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セムナーン防衛戦 2

 ◆


「……ヴァルダマーナ。シャムシール軍に竜騎士がもう一人おるぞ」


 前方に展開するボアデブル軍の奮闘を、指を咥えて見ているだけのパールヴァティはやや不満気に嘯く。

 もとより積極的に戦う気の無いヴァルダマーナの方針は理解しているが、それでもパールヴァティは戦姫と呼ばれる程の女。やはり強者がいると見れば、心が高鳴ってしまうのだ。


「あれがアエリノールだな。間者の報告では元聖光緑玉騎士団(グリーンナイツ)の長だというが……それにしても黒甲王カラ・スルタンと二人でボアデブル軍の主力を止めるか……」


 一方、夫であるヴァルダマーナの方はと言えば、開いた口が塞がらない。

 シャムシールと刃を交えたとき、ヴァルダマーナはその出鱈目な強さに舌を巻いたものだが、遠目から見てもアエリノールはそのシャムシールをさえ凌ぐ。

 アエリノールが炎の龍を二体呼び出した時には、世の終わりさえ予感したヴァルダマーナ。

 しかしアエリノールはあろう事か完全なる二体の龍神を、ただ矢の迎撃に使役しただけ。もしもあの攻撃をボアデブル軍の正面に放てば、いかに精強を誇るボアデブルの魔法兵達と言えども、その力の全てを防ぐ事は出来なかったであろう。


 アエリノールは馬鹿なのか? と、ヴァルダマーナは思った。しかし、それでも尚、戦慄を禁じえない。


「あれは、余でも勝てるかどうか……」


「で、あろう? なれば、あの者はわらわの獲物じゃ」


 今、ヴァルダマーナとパールヴァティの二人は純白の神象に乗り、静かに戦いの成り行きを見守っていた。

 

 ――いや、静かに、というと多少の語弊があるだろう。

 幾度もボアデブルからの使者がアーラヴィー王国軍の本陣に現れては、ひっきりなしに神象による援軍を求めているのだから、それなりにこの場所は騒がしい。

 しかし使者に対するヴァルダマーナの言葉は、優しげな表情と語調に反して無下なものである。


「なんの、ボアデブルどのには、我らに華を持たせてくれずともよい。我等がこのようなところで出しゃばっては、飛竜隊ティンニン・フェルカの活躍の場を奪ってしまうゆえ、とお伝え下され」


 何の事は無い。

 つまるところヴァルダマーナは、シャムシールとアエリノールを見て尻込みをしていたのだ。

「元々本気で戦いたくないのだから、尻込み位するだろう」と、内心に言い訳をするヴァルダマーナは、そうして自らの感情を抑制する。

 それに、ボアデブルが未だ切り札を切っていないことも事実なのだから、どうして先に自分達が危ない橋を渡らなければいけないのかと、使者に対する笑顔の裏に、不快感をびっしりと貼り付けていた。

 それに、戦いたがりのパールヴァティも始末が悪い。

 あれ程シャムシールとボアデブルの二者を争わせて漁夫の利を得る作戦だ、と説明したにも拘らず、


「シャジャルは居らぬのか? む? あれはジャムカじゃな? きっとわらわと決着を付けたいのではないかな?」


 などと言って、そわそわしているのだ。

 パールヴァティの口元を覆う薄布が風で揺れると、その奥にはさも楽しげに笑う美妃の口元が覗くのだから、ヴァルダマーナは左手を額に当てて天を仰ぐばかりである。

 なんでもっと清楚で可憐な女性を妃にしなかったのだろう? と途方に暮れたヴァルダマーナだが、この時、不意に閃く事があった。


「ふむ……だが、シャムシール軍は三頭の竜を持っているのか……とすれば、余が単独で戦うには些か不利になる。竜の一頭でも、ここで潰しておくか。うむ、それに万が一にもこのままボアデブルが勝利を収めたら、それもそれで厄介だ」


 形の良い顎に人差し指を当てて、眉根を寄せるヴァルダマーナは思案顔だ。

 だがすぐに白い歯を見せてにんまり笑った丁度その時、ボアデブルから六度目の使者が訪れた。


「是非、神象にて我等をお助け下さい! 我等も飛竜隊ティンニン・フェルカにて援護いたしますゆえ!」


「ふむ、ボアデブルどのにそうまで頼まれては、動かずにはおれまい。よろしい、敵将シャムシールの首、余が取ってまいろう!」


 神象の上から使者を見下ろし、大仰に自らの胸を叩いたヴァルダマーナ。

 しかし、思っている事と言う事は逆である。

 

 シャムシールの戦力を削ぎ、ボアデブルの戦力も削ぐ。この基本は、絶対に変える気の無いヴァルダマーナ。

 ならばボアデブル軍には、もっとシャムシール軍を攻めて貰わなければ困るのだ。

 現状ではシャムシールとアエリノールに主力を抑えられ、左翼も敵の動きに翻弄されているが、大した被害は出していないボアデブル軍。

 一方でシャムシール軍も、損害らしい損害はないであろう。

 一度だけ南門に回り込もうとしたボアデブル軍の騎兵が、シャムシール軍の赤いマント靡かせた騎兵隊に蹴散らされたが、その損害でも千に満たない。

 

 ヴァルダマーナは、戦うのが自分とパールヴァティだけであれば、アーラヴィーの戦力を減らす事は無いと確信している。

 その上で援軍としての責務も果たし、双方の被害を拡大させる算段なのだ。


 ――皆、躍るがよい、余の掌の上で――


 自信の計算に満足したヴァルダマーナは太陽の如き笑みを浮かべて、パールヴァティを伴い天高く飛翔した。

 今はまだ、ドゥバーンの存在を知らないヴァルダマーナ。

 彼はこの戦が終わる頃、自らが大陸随一の知将と呼ばれる事を疑っていなかった。


 ◆◆


 俺とアエリノールの眼前に並ぶ五万は、結局盾を前方に並べて防御結界を張り、前進をやめた。後方にいる魔法兵達と連動しているのだろう。

 さっきまで散々魔法で蹴散らし、竜を躍りこませて切り込んでいただけに、整然と後退されて防御姿勢を取られると、少し不安になる。

 たった二人で五万人を足止めしていると言えば聞こえはいいが、結局の所二人で五万人を打ち破るのは所詮不可能だ。

 

「突撃、する?」


 アエリノールは口をへの字に曲げて、不満気だ。

 体力無尽蔵の上位妖精ハイエルフは、”ふん”と鼻息も荒く、下方に並ぶ敵軍を睨みつけている。


「いや、敵が此方の対処に馴れてきたようだ。迂闊に突っ込んでも、反撃に合うだろう」


 俺は敵陣を見回して、雰囲気が変わった事を察知していた。

 魔法兵団が防御に専念したということは、何か別の攻撃手段を講じたということ。

 なら、俺はそれを見極めて対処しなければならない。

 もしもこの防御姿勢が誘いなら、俺やアエリノールの突撃をこそ待っている。そして手痛い逆撃があるはずだ。

 何より、俺達の仕事は二人で五万人を打ち破る事ではない。あくまでも作戦目的は「敵を”いなす”こと」なのだから、今は膠着でいい。


 右翼を見ればジャムカが上空から先制攻撃をかけると、セシリア率いるクレイト騎兵が騎射からの転進を繰り返していた。

 五千の騎兵を十組に分けて、絶え間なく繰り返すヒットアンドウェイに、ボアデブルの左翼は辟易しているようだ。

 この戦術はそもそも奴隷騎士マルムークの得意とするもので、螺旋機動カラコールという。もっとも歴史を辿れば西方から齎された珍しい戦術だったそうだが、その出所は流石に俺も知らない。ともかくドゥバーンは、螺旋機動カラコールをクレイト騎兵に仕込んだのだ。

 ボアデブル軍が騎射から身を守ろうと盾を前方に向ければ、上空からはドゥラとジャムカが迫るのだから、敵には身を守る術も無い。

 もっともボアデブル軍の最前列は重装歩兵だから、ドゥラの攻撃以外ではそれ程の損害を出してはいないようだ。

 いや、その前に此方はクレイト騎兵を一騎も失っていないのだから、上々だろう。


 左翼だけは、此方がやや押されている。

 とは言え押されることそのものが予定調和なので、それ程気にならないが。


 それにしても、その左翼に前方の敵軍を”いなす”為には、どうしたらいいかな?

 左翼の方に向けて敵を追い立てればよいのだろうか? 正直、よくわからないぞ。


黒甲王カラ・スルタン! 今日は余も本気でやらせてもらうっ!」


 俺が状況を見て思い悩んでいると、頭上から妙に芝居がかった声が聞こえた。

 上空を見上げると、太陽を背にしたヴァルダマーナがいる。

 ヴァルダマーナは声もイケメンだから、声だけでもわかるのだ。

 逆光なので黒い影にしか見えないヴァルダマーナだが、それがいっそイケメンオーラを纏っているように見えて不快だ。

 

「爆ぜろ!」


 うん、そんな魔法は無かった。なのでヴァルダマーナには何もおこらない。

 

「パオーン!」


 ――もうパオーンはいいよ……うるさいなぁ。


 そう思った瞬間、一本の槍が音速を超える速度で俺の顔面に迫る。

 上体を反らして何とかそれをかわしたが、地面に突き刺さった槍は爆風を巻き起こし、凄まじい衝撃波を辺りに放つ。


 こいつ、俺に声を掛けなかったら今の攻撃を当てる事が出来たんじゃないか? そうしたら俺、きっと無傷じゃすまなかったと思うんだけど。

 ヴァルダマーナはもしかして、馬鹿なのだろうか? ふと俺は敵将に憐憫の視線を向けた。

 イケメンだとしても、馬鹿ならばギリギリセーフだ。


「僭王シャムシール、覚悟っ!」


 憐憫をヴァルダマーナに向けつつアーノルドを加速させようとした時、下方から無数の矢が迫る。

 これは今までのモノより、一本一本の勢いが強かった。風を切り裂く音が、段違いに鋭い。といっても、ヴァルダマーナの投擲には及ばないが。


 精鋭部隊でも来たか? と俺が首を傾げていると、その理由はすぐにわかった。

 俺やアエリノールが駆る竜と比べれば二周り程小型の竜が二十数体、眼前に現れたのだ。そして竜を駆る者達が皆、手に弩を持っている。

 竜はどの個体も深い青色をしていて、翼と腕が一体。シバールで空を見上げれば、たまに見えるのはこの竜がほとんどだ。


 この竜は、飛竜ティンニンという。


 そもそも、マディーナの竜舎にも一頭いる。アーノルド、ガイヤール、ウィンドストームに囲まれて肩身が狭そうにしていたその竜は、元はといえばサーリフが乗っていた。

 ちなみに飛竜ティンニンに騎乗し戦う事の出来る者を”竜戦士ティンニン・フェダイーンドラゴンに騎乗し戦える者を”竜騎士ティンニン・ファレス”と呼ぶ。


「グルル……飛竜ティンニンか……!」


「ああ、ボアデブルも飛竜ティンニンを持っていたのか」


 俺は眼前でホバリングをする神象と、滑空し続ける飛竜ティンニンを見比べた。

 アーノルドが上げた咆哮に、どうやら飛竜ティンニン達は萎縮してしまったようで、決して神象の前に出ようとしない。


 そのせいで、

 

「おお、来たか飛竜隊ティンニン・フェルカ! ふふ、余も差し出がましい真似はするまい。手柄はそなた等に譲るとしよう!」


 と言ったヴァルダマーナが、腕組みをしたまま、いまだ先頭にいる。

 本当は、自分は下がって督戦でもしたかったのだろう。残念なヤツだ。

 いや、その前に、本気で戦うと言った言葉は嘘だったのだろうか?


 それにしても飛竜ティンニンというのがドラゴンの劣化版というのは、どうやら本当のようだ。

 俺はヘラートの飛竜ティンニンとサーリフの飛竜ティンニンしか知らないから、あからさまに小さくなっている飛竜ティンニンを見た事がなかった。

 確かにマディーナの竜舎で飛竜ティンニンは小さくなっていたような気もするが、馬の中に混じった山羊みたいに見えていたので、そんなものだろう、と思っていたのだ。


 飛竜ティンニンドラゴンの大きな違いは、太い前足の有無。そして飛翔方法の違いと知能の差だ。

 まずドラゴンならば、鋭い鉤爪を持つ極太の四肢がある。しかし飛竜ティンニンには後ろ足しかなく、それもドラゴンに比べれば細い。さらに前足は翼と一体化している為、それでモノを掴んだり、攻撃する事が出来ないのだ。

 飛翔方法はドラゴンが魔力を使って飛ぶのに対し、飛竜ティンニンはその翼がまさに原動力。だから飛竜ティンニンは翼を捥がれたら飛べない。

 そして知能。飛竜ティンニンは一般人から見れば巨大な猛禽類と同様に思えるが、それと比べれば高い知能を持つらしい。人間でいうならば、三歳から四歳程度の知能があるとされていた。だから、人の言葉もある程度理解できるし、強さというものも理解するのだ。

 対してドラゴンは、一般的に人類を遥かに凌ぐ知能があり、神の眷属とも云われているが……


「アーノルド」


「……」


「アーノルドっ!」


「はっ、主どの! 如何なされました?」


「何を考えている?」


「いや、飛竜ティンニンを焼いて喰らったらどのような味かと……」


「焼くなら、塩で味を付けたらどうだ?」


「なるほど……流石は我が主どの! それはじゅるりです!」


 まあ、ウチのドラゴンさんは終始こんな調子なので、とてもじゃないが高尚な生き物には思えないのだ。

 今だって眼前の敵を見据える目が、妙に飢えている。

 喉の奥に炎を準備しているのはいいが、それが涎を蒸発させて”じゅうじゅう”と音をさせているのだから、アーノルドは飛竜ティンニンを餌としか見ていないのだろう。

 そりゃあマディーナの竜舎で、飛竜ティンニンが萎縮する訳だ。


 とはいえそんな飛竜ティンニンドラゴンの眷属には違いなく、自らの背に乗せる者は、厳しく選ぶと聞く。

 簡単に言ってしまえば、一対一で飛竜ティンニンに勝ち得た者しかその背に乗せないのだ。

 しかも彼等はストレス耐性が無いらしく、気に入らない人物に負けた挙句、その背に乗せ続けていると、あっという間に死んでしまうらしい。

 だから飛竜ティンニンの扱いは難しいと、竜舎のおじさんが言っていた。

 ちなみに、ファルナーズだって飛竜ティンニンには勝てるけど、気に入られているかどうかがよくわからないので、サーリフの飛竜ティンニンを貰ったものの、乗っていないのだ。

 大体、持ち主のサーリフからして飛竜ティンニンを大事にしていたからこそ、よほど重要な局面以外は乗ろうとしなかった。

 その意味ではヘラートにも百人からなる飛竜隊ティンニン・フェルカがいるそうだが、彼等は凄い。飛竜ティンニンに勝ち、さらに殺さず使役し続けるのだから、並大抵ではないだろう。

 もっとも、魔法文化の発達したシバールにおいて、飛竜隊ティンニン・フェルカが主力となる事はない。何故なら飛竜ティンニンには致命的な弱点があるのだ。

 つまりそれは、魔力が無いこと。魔術師並の魔力を持った騎士が飛竜ティンニーンに乗らない限り、魔術師による遠距離攻撃の良い的になってしまうのだ。

 といって遠距離攻撃の得意な魔術師が、あえて近接戦闘をする為に飛竜ティンニンに乗る意味合いも低い。となれば他部隊との連携が取りづらい飛竜隊ティンニン・フェルカはシバールにおいて必然的に、伝令や偵察といった任務を主とする部隊になったのだろう。

 単騎でもそれなりに強い竜戦士ティンニン・フェダイーンならば、危険な地域への偵察でも生還の可能性が高いし、伝令でも敵中をかいくぐる事が可能だろうから。

 

 もっとも――それはヘラートの飛竜隊ティンニン・フェルカだけのようで、俺の眼前にいる奴らは違っていたらしい。

 弩を背負うと曲刀を抜き放ち、弓に見立てて魔力を込める。


「「光弓ヌール・サハムっ!」」


 一糸乱れぬ騎射は、クレイト騎兵のような趣さえあった。

 そして同時に咆哮を上げた飛竜ティンニン達は、恐れを怒りに変えて俺に迫る。

 魔法を使う竜戦士ティンニン・フェダイーン達は、多分ヘラートの竜戦士ティンニン・フェダイーン達よりも数段強いだろう。

 ならば、ボアデブルはこの部隊を主力にしているのだ。

 ヴァルダマーナの後ろから、光の矢が俺に向かってきた。その数は丁度十本。別の十三本は、アエリノールを目掛けて放たれたようだ。

 そんな様を見れば、「俺だってこの部隊は違う!」と、直感的に気付く。


 ヴァルダマーナを一瞬視界に入れると、口元を歪めて此方を眺めている。既に曲刀を抜き放っているが、飛竜隊ティンニン・フェルカに加勢する気は無いようだった。


「迎撃だ、アーノルド!」


「承知!」


 魔法の矢は、魔法でしか防げない。

 といってもあの程度の魔法に俺の鎧が貫かれる筈も無く、アーノルドの鱗だって傷付けられたりしないだろう。しかしだからと言って素直に喰らってやる程、俺はお人よしではない。

 俺の意を汲んだアーノルドは前方に炎を撒き散らし、全ての矢を迎撃する。

 その間に俺は魔力を練り上げ、頭上に巨大な炎の塊を作り上げた。

 時間にして数秒だが、今の俺が一番得意な魔法を見せてやる。


大火球アル・ナール・ナハブ!」


 右手に魔剣を握り、左手を頭上に翳す俺。

 俺の頭上では人の身体ほどもある火球が三つ、ぐるぐると回っている。

 本当はこれを飛竜隊ティンニン・フェルカの人数分作り、全員にぶつけたかったのだけど、全然時間が足りなかった。


「行けっ!」


 仕方が無いので、俺は三つの火球を飛ばす。

 これは別に超高速という訳でもないし、高火力という訳でもない。だが、追尾式なのだ。

 魔法とは、それを使う人物の魔力に威力や性質が左右される。

 だからこの魔法を追尾式に出来たのは、実のところ俺だけなのだ。

 ハールーンやシャジャルはおろか、アエリノールやネフェルカーラでさえ大火球アル・ナール・ナハブを追尾式にする事は出来なかった。

 もちろん、俺の魔力の性質が追尾式だと知ったときは小一時間凹んだ。


「俺、ストーカーなのかな……」


 そう思って、しばらくの間真っ白になっていた。

 でも考えてみれば便利な機能なのだから、これからは思い切って使おうと決意したのだ。

 

 ちなみに訓練の時ジャービルにこれをやったら、凄く嫌そうな顔をされた。

 かわしてもかわしても後を追ってくるのだから、そりゃあ嫌な顔をするだろう。

 ジャービルは最終的に剣風で大火球アル・ナール・ナハブを無に帰したが、飛竜隊ティンニーン・フェルカの全員にジャービルと同じ事が出来るだろうか? 或いは魔法で相殺することが出来るだろうか? 

 まあ、無理だろうな。

 自慢じゃないが、俺はわりと炎と雷の精霊魔法エレメントが得意だ。そして古代魔法エンシェントも扱える。

 古代魔法エンシェントを扱える時点で精霊魔法エレメントの威力が跳ね上がるのだから、並の魔術師でさえ俺の魔法には歯が立たないのだ。


 案の定、俺の魔法に顔を引き攣らせる飛竜隊ティンニン・フェルカは、四散して回避しようとしている。

 俺はその間にヴァルダマーナとの距離を詰め、魔剣を翻した。


「まったく砂漠民ヴェドウィンでも魔族ジンでもあるまいに、それほど魔術を駆使するとは……ただの童貞ではないようだな? はっは――」


 俺の刃をかわしながら、軽口を叩くヴァルダマーナ。

 しかし次の瞬間、アーノルドの首筋を目掛けた刃が弧を描いて迫る。

 素早い剣捌きだった。

 俺は慌てて魔剣を突き出し、アーノルドの首を守る。


「童貞っていうな!」


 なんて頭にきて言い返そうとしたが、それも俺に冷静さを失わせようとしたヴァルダマーナの作戦かもしれない。

 戛然とした響きが辺りを満たし、同時に激しい火花が散った。


 ――狙いは俺よりも、アーノルドか?


 俺は薄笑みを浮かべたヴァルダマーナの目線を追って、確信した。

 パールヴァティもアエリノールと戦っているが、しかしその狙いは明らかにガイヤールだった。

  

 ――いや、ガイヤールを狙いたいパールヴァティは、アエリノールの攻撃に目を見張っていた。


「そなたが、アエリノールか?」


「そうよ」


 互いに光の眷属たる獣を従えているだけに、その戦いは軌道がまったく読めない。

 ある地点に現れてアエリノールがパールヴァティの背後を槍で突いたかと思えば、パールヴァティはアエリノールの側面に現れ、銀光を煌かせた曲刀で首を狙う。

 アエリノールの槍を両断したパールヴァティが、いつの間にかガイヤールの炎に飲まれていたりするなど、武技だけを見れば、どうやら二人は互角のようだった。


 パールヴァティの背後には十騎の飛竜隊ティンニン・フェルカが控えていたが、流石に空間を自在に転移して戦う二人を追うのは至難なのだろう。

 何だか敵が全員、俺に集中してきた。ちょ……それはいくらなんでも……。


「ちっ……パールヴァティ……目的を忘れおって」


 そう言うと、後方に下がろうとするヴァルダマーナだ。

 正直、飛竜隊ティンニン・フェルカと戦っている最中にヴァルダマーナが背後から現れたらと思えば、ぞっとする。

 だから俺が今、真っ先に倒さなければいけない相手はヴァルダマーナなのだ。

 俺はヴァルダマーナを猛然と追撃したが、神象の炎に遮られた。そして次の瞬間には背後に回られているのだから、神象ってホントに厄介だ。


「パオーン!」


 だからパオーンはもういい。


 それよりも、不味いな。

 徐々に大軍が俺達の下に近づいている。

 つまり、壁の役目を俺達が果たせなくなっている、ということだ。

 ここを突破されたら、作戦の根幹が揺らぐ。敵を”いなす”どころではないぞ。

 

 背に腹はかえられない俺としてはヴァルダマーナに構うことなく下降して、前進するボアデブル軍に炎を降り注ぐ。

 すぐに背後から飛竜隊ティンニン・フェルカとヴァルダマーナが迫るが、それは”光速化スピード・オブ・ライト”を発動して凌いだ。

 奥の手だったのに、仕方が無い。


 その後、幾度も俺は同じ動作を繰り返した。

 上昇してヴァルダマーナと剣戟を交わし、時に距離をとって飛竜隊ティンニン・フェルカを迎撃、下降して重装歩兵に炎を撒き散らす。

 一つタイミングが狂うと、全てが崩れてしまうだろう。

 流石に神象と飛竜隊ティンニン・フェルカ、さらに地上の五万を相手にするとしんどい。

 しかもヴァルダマーナは確かに強く、今まで数十合打ち合ったが、まるで弱点が見当たらなかった。

 いや、”光速化スピード・オブ・ライト”のまま魔法を駆使して戦えば勝てない相手ではないだろうけど、状況がそれを許さないのだ。

 それはアエリノールも同様なのだろう。珍しくパールヴァティを前に、困ったような表情をアエリノールは浮かべていた。

 ただ、俺とアエリノールの差は、飛竜隊ティンニン・フェルカの撃墜数だろう。

 俺は最初の大火球アル・ナール・ナハブで三騎を落しただけだが、アエリノールは煩わしそうに五騎を落していた。

 まったく、一瞬だけアエリノールが竜を離れたかと思えば、驚くほどの速度で自ら飛翔し、騎竜した敵兵の首を刎ねまくったのだ。

 だから、もうアエリノールに纏わり付く飛竜隊ティンニン・フェルカの兵はいなかった。

 それにパールヴァティも飛竜隊ティンニン・フェルカを助ければいいのに、


「わらわ達の神聖な戦いを邪魔したのじゃ、当然の報いであろう。以後、無用に近づくでないぞ」


 そう言って冷たい瞳を、飛竜隊ティンニン・フェルカの隊長に投げかけたのだ。

 そして、アエリノールとパールヴァティは心置きなく一騎打ちをしているかというと――


「そなた、本当に強いのう。故に、わらわはそなたに敬意を表して最高の奥義で――」


 曲刀を水平に構えて、静かにアエリノールを見つめていたパールヴァティ。それに対してアエリノールは――相変わらず話を聞かない子だった。


「――爆轟雷ライトニング・デトネーション!」


 多分、アエリノールはただただイライラしていたのだろう。相手に対する敬意なんて、きっと一ミリも持たなかったアエリノール。

 彼女にとって敵とは、敵であるのだから、敵なのだ。

 だからアエリノールとの対話など、基本的に敵である時点で不可能だった。

 ああ、パールヴァティ、可哀想に。


 アエリノールは、範囲を数メートルに狭めて爆轟雷ライトニング・デトネーションを放った。

 一瞬で暗雲が空を満たし、そこから放たれた無数の雷光が、純白の象と、その上にいる貴婦人に直撃した。

 白い稲光は束ねられて、天から伸びた一本の巨大な柱のようだった。

 もう、その中央にいたであろうパールヴァティの生存は望めない。普通ならば、灰だって残らないだろう。

 もしも俺がアレを喰らったら、鎧だけが残って中身が消炭になるかもな……恐い恐い。


「パ、パールヴァティっ!」


 俺と対峙していたヴァルダマーナが、光の方へ目を向けた。

 それもそうだろう。

 しかし俺と対峙していて俺から目を逸らすなんて、命知らずだな。

 

 ――その瞬間、俺はヴァルダマーナの曲刀を絡めとリ、左から右に魔剣を水平に走らせた。

 上体を反らしてかわすヴァルダマーナは、やはり半瞬遅れた動き。黄金の鎖帷子を切り裂き、刃はその奥に達した。

 純白の衣服にじわりと滲んだ真紅の血が、滴り落ちて神象をも濡らしてゆく。


 その様を見たボアデブルの中軍は、敗走するかに見えた。

 しかしその時左翼のドゥバーンが、絶妙のタイミングで壊走を始めたのである。もちろん本当の壊走ではなく、秩序ある壊走だが。

 

 こうしてボアデブル軍は雪崩をうつように、左翼に展開するドゥバーンの部隊を追う。

 一見壊走しているように見えるドゥバーンの部隊は強かに、かねてからの計画に沿って、敵をセムナーンの北へ集中させようとしていた。

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