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蒼髪の盗賊

 ◆


 ”ぱちぱち”とはじける焚き火の音と、遠くから聞こえる獣の咆哮。それ以外の音など聞こえない、紫色に染まる夜の中である。


「兄者と呼ばせてくれ!」


 砂漠の只中で、眼前に蹲る青髪青目の少年は、俺に懇願している。

 俺と少年の周囲には、盗賊と思しき男たちが四人程、気絶していた。

 むろん、それは俺が彼等を気絶させたのだ。旅をする俺たちに目を付けたであろう野盗である。下卑た笑みを浮かべながら迫る彼等を、ちょいちょいっと殴り倒してやったのだ。

 最近では、俺も力加減というものを覚えていた。しかし――

 

 ――どうしてこうなった?


 そう思い、焚き火に程近い場所を陣取り、横になって動かない二人を、俺は眺めやった。


 熟睡中、といった体で、ぴくりとも動かないネフェルカーラと、気持ち悪い寝言を言うハールーン。


 なめてるのか?

 

 ◆◆


 蛮族を討伐してから、すでに半年が経過した。

 

 あの時の功績で、俺は十人長になった。

 ちなみに、ハールーンは、なぜか十人長になるのを辞退して、


「シャムシールの十人隊に行きたい!」


 と、意味不明なことを言っていたが、うざいので断った。

 奴が泣きそうな顔をしていたのも、記憶に新しい。

 ていうか、あいつ何? 怪しい人? 

 でも、俺がきっぱり断ったら、ハールーンは諦めて十人長になっていた。

 

 それから暫く、俺は真面目に仕事をこなしていた。

 何しろ他にやることもないのだ。

 朝起きて、部下を起こしてメシ食って、訓練して警備する。それだけなのだ。

 たまにハールーンのところに遊びにいって、魔法を教えてもらったりもしていた。自分の戦闘力の向上は必須なのだ。

 結果として、奴隷騎士マルムーク内での俺の序列がどんどん上がってゆくことになる。


 すると、暫くしてサーリフがマディーナの太守になった、と、喜ばしいような、良くわからないような知らせがもたらされた。

 それに伴って、幾つかの奴隷騎士マルムーク部隊が統合されて、組織が大きくなったらしい。そのおかげで、ファルナーズが万人将というものになった。

 あ、なんだか、一万人を越える指揮権を持つものを「将」と言うんだそうだ。ちょっとカッコイイから、俺は自分のことを「十人将様」と部下に呼ばせてみた。

 そしたら、百人長になってたロスタムに首を刎ねられそうになったのは、今となっては良い思い出だ。


 まあ、とにかくも、俺たちの飼い主であったり上官であったりした人が出世すると、当然俺たちにもおこぼれがあるわけで……

 俺は、十人長でありながらも、ファルナーズの近衛隊に入る事になった。

 万人将の近衛というのは、十人長と言えども百人長待遇でもあったわけで、俺は一気に解放奴隷か!? と、喜んだものである。


 でも、現実はそんなに甘くなかった。


 あくまでも、百人長待遇なだけで、十人長では奴隷のままなのだと言われて独房に戻された。しょんぼりである。

 まあ、独房という名の一人暮らしになっていた分だけ前よりはマシだけども。


 なんでも、ファルナーズ曰く、近衛は本当に強い者を集めたいらしい。

 「だったらハールーンも呼べば?」と、俺は進言してみた。

 そうしたら、ファルナーズは、なんだか難しい顔をして「奴が来るであろうか?」なんて言うのだ。

 仲が良いように見えて、どうも妙な距離があるようだ。

 仕方がないので、俺がハールーンを説得する事にした。


「うーん。シャムシールの部下ならいいよぉ?」


 結局、オレンジ髪を揺らし、藍色の瞳を煌かせて、艶っぽい笑顔で俺にこんな事をいうハールーンであった。

 何としても、俺の部下になりたいのか? その熱意が謎だ。

 俺としては、妙に貞操の危機を感じはしたものの、なんとなくコイツとは離れがたいものも感じたので了承し、ファルナーズにその件を伝えたのである。


「……なんと。ハールーンがわしの近衛に? ならばよかろう。シャムシール、ハールーンをそなたの部下とせよ」


 そんな感じで、わりとあっさりハールーンが俺の部下になりましたっと。といっても、部下っぽくないけども。そりゃそうだ。同格の部下なんだから。


 で、問題はそこから。


 近衛の隊長が、あのネフェルカーラだった。

 百人長でありながら、千人長待遇。俺の苦手の代表選手。

 いついかなる時も、黒衣を纏う魔人。炎、雷、氷、と闇。魔法なら何でもござれ状態の、歩く超常現象が俺の上司になってしまったのである。


「ふん。おれの部下になる以上、半端は許さんぞ」


 頬を覆う黒い布をしてるので表情はわからないけど、多分、凶悪な笑顔を浮かべていたんだと思う。近衛部隊の駐屯する兵舎の一室で、ネフェルカーラに挨拶をした時にはそう言われたもんだった。


 それからの仕事は、根本的に変わった。

 訓練、もしくはファルナーズの護衛になったのだ。

 

 ファルナーズは、基本的にサーリフの将軍としてアズラク城(群青玉葱城)に詰める事が多く、そこに俺たちも護衛として随伴するのだ。

 大体は、日替わりで十人ずつが付き添い、城に入って警護する。

 他にファルナーズ個人の館を警護する場合もあるのだが、あまり帰宅しないようなので、此方を守る頻度は少ない。

 考えて見れば、それもそうだ。

 ファルナーズは、もはや姫と言っても過言ではない。ここでもっとも偉いサーリフの娘なのだから。


 ある日、ファルナーズの後ろに立つ俺を見たサーリフが、一瞬だけ俺を睨みつけた事があった。

 鍛えた今だからわかるけど、サーリフは、本当に化け物だと思った。「威圧」だけで人を殺せるかもしれない、あいつ。


 そんな日々が続く中、俺が近衛の兵舎――三階建ての石造り、正方形で何処にも逃げ出せない中庭を持つ、上から見たら「回」のような建物――で、ハールーンと共に訓練に明け暮れていると、隊長であるネフェルカーラに呼ばれたのである。ハールーンも一緒に。

 

 隊長の私室――実際、ネフェルカーラは兵舎で暮らしている――にハールーンを伴って行くと、単刀直入にネフェルカーラは言ったのだ。


「オロンテスに行くぞ。偵察だ。可能ならば、異教徒の王を殺せ、との命令だ」


 相変わらず漆黒の布に隠れて表情は見えないが、邪悪な表情に違いないだろう。翡翠のような両目が僅かに笑みを浮かべているように見えた。


 任務の概要は、オロンテス王国の首都、オロンテスに潜入し、敵戦力を確かめること。可能ならば国王を暗殺、あるいは有力な将軍の暗殺、だそうだ。


 オロンテスとは、いわゆる異教徒の国である。

 俺も最近知った事だが、このマディーナは北、東、南へと広がる大陸の中央辺りにあるらしい。そして、この大陸中央の覇権は「聖帝カリフ」が持っている。にも関わらず、「聖帝カリフ」の支配圏内にぽっかりと生まれた異教徒の国――それがオロンテスなのだ。

 ちなみに、このマディーナも、「カルスの戦い」以前はオロンテスの支配地域であったらしい。

 まあ、俺の類稀なる頭脳による認識では、陸の孤島、ってところだろう。

 ……良かった。オロンテスの勢力圏で奴隷にならなくて。


 てか、俺、暗殺部隊に編入ってことか?

 うーん。人を殺さない仕事がしたいんですが。駄目なんだろうか。


 で、ネフェルカーラと俺とハールーンが選ばれた理由は、外見がわりと異教徒に近いからなんだと。

 少なくとも、異教徒には、角の生えた人ってのはいないそうだ。それって、もしかして、俺、異教徒とやらの方が仲良くなれるんじゃね? なんて思ったけど、黙っていた。俺は、長いものには巻かれる主義だ。波風だって立てたくない。

 そういえば、ハールーンが俺と離れたがらないのも、そんな理由からかもしれない。

 奴隷騎士マルムークは、鬼が七割位を占めてるからなぁ。


 そうして、駱駝に揺られてゆらゆらと、マディーナの街を離れ、オロンテスを目指す旅をすることになったのである。まあ、片道五日だから、たいしたことないんだけども。


 ちなみに、街を出て暫く進んだところで、「うぇーい!」って言いながら逃げようとしたら、ネフェルカーラに雷撃魔法を食らった。

 冗談だったのに……


 ◆◆◆


 旅は、四日目まで特に問題もなく進んだ。

 なんだかんだと、甲斐甲斐しくハールーンがネフェルカーラの世話をする。俺も負けじと、最大限、ネフェルカーラには気を使う。

 何しろ、平然と雷撃を味方に撃てる人だ。機嫌を損ねたら大変なのだ。


 さて、トラブルが訪れたのは、四日目の夜のことである。


「金目の物と、そこの黒い服の女を置いていけ! そうすれば命まではとらないぞ」


 荷物を置き、焚き火をしつつ、そろそろ眠ろうかという時刻であった。

 俺は立ち上がり、敵対する五名を正面から見据える。トラブルには、対処しなければなるまい。

 皆、一様に粗雑な麻の服を身にまとい、崩れかけた皮の鎧を身に着けている。武器も、切れ味の悪そうな曲刀だ。


 問題ない。実力は大した事がないだろう。俺一人でも対処可能だ。おそらくハールーンも全く同じように考えているのだろう。無防備に頭を欠きながら、寝返りをうっている。


「って! お前、起きろよ!」


「……う、うふふん。ーーん」


 後ろに目をやると、黒衣のネフェルカーラは、荷物に頭を乗せ、気だるそうに瞼を開く。


「シャムシール。許す」


 何をだよ!


「塵どもを殺せ。おれは寝る」


 後ろからくぐもった声が聞こえた。

 どうやら、完全にネフェルカーラはやる気がないらしい。ハールーンに至っては、気付かぬふりを決め込んでいる。


 仕方ない。


 俺は、寝る為に着たマントを脱ぎ捨てて身軽になる。

 腰にさした魔剣を見て、正面の敵が一瞬怯んだように見えた。


「いけっ!」


 だが、一団のリーダーと思しき一人が声を発すると、残りの四人が一斉に刀を抜き放ち、俺に飛び掛ってくる。

 

 まあ、いいよ。


 普段の訓練の賜物、というのであろう。俺は、敵対者である四人の動きが手に取るように分かった。

 刀を使うまでも無い。

 それに、本気で殴ったら、こいつらは死んじまう。

 気絶させる程度で……俺は、ネフェルカーラの命令を守る気などないのだ。

 そう考えながら、左からの斬撃をかい潜り、立ち上がりざま、拳を振りぬいて敵の顎を砕く――手前で止める。

 心の中で「ガゼルパンチ」と呟いたのは内緒だ。

 右からの斬撃は、それが振り下ろされる前に敵の懐に入り込んでかわす。ついでに、腕を払い、鳩尾に拳打を打ち込むことも忘れない。

 後ろからの斬撃は、華麗な跳躍でかわした。

 身体能力が高くなっているとはいえ、人間業ではないな、もはや。

 で、そのまま二人の敵の背後を取ると、手刀を延髄へ叩き込む。これで、二人を一気に片付けたのだ。


 さて、残りはリーダーと思しき人物が一人である。

 

 そいつは、夜の中でも褪せる事の無い、鮮やかな青色の髪をしている。そして瞳も、やはり透き通るような、蒼。

 そいつが眼前で俺に手を翳し、そこから放たれるのは、澄んだ青色――水だった。


 円錐の先端のように凝縮された水が、俺に向かって迫る。

 避ければ十分にかわせるが、俺がかわした場合、その先にはネフェルカーラがいる。

 守るいわれは無い気がするが、濡れたらきっと怒るだろうな……

 そう思えば、俺は盾になるしかない。思い定めて、俺も手のひらから火球を出す。

 安直ではあっても、水には火だ。それに、水とはいえ、先端がとがっているのが気になる。ただ受け止める気にはならないのだ。

 

 瞬間――炎と水が俺の手の中で弾けた。


「いってぇ」


 水が、火球を貫き、俺の手のひらにダメージを与えたのだ。うっすらと血が滲む手のひら。

 俺は、正面に立つ少年を思い切り睨む。


 だが、少年は、俺を称えるように、潤んだ瞳を向けている。

 恐らく、あれが必殺の一撃であったはずなのに、意味の分からないことだった。

 そして、急いで俺の前まで駆け寄ると、跪き、頭を垂れる。


「兄者と呼ばせてくれ!」


 ――どうしてだ?

 

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