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合流

 ◆


 出兵に際して、アエリノールの体調は、何とか回復した。


 ただ、アエリノールの病気中、俺が看病に行くと、中々部屋から帰してもらえないのには困った。食事も俺が食べさせないと、食べようとしない。

 セシリアさえ、「今は同格だから、気にしないでね? ね? それに伝染うつったら大変!」と言われて、部屋にも入れてもらえなかったらしい。

 ていうかアエリノールは、一体俺の事を何だと思っているのだろう。一応、上官なんだけどな。


 でも、驚いた事は、ネフェルカーラが横たわるアエリノールに、手ずから食事を与えていた事だろう。

 なんとアエリノールは、セシリアの入室さえ拒否したのに、ネフェルカーラの看病は受け入れたのだ。

 

「お、おれはアエリノールに毒を与えているのだ! け、決して看病などとっ!」


 俺がアエリノールの部屋に入った時、丁度、匙で粥をアエリノールの口に運んでいたネフェルカーラは、飛び上がって言い訳をしていた。

 被害にあったのはアエリノールで、粥を頭の上に乗せて、今にも泣きそうな顔になっていたものだ。


「ネ、ネフェルカーラを信じたわたしが……わたしがぁ……うぇぇん」


 実際のところ、ネフェルカーラ曰くの毒は、見事に調合された薬であった。

 お陰で俺は、何ら問題なくアエリノールを連れて行ける様になったのである。


 それから、今回はドラゴンを二頭、連れて行く。ガイヤールとアーノルドだ。

 もう、アエリノールも幹部だし、ドラゴンを扱っても裏切る心配はない。

 しかし、なぜ二頭かといえば、なんとウィンドストームはハールーンと妙に気が合ったらしく、今ではハールーンのドラゴンになっていた。

 流石のアエリノールもこの件に関しては、「ウィンドストーム……卵の頃から育てたのに……」といって肩を落としていたものだ。

 いざ、ハールーンの元にウィンドストームが行く日になると、


「ウィンドストーム、幸せにしてもらうんだよ。何かあったらすぐに帰ってくるんだよ?」


 などと言って、嫁に行く娘のお父さんよろしく、ハールーンを睨みながら、ウィンドストームの頭を、何時までも撫でていたものだ。

 ついでにアーノルドは俺に懐いてくれたので、今回の戦からは、俺が騎乗する事になる。

 もっとも、ドラゴンに騎乗してしまうと、戦闘指揮はあまり出来無くなる。だが正直、その点は問題ないだろう。誰も俺の戦闘指揮に、期待はしていないはずだ。少しだけ、悲しい。

 ちなみに、アエリノールがドラゴンに騎乗して戦ったら、正に一騎当千になる。

 アエリノールにはネフェルカーラの様な大規模殲滅魔法が無いのが、敵にとっては救いだろう。

 とはいえ中規模魔法の連発が出来るので、彼女も立派な戦略兵器といえる。

 

 ドラゴン達は、それぞれの属性を顕にした体色をしていた。

 例えば、ウィンドストームは、風の精霊力を強く顕現しており、体色は澄んだ青色である。これがまた、朱色髪のハールーンが駆ると、色彩的に、妙に絵になるのだ。

 そして、風の精霊力が強く顕現しているだけあって、三頭の中で最速である。だからアエリノールは、もっとも多くウィンドストームに騎乗していたのだ。

 

 俺のアーノルドは漆黒の身体に、真紅の眼光が怪しく輝く黒竜である。

 属性としては、二大精霊といわれる光と闇の中の闇なのだから、ドラゴンとしての格は、ウィンドストームよりも上だった。

 それにしても、アーノルドが俺に懐いた理由は、俺が黒尽くめだった事に由来する。

 ネフェルカーラの事も気に入っているアーノルドだが、ネフェルカーラは、別にわざわざドラゴンに乗らなくても飛べるのだ。

 俺も最近知った事だが、「飛翔ターラ」を使う魔術師はそれなりにいるが、ネフェルカーラは、その上位版である「機動飛翔アル・ターラ」を使う。これは、最高速度においてウィンドストームには及ばないものの、他のドラゴン達とは互角である。しかも翼いらずなので、機動性は遥かに高いのだ。

 ということで、ネフェルカーラはドラゴンに興味を示さないのであった。


 アエリノールが駆るガイヤールは、白金プラチナゴールドの体色で、そのまま光を体現している。成長すれば、竜種の長にもなれるという程の希少種だった。

 光と闇のドラゴンが仲良しというのも、ある意味では間抜けな話だ。しかし、アエリノールが間に入っていたからこそ、そんな可笑しな状況が出来上がったのかもしれない。

 事実、三頭のドラゴン達は皆、アエリノールの事が大好きなのだから。


 ◆◆


 マディーナを出ると、俺は行軍を急いだ。

 そもそも、俺が率いる兵は守護騎士ムカーティラのみ、九千五百騎だ。決して数が多い訳ではないし、全軍が騎馬である。だから、速度だけならば、オロンテスを通過するのに一週間と掛からなかった。


 オロンテスを通過する際、少しばかりドラゴン達を上空で旋回させて、ナセルを牽制した。

 或いは、俺の通過を素直に見逃すかな? と、ちょっと不安だったけど、それどころか、シーリーンが城外に出てきて、食料や物資を分け与えてくれた。


「シャムシール、貴方は誤解している。

 ナセルさまは、野心のみで動かれるお方ではない。時代のせいだ。

 強き者がシバールを統べねば、このようにクレイトに侵され、フローレンスに狙われるのだから」


 オロンテス近郊で野営した時、俺の天幕を訪れたシーリーンが、こんな意味深な事を言っていた。

 俺は、物資が罠ではない事を、オロンテスに潜入しているシュラから聞いていたので、一応、丁寧に礼を述べた。


「急ぎで余り食料を持って来なかったから、助かる。ナセル陛下には、心よりお礼申し上げる、とお伝え頂きたい。

 が、強き者がシバールを統べる、というけれど、それはどういう意味かな? 聖帝カリフでは力不足、と言っている様に聞こえるけれど」


 礼を述べつつ、うっかり意味深の意味を知りたくなってしまった俺は、聞いてしまった。


「そう、言っている。

 聖帝カリフ大将軍ライース・アルジャイシュでは、シバールは守れない」


「そう思うのに、聖帝カリフ直属である守護騎士ムカーティラの俺に、補給を?」


「……ナセルさまは……陛下は、シャムシール卿、貴方を高く評価している。少なくとも、クレイトには勝って欲しいと思っているし、勝てると思っておられる」


「……そう、か。それは光栄だね。俺も、ナセル陛下を評価しているよ。実際に、強いと思うし」


「……ならば、我等の下に来ないか?」


「逆に、シーリーンがこっちに来ればいい。ハールーンだって、それを望んでいる。第一、ナセルも強いが、ファルナーズだって強いだろう。……何より、俺はナセルを許した訳じゃないぞ」


「ふ、ふふふ。……シャムシール。世の中とは、上手くいかないものだな。武運を祈るよ」


 こうして、ハールーンと同じ髪色をした巨乳美女は、俺の天幕から去っていった。

 交渉は決裂したけれど、シーリーンと俺の気持ちの根っこは、多分一緒なんだろうな、と思った。


 それから暫くして現われたのは、褐色の肌で銀髪の美女、シュラだ。

 一応、オロンテスが近い事もあり、陣は敵地仕様の如く篝火を盛大に焚き、歩哨の人数も多い。野営中の陣中に人が侵入すれば、すぐにそれと分かる状態にしてある。だがシュラにとっては、篝火も見張りも意味を為さなかった。

 天幕の中、一人、円座で胡坐を組み、物思いに耽る俺の背後に、シュラが現われたのだ。


 ちょ! シュラが敵なら、俺、確実に暗殺されるんじゃない? と思ったのは内緒だ。

 俺は出来るだけ平静を装って振り向くと、左腕に傷を負ったシュラが跪いていた。


「だ、大丈夫か?」


 俺は慌ててシュラの腕を取り、傷口を確認して治癒魔法を掛ける。

 最近では、他者に軽い治癒魔法を使う程度、余裕になっている俺だった。


「あ、有難うございます。

 その……油断しました。シーリーンには、既に私の動きが筒抜けだったようです。

 補給物資に毒物などは御座いませんが、我が配下の悉くが討ち取られました……申し訳ございません」


 眉間に皺を寄せて平伏する闇妖精ダークエルフは、本当に悔しそうだった。


「ふん。相手がシーリーンでは、生きて帰って来れただけでも褒めてやる」


 いつの間にか天幕内に現われたジャービルが、俺の横に座り込み、シュラを睨んだ。

 これで褒めているつもりなら、ジャービルの精神構造はやっぱりおかしいだろう。

 ていうか、闇隊ザラームの奴等は皆、無音で俺に近づくから怖くて仕方が無い。敵に回したら、何回暗殺される事だろう? 考えたくもないな。


「……つまり、ナセルがお前を追い出したという事が、既に情報だ。

 シュラ、以後は俺と共に軍に加われ。たまには戦働きも良かろう」


 平伏し、畏まり続けるシュラに対し、僅かに口元を歪めたジャービルが続けた。

 闇隊ザラームには、鉄の掟というモノがあるらしい。

 それは、失敗即ち死、である。

 俺は反対したのだが、ジャービルに、「その程度の覚悟がなくて、密偵が務まるか!」と怒られたので了承したのだ。

 この時、ようやくシュラの顔に生気が戻ったのだが、それは、死ななくてすんだ、と思ったからだろう。

 ああ、俺の組織だけど、俺はこの組織で生きていける気がしないぞ……


「ジャービル、どういうことだ?」


 俺は、イケメン鬼軍曹ジャービルに、意味を聞いてみた。これはこれで、情報を仕入れた、という事なのだから、当然だ。


「うむ。ナセルにとって、我等に知られて良い情報が無くなった、という事です。そして食料の提供は、我等に『暫く戻ってくるな』と言っているようなもの」


「という事は、やはりナセルが動く、か」


「……ナセルが我等に勝利を願う気持ちも、真実ではありましょう。或いは、願っているのは、我等とクレイト軍の共倒れ、かも知れませんが」


 俺は多分、大きな音を立てて唾を飲み込んだと思う。

 分かっていた事だが、現状の俺には打つ手がない。あとは、ファルナーズがきちんと静観を決め込んでくれるのを祈るばかりであった。

 

 ◆◆◆

 

 ダスターンは敗れたとはいえ、全軍を失うには至っていない。未だ十万を越す兵を率いているはずなのだ。であれば、俺はその兵を吸収するつもりだった。

 だからこそ、急いでいるのだ。

 サーベが落ちている今、合流が遅れれば、戦場の設定が間に合わない。間に合わなければ、シバール首都ヘラート付近で迎撃する事になる。それでは、住民や農耕地の被害が広がるばかりなのだ。


 そもそも、ダスターンの窮地を救ったのは、俺の配下、闇隊ザラームのザーラだった。

 彼女は、なんと自身の配下に魔族を百人も持っていた。

 魔族といえば、妖精エルフにも匹敵する魔法を操り、肉体は魔力によって強化され、テュルク人さえ凌ぐ場合があるという凶悪な種族である。

 その集団を持って、ダスターンの撤退戦を助けたのだ。

 ザーラと百人の配下によって、クレイト軍に殲滅魔法を仕掛け、時間を稼いだのだ。

 使った魔法は、隕石召喚ハグル・ナイザキというそうだ。

 なんでも、ネフェルカーラの得意魔法だとカイユームが説明してくれたが、つまるところ、ザーラも危ない奴だったということだ。

 ちなみにカイユームは、自身の魔力を付与したサークレットを闇隊ザラームの各人員に配布している。そして、サークレットを装備している者と念話が出来るのはカイユームだけなので、さながら、生きた情報管制センターだった。

 カイユームは、何だかんだで行軍中、俺の側に常にいた。

 その都度、重要な情報を俺に報告しろ、とジャービルに言われているからである。

 情報が入ると、小さな眼鏡を左手で軽く持ち上げる仕草をするので、最近、俺はカイユームが言葉を発する前に「なんだ?」と聞くのが楽しくなっていた。


 そして、急ぐ理由だが――

 もしも、ザーラの魔法で敵の足が止まっていれば、こうまで急ぐ必要は無かったのだ。

 そもそも、足が止まる事を想定していた。

 しかし、カイユームの報告によれば、クレイト帝国は、ザーラの隕石召喚ハグル・ナイザキを凌ぎ、既に全軍を再びヘラートに向けて進発させたという。

 となれば、敵軍よりも先に、ダスターン軍と接触しなければならない道理だった。


 ◆◆◆◆


 俺がダスターンと合流したのは、アーザル(11月)月も半ばに入った頃であった。

 辺りは穀倉地帯であり、丁度種植えの時機に入っている。そんな中、広くもない道に、長蛇の列を作った敗軍が俺の前に現われたのだ。


黒甲将軍カラ・アミール……すまん。俺の不甲斐なさから、キミをこの様な場所まで呼んでしまった。

 まして、助けられた。礼の言いようもない」


 元は白銀であったはずの鎧は泥で汚れ、顔も憔悴しているダスターンは、かつてオロンテスで見た煌びやかさが欠片もない。

 副将のマフディに至っては鎧さえ失って、今は破れかけた鎖帷子だけである。

 これが、世界に冠たる守護騎士ムカーティラの成れの果てと思えば、流石の俺も見るに耐えない。


「いや、ダスターン将軍が無事で何より」


 俺とダスターンは、互いに馬上で握手を交わした。

 

 丁度、空は藍色を増して、気温が下がり始めている。

 今夜は、ここで野営するしかなさそうだ。とはいえ、これもドゥバーンの計算通り。

 自国の穀倉地帯を荒らすのは気が咎めるが、ここに陣をしいて、敵を撃退する作戦を立てていたのだ。


「ダスターン将軍。敵を、この地で迎え撃ちます。俺に力を貸して下さい」


「なっ……ヘラートまで退いて、篭城した方が!」


「そんな事をしては、来年の実りが全て消えます。今、クレイトを押し戻せば、種植えが間に合う」


「だ、だが、敵将のジャムカは一騎当千! そしてカザンは知将の誉れ高いクレイトの王族! 兵が半減した今、我等に勝ち目などっ……!」


 俺の言葉に、ダスターンは悔しそうに拳を握り締めていた。

 戦いたいが戦えない、という思いの表れだろう。

 実際、ザーラがカイユームに齎していた情報では、ダスターンは随分とジャムカに、煮え湯を飲まされたそうだ。

 ならば、兵力を損耗した今、さらに勝算が低くなったと考えても仕方がないだろう。


 その時、いきなり上空から舞い降りた者がいた。黒髪赤目の魔族、ザーラだ。

 闇隊ザラームの幹部中、最も残忍と言われているが、その容姿は妖艶そのもの。彼女は地上擦れ擦れで止まると、紫色の唇に指を当てて、俺を見る。そして怜悧な声で、彼女は俺が最も欲していた情報を齎した。


「ふふふ。シャムシールさま。予想通り敵軍の後方は、足の遅い歩兵と、魔法兵が大半を占めておりますわ。それに、荷車もありましたわね。食料かしら? ……うふふ」


 俺は、勝利を予感して、会心の笑みを浮かべた。


「ダスターン将軍、俺を信じてくれ。必ず勝つ」


 俺は、禍々しい冑の面頬を上げ、口角の一片を吊り上げた笑顔をダスターンに見せた。

 ネフェルカーラ仕込みの、悪い笑いってヤツだ。

 すると精悍な勇将が、一つ、首を縦に振っていた。 

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