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アシュラフの誘い

 ◆


 敵を薙ぎ倒しながらシャジャルと合流した俺は、憤怒に燃える可愛い妹を窘めつつ、槍を振るって前進を続けた。

 敵味方が入り乱れる戦場では、流石に大規模魔法を使う者はいない。となれば、純粋に接近戦になるのだから、アエリノール、ハールーン、セシリア、オットー、シャジャルを擁する俺の軍が圧倒的に強かった。加えて局地的に敵を半包囲しているのだから、辺りに木霊するのは敵兵の悲鳴ばかりだった。

 もちろん、敵に上位の聖騎士級が居た場合、足止めをされることになるだろうが、どうやらアシュラフの配下にそれ程の武将はいないようである。


「名乗れぇい!」


「ん? わたしはアエリノール!」


「我は――ぐわっ!」


 さらに俺が前進を続け、ハールーンと合流し、罠に引き入れた敵部隊を壊滅に追いやった時のことである。

 敵の救援部隊を阻止していたアエリノールが、敵将と一騎打ちを演じている所に俺は遭遇した。

 アエリノールが呪文を唱え、敵の救援部隊に嵐を巻き起こしている時に、それと見定めた敵将が彼女に名を問うていたのだ。

 そしてアエリノールは、名乗るや振り向きざま、一刀に右肩から左腋へ敵将を斬って捨てた。

 まったく、相手が名乗ろうとしていたのに、容赦の無い斬撃で一刀両断とは、アエリノールはネフェルカーラと別の意味で怖いヤツに違いない。

 その後、何事も無かったかのように金髪を風に揺らして、俺に笑顔を向けてきたアエリノールは何処までも爽やかだった。

 ちなみに、アエリノールは冑をあまり被らない。なんでも「耳が痛い」から冑は嫌いなのだそうだ。どうやら、自分の頭に敵の攻撃が当たる、という事を彼女は想定していないらしい。


 視線をアエリノールから前方へ移すと、慌てて後退してゆくアシュラフ軍が見えた。アエリノールに武将を討ち取られ、救援すべき部隊も全滅したとなれば、後退は妥当な判断だと思う。

 此方は敵を五千程討ち取った筈だが、それでも、彼我の兵力差には倍以上の開きがある。とすれば、迂闊に追うわけにもいかなかった。


「陣形を再編する! 斜形陣へ移行!」


 俺は、側に従うドゥバーンを見た。

 彼女は、ようやく息を整えた所だった。ここに辿り着くまでに、俺の側で彼女も戦っていたのだが、どうやら個人戦闘はそれ程得意ではない様で、敵を斬り伏せる度に息を乱していたのだ。

 とはいえ、ドゥバーンの作戦立案は、本当に見事だった。

 ここで、もしも敵がさらに力押しで来るならば、陣形を針状に展開して中央突破という算段だったが、状況は違う。敵が後退しつつあるので敵の左翼を狙う形で、アエリノールの部隊を頂点として斜めの陣を形成するのだ。これも、予めドゥバーンの立てた作戦通りである。

 

「はっ! 伝令! 斜形陣! 各千人長へ伝えよ!」


 つまり、ドゥバーンは先を読んでいた。まったく、子供みたいな顔なのに、考える事が結構えげつない美少女だ。

 そんなドゥバーンは、俺と視線が絡むと緊張した面持ちで頷き、命令を各所に伝えるよう、手配をしていた。それから、眉を顰めて遠方を眺めやり、新たな策を俺に教えてくれる。


「敵の動きを見ますれば、どうやら敵将は慎重です。次は守りを固めるつもりでしょう。さればシャムシールさま、我等もその隙に陣を固めるでござる!」


 またしても、ドゥバーンの読みは的中した。

 後退した敵は陣を固くして、此方の様子を窺っている。その間に俺達も防御柵を構築し、騎兵の突進を阻める様な陣を作り上げた。

 これで一日待てばファルナーズの本隊が到着するのだから、何とかなるだろう。そう思って俺は、ようやく安堵の溜息を吐き出した。

 そうは言っても、太陽は既に西に傾きはじめている。再び攻められれば、視界の悪い此方が不利になるので、俺の不安は尽きない。

 そもそも、一万なんて大軍をまともに指揮した経験など無い俺は、そこはかとない不安にかられ、周囲を警戒していたオットーに相談する事にした。


「もう、敵は攻めてこないかな?」


 こっそりとオットーの側に馬を寄せて、小声で俺は言った。小声だったのは、流石に一軍の指揮官が、一兵卒にして良い相談ではない、との自覚はあるからだ。


「ま、実力差を痛感しただろうしな、迂闊に攻めては来るまいよ。だが、リヤドは敵の手にあるのだろう? とすれば、敵の総兵力が気になるな」


 オットーは西日に目を細めながら、俺の質問に答えている。

 顎に指をあてて考えてはいるが、その実、もっと戦いたいという顔をしていた。

 俺は怖くて怖くてしょうがないというのに、なんて不謹慎なやつだ、殴ろうかな。


「敵の増援は無いかと。

 そもそも、アシュラフ王がリヤドを空にするとは思えませぬ。ですが、ファルナーズさまと我等が別々に行動している今が、彼等にとって最も良い各個撃破の機会となりますれば、リヤドを守れるだけの兵力を残し、その上で、アシュラフ王は最大兵力をこの場に投入しているかと」


 俺とオットーの会話に気がついたドゥバーンが、俺に馬を寄せて、そっと耳打ちをしてくれた。

 基本的に、黒髪オッドアイのこの少女は、俺をしっかりと立ててくれる。逆に、俺が恐縮してしまいそうな程だった。

 俺は少しだけ思案して、言葉を発した。


「だとすれば、このまま何も無い、という事はなさそうだな」


「左様、拙者もそう考えております。されど、軍略を持ってシャムシールさまを打ち破る事が困難であること、既に明白。故に、敵の次の手立ては、拙者にも読めませぬ」


「ドゥバーンでも解らないのか?」


「せ、拙者、今ある状況と情報からしか判断出来ませぬ故。そ、その、お役に立てず、真に申し訳なく……」


 別に責めている訳でもないのに、ドゥバーンが肩をすぼめて小さくなってゆく。


「いいよ、気にするな」


 俺は、ちょっと可哀想になって、ドゥバーンの肩に手を乗せた。俺の馬が動くから余り長時間ではなかったけれど、面頬も上げて笑顔も見せたりと、俺に対して萎縮し過ぎる優秀な部下に気を使ったつもりだった。


「シャ……シャムシールさま……の、お手が、せ、拙者の肩に……死ねる……」


 それなのに、ドゥバーンは落馬した。背中を地面に打ち付けた様だが、ここが沙漠だった事もあり、大した問題はない。けれど、口元からだらしなく涎をたらし、引き攣ったような笑顔を浮かべているのは、一体どういうことだろう?

 ともかく、俺はオットーに彼女の介抱を命じて、建てたばかりの天幕へと下がらせた。


 ◆◆


 沙漠には西日が刺し、敵の黒影が長く伸びている。

 今は先ほどよりも風が強くなり、天幕の外にある軍旗が”ばさばさ”と音を立てていた。

 軍旗は、サーリフからファルナーズが受け継いだもので、赤地に金の有翼獅子が中央に描かれている。これは、今やマディーナ太守の象徴とも言えるモノだった。それに黒い斜線を一本入れて、黒甲将軍カラ・アミール旗としたものが、俺の天幕の外に立っているのだ。

 つまり即席の俺の軍旗だが、こんなモノを作った犯人は、当然ネフェルカーラである。なんであいつは、何処かしらに黒を入れないと気が済まないのだろう。


 それはともかく、世の中には不思議な事が起こることもある。

 それは、まさしく今だった。

 なんと俺が、俺の為に張られた天幕において、アシュラフからの使者を迎えるという珍妙な事件が起きてしまったのだ。


 天幕の中央奥、円座に座り胡坐を組んだ俺に向かい、片膝を付く使者の口上はこうだった。


黒甲将軍カラ・アミールシャムシール殿におかれましては、ご機嫌も麗しく。

 さて、我が主、アシュラフ陛下の申し状を持参いたしました故、お読み下されませ」


 見れば、使者の鎧は白鋼であり、その上に金の装飾も眩しい鎖帷子を纏っている。頭を覆う白布にも銀細工の飾られて、この使者が、間違いなく高い身分であることを窺わせた。


 オットーが使者から羊皮紙を預かると、俺に恭しいしく手渡してきた。

 これは、流石、元騎士団長である。まったく見事な立ち居振る舞いであった。オットーは、どうやら対外的な目がある時には、俺に対する礼儀を完璧に守るつもりのようである。

 何だかちょっと寂しい気もするけど、それは大切な事なのだろう。

 ともかく、丸められた羊皮紙を広げ、俺は、割と最近覚えたばかりの文字に目を通す。


『シャムシール卿の武勇には、感服した。

 余、リヤドスルタンアシュラフは、そなたをリヤドの上将軍アル・アミールに任じたく思う。

 受けて貰えるのならば、今宵、余の陣においてささやかな酒宴を設けよう。

 無論、先の戦闘は不幸な事故であったと水に流した上で、だ。

 水に流すに当たっては、負傷した双方の兵に対する保障を約束しよう。さらに亡くなった兵の遺族に対しても、見舞金を出す。

 また、そなたが余の配下となるならば、マディーナ太守ファルナーズの地位も、余の名において認めよう。

 これで、全ての諍いは解決すると思うのだが、どうであろうか? シャムシール卿の良い返事を期待するや切である。

 ――リヤドスルタンアシュラフ』

 

 手紙を読み終わると、俺は再び羊皮紙を丸めてオットーに渡した。

 誰が何と言おうと、これは罠だ。

 とはいえ、今夜来い、と言っている以上、明日まで回答を引き延ばす訳にもいかない。

 腕組みをして、とりあえず唸っていると、使者が僅かばかり身体を前に出してきた。


「ご返答や、いかに?」


 いかに? じゃねぇよ。と俺は言いたかったが、そこはぐっと堪えて言った。


「うん、一応部下達とも相談したい。使者殿には多少待っていただくことになるが、よろしいかな?」


「はっ。なるべく早いご返答を、お願い申し上げまする」


 こうして使者は、あくまでも型どおり俺に頭を下げると、踵を返して天幕を後にした。

 代わりに、続々と垂れ布を上げて入って来る俺の部下達。いつの間にか、ドゥバーンが千人長達を集めてくれていたのだ。

 もっとも、俺の天幕に入ってきた千人長は、ドゥバーンを入れても五人だった。

 理由としては、全ての千人長が持ち場を離れては、いざと言う時に支障が出る、という事らしい。だが、入ってきた面々が、アエリノール、ハールーン、セシリア、シャジャルである事を考えれば、ドゥバーンは、どうやら既に、俺の事を十分に理解しているようであった。


 ◆◆◆


 俺の部下達がそれぞれ円座につくと、皆の中央にアシュラフからの手紙を置いて、俺は一同に問うた。


「どう思う?」


「罠だよねぇ」


 苦笑を浮かべて最初に声を発したのは、ハールーンだった。頬を指で掻く仕草が、どうやらこの手紙に対して呆れている事を示している。

 だが、その眼光は鋭く、瞳の奥には、揺れる怒りの炎が見えた。自身を奴隷の身分に落としたアシュラフに対する憎しみが、燃えているのだろう。


「ア、ア、アシュラフ……!」


 シャジャルは正座をしながら両手を腿の上において、肩を震わせている。

 彼女も一族の里をアシュラフに破壊され蹂躙されたのだから、罠だろうが本気だろうが関係なく、怒りを滾らせていた。その感情はハールーンよりも、表面にはっきりと現われている。


「ふむ。シャムシールはどうしたいのだ? 俺には、アシュラフ王の言う事が全て嘘だとは思えんのだが?」


 何故か一同に紛れたオットーが、首を捻りながら唸っている。

 平気で千人長に混じる最下級奴隷というのも、オットー位のものだろう。なのに、何故か誰一人文句を言わない。だから、俺も文句を言わないでおこう。俺は空気の読める男なのだ!


「どうしたいも何も、俺も罠だとは思ったんだけど、どうすれば良いか分からないから皆を呼んだんだってば」


「ぐぅ……すぴー」


 俺の言葉を真っ先にスルーしたアエリノールは、既に寝ている。こういう時は、まるで役に立たない上位妖精ハイエルフだ。


「オットー殿、全てが嘘じゃないって、どういう事かな?」


「うむ。今日の戦闘をアシュラフが見ていたならば、シャムシールを部下に欲しいと思っても不思議ではない。が、ファルナーズは別だろう。だからこれは、シャムシールを本当に降伏させようとしている、とも考えられるのではないか?」


 セシリアの声に、オットーが自分の考えを述べていた。だが、当然シャジャルの表情は硬化の一途を辿っている。俺がアシュラフに降伏することは、シャジャルやハールーンがいる限り不可能だろう。


「まぁ、降伏してもよし、しなければ、殺してしまえって所だろうねぇ。行く意味が無いよ」


「と言って、無視をすれば夜襲があるかもしれないし、それに備えていては、此方が疲弊する……手紙一つで揺さぶるとは、アシュラフという男も中々やるな」


「アシュラフ! 殺ャアアア!」


 ハールーンが眉を顰めながら言うと、セシリアが赤毛をかき回しながら答える。そして、シャジャルは我慢しきれなくなったのか、立ち上がって叫んでいた。


「……シャジャル殿の意見が正しいかと思いまする。

 アシュラフは、シャ、シャムシールさまに近づくという本当の意味を、し、知りませぬ。

 ここは、あえて宴に招かれ、我等一同でアシュラフを討ち取り帰陣すれば、万事解決いたしまする」


「いいね! ネフェルカーラの転移があれば便利だけど、帰りはわたしの消失バニッシュでいこう!」


 シャジャルの怒号で目を覚ましたアエリノールが、ドゥバーンの提案だけを聞いて、膝を叩いていた。

 俺は、正直卒倒しそうだった。

 五千人は倒したかもしれないけれど、まだ敵には二万五千人位はいるのだ。なのに、一体今度は何人で敵の中に入って行こうというのだ。

 見れば、ハールーンもセシリアもオットーも手を叩いて喜んでいる。シャジャルに至っては乱舞している有様だ。

 ああ、俺の部下はもしかして皆、脳が筋肉で出来ているのだろうか?

 座の末席で、ドゥバーンが胸に手をあて、俺の裁可を待っている。


「分かった。使者には行くと伝えてくれ」


「はっ! 委細の手筈はお任せを!」


 俺の言葉を聞くと、ドゥバーンは嬉々として立ち上がり、天幕を後にした。


 まあ、確かにアシュラフはファルナーズのいない間にマディーナを奪ったのだろう。だとすれば、許す訳にもいかないしな。

 それに、まさか数人で戦いに来るなんて、普通は思わないだろう。そういう意味では、アシュラフの裏をかけるかもしれない。

 だけど、それにしても俺、今度もまた、ちゃんと生きて帰れるのかな? とても不安だ。 

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