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黒甲王シャムシール

 ◆


 俺がジャムカとドゥラを伴って本陣に戻ると、顔色七変化で迎えてくれたオッドアイの美人軍師。

 まず笑顔、ついで怒り、最後に悲しそうな表情を浮かべたドゥバーンは、いっそ面白い。

 

 ドゥバーンは陣形を再編成しつつ、クレイト軍の武装解除をセシリアに任せ、セムナーンへ先遣隊として、既にシャジャルを派遣していた。その手際は相変わらず見事だが、俺の事になると、途端に様子がおかしくなる黒髪ポニーテールな変態軍師である。


「ジャ、ジャムカ! どういうつもりでござるか! いきなり妻になるなどっ!」


「シャ、シャムシールさまに一騎打ちで敗れてしまったゆえ……あ、いや。『俺が勝ったら、お前を俺のものにする!』とシャムシールさまが仰せになられて、だな。一度交わした約束は反故に出来ぬし……つまりこれは、オレの本意ではないのだが……」


「嘘をつくなでござる! 拙者、シャムシールさまが女性をその様な形で口説く姿など、見たことがないでござる! 

 拙者、朝から晩まで、いつだってシャムシールさまを見ているのに、でござるぞ!」


 ドゥバーン、お前は俺のストーカーか。


「しかし、事実だ。だから、オレも、し、し、仕方なく妻に、だな」


「全然仕方なくなさそうにござる! ジャムカのクセに嬉しそうでござる!」


 ジャムカに詰め寄るドゥバーンは、怒りながらも何処か嬉しそうだった。

 ジャムカの鎧を小突いたりしつつ、腰に両手をあてて不快感を顕にしようとしているドゥバーンは、どうやらジャムカと仲良しのようだ。

 そういえば、二人の身長も同じくらいで、目線も釣り合っている。

 どちらかといえばこの世界では小柄な二人。その辺も親近感があるのだろうか?

 ま、小柄といっても百六十センチ位はありそうだけど。


「拙者、第三夫人は譲らぬでござるよ!」


 断言するドゥバーンは、すでに俺の意志を確認する気もないらしい。

 ドゥバーンの大声に、俺直属の守護騎士ムカーティラ達が、一瞬だが羨ましそうな眼差しを此方に向ける。

 そう、ドゥバーンは、なんだかんだで美女なのだ。その上あの神算鬼謀なのだから、兵達が彼女を女神の様に敬っても、決しておかしな事ではなかった。


「陛下と奥方様方に、幸多からんことを!」


 バツが悪そうに俺が周囲を見ると、気を利かせた百人長が余計な事を言う。

 俺は陛下じゃないし、ドゥバーンだってまだ俺の奥さんじゃないからな。


黒甲王カラ・スルタン万歳アクバル!」


 ほらみろ、百人長が妙な事をいうから、また変な歓声が巻き起こってしまったではないか。

 俺はそれを、鷹揚に手を上げて制した。


 そんな俺を、昼の陽光に薄茜色の鎧を輝かせるジャムカが、潤んだ瞳で見つめている。


「オ、オレは別に第四以下でも構わぬ。シャムシールさまの妻になるのだ、贅沢など……。はわわっ! ではなくドゥバーン、家柄で言えば、オレはおぬしよりも遥かに上だと思うのだが?」


「む、む、む! シャムシールさま! やはりジャムカなど打ち首にするでござる! 謙虚なフリをして、と、とんだ雌犬にござる!」


「犬とは酷い。オレは草原の狼だ」


ドラゴンに乗る狼など、笑止にござるっ!」


「草原において気高き狼は神の御使いだ。竜に乗ったとて、何の不思議があろう? そういえばドゥバーン、そなたはテュルク人であろう? なのに何ゆえ角が無いのだ?」


「ふっぐぐぅ! この犬っころの首を刎ねるでござる!」


 ジャムカの言葉で、ドゥバーンの瞳に涙が溜まる。

 どうやらドゥバーンの家柄は、それほど良くないようだ。

 今まで気にした事もなかったが、テュルク人だというのに、たしかにドゥバーンにもジャービルにも角がない。

 それはテュルク人にとって異端なのだろうし、そうであれば、家柄が高貴であるはずもないだろう。


「まあまあ、ドゥバーン。これからはジャムカも味方なんだからさ、そう怒るなよ」


 俺は泣きながら怒る無様な軍師の頭を、軽く撫でてやった。

 アエリノールのしっとりとした髪質とは違う、すこし硬めの、だが”さらさら”とした、しなやかな髪のドゥバーン。やはり、髪の奥に突起の様なものも無かった。


「それにドゥバーン。角が無いほうが、撫でやすいよ」


 俺の言葉を聞くと、不意にドゥバーンが笑顔を浮かべ、ジャムカにドヤ顔を見せた。


 ――やっぱり、撫でるんじゃなかった。


 そうこうしていると、ガイヤールとアエリノールが戻ってきた。

 正直、俺としては戦々恐々である。


 なるべくドゥバーンとジャムカの二人から距離をとって、アエリノールを迎える事にした。

 ここで彼女を怒らせたら、せっかく降伏させたクレイト軍共々、俺達の軍も壊滅しかねない。

 万が一の場合、俺の人生も終焉を迎える可能性がある。

 ここには、アエリノールを押さえられる抑止力ネフェルカーラがいないのだから、慎重に対応しよう。

 いや、プラスに考えれば抑止力ネフェルカーラも所詮は核兵器。

 或いは核戦争が始まりかねない危険を考慮すれば、ここはアエリノールだけなのだから、まだマシなのだ。


「わたしは第二夫人のアエリノール! ジャムカ、改めてよろしくね!」


 だが、アエリノールはガイヤールから下りると、ジャムカの手をとって、笑顔で彼女を迎える素振りを見せていた。

 だが油断は出来ない。アエリノールの頭には、常に核が搭載されている様なものなのだから。

 

 瞬間――吹き抜けた風が酷く冷たい。

 

 ジャムカは硬直し、ドゥバーンの頬を冷や汗が伝っていた。


「妃同士は仲良くしなきゃね! ね? シャムシールっ!」


 そして笑顔を俺に見せるアエリノール。

 昨日ダスターンに言われた事を忠実に守っているようだ。

 どうやらアエリノールにとって、妃が増えることは問題ないらしい。やはり彼女の価値基準は、よくわからない。

 ともかく俺はアエリノールに大きく頷いて、面頬を上げた。

 ここは、彼女に笑顔を見せておくべきだと判断したのだ。


「そうだな、アエリノール。第二夫人として、下位の妃であるジャムカやドゥバーンを大事にするんだぞ」


 俺はついでに、アエリノールの顔を立てつつ念を押した。

 上位者なのだから二人を大事にするように、といえば、アエリノールならばその言いつけは守りそうだからだ。


 しかし、その時俺の背筋に悪寒が走った。

 背筋に、よく冷えた棒を押し当てられたような気分だ。


 まずい、俺、冑を被ったままアエリノールが第二夫人って言っちゃった。

 しかも、ジャムカやドゥバーンを妃にすることも認めてるし……

 だが、ネフェルカーラからの返答はない。

 良かった、ネフェルカーラはきっと聞いていなかったのだろう。


「わかった! 大事にするよ! ドゥバーンもジャムカも、なにか困った事があったらわたしに言ってね! 

 それにしても、わたし、ジャムカを殺さなくて本当に良かったね! ね? シャムシール!」


 笑顔を見せると、俺に近づいてきたアエリノール。

 歩くたびに金髪がゆれて、美しい。

 そして俺の側に辿り着くと、両手を後ろに回して、頭を俺の目の前に突き出した。

 どうやら、撫でて欲しいらしい。


「えへへ、えへへ」


 俺が頭を撫でると、嬉しそうに耳を”くるくる”動かすアエリノール。

 これだけならば、美人で可愛い最高の上位妖精ハイエルフなのだが。


「クレイト軍の武装解除が終わった。シャジャルも既に入城している。シャムシール、これでいつでもセムナーンに入れるが?」


 苦笑を浮かべたセシリアが、下馬すると俺に跪き、報告を齎した。

 さすがセシリアだ。

 颯爽と帰還して臣下の礼をすると、すぐさま無駄なく報告をする。武将の鏡じゃないか。

 戦うことと食べる事にのみ貪欲なセシリアは、基本的にストイック。仕事をきちんとこなす事にかけては、シャジャルと双璧をなす彼女だ。

 いやまて、なぜ俺に臣下の礼?


「それにしても、ついにアエリノールさまも妃になられるというのに、私はシャムシールの後宮ハレムに入れないのか?」


 だが、言葉遣いは改まらないセシリアだ。

 てかおい! どうしてセシリア、お前までそんな事を!?


 セシリアは優しげにアエリノールを見つめ、微笑を浮かべている。

 最高の友であり最良の上官が嫁ぐのだから、セシリアは感慨深いのかもしれないし、少し寂しいのかもしれない。

 彼女の本心はわからないが、アエリノール共々セシリアまで俺の妻になんて……俺、ちょっと嬉しいかも。

 だが、アエリノールは振り返ると、頬を膨らませながらセシリアの前に立つ。


「別にセシリアもシャムシールの奥さんになって良いけど……オットーはどうするの?」


「へ? アエリノールさま? 何をおっしゃって……?」


 頭上からアエリノールに言葉を投げかけられて、瞬時にセシリアの全身が真っ赤になった。

 いや、元々赤毛だし、真紅の鎧を着ているセシリアだから、顔が赤くなっただけだが。


「だって、二人は……ええと、好き合ってるんでしょ? わたしとシャムシールみたいに!」


「い、いや。驚いたな。まさかアエリノールさまに気付かれていたなんて……」


 しどろもどろに答えるセシリアの目は、大海原を泳いでいる。

 俺はすかさずオットーを睨んだ。

 バツが悪そうに目を伏せるオットー。おのれ、いつの間にやらデキてやがったか!

 

 まあ、二人は同郷とも言えるし、ずっと一緒に住んでいたようなものだ。そんな関係になっていたとしても、確かに不思議ではない。

 だが、アエリノールが気付いていて、俺が気付いていないというのが納得出来ない。おかしい。

 だいたいオットーもセシリアも、そんな素振りはなかったのになぁ。


 それはともかく、アエリノール。

 わたしとシャムシールみたいに好き合ってる、だと? 


 俺はアエリノールの感情が、まるで読めない。

 恋愛感情が、あの残念妖精ハイエルフにあったのか?

 それより、どうして何の疑いも無く、俺が自分の事を好きだと断言出来るんだ?


「わたしとシャムシールなら、気が付いていて当然よ! ね!」


「お、おう! 当然だな!」


 とりあえず、俺はアエリノールの言葉に頷くと、踵を返してその場をさった。

 幸せそうに俯いたセシリアは良いとして、ドゥバーンとジャムカの視線が、やたらと痛かったのである。

 それに、本陣の最深部で幹部達が立ち話をこれ以上続けるのも、周りの兵に無駄な気を使わせて迷惑だろう。


「さ、さすが第二夫人。シャムシールさまと心が通じていらっしゃる」


「で、ござるな」

 

 それでもアエリノールに追従したジャムカは、ある意味偉い。

 かつての恐怖も残っているのだろうが、彼女はしっかりと我慢を出来る子だ。

 俺は去り際に、ジャムカの肩に”ポン”と手をのせた。その我慢に対する礼のつもりだった。


「大丈夫、わかっている。シャムシールさまがオレを一番愛していることなど、あえて言わずともよい」


 ――違った。ジャムカも勘違いの激しい子だった。


「うぐっ、うぐっ。拙者も愛されたいでござる……」


 むしろ意外と素直だったのはドゥバーン。

 聞こえたらしいジャムカの言葉に肩を落とし、項垂れる。

 結局、ドゥバーンはアエリノールやジャムカの様に、勘違い出来ない人なのだろう。

 そんなドゥバーンを見て、今日、初めて俺は彼女を可愛いと思った。


 ◆◆


 俺は全軍をまとめると、諸将にもジャムカを紹介した。


「元クレイトの皇女将軍ジャムカだ。以後は、俺の夫人候補の一人となる。正式な身分は無いが、味方になるので皆、すまないが遺恨があるならば、忘れてくれ」


 俺の言葉に続いて、ジャムカもあまり流暢とは言えないシバールの公用語で挨拶をした。


「戦の事とて、オレから皆に謝ることは出来ぬ。が、以後はシャムシールさまの為に全力を尽くす所存。よろしく頼む」


 セムナーンへ向け進軍する手前、馬上でのささやかな紹介だったが、諸将もジャムカに遺恨を持たない事を約束してくれたので、良かった。

 

 時刻は昼を過ぎたが、太陽は未だ天高くにあり、吹き抜ける風は冷たい。

 俺が次に成すべき事は、堂々とセムナーンへ入城することだ。

 もはやセムナーンの城門は開かれ、街道の左右には武装を解除されたクレイト兵が並んでいるのだから、俺の仕事はただ「前進!」と告げることだけである。


 馬上でいよいよ全軍に号令をかけようとしていると、側にいたジャムカが俺に声をかけてきた。

 今、俺の側には、アエリノール、ドゥバーン、ジャムカの三人がいて、俺を囲むように皆、騎乗している。

 アエリノールが側に居る理由は、オットーに自身の千人隊を任せるという暴挙に出た為だ。

 流石にそれでは軍の規律も何も無くなるのでは? と思って注意をしようと思ったが、もはや全軍の副将格に上り詰めたアエリノールは飛ぶ鳥を落とす勢い。

 にこやかに俺に裁可を求めると、そのまま居座ってしまったのである。


 うん、俺だってほら、アエリノールの逆鱗に触れて死にたくはないし、ね。


 それはともかく、ジャムカの話はこうだった。

 

「シャムシールさま。オレの軍が武装解除されるのは仕方がないが……彼等は皆、オレに従う者達だ。そして、オレがあなたの妻になる以上、彼等はあなたの部下になったも同然だ。大事にしてやってくれないか」


「うん、もちろんそうしたいのだが……今朝まで命がけで戦っていたからなぁ」


 俺の部下達も、ダスターンの部下達もクレイト軍と戦って多数が戦死している。或いは戦死しないまでも、重傷を負ったものもいるだろう。

 そんな彼等にしてみれば、いきなり今から仲良くしましょう! といわれても、そうそう割り切れるものではないはずだ。

 それに、クレイト軍に害されたセムナーン市民だっているだろう。

 俺と、一部とは言えクレイト軍が結べば、市民感情を逆撫でするのではなかろうか?


 困った。


 俺は腕を組んで、考えるフリをした。

 悩んでいれば、きっとドゥバーンが答えを見つけてくれる。


「らんらんるー」


 うん、アエリノールには、何も期待しない方が良さそうだ。


「問題ござらぬ。全員をシャムシールさま直属の奴隷騎士マルムークになさればよろしゅうござろう」


「直属? けど俺の持てる兵の上限は、平時で一万。ジャムカの部下を抱えたら、軽く超えてしまうぞ?」


「何をおっしゃいますか。

 此度、シャムシールさまはサーベとセムナーンを奪還されました。これにより、スルタンに封じられぬ筈がありませぬ。スルタンであれば、自らの奴隷騎士マルムークを多数持って当たり前。いや、持たねばならぬものにござる」


「……だけど、まだスルタンになっていないぞ。だいたい、本当にスルタンに封じるられるのか? 封じられなかったらどうするんだ?」


「もしもスルタンに封じられずば、自らスルタンにおなりなさいませ! 今、シャムシールさまはサーベとセムナーンという帝国東方の要衝を押さえてござる!

 まして、クレイトでは皇子と叔父である王二人が争う事になるのでござる! ならば、陛下は西にナセルを撃てば、救国の英雄でござるぞ!

 さらにさらに! 遠く西より攻め来るフローレンスをも破れば、全ては磐石! さあ、シバールを手にお入れなされませっ!」


 やばい、ドゥバーンの目つきが悪いぞ。これは悪巧みモードだ。

 そして、俺に帝国の簒奪者を目指せとそそのかすドゥバーン。勢い余って途中から、俺を陛下と呼び始めた。


「オレも、シャムシールさまがシバールを手に入れるというのなら、及ばずながら全力を尽くそう。我が兵共々、遠慮なく使ってくれ」


 黒目がちな瞳を輝かせながら、ジャムカも拳を握り締めて頷いている。

 何なんだ、俺の妃は野心家ばかりなのだろうか?


「るんるんるん」


 いや、一人お花畑もいた。


「シバールも良いけど、東にそのまま攻めて、クレイトを奪ってもいいんじゃない? だって、せっかくジャムカもお嫁さんになるんだし?

 フローレンスの皇帝の事は知らないけど、聖騎士達は強いから、先にクレイト、それからシバール、最後にフローレンスでもいいかなぁって。ね? どう?」


 いや、全然お花畑じゃなかった。

 アエリノールの言ってることは、もはや世界征服だ。ドゥバーンさえ唖然としている。

 しかしおかしなもので、ジャムカがしきりに頷いていた。

 

「ああ、それもいい。オレがいれば、シャムシールさまは先帝の娘婿という事にもなる。これなら帝位の簒奪にもならんぞ?」


 根本的に、皆は知らない事がある。

 俺、別に皇帝になりたくないんですけど。

 なるべく平和に、穏便に人生を送りたいんですけど。

 自分が穏便に暮らす為に、世界を征服する?

 いや、どう考えてもおかしいだろう。


 俺は、自分が穏便に暮らせて、この世界における俺の恩人達が幸せになればそれでいいんだ。

 携帯だって探したいし。


 だけど、たしかに俺が世界を征服すれば、戦争は無くなるだろう。

 差別も、根絶出来なくても、減らすこと位は出来るんじゃないだろうか?

 戦争は直接的に悲惨だ。

 加えて格差を生み出す。

 格差は奴隷制を肯定するし、奴隷制は結局、人が人を人として扱わない現実を多く齎す。


 ああ、頭がパンクしそう。


「……考えておく」


 とにかく俺は、話を先延ばしにする事にした。

 とはいえ、まさかクレイト兵をなで斬りにするわけにもいかない。

 彼等を殺さない為に俺がスルタンになるしかないのだとしたら、やはり俺は、ジャムカの為にもスルタンになるのだろうか。

 それがたとえシバールという国家の枠を外れるとしても……。


「まあいい。今はセムナーンを解放しよう。入城するぞ! 前進!」


 俺は話題を変えるため、前進を命じた。

 十万以上の大軍でも、セムナーンならば全軍で入ることができる。

 何しろ、街を囲む城壁のさらに中ほどに、広大なもう一つの城があるのだから。

 その点は、西のマディーナとよく似ていた。

 まあ、マディーナは西の拠点だし、セムナーンは東の拠点なのだから、似ていても当たり前なのかもしれないが。

 

 俺がセムナーンの城門を潜る頃、全軍から再び歓声が上がった。


黒甲王カラ・スルタンシャムシール万歳アクバル!」


常勝王ナスル・スルタンシャムシール万歳アクバル!」


「セムナーンスルタンシャムシール万歳アクバル!」


 しかも、今度は軍民合わせた大歓声になった。

 俺の軍が長蛇の列を成してセムナーンの大通りを進むと、その周囲を市民たちが笑顔で囲む。

 俺の姿を一目見ようとしているのは一目瞭然で、瞬時に闇隊ザラームが俺の周囲を警護する。

 だが、俺が馬上から手を振ると、住民の歓声はいやが上にも増してゆくのだった。


 やがて沿道に並ぶセムナーン市民たちは全員が跪き、俺の行く手で頭を垂れた。


「セムナーンの誰もが、二度とクレイトの侵攻を望んでおりませぬ。そして、クレイト軍を打ち払ったシャムシールさまこそが、彼等にとって唯一無二の英雄でありスルタンなのでござる。

 彼等の為にも、さ、シャムシールさま、スルタンとなるご決意を」


 歓声の中、そっと馬を寄せて俺に囁くドゥバーンの声は、慈愛に満ちていた。


 薄汚れた服を路上にこすり付けて、俺を崇め称える市民たちを前に、どうしてスルタンになる事を拒めるだろう?

 もしもこれさえドゥバーンが用意したものであったなら、俺は見事に彼女に踊らされたのだろうか。

 だけど、この街には戦禍に怯えた市民が確かに居るし、立て直さなければならない暮らしがあるのは事実。


「ああ、わかった。スルタンになるよ」


 俺はまた、守るべきモノをここに見つけてしまったのである。

 

 この二日後、飛竜を駆る特使により、俺の下に一通の書状と印綬が届けられた。


 ――聖帝カリフの代理にしてシバール全軍の総帥たる大将軍ライース・アルジャイシュが任じ命ずる――


 此度のクレイト征伐の功により、守護騎士ムカーティラシャムシールをスルタンと為す。

 その領国はサーベ、セムナーン及びマディーナ。

 その武威を持って、内外の敵を排するべし。


 こうして俺は、寸での所で正当なスルタンになった。

 書状が届くのがあと一日遅ければ、俺はシバールから独立する形でスルタンになったであろう。

 そして正規のスルタンとなった俺の領国は、飛び地とはいえナセルと並ぶ、シバール最大の版図、三カ国となったのである。

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