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祝宴の夜

 

 俺の問いに口を開きかけたナセルは、しかし答えを言わなかった。


「シャムシール、控えよ! 無礼であるぞ!」


 俺とナセルの間に、ザールが割って入ったのだ。

 俺は、力任せにザールの腰を左手で押しのけ、投げ飛ばす。ザールは驚愕の表情を浮かべて床を転がり、飛び起きた。


「ほう、貴様が『カルスの魔人』か。サーリフが面白い者を見つけた、と言っていたが、ザールを軽々と投げ飛ばすとは。くはは」


「答えになっていない!」


 ナセルに詰め寄った俺は、けれど、今度はザールに右肩を捉まれて引きずり倒された。


「無礼だと言っている!」


「よい、ザール。これも因果であろうよ。俺は、否定もせぬし肯定もせぬ。ただ、事実はサーリフの死があるのみ」


 ナセルに制されて下がるザールは、脇腹を押さえ、顔を顰めていた。

 そんなに痛がる程ではないと思うけど。ザールは顔に似合わず大げさなのか、それとも、元々あの辺りを傷めていたのだろうか? もしかしたら、ちょっと悪い事をしたかも知れない。


「シャムシール、といったか。その名は、サーリフに貰ったのだろう? 無用な事を申して、命を粗末にするな。

 だが、亡きあるじの為に怒れるその心、大事にせよ」


 ふと、俺の肩にナセルの手が置かれた。

 その時、俺は身動きが出来ず、為されるがままだった。ナセルはザールよりも間違いなく強く、俺など、簡単に倒せるのだという事を悟ったからだ。

 俺は、それで怯えたのかもしれない。頬を伝う汗はゆっくりに感じ、唾を飲み込めば、いつもより大きな音を立てていた。

 俺が見上げた先にあるナセルの双眸は、氷の中で灯された蝋燭の様に、どこかぼんやりとした優しさを持っていた。それが、なぜかサーリフとは逆の強さだと思った俺は、少しだけ怒りが解けていた。

 俺がこれ以上何も言わないであろう事を悟ると、すぐにナセルはファルナーズに挨拶を残し、広間の奥へと去っていった。


 ◆◆


 戦勝の宴が始まり暫くすると、聖帝(カリフ)が玉座に現われた。


 玉座の横に大将軍(ライース・アルジャイシュ)が立ち、声を発すると、笑いさざめいていた者達の顔に緊張が走る。視線が一挙に聖帝(カリフ)に集まる様は、いっそ壮観だった。


「皆、静まれ! 陛下よりのお言葉がある。拝聴せよ!」


 玉座から此方を見下ろす視線は、深い藍色だった。長い髭は黒く、髪も艶やかな黒。それでいて重たい印象は与えず、気品さえ漂わせる様は、さすが聖帝カリフというところ。そして、一番印象的なのは、長さではアエリノールには及ばないものの、先端が細く尖った耳だった。


「余がフェリドゥーンである。皆、長き戦、大義であった。今宵は無礼講! 酒も許すゆえ、心置きなく楽しむが良い!」


 聖帝の厳かな声が広間に響き渡り、あたりは歓声に包まれた。


 聖帝が座する玉座の前に、次々と王や将軍達が跪き、祝辞を述べる。それに答えるフェリドゥーンは、一々労いの言葉をかけるのだが、笑顔を絶やさないあたりは流石であろう。

 結局、一時間近くも聖帝は、姿勢さえ崩すことなく頷き、労い、微笑み続けていた。


 そして、全ての有力者が挨拶を終えると、さっさと奥に引っ込む聖帝カリフ。もしかしたら本当は、人嫌いなのかもしれないな。

 とにかく、ここに至って本当の無礼講が始まったのである。


 先程までうずうずしていたネフェルカーラは、すぐさまあらゆる酒の吟味に取り掛かる。

 真っ先に手を伸ばしたのは、普段は飲めない穀物酒ビーラだった。

 口元を覆う薄布をこっそりと捲り、一息に飲みきる様は、いっそ圧巻である。


「ふー! この一杯の為に生きている!」


 ネフェルカーラの生きる理由は、所詮こんなものだ。

 それにしても、ネフェルカーラにとっては、ファルナーズの心情を慮るよりも酒が重要だったらしい。

 やっぱり、ネフェルカーラはネフェルカーラだった。

 そもそも、さっき俺がナセルと揉め始めた時は、ちょっと嬉しかったらしい。


「どうやってナセルを殺してやろうかと考えたら、ウキウキしたぞ!」


 ネフェルカーラは、こんな事を言っていた。既に、左手に暗黒球を握り締め、上空に隕石を呼んで、準備万端だったそうだ。

 ファルナーズやナセルが精神的に大人で、本当に良かった。あの場で二人の対応が違っていたら、今頃ここは大惨事だ。


 当のファルナーズはといえば、父である勇将サーリフを失いつつも、オロンテス市街に真っ先に攻め込んだ功労者である。

 数多の王や将軍たちに酒を注がれ、白皙の頬を真っ赤に染めて悪戦苦闘の真っ最中だった。


「しゃ、しゃむひぃるぅ、わひを助けよ」


 よろける足取りで人垣から一度だけ出てきたが、すぐさまシェヘラザードに拉致されて、今や宴の中心人物になっている。

 それにしても、ファルナーズは酒が弱いらしい。すでに、ろれつも怪しかった。


 ハールーンの方はといえば、いつの間にか露台バルコニーに抜け出し、シーリーンとよろしくやっている。

 あれで姉弟じゃなければ、俺はきっと邪魔しに飛び込んでいただろう。イケメンが美女を侍らすとか、なんか許せないのだ。


 そうそう、露台といえば、俺の他にも露台を覗き見る人を、約一名見つけている。

 もちろんそれは、巨人兵ザールだった。

 本当にわかりやすい男だ。でかくて目立つのに、こっそりと露台を覗き込むなんて、無理がある。


「ザール」


 俺は、ザールに声をかけた。

 さっき、イラッとして投げ飛ばしてしまった事を謝ろうかと思ったのだ。それに、乳白色の角を見ていたら、妙にサーリフを思い出して、親近感を抱いた、というのもある。


「うおっ!」


 わかり易く驚くあたり、戦場とはまったく違う反応だろう。それに、ナセルがいなければ、表情も豊からしい。

 デカイけど、コイツは扱い易いな、と俺は思った。


「シャムシールではないか。驚かすな」


 頬に冷や汗を浮かべるザールは、未だ露台を気にして俺を邪険にする模様。

 俺に投げ飛ばされた事も、俺を引き倒した事も既に忘れているようだ。こいつの頭の中は、既にお花畑なのだろうか? しかし、そうならば花は早急に刈り取らなければならない。

 俺の母国では、春は、夏になり、やがて秋、冬が訪れるのだ。

 俺が日々、呪わしい魔族や頭の悪い上位妖精ハイエルフに苦しめられているというのに、ザール如きに春が来てたまるか、花が咲き誇ってたまるか! 

 俺だって、シーリーンみたいなマトモな美人に、側に居て欲しいのだ!

 シャジャルがそうなる可能性大だけど、あと三、四年はかかるのだ!


「ハールーンとシーリーン、良い感じだな」


 俺は腕を組み、さも友人のカップルを見守るような仕草をする。当然ながら、唸るザールは、とても悔しそうだった。


「あの二人は、一体いつから……?」


 がっくりと肩を落とし、俺に向き直るザールは、もはや消え入りそうである。

 ふふ、俺を邪険にしたからだ。と、内心の俺はしたり顔。


「生まれた時から、だろう」


「なっ! う、運命だとでもいうのかっ!」


 一切俺は嘘をついていない。だって、ハールーンが生まれた時から姉弟のはず。

 しかし、とてもザールの反応は面白かった。


「ううっ! 運命には抗えん」

 

 そう言って、立て続けに、側にある杯を呷り始めたのだ。

 そして、暫く無言で飲み続けると、唐突に俺にも杯を差し出して、「付き合え!」と言い出す始末。

 流石の俺も、悪い事をしたな、と思ったので、ちびりと葡萄酒を飲みながら、真実を語った。


「まあ、姉弟だしな、あの二人は」


ふぁふぇふぉ(本当か)?」


「本当だ」


 がっしりと俺の両肩を掴んで、鼻水を垂らしたザールは、満面に笑みを浮かべていた。

 俺は、肩が外れるかと思うほど、痛かった。


 ◆◆


 何故こうなったのか、俺には正直わからない。

 今、赤ら顔で俺の背中を叩くザールの笑顔は、決して嫌ではないが、それにしても、俺が紹介されているのは、シバールでも名だたる勇将達なのだとか。


守護騎士ムカーティラのダスターンだ。よろしく、黒甲将軍カラ・アミールシャムシール」


「同じく、守護騎士ムカーティラのアフラだ。万の敵兵を縦横に斬り伏せたのだろう? まったく感服する」


「俺はテヘラのスルタン、メフルダード。サーリフの件は残念だったな。だが、主を失ったのなら、俺の下へ来ないか? 名高い黒甲将軍カラ・アミールならば、万人将の地位を用意させてもらおう」


 途中、王様まで混じって勧誘もされたけど、意味がわからないってば。


 一応、常にファルナーズを視界に入れるようにしていたので、どこでも長居をしないように、さっさと切り抜けていた俺なのだが、なぜかまったくザールだけは離れてくれなかった。


「なあ、サーリフ殿の敵を討ちたい、と思うか?」


 ふと足を止めたザールが、俺に背中を向けたまま聞いてきた。

 俺から見たザールの背中は、もはやでかすぎて壁にしか見えない。


「ああ」


 ザールの問いかけは唐突だった。

 けれど、ざわめきの中でも、はっきりと聞こえたそれに、俺は間髪いれず、答えていた。

 思わず握ってしまった俺の両拳は、僅かに震えていたかもしれない。


「敵は、誰だと思っている?」


銀羊騎士団アルギュロスアリエス。それと……」


 振り向いて、なおも問いかけるザールに、俺の声は多分酷く冷たく聞こえただろう。なにしろ、握り締めた俺の手の中で、昼間、数多の敵兵を斬り伏せた時の感触が蘇っていたのだから。


「それと?」


「……さあな、今は証拠がない。それに、敵対するかどうかは、俺が決めることじゃない」


 ザールの視線は、俺を真っ直ぐに見据えていた。俺は思わず目をそらしたが、正直、本心を言えば、ザールを敵としたくはない、と思ったからである。


「シャムシール。今日は貴殿と語り合えて良かった。俺はこの先、たとえ何があろうと、貴殿に敬意を抱き続けるだろう……」


 片手を上げて去ってゆくザール。ヤツは最後に何かを言いかけた様だが、それは無骨な微笑に変わっただけである。


「おい、シャムシール。貴様、なんだって敵と仲良くなっておるのだ?」


 俺に絡みつき、しな垂れかかる者は、当然ながらネフェルカーラだった。

 酒臭さが常人の五倍以上だから、今すぐにも離れて欲しいと思うのだが、中々この女の膂力は強い。なので俺は、引き剥がすのを諦めて、仕方なく、無難な答えを返してみる。


「敵の話をよく聞けば、色々と分かる事もあるだろう?」


「ふむ、中々良い作戦だな。だが、あまり敵と仲良くなり過ぎると、情にほだされ、足元をすくわれるやもしれんぞ。くれぐれも注意せよ」


 俺の耳元すれすれに唇を寄せて、そう囁いたネフェルカーラは、酔ったフリをして忠告をしてくれたようだ。それだけ言うと、ネフェルカーラは再びファルナーズとナセルの中間地点に身体を滑り込ませ、酒を煽り始めていた。

 酒を飲みたいのも事実だろうけど、ネフェルカーラは一度敵と見定めた者には容赦をしない。だから、隙があるならば、ナセルといえども、今、この場で倒すつもりなのだろう。

 酒を心底楽しみながらも、ナセルに向けたネフェルカーラの視線は、冷たい殺気を孕んでいた。だが、時にそれを阻むシーリーンの視線が、ネフェルカーラを牽制する。

 その様は、見ているだけの俺でさえ、背筋が凍りそうだった。


 という事は、ネフェルカーラの中では、ナセルとその一党は完全に敵と見定めているらしい。

 だが、俺はどうだろう。ザールに対して、どこか友情めいたものを感じ始めているのも事実。

 ナセルが敵ならば、ザールも必ず敵なのだろうか?

 ハールーンは、シーリーンを敵としなければいけないのだろうか?

 俺は、纏まらない思考をゆっくりと進めていた。

 どうして、サーリフはナセルに殺されたのか。

 銀羊騎士団アルギュロスアリエスは、ナセルに利用されたのだろうか。

 そして思考の行き着いた先は、ナセルの言葉だった。


「父と同じ道を歩むな」


 そう、ナセルはファルナーズに言った。

 父と同じ道とは、スルタンへの道。

 そして、ネフェルカーラがナセルを敵と断じたならば、それはまさしくファルナーズの為に違いなく、つまり、小鬼はスルタンを目指すということだろう。

 

 俺の胸中はサーリフの言葉が渦巻き、溢れそうになる。

 

「わかったよ、サーリフさま。ファルナーズがスルタンになるまで付き合うよ。そしたら、携帯返してもらうからな」


 ふと一人、露台に抜けた俺は、夜空を見上げて呟いていた。

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