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戦妃と姫将軍

 ◆


「オレはジャムカ。遠慮はいらぬぞ雑兵共、まとめてかかって来るがよいっ!」


 ジャムカは名乗りを上げるとドゥラを急降下させ、超高熱の炎をボアデブル軍に撒き散らす。

 シュラが魔法兵団を混乱させた事もあってか、俺達を囲むボアデブル軍の兵達は魔法による防御を失い、その劫火に焼かれてゆく。

 その様を見てアーノルドが若干ションボリしていたが、それは仕方が無い。

 火力で闇竜が火竜に勝ったら、火竜の立場が無いだろう。いじけるには及ばない。

 もっとも、ドゥラがアーノルドにドヤ顔を見せていたような気もする。まったく、竜とは意外に大人気ない種族だな。


 それにしてもジャムカの操竜術は実に見事だ。

 竜の背面飛行なんて、俺はやった事が無い。

 ジャムカは竜を背面で飛ばし、自らは鐙に足を絡めてぶら下がるような体勢になると、槍を真下に構え、次々に敵を屠ってゆく。時に片足を離して中空で揺れながら敵の攻撃を回避するのだから、もはや曲芸の域に達している。

 それと同時にドゥラの火炎攻撃も続けられるのだから、地上にいるボアデブルの奴隷騎士マルムークはたまらないだろう。

 しかもジャムカは扱う槍の形状を、時と場合によって変えた。

 ある時は、槍の先端が斧状の炎に変わる。これによって、突くだけではなく、なぎ払う事も出来るハルバードの様な特性に、自らの武器を変質させたジャムカだった。

 

 これが所謂、クレイト式の魔法――呪術――というのか。

 ジャムカの鎧や武器は、もともと魔力が込められていたモノではなく、現在進行形で魔力を込め続けているようだ。だから状況により、特性を変質させることも可能なのだろう。

 竜とは、高い魔力と武力をもった者にしか心を開かないというけれど、やっぱりジャムカも化け物だったということだ。

 ホント俺、ジャムカと戦ったときは空対空、地対地で良かった。

 ジャムカが空にいて俺が地上だったりしたら、負けちゃったかも知れないな。

 もしかしたら、アエリノールでさえ地上から上空のジャムカを相手にしたら、分が悪いかも知れない。竜の扱いにかけては、どうやら俺もアエリノールも、遥かにジャムカに及ばないようだった。

 

「行けっ! 水妖精サムヒギン・ア・ドゥル達!」


 機動飛翔アル・ターラで空を自在に飛びながら、十体もの水妖精サムヒギン・ア・ドゥルを操る水の姫巫女。彼女は腰に差した曲刀もそのままに、次々と攻撃魔法を繰り出している。

 シャジャルが青い長衣に革鎧という軽装であるのは、空を飛ぶ為に重量をなるべく軽くした結果だ。兄としてはせっかくプレゼントした青い鎧を着て欲しい気持ちもあるが、実際のところシャジャルには機動力を生かした魔法戦闘の方が、合っているのかもしれない。


 ……でも、軽装ではシャジャルが怪我をするんじゃないかと、お兄ちゃんはとても心配だよ。


 とはいえシャジャルの場合、もう闇隊ザラームにさえその強さを認められる程なのだから、俺が過保護なだけなのだろう。

 はぁ……妹離れの時機が近づいてきたのだろうか。切ない。


 カイユームも余裕を取り戻したのか、今は機動飛翔アル・ターラで空を舞っている。

 確かに自分で言っていたように、中、長距離攻撃が専門なのだろう。

 俺達からも距離をとると、先ほどよりも高威力の光弾を放っている。さしずめ浮遊砲台といった趣きのあるカイユームだ。


 さて、ここで問題なのは、俺とシュラだ。

 何故か二人でボアデブル軍に囲まれている。何故だ! どうしてこうなった?

 もちろん答えは簡単だった。


「他に構うな! 囲みを解くな! 魔術師などは弓兵に任せておけ! 者共、黒甲王カラ・スルタンさえ殺せば、セムナーンは我等のものぞ!」


 そう、実に適切的確なるボアデブルさんの発言があったからだ。

 そしてボアデブルの忠実な兵士たちは俺とアーノルドを引き離し、各人を分断した。


 もちろん、分断されたからといって、俺達に余裕が無いわけではない。

 むしろジャムカは戦闘に熱中、口元に笑みすら浮かべているのだ。だから、俺が囲まれている事など承知の上で、戦闘に興じている。

 もちろん、「凄いな!」なんて思いながらジャムカの戦いを眺めつつ、余裕をかまして目の前の敵を斬り伏せていた自分も悪いのだが……。

 でもね、王様そっちのけで戦闘を楽しむ戦闘狂ってどうなの? って思うよ、ホント。


 シャジャルはシャジャルで、敵兵の弓を軽やかにかわしながら、


「ええと、次の魔法は……水妖精サムヒギン・ア・ドゥル風妖精シルフィードなら、一緒に召喚しても平気だよね? アエリノールさまも言っていたし。あっ! 風妖精シルフィード石化ハジャルを運ばせたらどうかな? 皆、石になれば……うん、凄い魔法になるかもしれない!」


 と、実験の真っ最中。

 うん、凄い。シャジャルは本当に凄い。ネフェルカーラとアエリノールの魔法のいいトコ取りをして使うんだから。

 でもね……それはやめて! 俺も石になっちゃうでしょうが!


 カイユームはほら、もう遠くからヒャッハーしてるから。絶対に助けに来ないし。

 大体、俺に感謝しつつも脱兎の如く飛んで逃げ出したカイユームが、再びここに戻るはずが無い。

 という訳で、はからずも俺とシュラは今、背中合わせで敵軍を滅多斬りにしているのだった。

 真面目なのはシュラだけだよ。

 ホント、むしろシュラって真面目すぎて損しているんじゃないかと思ってしまう。


「ハァハァ……陛下、私が血路を開きます。アーノルドの下へお急ぎ下さい」


 肩で息をするシュラは、既に体力の限界なのかも知れない。

 彼女が何人の敵を屠ったのか分からないが、既に曲刀も折れて、徒手空拳で戦っていた。

 たまに敵から武器を奪うが、あまりシュラはそれが気に入らないらしく、結局は突きや蹴りで敵をなぎ倒しているのだ。

 ていうか、金属製の鎧を突き破るシュラの手刀は、一体全体どうなっているのだろうか?


「いや、シュラ、ゴメン。別に血路を開かなきゃいけない程の危地じゃあない。俺の後ろに付いてきてくれ」


 俺はシュラに一言詫びた。

 そう、シュラにとってこの状況は危地だったかも知れないが、俺にとっては「別に?」な現状。武将の一人位討ち取ってやろう、と思っているのも事実。

 だから多分、シュラ以外の皆は俺が楽しく無双している、と思っていることだろう。

 そうであればこそ俺達をこの場に置き去りにして、皆戦闘を楽しんだり、実験したりしているのだ。


 ……うん、違うよね……分かってる。そう信じたい自分がいるだけなんだ。

 じゃないときっと、涙が出ちゃうもの。「忘れられた」なんて思いたくないんだよ。

 いくら俺だってこのまま放って置かれたら、死んじゃうんだからね!

 俺にはいつでも逃げ出せる奥の手があったから、じれた敵将が、俺に一騎打ちでも挑んでこないかな? って思ってただけなんだからね!


「え? ですが?」


「いいから! 俺が本気を出せば、すぐにこの場は抜けられるから!」


「え? 今まで手を抜いておられたのですか?」


 一瞬、シュラの体が固まった気がした。

 ショックだった。不意に振り返ったシュラと俺の目が合うと、大きく見開かれたシュラの瞳は、まるで真紅の空洞。


「この脳筋野郎……」


 口こそ動かさなくても、シュラの瞳が俺に、そう語っていた。


 言い訳したい! そう思いながら、俺は敵を袈裟斬りにした。

 シュラも頷きながら、回し蹴りを敵の側頭部に当てて冑ごと頭を割る。


「流石は陛下です。ですが、何ゆえ?」


 シュラの憔悴した顔に、微笑が浮かんだ。

 そのはにかんだ様な笑顔は、実に柔らかく愛らしい。

 良かった。シュラは俺を脳筋と蔑んではいないようだ。

 それにしても笑顔だけ見れば、回し蹴りで敵の頭をトマトの如く潰す武戦派女子には、決して見えないシュラ。


「敵の戦力を測っていた。出来ればボアデブルと一騎討ちでもして討ちたかったが、そこまで甘くは無いようだ。退こう」


 俺は会話を続けながらも曲刀を水平に払い、敵の盾と体を真っ二つに割ると、シュラに向けて突き出された槍を左手でつかみ、敵兵ごと持ち上げて投げた。


「も、申し訳御座いません。陛下の深慮、私の力が足りないばかりに……!」


 俺の言い訳を聞いたシュラは、申し訳無さそうに項垂れる。だが、すぐ眼前に迫った敵を抑えようとして、足を縺れさせた。

 丁度、俺の左横に倒れてきたシュラを、小脇に抱えるようにして抱きとめる。

 思いのほか華奢なシュラの体は、柳のようだった。

 全身に汗と返り血を浴びて、褐色の肌はもうびしょびしょに濡れている。


 そのまま意識を失ったらしいシュラは、ぐったりと力なく俺の腕に収まってしまった。

 とりあえず、このままでは背後の敵から攻撃を受けてしまう俺は、早速アエリノール直伝の技を使う事にする。


 それにしても、結局というか早速というか、逃げ出すときにこの技を使うなんて、俺、アエリノールになんて言い訳をすればいいのだろうか?


光速化スピード・オブ・ライト!」


 呪文を唱えると、周囲の光景が限りなくゆっくりに見える。

 俺は、迫る正面の敵兵を足蹴にして吹き飛ばした。

 右から斬りつけてくる敵の首を魔剣で両断し、左から迫る斬撃を体を開いてかわす。さらに足を進め、敵兵の間を縫ってアーノルドに近づいた。


 まったく、造作も無い事だった。


 俺を囲む敵兵達の顔が、明らかに恐怖に引き攣っている。


「これが、黒甲王カラ・スルタン! 勝てるはずがない!」


 誇り高き奴隷騎士マルムーク達が、霧散して俺の前に道を作る。

 雪崩の様に逃げ散る様は、逆に圧巻だった。

 だが、それを止める言葉がすぐにも叫ばれる。

 俺の前に立ちはだかり、ボアデブルが抜き放った曲刀の銀光を煌かせたのだ。


「カルスの魔人だなどと呼ばれても、こやつとて人! ならば倒せぬ道理はないっ! 者共、たった一人に退くとは、恥を知れっ!」


 俺が横殴りに魔剣を振るうと、その力を真正面から受け止めた元セムナーン王。散った火花の激しさが、互いの力を示していた。

 俺に力負けしないのは大したものだ。その上、この速度にまがりなりにも付いてきたのだから、ボアデブルの実力は本物。

 兵達の恐怖心を拭う為に出ざるを得なかったボアデブルをここで討ち取れば、もはや俺の完全勝利は疑いようも無い。

 しかし今、シュラを抱えた状況で一騎討ちをすべきではないだろう。

 そもそもシュラを抱えていなければ俺が必ず勝てるかといえば、その保障だってどこにも無い。

 多分、今の俺は少し慢心している。

 気を引き締めて俺は再びボアデブルに曲刀を打ち込み、鍔迫り合いになると、力任せに吹き飛ばした。


「アーノルド、来いっ!」


「承知!」


 俺とアーノルドを隔てる者は、ただボアデブルのみ。そのボアデブルが尻餅をついている状況では、もはや俺を止める者などいなかった。


「逃げるかっ! 卑怯者!」


 俺がアーノルドに騎乗すると、下方から叫ぶボアデブルが見えた。


「貴様こそ、クレイトに怯え、セムナーンの民を捨てて逃げた卑怯者だろうが!」


「民を捨てて何が悪いか! これが戦略というものだ!」


「民を大切にしない男に、国を任せる事は出来ない! お前など、俺の配下の百人長にも劣るっ!」


「……おのれ! 首を洗って待っておれ、シャムシール! 余が、必ずや討ち取ってくれるっ!」


「出来るか? たった五人に翻弄されたお前如きが! ならばセムナーンまで追って来い! 俺は逃げも隠れもしないぞ!」


「今は逃げるけど」とは言わない俺。グッジョブ。


 ボアデブルの体は、”わなわな”と震えていた。

 この状況はボアデブルにとってまったく望まない展開だろう。何しろ、たった四人に乗り込まれたかと思えば、味方の裏切りとも思える爆発があり、敵に散々暴れられて、挙句に無傷で逃したのだ。怒らない筈が無い。

 しかも、挑発されてイラッとした俺に、しっかりコケにされたボアデブルだ。

 でも俺は俺で、これって捨て台詞? と思えば少しだけ恥ずかしくなったのは内緒だぞ。


 まあいい、ボアデブルを配下に加える事は出来ないとしても、結果は上々だ。

 何しろボアデブルは、これで必ずセムナーンへ来るだろうから。


 それにしても、怒鳴るボアデブルの顔は恐いな。

 長時間見ていると泣きそうになるから俺はさっさと目を逸らし、腕の中で気を失っているシュラを見た。

 血と汗に塗れていても、美人は美人だ。見れば癒し効果が期待できる。少なくとも、怒鳴るおじさんの顔を見続けているより、よっぽど幸せだ。

 いやまて、今、癒しが必要なのは俺じゃない、シュラだろう。

 治癒ヨアーレグで意識も回復するだろうか?


 俺はシュラの額に手を翳し、口の中で静かに回復魔法を唱えた。

  

 ◆◆


「きゃあっ!」


 闇竜の背に乗り、黒衣黒甲を纏うスルタンに抱きかかえられた闇妖精ダークエルフは、意識を取り戻すと飛び上がり、俺の冑におでこをぶつけていた。

 不本意だが世間一般に禍々しいと思われている俺は、顎の辺りに軽い衝撃を感じ、視線をシュラに下ろす。


「いたっ!」


 額を両手で押さえるシュラは、赤い瞳に涙を溜めている。

 うむ。俺の冑は最高硬度。ぶつかれば、如何なるおでこも無事ではすまぬ。


 とか言ってる場合じゃない。


 ボアデブル軍の飛翔ターラでは決して追えない高度まで上がると、俺達は一路セムナーンを目指す為に転進した。

 丁度その時、治癒の効果が表れたシュラが意識を取り戻したのだ。


「へ、陛下……。またしてもご迷惑を……私、私、死んでお詫びを――飛び降ります――」


 ――パオーン!


 起き上がると俺の腕を振りほどき、竜から飛び降りようとするシュラ。しかし、キミは飛翔ターラを使えるではないか。てことは、パラシュートを背負って飛び降り自殺をするようなものだろう? ていうか、自殺反対!

 そう思ったとき、背後からありえない動物の、ありえない鳴き声が聞こえてきた。


「ぱおーん?」


 多分、俺は間の抜けた声を出したと思う。だって「パオーン」だもの。


「ア、アーラヴィーの神象でございます、陛下」


 俺の腕から開放されたものの、獣の咆哮に気圧されたシュラは、再び俺の懐にへたり込んでしまった。

 だが、へたり込みつつも解説をしてくれる辺り、どこまでも真面目なシュラに、俺の高感度はうなぎ登りだ。

 第一、あれほど血と汗塗れになっていたのに、何故かシュラの身体からは良い匂いがする。甘い柑橘系の香りは、程よく熟したオレンジのようだった。


「兄者、鼻の下が伸び放題です!」


 ちょっと、シャジャル! お兄ちゃんは今、面頬を下ろしているからね!


「あたしの心眼には、見えます!」


 心眼の使い道を間違えているからね、シャジャル!


「ふっ、シャジャル。シャムシールさまが、オレ以外に鼻の下を伸ばす事などないぞ」


「ううん、ジャムカ。残念だけど兄者は押しに弱いのです! それに、ええと確か、ど、童貞? だから、女性に触れられるとすぐにその気になっちゃうのです!」


 俺は今、人生の儚さと切なさをかみ締めています。

 妹に、とんでもない事を暴露されてしまいました。

 しかも、ジャムカだけでなく、シュラにまで。

 カイユームなんか俺の側にやってきて、肩にさり気なく手を”ぽん”と置く始末。


 シャジャル、キミの心眼は、俺の心を覗き見る事が出来るのかな……。

 兄は、ショックで竜から飛び降りたいです。


「陛下、経験がないことなど、恥じる必要は御座いません。経験なさればよいだけですから。

 ……もしも陛下がお望みならば、不肖ながら私が相手を務めさせて頂きます……もちろん私は妃などと高望みは致しません。ただ、陛下のお役に立てればそれで……」


 俺の腕から抜けて、死ぬ気が失せたらしいシュラが飛翔ターラで浮きながら、そっと俺の耳元で囁く。

 きっと、恥ずかしさで”ふるふる”している俺に気を使ってくれたのだろう。

 優しいシュラは、今や俺の清涼剤だ。


「ま、まて? それではシャムシールさまは、ア、アエリノールとも、ドゥバーンとも……ネフェルカーラとやらいう第一夫人とも……まだなのだな!?」


 なぜかここで瞳を輝かせるジャムカが、俺に詰め寄ってきた。

 仕方が無いので頷くと、普段は無表情のジャムカが狂ったように笑いはじめる。


「アハハハハ! 一番は貰った! その前に、魔象を退治してくれる!」


 そして「パオーン」の方向に向き直ったジャムカは、槍を構えた。

 そうそう、神象とやらがいたんだったな。ショックで忘れてた。

 あれ? でもジャムカは魔象って言ったような?


「竜を友とするクレイト人にとって、対を為す象は即ち魔となります」


 俺の心を読んだかのように、シュラが適切な解説を入れてくれる。

 

 ――パオーン!


 再び象の咆哮だ。

 竜と対を為す、とシュラがいった意味は、これだった。

 

 黄金の装飾が施された純白の象は、その背に巨大な翼を持っていた。

 翼は竜のそれとは違い、皮膜ではなく鳥の翼に近いものだ。

 だが、飛び方は竜と近いのであろう。翼の上下動とは関係なく、魔力によって浮力と推進力を得ているだろうことが明白な速度と動きだった。


 つまり空を飛ぶ象、そういう事だ。おかしいだろう! なんだこの世界!



「あれが、神象?」


「はっ。アーラヴィー王ヴァルダマーナとその妃であるパールヴァティが駆る神象にございます。その能力は属性持ちの竜に匹敵します」


「なるほどね。シュラ、悪いが少し離れていてくれ。機動飛翔アル・ターラが使えなければ、きっとあいつ等とは戦えないだろうから」


「はっ……お役に立てず、申し訳ございません。その、もしも夜伽が必要ならば、いつでもお声がけを……」


 いや、シュラ。夜伽はいい。

 ほら、ジャムカに聞こえていたみたいで、彼女の眉がピクリと動いているよ。

 シャジャルも、珍しく顔を顰めていた。

 それにしても、シャジャルの気持ちが全然分からない。好意を抱いてくれている事は感じるが、妹としてならちょっと、度が過ぎているのではないだろうか。

 まあ、妹だからこそ、兄の女関係をクリーンに保ちたいのかもしれないが、何も心眼とやらを使って俺の深層心理まで覗かなくても……。

 いや、別に深層心理は覗いてもいいけど、童貞って言わないでよ……。


「いや、シュラ、ここまでボアデブル軍を引きずり出せたんだ、十分よくやってくれたよ。それにシュラ、簡単に夜伽なんて……自分をそんな風に安売りしたらダメだ。俺とそんな事をして、シュラに好きな人が出来たらどうするんだよ」


「そう、ですね。でも……いえ……ありがとうございます。これからも陛下のお役に立てるよう、粉骨砕身努力いたします」


 少しだけ寂しそうに頭を下げたシュラは、一人カイユームの側まで下がってゆく。

 ていうか、カイユームは自発的に後方に下がるあたり、やっぱり舐めているんじゃないだろうか。


「あ、童貞陛下! ぷぷっ、私も早速少し離れた位置に……神象と戦うなら私、浮遊砲台として頑張りますからね!」


 ぷかぷかと空にたゆたうカイユームが、大声で叫ぶ。

 何が浮遊砲台だ。自分で言うな! お前、ちょっとは前に出て戦え! 

 あと、童貞に陛下をつけるな。マジでアイツを殴りたい。


「ふははっ! 黒甲王カラ・スルタンは童貞か!」


 いつの間にか純白の巨象に乗った色黒の男が、俺の正面にいる。

 いや、別に「いつの間に」ではない。

 色んな意味で気が動転して放心状態にあった俺は、曲刀を構える気にもならなかったのだ。

 男は、白いターバンを頭に巻きつけ、そこに幾つもの宝玉をあしらっている。ゆったりとした絹衣の上に纏った黄金の鎖帷子をジャラジャラと鳴らしながら、肩に担いだ槍を構えようともせず笑っていた。


「むぐぐ!」


 言い返せない俺は、歯軋りをするのが精一杯だった。

 良かった、面頬を下ろしていて。

 顔が見えていたら、恥ずかしくって対峙すら出来ない。


「笑うことはなかろう、ヴァルダマーナ。そなたもわらわが初めてであろうが。一も零も、そう変わらぬ」


「バカを言うな、パールヴァティ。一と零は天と地ほども違うのだぞ? まして余はそなと経験して以来、幾人もの――」


「幾人もの――なにか?」


「いやまあ、その、お前だけだ!」


「ならばよい」


 すぐにもう一頭の巨象にのった人物がアーラヴィーの哄笑を封じた。

 その人物はパールヴァティと言うらしい。

 どうやら、この二人は間違いなくアーラヴィーの王と王妃だ。

 パールヴァティは黒にレースをあしらったベリードレスを着ている。

 むしろ黒地の部分は胸、腰と腕周りだけなのだから、露出度が凄い。そして闇妖精ダークエルフを思わせる肌が健康的に艶やかだ。

 何より二人は、これ見よがしに美男美女である。


 なにこれ、のろけ? リア充爆発しろ!

 

 俺がそう念じた瞬間、パールヴァティの眼前で水の竜が弾けた。


「いけっ! 水竜マーイ・ティンニーン!」


 シャジャルはいつの間にか複雑な印を結び、自身の前方に円形の魔方陣を描いていた。

 魔方陣は直径がシャジャル三人分ほどもあり、巨大なものだ。

 そこには青白く輝く二重の円が浮かび上がり、その内側に五芒星が描かれている。

 魔方陣から浮き上がるものは、俺が駆る竜とは別の形の竜だった。

 全身を淡く蒼い炎で包んだそれは、炎でありながら水の化身。所謂、俺がかつていた世界では東洋の「龍」と呼ばれる細長い神の使い。

 轟音と水飛沫を上げながら、シャジャルの前方から放たれたそれは、二頭の空飛ぶ巨象目掛けて飛んでゆく。


 ドパアアアァァァン!


 命中すると、大きく水がはじけ、地上に局地的な雨を降らせる。

 よく晴れた空には、それだけで幾筋もの虹が出来た。

 荒い息をしているシャジャルは、空を飛びながらもよろけている。

 巨大な水系魔法を操ったせいか、全身くまなく水に濡れたシャジャルは妙に色っぽい。

 うむ、十二歳なのに色っぽいなんて、素敵でけしからん!


「兄者……魔法は成功しました。でも……」


 一方、浮遊砲台の座をあっさりとシャジャルに奪われたカイユームは、口を半開きにして”わなわな”と震えていた。


「ふ、不完全ながら、神さえ召喚するのか……シャジャル将軍は……! 彼女ならばいずれ、我が師さえ凌ぐやもしれん……!」


 しかし、カイユームを慄かせるシャジャルの魔法も、右手を前方に翳したパールヴァティの前に、どうやら霧散したようだ。

 シャジャルが顔色まで青くしている点をみても、必殺の攻撃だったのであろう。それを容易く弾いたパールヴァティは只者ではない、ということか。


「そなた、何者か? まだ挨拶も済んでおらぬというのに、いきなり攻撃を仕掛けてくるとは無粋。ましてやアーラヴィーの王である我が夫と黒甲王カラ・スルタンの間に割って入ったのじゃ。覚悟は出来ておろうな?」


「何を言う! 兄者の力量を測りに来たのだろう! あたしの名はシャジャル! そっちこそ覚悟しなさい!」


「ほう、黒甲王カラ・スルタンを兄と呼ぶか。随分と威勢の良い王妹じゃな」


 激しく火花を散らす蒼髪の妹は、既に疲弊している。

 それを察して俺が前に出るとジャムカが、ドゥラを俺とパールヴァティの間に挟み、言った。


「王妹は、すなわちオレの妹でもある。そなたが戦妃パールヴァティだな? オレはジャムカ・シャムシール・ベルゲ、クレイトの皇女にして黒甲王カラ・スルタンの第四夫人だ。短い付き合いになろうが、見知りおけ」


「ふむ? ああ、クレイトの姫将軍じゃな? それが今では黒甲王カラ・スルタンの妃とは、面白い。じゃが短い付き合い、とは?」


「知れたこと。貴様はこの場より生きて戻れぬ、ということだ」


黒甲王カラ・スルタンの妃は、随分と強気じゃな。まあよい、気に入った。どこからでもかかって来るがよい」


 妃たちがヒートアップしている横で、俺に向けて肩を竦めて見せるアーラヴィー国王。

 どうやら、この男は本当に挨拶に来ただけだと言いたげだった。


「それにしても童貞なのに四人も妃がいるのか? 羨ましい限りだな。だが、童貞でなぜ妃が? 童貞なのにスルタンだと?」


 しかし、童貞を連呼するイケメン国王に我慢の限界を迎えた俺は、いつもより速やかに曲刀を抜き放つ。


「うるさい! そんなこと、どうでもいいだろ! あと、妃は五人だ!」


 行き過ぎた悲しみは、怒りに変わる。

 突き抜けた絶望は、怒りを伴う。

 俺は今、悲しみと絶望を力に変えて、戦うのだ。

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