族シャイターン説の否定さえ出来ない。

 そして、たまにドジだ。


 でも、それらは俺のせいだろうか?


 俺は本陣で一人、曲刀を杖として片膝を付いた。

 寂しく嗚咽を漏らすが、冑のせいで誰も気付いてくれない。


「薄々は気付いていたんだ。俺も、馬鹿かもしれないって。でも、いくらなんでもアエリノールよりはマシだと思うんだ……」


 俺の魂は、こうして一つの結論に達した。

 ――勉強しよう、と。


「シャムシールぅ! こんなところで遊んでないでぇ! こっち! こっちが地下水路の入り口だよぉ!」


 俺が魔剣を抜き放ってフラフラしていると、慌てた様子のハールーンが側にやってきた。

 はっ、とした俺は魔剣を鞘に収めると、ハールーンに導かれるまま石作りの簡素な建物の前に立つ。

 簡素と言っても、大きさはそれなりだ。多分、中学校の体育館二個分程度には大きいのではなかろうか?


「ここは?」


 俺の予想が正しければ、これは墓だろう。それも王族とか貴族とか、そういった権力者の。


「第三代マディーナ太守パヤーニーの墓所だよぉ。ここから群青玉葱アズラク城へ行けるんだぁ」


 ハールーンの答えが、俺の予想を肯定する。

 建物は物悲しげで、全体の半分以上が砂に埋まっていた。 

 半球状の屋根は所々が割れて落ち、内部が雨ざらしとなっている。もっとも、雨など降らない砂漠なので、入ってくるのはもっぱら砂なのだが。


「ここ……ですか。結界を破っても?」


 アーチ型の入り口に手をつきながら、カイユームが口を開いた。

 迂闊に結界を破ると、この手の遺跡には”守護者”が出現する場合があるらしい。だからカイユームは周囲に警戒の視線を向けて、「不死者アンデット、か。ここ以外なら嬉しいけれど」と小さく頷いていた。


「カイユームどの、何も壊す必要などありません。ましてここは、かつてフローレンスを散々に撃ち破ったパヤーニーと不死隊アタナトイを祭る、歴史ある遺跡なのですから」


「歴史には、光も闇もありますが……まあ、いいでしょう。ここはお任せ致します」


 ハールーンの後ろに立つアーザーデが、微笑を浮かべている。

 カイユームは何か言いたそうにしていたが、今は一刻を争う事態。だから素直に引くと、アーザーデに全てを任せる事にしたようだ。

 それからアーザーデは歌い始めた。同時に、砂の上を軽やかに舞う。

 どこからともなくウードの音が聞こえ始め、アーザーデの歌声と同調してゆく。


「我、今、深き思いに導かれ、光明ありて目を開かん。されば英霊の御霊に不穏なく、永久の時を安らかに眠り給えかし――」


 魔法と四行詩ルバイヤートの混合とでも言えばよいのだろうか?

 アーザーデが歌い、舞うと彼女の体は柔らかい光に包まれる。それと同時に建物全体を覆う結界が、風に流され飛ばされてゆくように感じた。


「ありがとうぅ、アーザーデぇ」


 全てが終わると、アーザーデは肩で息をしていた。

 そんな彼女の肩に軽く手を置くハールーンは、やはりイケメンだ。

 俺が同じ事をしたら、きっとセクハラで捕まるだろう。世間はとても不公平だと思う。


「結界は、時間が経てば元に戻ります。ただ、侵入を”許容”してもらっただけですから」


 アーザーデはハールーンに軽くしなだれかかり、微笑を浮かべている。

 大人の色香が漂うアーザーデは、とても美しい。やはり小麦色の肌をした女性が情熱的に舞うと、どこまでも色っぽいようだ。

 しかしハールーンはアーザーデを引き離すと、俺の下に足を進めてこう言った。

  

「無理はしないようにねぇ」


 とても心配そうなハールーンの顔は、あくまでも俺だけを見ている。

 ちょっと、ハールーン。アーザーデをもっとかまってあげて! アーザーデが泣きそうになっちゃたじゃないか!

 ……とか思ったら、俺もドゥバーンにこんな事をしていた気がするな。ちょっと反省。


「ああ、わかってる。あとは手筈どおりに――」


「再会はマディーナでぇ」


 俺はハールーンと握手を交わし、建物の内部に足を踏み入れた。

 もちろん、後にはシェヘラザード、ジャムカ、ザーラ、カイユームと百人の兵が続く。

 

 暫く進むと後ろに続く兵達が、次々と息を殺した悲鳴を上げていた。


「ひっ……」


「くっ……」


 それもそうだろう。俺だって、恐いのだ。

 何しろ建物の薄暗い内部で前後左右の壁際に並ぶのは、数百体はあろうかという不死骸骨スケルトン。しかもその全てが奴隷騎士マルムークとして完全武装している。なにより極めつけは空洞になっているはずの眼窩が、どれも赤々と輝いているのだ。その意味するところは、仮初の命を彼等は持っている、ということだった。

 なぜ此方を攻撃してこないのかといえば、アーザーデのお陰であろう。

 つまり不死骸骨スケルトンは俺達を敵と認識していないから、沈黙を守っているだけなのだ。

 だから逆に言えば、敵と認識されれば、いつでも彼等は此方に剣を向けるということだった。


「可愛いっ!」


 そんな中、一人ときめきを顕に喜んでいるカイユームは、頭がおかしいと思う。


「骸骨って愛らしいですよね? そう思いません、陛下っ?」


 カイユームは、何の同意を俺に求めているのであろうか?


 カイユームには「思わない」とだけ答えて進み、俺は中央に安置される石櫃を前にした。何しろこの下に、地下へと通じる階段があるはずなのだ。

 

 まずはこれをずらさないと――そう思って石櫃に俺は手を掛けた。

 ずれるのは俺じゃなくて石櫃だからな、と、ウィンドストームの言葉でダメージを受けた俺は、自らに言い聞かせる。


 すると、一斉に不死骸骨スケルトン達が此方に視線を向けた。

 注目の的だが、彼等には目が無い。

 赤い虚ろな点が、俺達に注がれているのだ。正直、不死骸骨スケルトンの恐さは、強さより見た目だと思う。


「あの子、あの子が一番可愛いですうよねっ? ほら、つぶらな瞳がっ! おいでっ!」


 だからカイユーム……全員、つぶらな赤い瞳だってば。差がわからないよ。

 しかし、カイユームの興奮は止まらない。


 って! ナニ呼んじゃってるんだ! カイユーム! 全員が一斉に来たらどうしてくれるんだ!


「おいでっ!」


 しかも二度!


 ”ぎしっ”


 カイユームの呼びかけに、一体の不死骸骨スケルトンが応えた。

 いや、応えてしまった。

 最初は左右を見回して、周囲が無反応だったことを確認したようだ。

 二度目の呼びかけで、ついに右足を前に踏み出した不死骸骨スケルトン

 冑はなく剥き出しの頭蓋骨は純白で、骨に欠損部位は認められない。

 鎖帷子の上に鉄製の鎧を身に纏い全身を覆っている不死骸骨スケルトンは、周囲の同族と比べれば、二回り程小さかった。

 最初はゆっくり、それから徐々に速度を上げてカイユームの下へ辿り着いた不死骸骨スケルトンは臣下の礼をとる。

 つまり、跪きカイユームの手をとって、その甲を白い額へ”ぴた”と付けたのだ。


「陛下! この子、ファアスが得意なんですって! 生まれてから十六年間、誰にも負けたことがなかったそうで。ただ、毒で殺されて、そのまま不死骸骨スケルトンにされたそうです……ううっ、可哀想だったので、つい!」


 不死骸骨スケルトンは俺を見上げながら、”こくこく”と頷いている。

 なんだか、眼窩に浮かぶ赤い光点が、少しだけいじらしく見えてきた俺だ。

 十六歳で殺されたといわれたら、そりゃあ、まあ……可哀想だし……。


「言葉は、わかるのか? もしも俺と共にくるのなら別に構わないが……彼等は、仲間達は、いいのか?」


 やはり”こくこく”と頷く不死骸骨スケルトンは、俺達について行きたいようだ。

 手に持った槍の背で地面を叩き、左拳を胸元につける。それからカイユームを見つめていた。


「自分以外に意志を持っていた者はいない、だからとても寂しかった――そう言っています。何より、自分はもっと戦いたい、戦えずに死んだ事が無念だったから――と。

 それにこの子は他の個体と違って、自らの力で呪縛を破っています。だから、他とは桁違いの強さを持っているでしょう」


 なんと十六歳、脳筋の骸骨だった。といっても、脳はもうないんだろうけど。

 それに、カイユームが言うには呪縛を自ら破った個体ということ。だったら、基本的に自由意志で動ける訳で、何の問題もないだろう。いや、あるか? あるような……。

 まあでも、ちょっと異色の仲間だけれど、見た感じ悪そうには見えない。

 いや、夜中に闇の中から現われたらかなり恐いが、それだって知っていればどうという事も無いだろう。


「名前は?」


 俺が不死骸骨スケルトンに聞くと、カイユームから答えが返ってくる。


「サクル――サクルにございます、陛下」


 サクルはやはり頷いている。

 手持ちの武器を見れば、槍、曲刀、短剣、盾、斧と多彩だった。

 しかもその全てに魔法が付与されていて、攻撃力、防御力共に馬鹿に出来ないものであろう。

 もしかして俺は、結構使える仲間を得られるのかもしれない。


 しかしカイユームの様子がおかしい。

 サクルの名を、幾度も呪詛の様に呟いているのだ。

 サクルが可愛すぎて、錯乱してしまったのだろうか?


「サクル……サクル? あの、強かったサクルまで……不死隊アタナトイに? なんてことを……私は、私は本当に友を見捨てて……そう……サクルは斧の名手だった……幾度も私を守ってくれたのに……」

 

 ザーラなど、早速サクルの頭を撫でていた。

 サクルの身長はジャムカと同じ位で、決して高いとは言えない。

 だから女性として長身の部類に入るザーラは、サクルの頭を撫でても違和感はなかった。

 いや、厳密に言えば”骸骨を撫でる美女”なんて違和感しかないのだが、それを言ったらお終いだ。

 大体ザーラは魔族イブリーズなのだから、もしかしたらカイユームと価値観を共にしているかも知れないじゃないか。


「やはりそうか、お主は……。旧主に忠誠を尽くさんとする気持ちは大切だが、それも踏まえてシャムシール陛下ならば、どうにかしてくれよう……にゃん」


 だが、ザーラはサクルの瞳を見つめ、奥歯を”ギリ”っと鳴らしていた。

 なにか深い事情をサクルから聞いたのかもしれない。

 俺にも教えて欲しいのだが、きっとサクルの死因にまつわる事だろう。


 妙な事で時間が掛かったが、急ぎ地下水路へ向かわなければならない。

 とにかくここにある石櫃を動かして、地下へ行く階段を見つけなければ。


 俺は部屋の中央に聳える石櫃を、力いっぱい押した。

 周囲を囲む不死骸骨スケルトン達が俺の動きを注視している事が不気味だが、しかし、石櫃はうんともすんともいわない。



 それにしても、俺の力で動かないって、ちょっと不味いよな?

 いっそ、魔剣で斬るか?


 俺がそう考えて曲刀に手を掛けたとき、骸骨のサクルが俺の鎧に触れて、首を横に振っていた。

 

 うむ、どうやら棺に傷を付けたら、流石に不死骸骨スケルトン達が動き出すようだ。

 それもそうか。


 諦めて再び石櫃を押し始めた俺。

 今度は本気の本気だ。

 ”ズズッ”と音を立てて僅かに動く巨大な石櫃。

 そこにサクルも加わると、ようやく地下へと続く階段が見えてくる。


「よーし、もっと押すぞっ!」


 と、足を踏ん張ろうとした瞬間。

 俺は階段に足をとられた。

 そして、頭から石櫃にぶつかり、冑が刺さってしまう。

 

 うん――石櫃、割れた。

 中から、干からびた太守が出てきちゃったぞ。ごめんないさい。


「我が眠りを妨げしは、貴様か――?」


 干からびた太守はゆらりと立ち上がると、周囲の不死骸骨スケルトン達に剣を抜くよう合図を送る。

 それから太守は”飛翔ターラ”を唱え、石櫃の上部から俺の眼前へと立ち位置を変えた。


 サクルは一人オロオロとしていたが、干からびた太守が完全に俺の敵だと確信するや、俺を守る構えをとる。

 

「サクル、余を裏切るつもりかな?」


「先にサクルの忠誠を裏切ったのは貴方だろう。そもそも、それでもサクルは貴方を庇い、そっとこの地を去るつもりだったのだ。

 しかし、残念だったなパヤーニー。我が王により、ついに悪行が白日の下に晒されるのだから。

 まったく不死隊アタナトイとはよく言ったもの。腕に覚えのある兵を毒殺し、魔法によって不死骸骨スケルトンと為す。そのふざけた行為の行き着く先が、自らを不死公リッチーと為すことだとは、随分とつまらぬこと!

 何より、私には貴方を許せぬ訳が出来た! 滅させてもらう!」


 カイユームが眼鏡を抑えながら、一気にまくし立てる。

 そういえばカイユームの年齢は四百歳超え。てことは、パヤーニーがマディーナ太守であった時代も生きていたってことか?

 どうも最初からカイユームは、パヤーニーの悪行とやらを知っていた節がある。


「天上の神も我が王の炯眼をご照覧あれ! パヤーニー! 貴様の悪行、英霊として祭られるには些か度が過ぎていたようだ、にゃん」


 ザーラも光球を体の周囲に数個ほど浮遊させて攻撃準備を整えると、バヤーニーを糾弾する。

 糾弾するとき位は、”にゃん”を付けなくていいよ、と言ってあげたいが、タイミングを逃した俺だ。

 

 ともかく話の流れでは、この不死骸骨スケルトン達はパヤーニーによって殺され、作り上げられたということ。

 それでも旧主への忠誠から、サクルは喋らなかったのだろう。

 だが、そんな事情を長命なカイユームとザーラは知っていた――ということか。

 だったら、それは流石に許せない。

 今、俺は俺がドジっ子であったことを褒めてあげたいぞ。


「全員、抜刀せよ! 密集体型を作り、不死骸骨スケルトンを近づけるなっ! これより、陛下の悪霊退治が始まるぞっ!」


「「おおーーっ!」」


 ジャムカの命令は、不可解な現象に戸惑う兵士達を一喝した。

 全員が抜刀すると、俺を囲むように不死骸骨スケルトン達と対峙する。


「全員、死ぬな! 俺は不死骸骨スケルトンになったお前たちを見たくないからなっ!」


「「おおーーっ!」」


 俺も激を飛ばす。

 俺は俺の為に人が死ぬなんて、まっぴらだ。

 だから自分の為に人を殺して、平然と利用するパヤーニーに強い怒りを覚えた。


 それにしたって、カイユームかザーラがきちんと事情を俺に伝えてくれれば最初からこんな石櫃、斬ってたのに。

 ほんと、俺、こけてよかったよ!


 俺は曲刀を抜き放つと、眼前で揺れる緋色のローブを纏ったかつての太守と対峙した。その容姿は良く言ってミイラ。悪く言えば、出来損ないの干物だ。

 

「余をマディーナ王と知っての狼藉であるか?」


「知るかっ! 偽者王! お前なんか、サクル達を利益の為に殺した犯罪者だ、この似非ミイラ! 本物のマディーナ王である俺がしっかりと火葬にしてやるから、さっさと掛かって来い!」


「カタ、カタカタカタ。(シャムシールへい、か。ありがと。でも、へいか、ちょっと、ドジ。だからきをつけて。パヤーニー……つよい、です)」


 俺がこけた事を、サクルだけが知っていた。

 そしてカタカタと揺れたサクルの声が、この時、俺には聞こえた気がしたのだった。

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