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豪華な食事

 ◆


 あれから一ヶ月が過ぎた。

 毎日毎日剣の訓練に明け暮れて、たまに集団戦闘の訓練なんかもやったりして、ちょっとばかり戦士の気分になってきた。


 サーリフさまに言われた“英霊体質”について、少しだけ分かった。

 なんでも生まれつき能力を持っている人や、自らの意志で顕現させる人がいるらしい。

 だが、どちらにしても特殊な能力で、人でありながら人を超える者と言われているそうだ。

 現在、“英霊体質”の人は、この国にはいないらしい。だけど大陸西方にはチラホラといる――ということだった。

 まあ俺は、ここの位置さえわからないけども。


 なんにしても、俺が“英霊体質”である線は消えた。

 “英霊体質”であれば何かしらの特殊能力も持つらしいけど、俺にそれらしい能力はないからな。

 単なる怪力だけなら、サーリフさまだってそうだ。

 まあ、あれは鬼だからだけども。


 とにかく最近では、強くなる為に、ハールーンから魔法もちょこっと教えてもらってる。

 やっぱり、いくら剣が強くなっても、でっかい火の玉とかマリ〇に投げられたらたまったもんじゃない、対応策も必要だろう、と。

 そしたら奴が言うには、俺には素質があるそうで、そもそも、ある程度の対魔法防御レジストが最初から自然に出来ていたらしい。なので、チャラ男は、俺が魔法を知らなかったって事を知って驚いていた。

 実際、魔法を習い始めてからは一週間位だけど、俺は目覚しい進歩を遂げた。

 なんと、指先から炎が出せるようになったんです! 効果時間は約五秒! わーい!


 マッチかい! ふざけんな! わりと便利だわ! ちくしょう。

 

 そんなこんなで、最近では、仕事もしている。

 やっぱり、奴隷だから訓練だけでご飯は食べさせてもらえないらしい。

 胸壁に上って北方を見晴るかし、蛮族とやらが現れないかを監視したり、異教徒とやらが攻めて来ないかを見てみたり、城門の前に立って、番をしてみたり……


 ん? 蛮族ってどんな人? 異教徒って、何教? わからんけど、人影を見たら報告しようと思ってた。


 なので、「北の城門」というのも、当然見る事ができた。でかい、分厚い、観音開き! そんな門だった。

 そういえば、仕事中、一回、刀で斬り付けられたことがあった。

 商人が大きな荷台の馬車を引いて門をくぐった時の事だ。

 なんでも、小麦の納入という理由でやってきた商人なんだが、その小麦袋の中に間者が忍び込んでいて、それを検査役の人が見つけてしまったのだ。

 慌てた間者は、さっと飛び出してダッシュで逃げようとしていた。ただ、運の悪い事に、奴の視界の前に俺がいて、俺が奴の進行を妨げると思ったんだろう。いきなり短刀を抜き放ち、俺に切りつけてきたのだ。

 そんときの俺ときたら、そりゃもう、びっくびくで、びっくりした。ほんと、死ぬかと思ったんで、勢い余ってそいつをぶん殴ってしまったという次第だ。そしたら、そいつが五メートル位飛んでいって、それも、びっくりしてしまった。


 でも、びっくりすると、刀って抜けないもんだなと。

 持ってた槍も捨てちゃうんだな、と。

 すごい、意味ないじゃん、って思った。


 事件後に、報奨金ニディナール貰ったけど……俺、仕事以外で外に出してもらえないんだよね。

 これも意味なかったよ!


 それよりも……とても悲しいことにも気がついた。

 何回寝ても、日本に帰れません。どっかで、夢なら早く覚めろ! って思ってた。

 でも、やっぱりこの世界は夢じゃない、ってことが、現実としてわかったのだ。


 なにしろ、俺がここに来てから、もう一ヶ月だよ。当然、携帯の電池も切れているだろうし、日本との接点が何もない。俺みたいな境遇の人にも会ってないし、いい加減、諦めてここの住民になろうかな、なんて本気で思ってしまう。


 まあ、奴隷暮らしも戦いさえ無ければそれ程悪くもない。少なくとも、食べる事には事欠かないんだから。


 ……あ、なんか、俺、すっごい駄目人間かも……

 

 そういえば、俺が買われた日以来、サーリフにもファルナーズにも会っていない。根本的に、雲上人なんでしょう、彼等は。


 はぁ。溜息しか出ない。


 ◆◆


「う、うふぅん」


 隣の藁布団で、チャラ男こと、ハールーンが寝ている。こいつは、気持ち悪い声を寝ている間に出す。寝相も当然、気持ち悪い。だけど、それをやめさせようと俺が不用意に近づいたりすると、動物的な感で目覚め、猫パンチ的な感じの、妙な攻撃をしてくるのだ。

 だから、最近は、殴られるのも嫌だし、気持ち悪くても放っておくことにしていた。

 それに、もうすぐ起床の時間なのだ、どうせ起こされる事になるだろう。


 俺たちの朝は、自分の部隊の十人長に牢を開けられて始まる。

 それから牢を抜け、食堂に集まるのだ。

 食堂では、長いテーブルが十人隊ごとに割り振られ、その序列によって場所が決まっている。最前列が、百人隊長と直属の十人隊。ここはなんだか二十人いるらしい。十人隊なのに二十人。謎だが、気にしないでおこう。で、後ろに、その百人隊に所属する十人隊が順番に連なるのだ。

 コレがまた、強さだったり功績だったりを加味した成績順らしい。隊内序列である。恐ろしいばかりの競争社会だ。

 俺たちの席は、可もなく不可もなく、といった席次で、まんなか辺りだ。うむ。目立たない事を好むこの俺様に相応しいぞ。


 当然、そんな状態だから喧嘩もしょっちゅうだった。大体は十人長辺りが仲裁に入って止めるんだけど、たまに、とんでもなく大暴れしている人がいると、百人長がやってきて、一刀の下に切り捨てたりもする。

 つまり、このマルムークというのは、大体の場合、序列が上がるほどに強いということらしく、百人長ともなると、俺からみたら化け物クラスの実力を備えている、ってことみたいだ。それに、軍規もとても厳しい。

 

 ちなみに、ここの主将であるファルナーズは、ここの全員と、さらに直属の三百人を率いていて、千五百人を束ねる千人長、ということもわかった。

 雲上人は、どうやらとんでもない化け物らしい。あんなに可愛いのに! 

 あ、でも、サーリフの娘だから、強さとかではなく、特別なのかな?


 それよりも、なんで千五百人率いるのに千人長なんだよ! という所が俺としてはもどかしい。明確な理由をチャラ男に何度か尋ねたが、「しらないよぉ」って言われ続けている。この際、サーリフに聞こう。会えないけど。


 ◆◆◆


 さて、今日の朝ごはんは、なんだか豪華だ。

 パンにトマトっぽいもののサラダ。それに鶏っぽい肉のケバブ? らしきものに乳白色の豆入りスープまである。

 大体朝なんていつもパンやら麦粥やらだったのに、今日はなんて大盤振る舞いなんだろう。うれしい。


「おいしいねぇ。戦の前しかコレが食べられないなら、毎日、戦でもいいよぉ」


「ぶぅぅ! 戦ぁああ!」


 にやけ顔でハールーンが言う。ケバブっぽいものを美味しそうに頬張る様は、少し猫を思わせる。

 だからって可愛くないぞ。どっちかっていうと、化け猫の類だ。

 それより、戦というのは聞き捨てならない。びっくりした俺は、ハールーンの顔に、盛大にスープをぶちまけた。 


「そういうこった。気ぃ引き締めとけよ! ん、三日分の食料は、用意してあるだろううな?」


 堂々とした十人長の声。さすがベテランである。だからって、気とか俺、引き締めらんない! 食料は、常に用意しとけって言われてたからあるけども! 

 でも、戦ってなんだ! 最初のあれみたいなやつなのか? 矢が飛んで火の玉が飛んで、人に刺さったり血が出たり……俺、内緒にされてたの?


 俺は、まったく食事が喉を通らなくなった。

 ハールーンは、雑巾で顔を拭っている。……ナプキンを使えよ。ああ、奴隷だから、そんなの無かった……


 俺は、訓練で、弓の使い方も覚えた。狙いの正確さはともかく、どんな強弓でも引けたし、誰よりも遠くに飛ばすことが出来る。

 腕力ならば、この十人隊の中では負けたことが無いのだ。どころか、百人隊の中でも最強だ。これは、俺が異世界で奴隷になったことに対する、神様のささやかな哀れみだとは思うが、だが、自分がある程度強いとの自覚はある。

 魔法だって……いや、これは、駄目だった。マッチだもん。


 しかし、俺は、普通にこけたら血が出たりするのだ。

 つまり、筋力はある程度チートだけど、生命力は普通なのだ。

 結局、戦とか巻き込まれたら、死んじゃう可能性大なのだ! ああ、嫌だ。ああ、怖い。


 そんな感じで、俺は、殆ど朝食に手をつけることが出来なかった。折角豪華(普段よりは)な食事だったのに。

 食事の時間が終わると、百人隊長に、すぐに装備を整えて、中庭の広場に整列するように告げられる。


「大丈夫かいぃ?」


 牢に戻って装備を整えながらも、恐怖に引き攣る俺の顔をみたハールーンが、心配げな顔を俺に向ける。


「だめだ。正直、怖い」


 俺は、恐怖の根源を探る。

 少なくとも、肉体的に俺は強くなっていると思う。やっぱり、簡単に殺されることはない。そう思えた。だが、よく考えてみれば、それだけでもないのだ。

 俺は、「魔剣」の威力を多少は試していた。「岩をも断つ」のも当然のこと、金属すら紙の様に切り裂く。多分、俺がこの刀を振るえば、完全武装の兵士ですら、一刀両断に出来るだろう。

 だが、俺は、人に向けて刀を振るえるのだろうか? 多分、無理だ。

 だから、俺は戦場に行きたくないんだと思う。


「なら、さ。今回はボクの後ろに隠れていてもいいよぉ?」


「え、ホント?」


 装備を整え、よろける足取りで広場に向かう俺に、ハールーンがこっそりと言う。

 俺は、いろんな人にぶつかって、怖い目を向けられつつも、一筋の光明を見た思いであった。


 今回は、チャラ男の言葉に甘えちゃおうかな。

 


「でもね、戦は悪いことばっかりじゃないよぉ。功績を立てればお金を貰えるし、その金で自分を買い戻したっていい。それに、昇進だって出来る。奴隷騎士マルムークと言っても、百人長以上は奴隷じゃないんだよぉ」


「え? そうなの?」


「そうそう。シャムシールのいつも言ってる『ニホン』に帰るには、少なくとも奴隷のままじゃ無理でしょう? だったら、戦で功績を立てて奴隷を辞めないと駄目なんじゃないかなぁ?」


「ん……そうかもしれない……」


 死ぬのは嫌だが、奴隷のままでいるのも嫌だ。天秤にかければ死ぬ方が嫌だが、戦うって事は、裏返しで希望もあるってことか。

 もっとも、こんなに怖い状況で希望といっても、お漏らししそうだ。

 あ、今日は下着もつけてるぞ。下着無しで鎖帷子を着ると、擦れて痛いんだ。最初は気持ちいいかも! って思ったのは内緒だぞ。

  ちなみに、今も鎖帷子は装備中だ。鎧は与えられていない。なにしろ最下級奴隷兵士だ、仕方が無い。


 整列してから暫くすると、中庭にファルナーズが現れた。久しぶりに見る彼女はやっぱり可愛い。じゃなくて。馬上の人になっているらしく、小鬼って感じではない。白馬に跨り純白の甲冑に身を包み、粉雪を思わせる銀髪から、白磁のような二本の角を覗かせているその姿は、なんとなく、神々しくすらあった。


 うん、やっぱり可愛い。持ち帰りたい。いや、間違えた。

 でも、そんな彼女のためなら、ちょっと位頑張っても良いかなって思えたから、まあ、よし。


「勇敢なるマルムーク諸君! 敵はたかが千人程度の蛮族! 共に蹴散らし、破壊し、蹂躙しようぞ!」


 白刃を高々と掲げ、宣言するファルナーズである。

 可愛いけど、言ってることはやっぱり怖いな、と、俺は思った。


 凛としたファルナーズの声に答えるのは後ろと左右からの歓呼。前と真ん中から歓呼が聞こえないのは、俺とハールーンが喜んでないから。興味ないし。

 てか、ハールーン、ファルナーズと仲よさそうなのに、こんな時は無視なんだ。相変わらず意味わからん奴。いや、その前に、なんでこいつ、ファルナーズと仲いいんだろ?



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