合流
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出兵に際して、アエリノールの体調は、何とか回復した。
ただ、アエリノールの病気中、俺が看病に行くと、中々部屋から帰してもらえないのには困った。食事も俺が食べさせないと、食べようとしない。
セシリアさえ、「今は同格だから、気にしないでね? ね? それに伝染ったら大変!」と言われて、部屋にも入れてもらえなかったらしい。
ていうかアエリノールは、一体俺の事を何だと思っているのだろう。一応、上官なんだけどな。
でも、驚いた事は、ネフェルカーラが横たわるアエリノールに、手ずから食事を与えていた事だろう。
なんとアエリノールは、セシリアの入室さえ拒否したのに、ネフェルカーラの看病は受け入れたのだ。
「お、おれはアエリノールに毒を与えているのだ! け、決して看病などとっ!」
俺がアエリノールの部屋に入った時、丁度、匙で粥をアエリノールの口に運んでいたネフェルカーラは、飛び上がって言い訳をしていた。
被害にあったのはアエリノールで、粥を頭の上に乗せて、今にも泣きそうな顔になっていたものだ。
「ネ、ネフェルカーラを信じたわたしが……わたしがぁ……うぇぇん」
実際のところ、ネフェルカーラ曰くの毒は、見事に調合された薬であった。
お陰で俺は、何ら問題なくアエリノールを連れて行ける様になったのである。
それから、今回は竜を二頭、連れて行く。ガイヤールとアーノルドだ。
もう、アエリノールも幹部だし、竜を扱っても裏切る心配はない。
しかし、なぜ二頭かといえば、なんとウィンドストームはハールーンと妙に気が合ったらしく、今ではハールーンの竜になっていた。
流石のアエリノールもこの件に関しては、「ウィンドストーム……卵の頃から育てたのに……」といって肩を落としていたものだ。
いざ、ハールーンの元にウィンドストームが行く日になると、
「ウィンドストーム、幸せにしてもらうんだよ。何かあったらすぐに帰ってくるんだよ?」
などと言って、嫁に行く娘のお父さんよろしく、ハールーンを睨みながら、ウィンドストームの頭を、何時までも撫でていたものだ。
ついでにアーノルドは俺に懐いてくれたので、今回の戦からは、俺が騎乗する事になる。
もっとも、竜に騎乗してしまうと、戦闘指揮はあまり出来無くなる。だが正直、その点は問題ないだろう。誰も俺の戦闘指揮に、期待はしていないはずだ。少しだけ、悲しい。
ちなみに、アエリノールが竜に騎乗して戦ったら、正に一騎当千になる。
アエリノールにはネフェルカーラの様な大規模殲滅魔法が無いのが、敵にとっては救いだろう。
とはいえ中規模魔法の連発が出来るので、彼女も立派な戦略兵器といえる。
竜達は、それぞれの属性を顕にした体色をしていた。
例えば、ウィンドストームは、風の精霊力を強く顕現しており、体色は澄んだ青色である。これがまた、朱色髪のハールーンが駆ると、色彩的に、妙に絵になるのだ。
そして、風の精霊力が強く顕現しているだけあって、三頭の中で最速である。だからアエリノールは、もっとも多くウィンドストームに騎乗していたのだ。
俺のアーノルドは漆黒の身体に、真紅の眼光が怪しく輝く黒竜である。
属性としては、二大精霊といわれる光と闇の中の闇なのだから、竜としての格は、ウィンドストームよりも上だった。
それにしても、アーノルドが俺に懐いた理由は、俺が黒尽くめだった事に由来する。
ネフェルカーラの事も気に入っているアーノルドだが、ネフェルカーラは、別にわざわざ竜に乗らなくても飛べるのだ。
俺も最近知った事だが、「飛翔」を使う魔術師はそれなりにいるが、ネフェルカーラは、その上位版である「機動飛翔」を使う。これは、最高速度においてウィンドストームには及ばないものの、他の竜達とは互角である。しかも翼いらずなので、機動性は遥かに高いのだ。
ということで、ネフェルカーラは竜に興味を示さないのであった。
アエリノールが駆るガイヤールは、白金の体色で、そのまま光を体現している。成長すれば、竜種の長にもなれるという程の希少種だった。
光と闇の竜が仲良しというのも、ある意味では間抜けな話だ。しかし、アエリノールが間に入っていたからこそ、そんな可笑しな状況が出来上がったのかもしれない。
事実、三頭の竜達は皆、アエリノールの事が大好きなのだから。
◆◆
マディーナを出ると、俺は行軍を急いだ。
そもそも、俺が率いる兵は守護騎士のみ、九千五百騎だ。決して数が多い訳ではないし、全軍が騎馬である。だから、速度だけならば、オロンテスを通過するのに一週間と掛からなかった。
オロンテスを通過する際、少しばかり竜達を上空で旋回させて、ナセルを牽制した。
或いは、俺の通過を素直に見逃すかな? と、ちょっと不安だったけど、それどころか、シーリーンが城外に出てきて、食料や物資を分け与えてくれた。
「シャムシール、貴方は誤解している。
ナセルさまは、野心のみで動かれるお方ではない。時代のせいだ。
強き者がシバールを統べねば、このようにクレイトに侵され、フローレンスに狙われるのだから」
オロンテス近郊で野営した時、俺の天幕を訪れたシーリーンが、こんな意味深な事を言っていた。
俺は、物資が罠ではない事を、オロンテスに潜入しているシュラから聞いていたので、一応、丁寧に礼を述べた。
「急ぎで余り食料を持って来なかったから、助かる。ナセル陛下には、心よりお礼申し上げる、とお伝え頂きたい。
が、強き者がシバールを統べる、というけれど、それはどういう意味かな? 聖帝では力不足、と言っている様に聞こえるけれど」
礼を述べつつ、うっかり意味深の意味を知りたくなってしまった俺は、聞いてしまった。
「そう、言っている。
聖帝や大将軍では、シバールは守れない」
「そう思うのに、聖帝直属である守護騎士の俺に、補給を?」
「……ナセルさまは……陛下は、シャムシール卿、貴方を高く評価している。少なくとも、クレイトには勝って欲しいと思っているし、勝てると思っておられる」
「……そう、か。それは光栄だね。俺も、ナセル陛下を評価しているよ。実際に、強いと思うし」
「……ならば、我等の下に来ないか?」
「逆に、シーリーンがこっちに来ればいい。ハールーンだって、それを望んでいる。第一、ナセルも強いが、ファルナーズだって強いだろう。……何より、俺はナセルを許した訳じゃないぞ」
「ふ、ふふふ。……シャムシール。世の中とは、上手くいかないものだな。武運を祈るよ」
こうして、ハールーンと同じ髪色をした巨乳美女は、俺の天幕から去っていった。
交渉は決裂したけれど、シーリーンと俺の気持ちの根っこは、多分一緒なんだろうな、と思った。
それから暫くして現われたのは、褐色の肌で銀髪の美女、シュラだ。
一応、オロンテスが近い事もあり、陣は敵地仕様の如く篝火を盛大に焚き、歩哨の人数も多い。野営中の陣中に人が侵入すれば、すぐにそれと分かる状態にしてある。だがシュラにとっては、篝火も見張りも意味を為さなかった。
天幕の中、一人、円座で胡坐を組み、物思いに耽る俺の背後に、シュラが現われたのだ。
ちょ! シュラが敵なら、俺、確実に暗殺されるんじゃない? と思ったのは内緒だ。
俺は出来るだけ平静を装って振り向くと、左腕に傷を負ったシュラが跪いていた。
「だ、大丈夫か?」
俺は慌ててシュラの腕を取り、傷口を確認して治癒魔法を掛ける。
最近では、他者に軽い治癒魔法を使う程度、余裕になっている俺だった。
「あ、有難うございます。
その……油断しました。シーリーンには、既に私の動きが筒抜けだったようです。
補給物資に毒物などは御座いませんが、我が配下の悉くが討ち取られました……申し訳ございません」
眉間に皺を寄せて平伏する闇妖精は、本当に悔しそうだった。
「ふん。相手がシーリーンでは、生きて帰って来れただけでも褒めてやる」
いつの間にか天幕内に現われたジャービルが、俺の横に座り込み、シュラを睨んだ。
これで褒めているつもりなら、ジャービルの精神構造はやっぱりおかしいだろう。
ていうか、闇隊の奴等は皆、無音で俺に近づくから怖くて仕方が無い。敵に回したら、何回暗殺される事だろう? 考えたくもないな。
「……つまり、ナセルがお前を追い出したという事が、既に情報だ。
シュラ、以後は俺と共に軍に加われ。たまには戦働きも良かろう」
平伏し、畏まり続けるシュラに対し、僅かに口元を歪めたジャービルが続けた。
闇隊には、鉄の掟というモノがあるらしい。
それは、失敗即ち死、である。
俺は反対したのだが、ジャービルに、「その程度の覚悟がなくて、密偵が務まるか!」と怒られたので了承したのだ。
この時、ようやくシュラの顔に生気が戻ったのだが、それは、死ななくてすんだ、と思ったからだろう。
ああ、俺の組織だけど、俺はこの組織で生きていける気がしないぞ……
「ジャービル、どういうことだ?」
俺は、イケメン鬼軍曹ジャービルに、意味を聞いてみた。これはこれで、情報を仕入れた、という事なのだから、当然だ。
「うむ。ナセルにとって、我等に知られて良い情報が無くなった、という事です。そして食料の提供は、我等に『暫く戻ってくるな』と言っているようなもの」
「という事は、やはりナセルが動く、か」
「……ナセルが我等に勝利を願う気持ちも、真実ではありましょう。或いは、願っているのは、我等とクレイト軍の共倒れ、かも知れませんが」
俺は多分、大きな音を立てて唾を飲み込んだと思う。
分かっていた事だが、現状の俺には打つ手がない。あとは、ファルナーズがきちんと静観を決め込んでくれるのを祈るばかりであった。
◆◆◆
ダスターンは敗れたとはいえ、全軍を失うには至っていない。未だ十万を越す兵を率いているはずなのだ。であれば、俺はその兵を吸収するつもりだった。
だからこそ、急いでいるのだ。
サーベが落ちている今、合流が遅れれば、戦場の設定が間に合わない。間に合わなければ、シバール首都ヘラート付近で迎撃する事になる。それでは、住民や農耕地の被害が広がるばかりなのだ。
そもそも、ダスターンの窮地を救ったのは、俺の配下、闇隊のザーラだった。
彼女は、なんと自身の配下に魔族を百人も持っていた。
魔族といえば、妖精にも匹敵する魔法を操り、肉体は魔力によって強化され、テュルク人さえ凌ぐ場合があるという凶悪な種族である。
その集団を持って、ダスターンの撤退戦を助けたのだ。
ザーラと百人の配下によって、クレイト軍に殲滅魔法を仕掛け、時間を稼いだのだ。
使った魔法は、隕石召喚というそうだ。
なんでも、ネフェルカーラの得意魔法だとカイユームが説明してくれたが、つまるところ、ザーラも危ない奴だったということだ。
ちなみにカイユームは、自身の魔力を付与したサークレットを闇隊の各人員に配布している。そして、サークレットを装備している者と念話が出来るのはカイユームだけなので、さながら、生きた情報管制センターだった。
カイユームは、何だかんだで行軍中、俺の側に常にいた。
その都度、重要な情報を俺に報告しろ、とジャービルに言われているからである。
情報が入ると、小さな眼鏡を左手で軽く持ち上げる仕草をするので、最近、俺はカイユームが言葉を発する前に「なんだ?」と聞くのが楽しくなっていた。
そして、急ぐ理由だが――
もしも、ザーラの魔法で敵の足が止まっていれば、こうまで急ぐ必要は無かったのだ。
そもそも、足が止まる事を想定していた。
しかし、カイユームの報告によれば、クレイト帝国は、ザーラの隕石召喚を凌ぎ、既に全軍を再びヘラートに向けて進発させたという。
となれば、敵軍よりも先に、ダスターン軍と接触しなければならない道理だった。
◆◆◆◆
俺がダスターンと合流したのは、アーザル(11月)月も半ばに入った頃であった。
辺りは穀倉地帯であり、丁度種植えの時機に入っている。そんな中、広くもない道に、長蛇の列を作った敗軍が俺の前に現われたのだ。
「黒甲将軍……すまん。俺の不甲斐なさから、キミをこの様な場所まで呼んでしまった。
まして、助けられた。礼の言いようもない」
元は白銀であったはずの鎧は泥で汚れ、顔も憔悴しているダスターンは、かつてオロンテスで見た煌びやかさが欠片もない。
副将のマフディに至っては鎧さえ失って、今は破れかけた鎖帷子だけである。
これが、世界に冠たる守護騎士の成れの果てと思えば、流石の俺も見るに耐えない。
「いや、ダスターン将軍が無事で何より」
俺とダスターンは、互いに馬上で握手を交わした。
丁度、空は藍色を増して、気温が下がり始めている。
今夜は、ここで野営するしかなさそうだ。とはいえ、これもドゥバーンの計算通り。
自国の穀倉地帯を荒らすのは気が咎めるが、ここに陣をしいて、敵を撃退する作戦を立てていたのだ。
「ダスターン将軍。敵を、この地で迎え撃ちます。俺に力を貸して下さい」
「なっ……ヘラートまで退いて、篭城した方が!」
「そんな事をしては、来年の実りが全て消えます。今、クレイトを押し戻せば、種植えが間に合う」
「だ、だが、敵将のジャムカは一騎当千! そしてカザンは知将の誉れ高いクレイトの王族! 兵が半減した今、我等に勝ち目などっ……!」
俺の言葉に、ダスターンは悔しそうに拳を握り締めていた。
戦いたいが戦えない、という思いの表れだろう。
実際、ザーラがカイユームに齎していた情報では、ダスターンは随分とジャムカに、煮え湯を飲まされたそうだ。
ならば、兵力を損耗した今、さらに勝算が低くなったと考えても仕方がないだろう。
その時、いきなり上空から舞い降りた者がいた。黒髪赤目の魔族、ザーラだ。
闇隊の幹部中、最も残忍と言われているが、その容姿は妖艶そのもの。彼女は地上擦れ擦れで止まると、紫色の唇に指を当てて、俺を見る。そして怜悧な声で、彼女は俺が最も欲していた情報を齎した。
「ふふふ。シャムシールさま。予想通り敵軍の後方は、足の遅い歩兵と、魔法兵が大半を占めておりますわ。それに、荷車もありましたわね。食料かしら? ……うふふ」
俺は、勝利を予感して、会心の笑みを浮かべた。
「ダスターン将軍、俺を信じてくれ。必ず勝つ」
俺は、禍々しい冑の面頬を上げ、口角の一片を吊り上げた笑顔をダスターンに見せた。
ネフェルカーラ仕込みの、悪い笑いってヤツだ。
すると精悍な勇将が、一つ、首を縦に振っていた。




