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ヤズド会戦 2

※ 残酷な描写があります

 ◆


「なあなあ、シャムシール、塩はどこだ?」


「厨房の左隅の箱に入っている」


「うむ。これか。あれ? ナツメグはどこだ?」


「棚の二段目に、他の香辛料と一緒にしまってある」


「うむ、うむ、あった。これだ、これ」


「……ネフェルカーラ……何をしてるの……?」


「何って、料理に決まっておるだろうが。今日は良い鶏肉が手に入ったので、カブートを作っておる」


「カブート? ああ、シチューみたいなやつか」


 俺は本隊を率いて一路南下し、戦場を大きく迂回して、クレイト軍の本陣を衝く途上にある。

 漆黒のドラゴンを低空で操り、黒衣黒甲黒冑という禍々しい姿でありながら、ネフェルカーラと交わす遠距離念話は、どこかほのぼのとしたものだった。


 ていうか、命がけで敵軍を目指している俺に、塩の場所を聞くネフェルカーラとか、なんなの!? ちょっとは空気を読んで欲しい。

 でも、スパイスにナツメグを使おうとする辺り、ネフェルカーラの料理の腕は、若干上がっている様だ。

 ……それにしても、何でネフェルカーラは料理なんかしてるのだろう? それこそ、奴隷達に任せれば良いのに。


「なあ、ネフェルカーラ。なんで料理なんかしてるの? 奴隷に任せれば良くない?」


「ば、馬鹿。だ、第一夫人たるもの、料理の一つも出来ねば、他の者に示しがつかぬわ!」


 俺は、返す言葉を失った。

 出征前にドゥバーンが言った言葉を、ネフェルカーラが本気にしていたとは。

 いや、大丈夫。ネフェルカーラの事だから、飽きたらきっと忘れるだろう。忘れるはずだ。早く忘れてくれないかな……


 ドォォォン


 俺が虚空を見つめ、思い浮かんだネフェルカーラの薄笑みを脳裏から消し去っていると、遠方から落雷の音が聞こえた。


「シャムシール、始まったね!」


 俺の横で白金の竜を駆るアエリノールが、遠方で生まれた黒雲を指差している。

 どうやら、敵軍と此方の囮部隊の激突が始まった様だ。


「あれ? あれ? シャムシール、このまま、味方が勝っちゃいそうだよ? シャジャルが凄いよ!」


 アエリノールが、興奮気味に話を続けていた。

 どうやら、俺には豆粒程の大きさにしか見えない両軍の動きが、アエリノールには手に取るように解るらしい。

 これ程の能力がありながら、彼女はどうしていつも失敗ばかりするのか、本当に不思議だ。


「え? なに? シャジャル? シャジャルがどう凄いの?」


 しかし、俺の顔は少し綻んだ。どうやらシャジャルが活躍しているらしいのだ。兄として、妹の活躍が気にならない訳が無い。

 俺は黒竜から身を乗り出して、アエリノールに状況を聞いた。


「うん……ちょっと待ってね」


 アエリノールは首を傾げると、白金プラチナ色の竜の上で立ち上がり、”ひょい”と俺の駆る黒竜に飛び移った。

 それから、俺と向かい合う様に座ると、俺の冑を取り、額と額をくっつけた。


 ちょっと、ドキドキする。

 アエリノールが瞼を閉じたので、これは、キスをするタイミングなのか? と思ったが、違った。


「……同化アシミレーション


 アエリノールの声が、俺の内側で響いた気がした。それと同時に俺の意識が、アエリノールの僅かばかり前の記憶をなぞってゆく。

 アエリノールの記憶の一部分と、俺の意識が同化した様だ。そんな中、俺とアエリノールの間に置いた黒い冑から、ネフェルカーラの怒声が響いていた。


「と、ところでシャムシール。お、おれが居ない所で浮気などしておらんだろうな!」


 アエリノールの記憶の中では、シャジャルが幾つもの魔法を詠唱し、雨を降らせ、水の膜を作り、雷を落としていた。

 確かに、大活躍だ。呆れる程強くなっているシャジャルだった。

 けれど、攻撃を終えたシャジャルが、どこか浮かない顔をしている。

 少し、俺は心配になった。シャジャルに何かあったかな? 

 勿論、表情の変化だけで、そんな風に思ってしまう事は過保護かもしれないが、それにしたって、シャジャルはまだ十二歳なのだ。十二歳にしては過剰な力を持っている事が嫌なのかもしれない。

 後で話し合おうかな、と俺は思った。


「うるさいなぁ、ネフェルカーラは! 今はわたしがシャムシールと良い事をしてるんだから、邪魔しないでよねっ!」


 俺が瞼を上げると、俺の冑を持ち上げて、アエリノールが怒鳴っていた。


「よ、良い事だと? 何なのだ、それは? アエリノール!」


「シャムシールとくっついてお話してるのっ!」


「な、なんだとっ! 離れろ、アエリノール! 今すぐ離れねば、貴様、帰ってきたら、殺してやるぞ!」


「はいはい! すぐに離れるわよっ! でもね、殺すって言うのはこっちの台詞よ! クレイト皇帝の次は、アンタの番だからねっ!」


「馬鹿め! クレイトの皇帝はアルマリクの四季離宮に篭っておるわ! そこまで東征するつもりか! わはは!」


「ぐっ! シャ、シャムシールは世界の人を皆、奴隷にするんだから、いつかクレイトだって滅ぼすわっ! ちょ、丁度良いから、このまま攻めて行っても良いわねっ!」


 ――ええっ?


 俺は、俺の冑を使っての遠距離喧嘩を始めた二人に唖然とする。

 とにかく俺はアエリノールから冑を奪い、再び被って、ネフェルカーラに事情を説明した。

「アエリノールの雌犬め!」「あの泥棒猫め!」と、散々ネフェルカーラは怒りを俺にぶちまけていたが、


「もうすぐ戦場だ。また今度、ね」


 と、俺が言った瞬間に、怒りが嘘の様に収まった。


「うむ、そうか。ならば……今ではお前も十分強いが……それでも、出来るだけアエリノール(バカエルフ)から離れるなよ……今回は、その、流石のおれも、何かあっても、そこまで行ってやる事が出来ぬゆえ……」


 結局、何だかんだで、アエリノールの事を誰よりも信頼しているネフェルカーラだったのである。

 当の、信頼されている筈のアエリノールは、俺の冑に向けて、舌を出していた。それは実際の所、俺に向かって思いっきり舌を出しているに過ぎないのだが。

 

「ベーっ、だっ!」


「あのさ、アエリノール……この冑でも、映像は送れないからね……」


「へ? ご、ごめん! シャムシール!」


 こうして、そそくさと白金プラチナ色の竜の背に戻ったアエリノールだった。

 この日、ガイヤールが溜息を吐いた姿を、俺は初めて見たのである。多分、俺とガイヤールの内心は、一緒だったのだと思う。


 ◆◆


 俺は、敵の本陣――というよりは後詰の感がある部隊の横腹を望む場所に出た。

 敵の騎兵もあちらこちらに見えるが、それらはどちらかと言えば指揮官の様で、歩兵達は皆、一様に精気に欠けた顔をしている。


「あれらの中には、クレイトが下した国々の兵が多くおります。攻城戦では最前線に立たされる兵ですが、野戦では機動力に劣る為、このような位置に置くのがクレイトの常道にござる」


 一旦、竜と共に地上に下りた俺の下へ、ジャービルが馬を寄せてきて、解説をしてくれた。


「そして、騎乗している兵が、クレイトの正規兵ですわ」


 ジャービルの解説に付け加えたのは、珍しく騎乗しているザーラだった。

 しかも、彼女は既にクレイト騎兵の姿に偽装していた。


「つまり、騎兵を真っ先に討ち取ってゆけば良いってコトね」


 ザーラの隣で唇を歪めるのは、闇妖精ダークエルフのシュラだった。

 今回は彼女は、ザーラと共にクレイト騎兵に扮して敵を混乱させる役目を負っている。

 シュラは「幻影サラーブ」という魔法を駆使できるという。これは「消失バニッシュ」の下位版とも言える魔法だけれど、姿を消した状態でも物理攻撃が出来るという特性を持つ、如何にも暗殺や諜報向きの魔法だった。

 だからザーラは今回特に、シュラに自分と共に行動をする様頼んだそうだ。もちろん、ジャービルも了承した。しかし、これを失敗すれば、シュラの命は無いそうだ。

 そうは言っても、シュラに気負いは見受けられない。

 銀髪を掻きあげて、俺を見ると口元を引き結び、こう言った。


「先の不名誉を雪ぐ働きを、今回必ずやご覧にいれます!」

 

 ちなみに、もう一人、この戦闘に参加する闇隊ザラーム幹部がいる。カイユームだ。

 しかし彼は既にガタガタと震えながら、百体もの骸骨騎兵スカルナイトを召喚して、我が身を鉄壁の防御で包んでいた。

 さらに、今後生み出される死体は、全て利用するつもりだという。

 挙句に、自分が討ち死にした場合に備えて、転生用の素体ホムンクルスも準備済みという周到さだった。

 そういえば、素体は十歳で金髪碧眼の美少女だと言っていたので、


「カイユーム……討ち死にしたら?」


 と、俺が言ったら、泣きながら骸骨騎兵スカルナイトを召喚していたのだった。

 あれ? 骸骨騎兵スカルナイトはもしかして、俺への不信感の表れだろうか?

 でも、イケメンだけど華奢で小さな丸眼鏡をかけた魔術師より、十歳の金髪碧眼魔術師の方が良いと思うのだが。大体、今の体だって元は素体ホムンクルスなんだから、どうでも良いだろうに。

 ちなみに、同時に百体もの骸骨騎士スカルナイトを召喚出来る者など、歴史上でも数える程しかいないそうで、世が世なら、彼は大魔術師と呼ばれただろう。地味に凄いヤツなのだ。


 そんな本隊をまとめて指揮を執るのは、全身を真紅の鎧で包んだセシリアである。

 今回は特別に、補佐役として筋肉達磨なオットーを任命した。

 そもそも、俺の護衛といって、竜の後をついて回られるよりは、その方がよっぽど良いのだ。

 オットーとセシリアの仲は、そもそもオロンテス時代に遡るのだから、息も合うだろう。


「ふはは。クレイトが相手ならば、気兼ねなく存分に暴れられるわ!」


 オットーが口の端を吊り上げて、珍しく皮肉気に笑っていた。


「ははっ! おっさんは何処が敵なら気兼ねするのさ?」


 返すセシリアの声は、底抜けに陽気だった。


「ふむ? 今更、そんな相手もおらんな! シャムシールに敵対する者を、排除するのみである!」


「その意気だよ! おっさん!」


 夕闇の迫る草原に、十万を超える敵兵の横腹を眺め、セシリアの心は昂ぶっているのだろう。

 敵も、再度の突撃を敢行しているようで、後方の此方には油断がある。

 オットーも俺を見つめ、「頃合だ」と言外に言っている様だった。


 俺は頷き、竜の手綱を握ると、槍を構えて命令を下した。


全軍突撃フジューム!」


 俺とアエリノールの竜が羽ばたき、舞い上がる。その後、二千四百の馬蹄の轟きが地上から巻き起こった。

 

「蹴散らせぇ!」


 セシリアの裂帛の気合が、下方から聞こえる。


「おうっ!」


 真紅の騎士は全軍の先頭を駆けて、純白のマントを靡かせていた。

 僅かに遅れて、オットーの無骨な鎖帷子が揺れている。

 ジャービル達、闇隊ザラームの姿は既に見えない。もう、敵中に潜入したのだろう。

 恐るべきは、カイユームが率いる骸骨騎士スカルナイト達だった。

 人間の部隊から僅かに遅れつつも、整然とした動きで、クレイト軍に突撃を敢行している。そして、敵の歩兵達をなるべく傷つけないように殺し、屍鬼グールとして味方に取り込んでいるのだ。

 もっとも、集団の中心にいるカイユームは、既に意識を失い、二体の骸骨騎士スカルナイトに介抱されていた。

 これ程の術式を組めるのに、なんてメンタルの弱い人なのだろう、カイユームは……


 俺は、ドラゴンと共にクレイト軍の中心部に躍り込むと、無造作に炎を撒き散らした。

 アエリノールもそれに倣い、縦横無尽に暴れ回っている。

 さらにアエリノールは、ときどき竜から下りて、剣を振い、妖精を召喚して一人軍隊と化していた。

 

 ドラゴン一頭で百の兵に相当する上に、アエリノールは、そのドラゴンの十倍は強い。

 敵には、とても手に負えない有様だった。

 勿論、俺は竜から降りようとは思わない。

 時折飛来する矢を、俺が叩き落してアーノルドを守るのだ。

 ……勿論、黒竜の鱗に、生半可な矢は通らない。正直に言えば、怖いから俺は竜から降りたくないだけだった。


「主殿もアエリノールさまの様に、地上に降りて戦いますか?」


 なので、アーノルドがこんな馬鹿な事を言ってきても、俺は気にしない。

 俺はアエリノールの様に、敵に囲まれて無双したいとは思わない。命は大事にするものだ。


「馬鹿を言うな、お前を一人に出来る訳がないだろ!」


「はっ! 主殿はお優しい!」


 アーノルドは、嬉しそうに一度首を上に向け、その喜びを最大限現したかの様に、黒竜の力を顕現して見せた。


 それは――重力操作――だった。


 俺の眼下で、直径二十メートル程の地面が凹み、敵の兵士達が倒れ伏していた。

 恐らく大半の敵兵達は、骨が砕け、内臓が破裂して即死だっただろう。

 黒竜、恐るべし――だった。

 しかし数人が、その中で震える体を起こして立ち上がった。恐らく、魔法耐性の強い者だろう。皆、クレイト騎兵達である。

 それをアエリノールは、笑顔で容赦なく斬って捨てた。


 馬鹿と鋏は使いよう――日本にはそんな諺があったな、と、俺は冑の中を冷や汗で濡らしながら、しみじみと思った。

 

「アーノルド。黒竜の力は、あまり使わないように……残酷だから、ね」


「はっ……主殿がそう仰るのならば、承知」


 俺とアエリノールがクレイト軍の中央部で散々暴れまわっていると、側面から突入したセシリア達も、盛大に暴れ始めた。

 セシリアの槍は、敵兵二人を同時に貫いていた。槍を引き抜くと振り向きざま、左から迫る歩兵の顔面を抉る。さらには頭上で槍を振り回し、降り注ぐ矢を全て弾いていた。

 既に、彼女はマントさえ真紅に染めて、クレイト軍を思うが侭に蹂躙している。しかも、さも当然の如く、クレイト騎兵から真っ先に倒す事も忘れていない様だった。


「左へ転進っ!」


 敵軍の一部を蹂躙すると、すぐさまセシリアは軍の進路を変えて、敵の対応を遅らせる。

 

 その時、爆発音と炸裂音が連続して起こり、敵兵の中から悲鳴が聞こえた。

 シュラが「幻影サラーブ」で敵中に紛れ込み、魔法で敵の糧食を爆破し、さらに炎を煽ったのだ。


「裏切りだ! 裏切り者が食料を爆破したぞっ!」


「後方から敵軍が迫っている!」


「ジャムカ将軍が討ち死にした!」


「カザンさまが敵将に捕らわれた!」


 勿論、虚言である。これは、ザーラとその配下達の仕業だ。

 さらに、元々クレイト軍中に伏せていたザーラ配下の闇隊ザラームが、先ほどまでの味方に、刀を振い槍を穿つ。斬られた方は、状況が理解出来る訳もない。ただ「裏切り者だ!」と叫んで死んで行くしかなかった。これにより、敵兵の混乱はさらに拍車が掛かった。

 

 混乱する敵兵の中を、オットーが馬上から長槍を振り回して暴れまわっている。

 オットーは右の敵兵を槍で貫き、正面の敵を馬の蹄で砕く。左から突き出された敵の槍を小脇に挟んで奪い取り、燃え盛る炎の様な眼光で睨みつけていた。


「うわはははは! 何処を向いても敵ばかり! 何を斬っても武功だわ! わはははは!」


 こんな事で上機嫌にならないで欲しい。と、眼下を見下ろしながら、俺は思った。


 敵の食料は燃やした。とすれば、既に作戦は成功だ。

 クレイト軍としては前進して穀倉地帯や街を蹂躙するか、もしくは補給を本国から送ってもらう他、戦い続ける術を持たないだろう。しかし、前者は俺がいるから不可能だし、後者は現実的じゃない。あとはサーベまで退いて、さらに物資を徴発するか、だが。

 とにかく、これで目下の勝利は確定した。

 

 だから、もう退くべきだ――


 そう、思った。だがしかし、俺の中に黒い欲望が持ち上がった。

 敵兵は弱い。だったら、もっと減らしておいたほうが、少なくとも今後の戦いが有利になる。そんな思いが俺の判断を鈍らせ、強敵の接近を許してしまったのだ。

 俺の眼前に水色の竜が現われ、すぐさま長大な槍が振り下ろされた。寸での所でアーノルドを旋回させて一撃を逃れると、俺は敵将を見据えた。


 水色の竜に跨る男は、金と赤を基調とした鎧を身に纏っている。彫琢の凝らされた胸甲を見れば、男の身分が高い事は一目瞭然だ。


「やってくれるな、黒甲将軍カラ・アミール。その礼に、俺がこの手で殺してやろう。俺の名は、カザン。クレイト帝国西方遠征軍の総司令官だ」


 赤い房のついた黄金の冑から覗く眼光が、異様なまでに鋭いカザンは、クレイトの総司令官と名乗っている。とすれば、一騎打ちで決着をつけるのも、一つの手だろう。

 体格も、俺と比べて同じくらいだ。同じくドラゴンに乗っているし、俺が勝てないという事もないだろう。何しろ今の俺と戦って、一騎打ちで俺に勝てる相手なんて、アエリノール、ネフェルカーラ、それにファルナーズとハールーン……あ、やばい、結構いる……。


「俺は守護騎士ムカーティラシャムシール――マディーナ駐屯軍司令官だ」


 少し考えたら腰が引けたが、仕方がない。俺も、敵の礼に対し、面頬を上げて名乗った。


「――シャムシール! 今はクレイト方面軍総司令官だよっ! シャムシールはもっと偉いよっ!」


 上空でもう一騎の竜騎士と戦い始めたアエリノールが、こんな時に限って妙に正確な訂正を、俺に言ってきた。


 ――どうも、肩書きだけなら敵将と互角の俺である。少しだけ、勇気が出てきた。

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