第五夫人の酒癖
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朝からげっそりとさせられた俺は、いつもの鎧、いつもの冑、いつものマントを装備すると、早速部屋を後にする。
警護の兵が、共に寝室から出てきた俺とカイユームを不思議そうに見ていた。しかし俺は彼等に口を開く暇さえ与えず、廊下へと歩みを進める。
「カイユームさま。陛下は貴方さまの正体をご存知なので?」
「知らないよ」
「はは。いつまで男装を続けられるおつもりですか?」
「陛下はきっと、今の私を好いてくれているから……今更――」
「――それは――なので――」
後ろでカイユームが、俺を警護する闇隊の幹部と話をしている。
俺は足早に部屋を後にしたので全てを聞き取る事は出来なかったが、カイユームが男装? ていうことは、あいつ本当は女?
いやいやいや、どう見てもあの裸は男だったぞ。騙されてたまるか!
大体、今のカイユームを俺が好きになっていたら、俺も”倒錯の王”とか呼ばれちゃうよ! まったく。
中庭に出ると、既にジャムカがドゥラと共に待機していた。
ジャムカはドゥラの背に、槍を三本、そして曲刀を同じく三本用意していた。盾もあるが、ジャムカが盾を使っている所など、俺は見た事が無い。
盾も鎧と同種のもので、橙色を基調として銀の縁取りがあるものだ。
材質はミスリルという金属だという。
なんでもアエリノールが銀に魔力を通すとミスリルという金属を作ることが出来るらしく、ジャムカは、
「足を斬ったお詫びだよ!」
と、いわれて無地の武具一式をアエリノールから貰ったそうだ。
色は本人の好みで塗ったらしいが、まさかアエリノールがそんなフォローをしていた事に驚いた俺だった。
ていうか、上位妖精恐るべし。
「ジャムカ、盾も必要かな?」
俺はそんなミスリルの装備を見回しながら、ジャムカに聞いてみた。
「うむ。今回は第一夫人を救出にいくのだろう? ならば、狭所で戦闘になるやもしれぬし、その際には盾が有効だろう」
確かにジャムカの言うとおりだ。
群青玉葱城の廊下は基本的に広く長い。しかし、当然ながら狭い場所もあれば、袋小路だってあるのだ。
余り大きく動けないとなれば、防具は必須だといえよう。
「シャムシールさまは、盾を持たぬのか?」
俺は無言で漆黒の篭手を掲げた。
左手に装備した篭手はやや幅広であり、剣を受けたとしても余裕で防げる。
というか、俺の鎧は多分核融合にも耐えうる性能だから、これを装備している時点で防御は安心なのだ。
しかし戦術という意味では、一切広がらない。
ただ突撃して斬るのみ、という”暴れる君”が俺だった。
「ふむ、盾など不要か。流石はオレの夫、豪気だな」
俺はジャムカに一つ頷くと、アーノルドに飛び乗る。
(よかった。盾を忘れた事がばれなくて)
◆◆
俺、ジャムカ、カイユームの三人はセムナーンを出ると、なるべく高高度で飛行した。
一応、セムナーンの市民たちには俺の不在を伏せてある。だから地上から見た場合、点より小さくなるくらいの高さまで上昇してから移動を開始したのだ。
俺達が暫く飛んでいると、北の山岳地帯から猛然と迫る人影があった。
「ザーラでしょう」
カイユームがダルそうに報告してきたが、実際に彼はダルいのだろう。
何しろ俺とジャムカは竜の背に乗りゆったりと亜音速で飛んでいるだけだが、カイユームは”機動飛翔”を使い続けているのだ。
それにしてもセムナーンを発って三十分もしないうちにザーラと合流するんだから、もう地上を行軍するのが馬鹿らしくなりそうだ。
「陛下、お久しゅうございます。このザーラ、陛下に再びお目にかかる日を、一日千秋の思いでお待ちしておりましたわ」
ザーラの衣服は白が基調となっている。
ワンピース・ドレスと形容しても良いけれど、胸元が大きく開き、足の両脇に大きなソリットが入っていた。
腰の部分を止める帯は、帯というより純金製でアクセサリーのようなもの。そこに短刀を吊るして、頭には闇隊が支給したサークレットを嵌めている。
サークレットは元々光沢のある黒色だったのだが、何故かザーラは金色へと色彩を変えていた。
ジャムカは橙色の鎧を纏い、さらにその下に所々革で補強された衣服を着ているのだから、まったくと言っていいほど露出が無い。
カイユームに至っては漆黒のローブに紫色の腰帯、そこに妙な形状の杖を差し込んだだけという有様。
俺なんかはいつもの黒鎧なのだから、ザーラの存在は俺達一行に潤いを与えてくれたと言えるだろう。
ザーラの髪は長い黒髪、そしてウェービーだ。大体真ん中辺りで髪は分けられているが、おでこをサークレットで隠している為か、妙に禍々しい。
というより美しく禍々しいのだが、多分これはザーラ本人による演出もあるだろう。
そしてザーラは微笑んだ。
もちろん魔族特有の冷酷さを思わせる笑みだし、俺以外の者が目にすれば恐怖に打ち震えるかもしれない。
しかし、俺の第一夫人はネフェルカーラだった。
冷酷どころか絶対零度の微笑を浮かべて、それなのに美人過ぎるアノ人と比べれば、ザーラは怪鳥の前のヒヨコである。
ネフェルカーラと雰囲気の似ているザーラは、似ているけれども決して彼女に敵わない。
ネフェルカーラの場合は真っ直ぐな黒髪を無造作に切っているだけで、絶世の美女になる。
しかしザーラは努力をして、ようやく超絶美女だった。
薄笑みを浮かべれば、ネフェルカーラなら星さえ砕くかも知れない、という恐怖を他人に与える。
しかしザーラは、”お菓子をくれなきゃイタズラするぞぅ!”レベルなのだ。つまり、ハロウィンの悪魔レベル。俺にとっては、まったく恐くない。いっそ可愛い程だった。
そう、やはりザーラは可愛い。
俺の上位魔族説を信じたとしても、だ。
ザーラはネフェルカーラに少しでも対抗しようとして、衣服や髪型さえもいじましいまでに拘り、追求しているのだろう。
だが、やはり俺から見ればネフェルカーラとザーラの差は、獅子と猫程もあった。
絶対に超えられない壁が、そこにはあるのだ。
しかし――
ザーラは猫っぽいよな……俺、よい発見をしたかもしれない。
「もう、あれだな、ザーラが語尾に”にゃん”って付けてくれたら、もっと可愛いのに……」
「なっ……?」
どうやら側に寄って挨拶をするザーラに、俺は心の声を聞かれてしまったらしい。
あまりの事にどう反応をしてよいか分からないザーラが、余計に可愛かった。
「わ、わかりました、にゃん……」
どーしよー! 早速”にゃん”をつけてくれた!
赤い瞳を伏目がちにしながら、ボソッと呟くザーラがヤバイ!
もともと白すぎる肌に、ほんのりと血の気が差して上気するザーラだった。
「ザーラ、素晴らしい。素晴らしいよ! 一見冷徹に見えるキミだからこそ生まれるギャップが……そう、これがギャップ萌えというものなのか!」
「えっ? よくわかりませんが……そう仰るのなら……がんばります、にゃん」
ザーラの言葉に俺は思い切り腕を突き出し、親指を上に向けたのだった。
意味が分からないまま首を傾げるザーラには、もう暫くこのままでいてもらう事にしようと思う。
「陛下、ふざけるのも程々に……それにしても陛下は、もしかしたら師匠と気が合うかもしれませんね……」
その時、背後からどんよりとした男の声が聞こえた。もちろんカイユームだ。
俺は朝からカイユームを腕枕するという拷問にあったのだから、この程度の役得は良いではないか。
大体、ネフェルカーラもアエリノールも側にいないという事は、俺の天下だろう? 少し位羽を伸ばしたって、罰は当たらないはずだ!
いや、そんな事より聞き捨てなら無い事があったぞ。
カイユームの師匠といえば、変態のジャンヌではないか。
俺があんなヤツと気が合うだと? 気が合ってどうするんだ! これから戦うというのに!
「どういう意味だ、カイユーム?」
「どういう意味だもなにも……師匠はたまに語尾に”にゃん”ってつけますから。それに、”猫になれる道具”を持っているって、以前言っていましたし」
なんだろう?
ジャンヌ・ド・ヴァンドーム。
確かにヤツの声はアニメ声だった。
あの声で語尾に”にゃん”を付けるのか……アリかナシかで言えば、俺の中ではアリだが……。
ちがうちがう!
俺は何の為にマディーナに向かっているんだ!
ネフェルカーラを助ける為だ!
「まもなくヘラート上空です、にゃん」
くぅ~、可愛い。
ちがうちがう!
これ以上こんな事をしていると、既に俺を白い目で見ているジャムカが暴発してしまう。
俺は壮大なヘラートを視界に入れると、同時に嫌でも目に入ってくるナセル軍を見た。
魔法による攻撃を絶え間なく続け、同時にヘラートの城壁を無力化する為の土木工事をも行っていた。
しかしどうにもその動きは緩慢で、本当にヘラートを陥落させる気があるのかと、俺は疑いたくなってしまう。
時刻は正午を少し過ぎた頃で、戦時にも関わらずナセル軍からは野外炊具から煙が立ち昇っている。
奴隷騎士の出征中は腹が減るからと、余裕のある部隊ならば三食食べるのが常ではあるが、それにしたって昼食で炊具まで使うのは反則だろう。
ヘラートの城壁から羨ましそう眺める騎士が、小さく歯軋りしているのだから。
いや、だからこそ、これ見よがしに昼食を摂るのか。
「俺とジャムカはともかく、カイユームとザーラは疲れただろう? ヘラートの様子も気になるし、休憩がてら寄って行かないか?」
「疲れたのなら、カイユームはシャムシールさまの竜に、ザーラはドゥラに乗ればよいのではないか?」
俺の提案を、何故かジャムカが否定する。
そりゃあ三日分程度の食料を持ってきてはいるし、今は急いでいるのだからヘラートを無視しても良いのだが……。
正直、俺は尻が痛い。
六時間近く竜の背――位置的には首の付け根だが――に乗りっぱなしで尻が痛くならないわけが無い。
ジャムカだって本当は尻が痛いはずだ。
しかし、そのわりに平然としているジャムカはもしかして尻の皮が俺の三倍くらい分厚いのだろうか?
「ジャムカは、ずっと座りっぱなしで平気なのか?」
「うむ、別に問題ないが?」
俺に怪訝そうな顔を向けて応えるジャムカは、真紅のドゥラを撫でていた。
悠然と大空を舞う真紅の竜を駆る、武装した乙女。
凛としたジャムカは、今の俺にとってはもう一つの太陽にも等しい。
普段の俺なら、そんな颯爽としたジャムカの美しさに見惚れていただろう。しかし、今の俺は尻が痛い。
まさか今朝、知らないうちにカイユームに掘られていたという可能性も……。
俺は不安に駆られてカイユームを睨んだ。
「なるべくならば、急ぐべきでしょう。冷たい様ですが、場合によってはマディーナを捨てる決断も必要になるかと……そうであれば、決断は早い方がよいですから」
カイユームは俺と目が合うと微笑んだ。
うむ、まあ黒か白かで言えば、カイユームは白だろう。考えてみれば俺の痛む尻は、あくまでも表面なのだから。
それにしても最近のカイユームにしては珍しく、まともな事を言った。
といって、一番へばっている表情を浮かべたカイユームがいうのだから、余り説得力もない。
「私は、ここで一旦シェヘラザードさまの下へご挨拶へ向かわれるのもよろしかと。このような大軍に一月も包囲されて、さぞやお心寂しいことでしょう。そこへ夫君であられる陛下が姿をお見せになれば、士気も高揚するかと思います、にゃん。
それに私もカイユーム殿も魔力の量に些かの自信はありますが……ネフェルカーラさまやアエリノールさまと比べれば心もとなく、ここで一時間でも休息を取る事が出来ればありがたいです、にゃん」
尻をもぞもぞと動かしていた俺に気付いたザーラが、ナイスなフォローを入れてくれた。
多分ザーラの魔力はカイユーム以上ネフェルカーラ未満といったところだろう。カイユームにしたって、言うほど心もとない魔力ではないはずだ。
そうであるならば、ザーラが俺の尻に視線を送っている以上、俺の異変を察してくれた事になる。
ありがとう、ザーラ。君のお陰で俺の尻は救われた。
結局、こうして俺達はヘラートに寄る事となった。
マディーナに着いた途端に戦闘という可能性もあれば、なるべく疲労は軽減した方が良いという正論をカイユームが口にした事も大きい。
カイユームはジャンヌと戦うに当たって、大分ナーバスになりつつあるようだった。
カイユームとジャムカはそれぞれに、ドゥバーンから極秘の任務を受けているらしい。
しかもその任務には前置詞があって、「最悪の場合」ということだそうだ。だから二人は俺にその内容を明かさないのだが、カイユームはその任務をこなす為に様々な状況を想定しているようだった。
「今の私がアリスと戦って、勝てるだろうか?」
「驚異のアリスね。だから私も呼んだのでしょう? 二人掛かりでも厳しいのかしら?」
「私が万全で、ザーラ……貴女も万全ならば、魔力においては引けを取らない。けれど戦闘能力が未知数で」
「ふむ、いかに早くネフェルカーラさまを解放するかにかかっている、か」
「うん、正直あの人を解放するのもどうかと思うけれど」
「うむ。解放してアリスを倒してもらったら、いっそ我等で再びネフェルカーラさまを封印するのはどうだろう?」
「うん、師匠を……いや、ジャンヌを味方につければ不可能じゃないね」
ナーバスになりすぎたカイユームは、思考がおかしな方向に向かっていた。
それにつられてザーラも異界へ出かけてしまったようで、ネフェルカーラを救出に向かうつもりが、さらに強力な封印を施す話に入れ替わっている。
しかもジャンヌに手伝わせるとか、いったい何事だろう。敵と味方を間違えないで欲しい。
「二人とも、目的はネフェルカーラの救出だから! 魔力の回復はその為に努めてくれよ! じゃあ、ヘラートへ下りるぞ!」
「はっ、そうでした。ヘラートの闇隊に連絡を入れます」
「はい、にゃん」
カイユームとザーラは、ネフェルカーラに対して、複雑な思いもあるのだろう。二人ともネフェルカーラにやられているのだから、気持ちは分からなくも無い。
しかし俺はキッチリと今回の目的を告げて二人に注意をすると、カイユームはぼんやり、ザーラは俺に対してのみ使用される語尾をつけて返事をする。
もっともそれはカイユームとザーラの都合なので、ジャムカには関係がない。しかもザーラの語尾に「にゃん」が付く事と、シェヘラザードの下へいくという二点が不満だったらしい彼女は、少しだけヘソを曲げていた。
「シェヘラザードはアエリノールさまと同じくらい美しいというではないか。この旅行の期間中だけでも、オレだけを見ていてほしいのだ」
ヘラートへ向けて降下しながら言ったジャムカの言葉は、たまらなく可愛いらしいものだった。
でも、これは旅行ではない。
俺はジャムカに「その盾は何のため?」と問いたかった。
ちなみにヘラートへは、”機動飛翔”か竜でしか到達出来ない高度まで再び上昇してから移動して、垂直に降りた。
そしてカイユームが美花宮殿にいる闇隊に連絡をして、結界の一部を解いてもらったのだ。
簡単に言えば、セムナーンを出た時と反対の事をヘラート入城に際して行っただけのこと。
そうして俺達は、三層構造になっている宮殿の最上層部へ向けて移動した。
目指すのは黄金の屋根も眩い宮殿の中心部だ。
俺はアーノルドを、ゆっくりと宮殿の中庭に着陸させた。
ここと比べてしまえば、セムナーンの紅宮殿など幼稚園の運動場かと思えてしまうほど、様々な差があった。主には広さと庭園の造形美だ。
といっても、そこかしこに落ちた石壁があったり埃なども積もっていて、あまり手入れが行き届いているようには見えないのだが。
◆◆◆
「久しぶりね、シャムシール。最初に会った時の貴方は百人長だった。それからすぐに守護騎士になって……背も、随分伸びたのね」
「お久しぶりです、シェヘラザードさま」
俺達は庭園の隅に下りたはずだが、程なく十名程の男女が整然と現われた。
先頭を歩く女性は薄桃色の長衣を身に纏い、黄金細工も眩しい胸甲を装備している。
以前に見た身体に合わない甲冑はやめたのだろうか? と、俺は自分の前に立った女性をまじまじと見つめてしまう。
しかし慌てて片膝をつき、冑をとって挨拶をした。
「あら、跪く必要なんてないわ。私は大将軍である前に、セムナーン、サーベ、及びヘラートの王たるシャムシール卿の妻なのだから」
柔和な笑みを浮かべたシェヘラザードからは、仄かに桃の香りが漂ってくる。
日々の戦闘でも色あせないシェヘラザードの美貌は流石で、溜息が出るほどだった。
立ち上がってシェヘラザードと目を合わせると、彼女は立て巻きの横髪を指で弄びつつ踵を返す。
「部下に貴方が尋ねてくると報告を受けたから、急いで昼食の準備をさせたわ。あまり時間が無いようだからここで摂る形になるけれど、構わないわね?」
シェヘラザードに付き従っていた十数人が、慌てて俺達の左右に従った。
軽装ではあっても全員が無駄の無い動きをしているところを見れば、全員が守護騎士なのだろう。
その中には褐色の肌をした、きっとまだ十五歳にも至っていない少女もいる。
しかもその少女は驚くべき事に、この集団の隊長格らしかった。
シェヘラザードを先頭に、俺とジャムカが並んで、その後ろにザーラとカイユームが続く。
俺の横を警護しているのが褐色肌の少女なのだが、何故かさっきからチラチラと俺の顔を見ているようだった。
――鼻毛でも出ているのだろうか? そこはかとなく不安になる。
「禍々しい冑は鼻毛を隠す為」なんて噂を流されたら、俺は悲しくて二度と冑を脱げなくなってしまうだろう。
暫く歩くと、四阿というには語弊がありそうな程大きな白亜の建物に到着した。
途中、水の流れが止まった噴水などがあり、折角の庭園を残念なものに変えていたが、それは戦中なので仕方が無いことだろう。
「戦の最中なので、たいしておもてなしは出来ないけれど」
席に座るなり、大理石のテーブルに並べられた料理達を示してそう言ったシェヘラザード。
確かにあまり大した物は並んでいなかった。
腕ほどの太さと長さのパンとヨーグルト。それから香草のサラダ、最後にレンズ豆のスープと。
何しろ肉が無い。
肉が食べたい盛りの俺としては大層に不満な昼食だが、それでも食べないよりは余程いいし、ここで我が侭をいってドングリのスープを作られても困る。
「もう、ヘラートには家畜がいないの。元々、ここは国の中心だから人口が多くて、自給自足が出来る街ではないのよ」
俺の表情を見て、何かを察したシェヘラザードが申し訳無さそうに言った。
席は自然とシェヘラザードの右隣に収まった俺だが、正面には左からジャムカ、カイユーム、ザーラと並んでいた。
「席順がおかしい! オレは第四夫人でそなたは第五夫人ではないか!」
食事の質は問題にしないジャムカが、テーブルに拳を叩きつけている。
まあ、そうなる気はしていた。
「ふん、何が第四夫人か。おぬしなど単なるクレイトの敗残兵ではないか」
ジャムカの怒声をそよ風の様に聞き流したシェヘラザードは、無言だった。
しかし、無言ではいられなかった人物がいる。さっき俺の顔をまじまじと見ていた女騎士だ。
彼女は見ればくすんだ金髪に褐色の肌という、なんだかちぐはぐな特徴を持っている。年齢的にはシャジャルと同じ位だと思うが、妙にジャムカに喰って掛かるあたり、若気の至りというものだろうか?
「やめなさい、ドニアザード。事実、妃としての序列は私の方が下なのよ」
シェヘラザードに制されて、小さい身体をさらに小さくしてしまったドニアザードさんは、なんとも健気だ。
そのお陰で、ジャムカも腕組みをして頷いている。
「分かっているのならばよい。席を替わるぞ」
「しかしながら、今の私はシバールの大将軍。なれば夫と言えども王であるシャムシールは、我が幕下なり」
折角立ち上がろうとしたジャムカは、シェヘラザードの一言によって再び椅子に落ちた。
いくらジャムカでも、国家の理くらい分かっている。
ドニアザードの発言は誹謗中傷に類するが、シェヘラザードの言葉は理路整然とした正論だった。
こうなってしまえばジャムカはもう、涙目になるより他なかったのである。
「(うう……こんな予感はしていたのだ。第一夫人も第二夫人も、第五夫人までこんなに美人で、頭も良くて……オレは……)」
「でも、そうね。ジャムカ将軍もシャムシールの妻である事は同じ。ドニアザード、シャムシール王の隣にもう一つ席を用意して」
「……ね、姉さま! どうしてこんなヤツにっ!」
「貴女だって私たちが敗れれば、単なる敗残兵になるのよ、ドニアザード。そしてその敗残兵が敵国で生きて行く心境が、貴女にわかるかしら」
どうやらシェヘラザードは、人並みの優しさを持っている。
もしかして俺の妻達の中で、一番マトモな人がシェヘラザードなのかもしれない。
ともかくこのシェヘラザードの配慮によって場は一気に和み、会話と食事が進んだ。
ドニアザードも自らの不見識をジャムカに詫びて、二人は逆に仲良くなった様に見える。
なんでもドニアザードは、先の聖帝フェリドゥーンの曾孫だという。そうするとシェヘラザードとの関係性はとてもおかしな事になる様だが、今は便宜上”姉妹”という事にしているそうだ。
何よりドニアザードはシェヘラザードに憧れて武の道を志したというのだから、彼女を姉と慕うのも当然だろう。
「シャムシールさまは、もっと悪鬼の様なお顔をされているのかと思っておりました。でもお美くて……驚きました」
ついでにドニアザードが俺の顔をチラ見していた理由が分かる。
何のことはない。ただ単に物珍しくて俺の顔を見ていただけだったようだ。
でも、俺が美しい? ドニアザードの目は、一体どうなっているのだろう。まったく不可解な価値観だ。
それから会話が進むと同時に、呆れるほど進んでいたのがシェヘラザードの酒だった。
「ネフェルカーラがとりゃわれたんだから親友としてぇーー、私が助けに行かなくてーー、一体誰が行くというのよぉ!」
「いや、だから俺が……」
「ドニアザードぉー! アフラと共に、このヘラートを守りなしゃい!」
「シェヘラザードさま。昼からそんなに酒を飲んだら、身体に悪いから」
「なにを言ってりゅの! あなた! 私に敬称なんかつけるなぁ! 私はシャムシールに会えてうれひいのぉ! それよりぃ、第一夫人の一大事れすよ! 行くわよ! ほら! 私は飛べないから早く竜にのせろお!」
どうやら俺は、シェヘラザードさまを誤解していたようだ。
やはり俺の妻に、マトモな人はいない。
シェヘラザードは昼間から酒を飲み、さっさと泥酔すると、グダを巻きながら共にマディーナへ行くといって聞かなかった。
「そ、その……シャムシールさま……姉上を頼みます。ヘラートなら大丈夫です。ナセルは貴方を誘い出すためにこそ、この地を包囲しているのです。だから、落としたりはしません。少なくともフローレンス軍が到着するまでは……それと、それと……あっ!」
「しょゆことぉ! はやく行くろぉー!」
ジャムカは少しほっとした表情を浮かべ、カイユームとザーラは呆れ顔。
そして俺はシェヘラザードに引きずられながら、アーノルドの下へと向かうのだった。




