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マディーナ会戦

 ◆


 俺が率いることになった一万人は、まさに寄せ集めといった有様だった。

 だが、五日程行軍している内に、俺が銀羊騎士団アルギュロスアリエスをニ五〇人で打ち破った指揮官だ、という話が隅々にまで行き渡り、いつの間にやら、ささやかな連帯感を持ってくれたのは有難かった。

 つまり、俺の配下になった者は皆、あの日、それぞれに地獄を見て後、俺に救われたと考えていたのだ。

 それに、幸い、というのも変な話だが、兵数が半分に減ったことで、食料だけは豊富にあった。だから、朝と夜の食事は、それなりに豪勢なモノが兵士達に出せた事も、もしかしたら俺を上官と認めてもらうのに、役立ったかもしれない。


 ともかく、こうして六日目の行軍も終えて、早朝の事である。

 俺は、一日程ファルナーズの本体から先行しているのだが、前方におかしな砂煙を見た。

 辺りは一面に広がる沙漠であり、地平線の先にも、未だマディーナの城壁が見えるには早い場所である。

 砂煙を巻き上げるとすれば、風か生き物のどちらかなのだ。そして今、風は凪いでいる。ならば、砂煙の原因は生き物に違いなく、それは、人と馬の可能性が格段に高い。

 目を凝らしてみれば、砂煙の前には人馬の群がいて、徐々に大きくなって此方に迫っている。


「城の留守部隊か?」


 こんな考えが俺の脳裏を過ぎったが、そんなはずはないのだ。仮に留守部隊だとするならば、此方よりも兵数が少ない。なのに、俺の眼前に広がる集団は、広がりだけならば、遥かに俺たちを凌いでいるのだから。


「止まれ」


 俺は、全軍に停止を命じて、背後に上り始めた太陽を肩越しに見た。

 もしも正面の集団が敵ならば、今、戦う方が有利だろう。

 あらゆる場合を検討する為に、俺は冑を被り、ネフェルカーラに声をかけた。


(なんだ、昨夜は連絡もよこさずに。朝晩は、必ずおれの声を聞け)


 イマイチ不機嫌なネフェルカーラの声が響いたが、俺は気にせずに状況を説明した。


(ふむ。マディーナの方面から約三万の兵だと? 恐らく、敵に間違いあるまい。敵といっても、オロンテスではないぞ。恐らくは、リヤドのアシュラフであろう)


「リヤドの? どうして?」


(サーリフが死んだのだ、ファルナーズならば組し易し、とでもアシュラフが思ったのであろう。もっとも、サーリフの死を仕組んだのがナセルならば、そもそもここまでが計画の内かもしれんが)


「だけど、ファルナーズは聖帝カリフの印綬を持っているのに、アシュラフがそんな事を出来るのか?」


(武力でファルナーズを従えてしまえば、実質的な支配が出来ると目論んでいるのかもしれんな。

……あるいは)


「あるいは?」


(ふむ。ナセルが、我等とアシュラフを戦わせたいのかもしれん)


「なんでそんな事を?」


(さあな。それこそ、ナセルに聞くしかあるまい?)


 冑の中に、ネフェルカーラの愉快そうな笑い声が響く。

 根本的に戦いが好きなネフェルカーラは、


(どちらにしても、こちらの行軍を急がせよう。お前は防御に専念するのだ。ああ、そうそう、危なくなったら、アエリノールを盾にして逃げるのだ。なに、ヤツならば、滅多なことでは死なんからな)


 そう言うと、一方的に会話を終わらせてしまった。

 まあ、これは指示とも思えたので、俺は声を張り上げて全軍に命令を下した。


方形陣テルシオ! 横五組、縦ニ段!」


 馬上から、腕を振り上げて指揮をする俺。

 少しずつだけど、命令を下す事に慣れてきている。俺は一斉に動く兵を見て、軽く悦に入っていた。


「な、な! なりませぬ!」


 しかし、水を差すのはドゥバーンだった。

 実は、千人長達の中で最も用兵が上手いのがドゥバーンでは? という意見がハールーン、アエリノール辺りから出た。

 だから、その辺に自信の無い俺としては、皆に無様を晒してはいけないと思い、泣く泣くシャジャルを側に置かず、ドゥバーンを直属千人長にしたのだ。

  同時に、ドゥバーンにもその旨は伝えてあるので、俺の用兵に疑問がある時は、遠慮なく言うように頼んである。

 

「なりませぬって? なんで?」


「しょ、正面の部隊の陣容が広うござ、御座います。方形陣テルシオでは、我等、包囲殲滅されまする!」


「じゃあ、どうすれば?」


「お、お任せ下されば、一つ、計を案じまするが?」


「……任せる」


 俺は、俺自身の用兵を試してみたくなっていたが、ここは素直にドゥバーンに従う事にした。

 そもそも、自分の選択に自信が持てない俺なのだから、いっそ他人に従った方がマシなのだ。

 俺の返事を聞いたドゥバーンは、千人長になっても黒く薄い皮鎧を着ていた。鎖帷子ですら重いと言う彼女は本来、鎧というものを着たくないそうだ。

 どうも、その辺りの価値観は、ネフェルカーラと合いそうなドゥバーンである。だけど、性格は真逆だろうな、と、思うと可笑しなものだった。


 一つ頷いたドゥバーンが俺の側から離れると、即座に伝令が飛んで、陣形は大きく広がった。恐ろしい事に、敵陣よりも大きな広がりを見せたのだから、その厚みたるや、極薄だった。


「ちょ、ドゥバーン? これじゃ、すぐ破られちゃうよ?」


 俺の側に戻って額の汗を腕で拭うオッドアイの少女に、俺は不平を零した。


「はっ!」


 そんな俺に、事細かに作戦の説明をするドゥバーンは、頬に汗を走らせながらも、とても生き生きとしている。

 加えて、馬上で地図を広げ、


「この地点まで、シャムシールさまには逃げて頂きます」


 と、自信満々で言い切ったのだ。


「まてまて? まだ正面の奴等が敵と決まった訳じゃないぞ!」


 しかし、俺には反論がある。

 一応、交渉をすべきだと思うのだ。確かに、隙を見せる気は無いが、最初から戦う気でいくというのも如何なものであろうか? 


「なるほどな! お主、やるのう!」


 しかし、なぜか地図を俺と一緒に覗き込み、手を打って納得しているのは、鎖帷子もぱんぱんの筋肉達磨だ。

 奴隷騎士マルムークになりたてで行き場所も無く、俺の護衛兵をやっているのだが、こいつが周囲に撒き散らす威圧感は、既にして将軍級だった。

 それだけに、俺の側で妙な事を言っていても、誰も問題視しない。唯一問題視するとすれば、俺くらいのものである。


「オットーは、わかるのか?」


「うむ。まあ、正面の奴等の殺気、とでも言えば良いかな。これでは、戦闘は避けられまい。

 だが、戦闘は避けられんとして、勝たねば意味がないのだが……中々どうして、ドゥバーンの作戦は面白いぞ!

 まして、主君を堂々と囮にしようという作戦を思いつくあたりが! わはははは!」


「シャ、シャムシールさま以外の方では、このような作戦、思いついても実行する勇気など持てませぬ! シャ、シャムシールさまだからこそ、可能なのです!」


 オットーは哄笑していたが、ドゥバーンは真面目くさった顔で俺を見ていた。

 作戦の許可を欲しているらしいが、黒い瞳と青い瞳を同時に向けられると、不思議な気分になってしまう。

 とにかく、俺には何も案が無いわけだし、ここは黙ってドゥバーンの作戦に従ってみることにした。

 オットーも賛成しているようだったし、何より、そもそもドゥバーンに全てを託したのだから、今更不平を言うのも男らしくないと思ったのだ。


「分かった。向こうが攻めて来たら、この作戦で行こう」


「ま、そうだな。それに、シャムシールが囮だとしても、万に一つも危険は無い。俺が全力で守るからな!」


 太い腕を組み、オットーは不敵な笑みを浮かべていた。


 ◆◆


 前方で変化が訪れたのは、暫くしてからの事だった。

 俺の背中から照りつける太陽は、未だ正面の敵の目を眩ませるだろう。それでも尚、敵が迫ってきているというのは、数に恃み、しかも、こちらが戦後で疲弊しているとでも思っているからだろう。

 

「要するに、ナメられてるな、シャムシールは」


 舌なめずりしながら俺に言ったのは、オットーである。

 簡素な冑を被り、粗雑な鎖帷子を纏いながらも、槍を構えて正面を見据える様は、俺よりも遥かに武将らしいぞ、こんちくしょう。


「はぁ……防御魔法展開! 迎撃!」


 俺は、前方に翻る軍旗を見やり、溜息をつく。

 その紋章は、赤地に黄金の蛇が描かれている。ならば、間違いなくリヤドのスルタン、アシュラフの軍に違いない。

 これは、シャジャルが泣いて喜ぶかもしれない。それとも、笑いながら激怒するだろうか?


「追加で伝令……作戦完遂の後、くれぐれも深追いをするな、とシャジャルに伝えてくれ」


 だが、泣いて喜びながら突撃して、シャジャルが死んじゃったら大変だ。なので、俺はドゥバーンに伝令を頼んだ。いっそ、シャジャルを俺の側に戻そうかとも思ったが、彼女は単体でも貴重な戦力なのだ。今は、分散させておく方が好ましかった。


「はっ! 抜かりなく!」


 ドゥバーンは頷き、手早く部下をシャジャルの元へと送る。

 本当に人使いの上手いヤツだ。というか、普段と今が別人の様だった。全身から醸し出される雰囲気が凛としたものに変わり、普段は愛らしいオッドアイから、怜悧な殺気が放たれている。


 すぐに俺達の直上には、大量の火球や火矢が迫った。

 無論、それらは魔法兵団が全力で防いでいるのだが、正直、これ程までに大量の火力に晒されて無傷で済む理由は、アエリノールとシャジャルの膨大な魔力による所が大きいだろう。

 もっとも、防御に全ての魔術師や魔法を使える者を裂いてしまった為、此方からの攻撃は弓矢だけとなる。攻め手に欠く、というのも面白くないものだった。


「十、九、八……」


 見れば、俺の隣で首を激しく左右に振って、ドゥバーンが戦場を見渡している。

 馬上にあっても小柄な体なので、鐙に足を掛けて立ち上がり、少しでも高さを確保しようとしていた。


「シャムシールさま! 一度敵と当たります! 拙者が戻りましたら撤退を!」


「ドゥバーン! 俺も行くぞ! 腕がなる!」


「零!」と言うや、ドゥバーンは眼前に迫った敵の槍兵に、自ら馬を踊らせ飛び込んだ。

 率いた数は俺直下の半数、五百騎程だが、その中に、何故かオットーも混じる。

 なめてんのか、オットー。俺を守るとか言ってなかったか?


 だが、流石に五百騎で突入しても、敵を突き崩せるはずも無く、暫くすると馬首を返して俺の下へと帰ってきたドゥバーン。


「さあ、退きましょう!」


 確かに、見事な用兵というものなのだろう。

 一騎たりとも失わず、敵を混乱させて、体勢を立て直した頃合で退いてきたのだ。

 となれば、敵は殺気立って彼女の後を追って来る。

 ちょっと! めちゃくちゃ怒ってるよ! 敵!

 ということで、俺も怖いので馬首を翻して逃げる。逃げると言っても、元々作戦通りなので、問題は無い。

 だが、俺は戦場に出て以来、実は初めて逃げている。追われていると思うと、だんだん怖くなってきたが、そんな時、ドゥバーンが叫んだ。


「あの岩山でございます!」


 俺達が小高い岩山の横を抜けると、弓矢が敵軍に振り注いだ。

 ドゥバーンは、弓兵を岩山の影に潜ませていたらしい。


「シャムシールさま!」


「全軍転進! 敵を討て!」


 予め打ち合わせをしていた通り、ドゥバーンの合図で俺は全軍に反転を命じた。

 見れば、砂漠の中でこの地点は僅かに高く、戦場全体を俯瞰出来る場所になっていた。

 さらに、薄いながらも、敵が突出した部分に、味方が覆うように取り付いているではないか。つまり、大軍の一部を此方が包囲しているのだ。


「続け!」


 馬首を返した俺は、槍を構えて、後はいつも通りである。

 唯一つ違いがあるとすれば、決め事があって、それを俺が知っているという事だった。


 だが、今、俺は出来る限り暴れて、敵を蹴散らさなければならない。

 遠くで、アエリノールが剣を振う姿が見えた。既に突出した敵を分断して、本隊に戻れない様にしていた。

 一番危険な場所で、十分に役割を果たしている彼女を見れば、俺は出来る限り早くアエリノールと合流したかった。

 ハールーンも部隊を率いて、敵軍を蹂躙している。

 ドゥバーンを褒め称えていた朱色髪のイケメンも、実は結構兵を使うのが上手いようだった。押しては退き、退いては押して、突出した敵をズタズタに引き裂いている。

 シャジャルだけは闇雲に魔法を乱打して、上手に兵を動かせていなかったけれど、それでも特に問題は起きていない。

 俺の本隊と一番近い場所にいたのだから、すぐにシャジャルの部隊も吸収して、一緒に突撃をする事にしたのだ。


「あ、あ、兄者! 敵はアシュラフですぞっ! 討たねば! 討たねば! シャーャアア!」


 俺の予想通り、紺碧の瞳に憤怒の炎を燃え上がらせて、シャジャルは復讐の鬼と化し、冷静さを欠いていたのであった。

 

 

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