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オロンテス滅亡

 ◆


 俺がファルナーズの陣に戻ると、銀髪の小鬼は最前線にいて猛烈な武勇を振っていた。

 槍をとっかえひっかえ、とでも言えば良いのだろうか? 力任せに投擲したり、敵陣に突っ込んで斬り伏せたりと、小鬼無双状態だったのだ。


 ネフェルカーラは、特に何もしていない様に見えたが、それでもファルナーズの死角をそっと守っているようだ。

 決して離れず、細身の剣を構えて、隙を見せたりはしていない。


 戦況は、有利であった。

 それどころか、南、北、東からも総攻撃が始まっており、オロンテスの滅亡は時間の問題かと思われた。

 何しろ、二大騎士団がどちらも壊滅したのだから、当然だろう。

 

 金牛騎士団クリューソスタウラスは俺が団長を捕虜にして、銀羊騎士団アルギュロスアリエスは、援軍に来てくれたナセルの部隊が降伏させた。

 正直、援軍が居なくても、もしかしたら俺達で倒せたかもしれないと思えば、少しだけ残念だけど、仕方ない。それに、援軍があったからこそ、近衛隊の被害が少なかったと言えるのだろうし。

 というより、馬を走らせつつ被害の報告を聞いたら、重傷者が三人程いたけど、死んだ者はいないという事だった。

 敵の背後から襲いかかるという事は、つまりこういう事なのだと、俺は身を持って学んだ訳である。


 ファルナーズは、冑も被らずに槍を振り回している。たまに弓が彼女を狙うが、回転させた槍で丁寧に撃ち落していた。 

 俺は、結果を報告しようとファルナーズの側に馬を進めた。


「サーリフさまは……」


 言いかけると、左側から敵兵の槍が飛び出してきた。

 最前線で戦っているから、こんなことになる、と、俺は馬首を返して敵の身体を蹄にかける。それから、魔剣を振って、周囲に斬り込んだ。


「シャムシール、ご苦労! 分かっておる! 父上の……父上の亡骸は見たっ!」


 銀髪のツインテールを振り乱し、鬼の少女は泣いていた。

 だが、泣き崩れる代わりに最前線で戦っていたということか……

 どうやら、ネフェルカーラが全軍の指揮を執っているようだ。それも、あくまでもファルナーズの指示を伝える、という形で。


 暫く戦っていると、後方からも、元サーリフ配下の部隊が続々と集まり始めた。

 それぞれ千人隊ごとに集まり、戦っている。どうやら、ファルナーズの名を出した事が功を奏して、城壁も完全に制圧し、市街を席巻しつつあるようだ。

 他の門も順に破られて、市街はオロンテス住民の上げる悲鳴で満ちていた。


 こうして日が落ちる頃、オロンテス王は降伏し、中央大陸にある唯一の聖教国が、滅亡した。


 ◆◆


 白大理石で埋め尽くされたオロンテスの王宮は、今やシバール連合軍の巣窟と化している。

 万を越す大軍を一箇所に集めるならば、広大な敷地を持つ、ここ以外には考えられなかったのだろう。特に中庭でたむろする聖帝カリフ守護騎士ムカーティラと、ナセル配下の奴隷騎士マルムークが目についた。

 それが、シバール王国連合軍とでも言うべき軍隊の最精鋭であり、最上位に位置する集団だからだろう。

 ついで、元サーリフ配下の奴隷騎士マルムークが多く宮殿にいるのは、最初に市街に突入した部隊だからである。

 

 俺は、聖帝カリフ自らが皆を労う、という宴に、ファルナーズの護衛として参加することになった。だから再び、この白亜の宮殿に足を踏み入れる事になったのだ。

 もちろん、宴と言っても、今日のファルナーズが楽しめるはずがない。そんなことは、誰よりも知っている俺である。

 項垂れつつも気丈に振舞うファルナーズを、僅かでも支えられれば良いな、と思って俺は今、内心で悲歎にくれる小鬼と共に、廊下を歩いていた。

 共に護衛として付き従うのは、ネフェルカーラとハールーンだ。さすがに普段は横暴な魔術師も、今ばかりは漂わせる雰囲気が神妙だった。それに、ハールーンも軽口をたたかない。

 ハールーンにとってもサーリフは育ての親なのだから、複雑な心境なのだろう。飄々とした雰囲気の中でも引き結ばれた口元が、悔しさを物語っているようだった。


 それにしても神妙なネフェルルカーラは、篝火に照らされて揺れる整った鼻梁の陰影が、幽玄の美を思わせる程に美しい。口元を隠しているから表情はわからないけれど、シェヘラザードと比べても、まったく見劣りしないのに、と思う。

 もっとも、布で覆われた口元が、もしも歪に笑っていたのなら全てを台無しにするのだが。

 ……もしかして、笑っちゃいけないところで笑っちゃうから、ネフェルカーラは普段、口元を隠しているのではないだろうか? そんな疑念が俺の脳裏を過ぎった。


「む? おれを見つめたければ、家に帰ってからにしろ。そうしたら、何時間でも見つめて良いぞ。いや、むしろおれだけを見つめろ。目が潰れ、その身が朽ち果てるまでだ」


 俺の視線に気付いたネフェルカーラは、こんな事を言っている。

 これは、また新たなネフェルカーラの呪いなのだろうか? いつの間にか我が家に住み着いたネフェルカーラに、毎日こんな呪詛の言葉を浴びせられて、俺の精神は持つのだろうか。

 とにかくネフェルカーラを見つめ続けると、目が潰れて身体が朽ち果てるらしいから、あんまり見ないでおこう、俺は、そう決めた。


 俺達が守護騎士ムカーティラの一人に導かれて、白い二本の円柱の間を通ると、そこに広がっていたのは、壁一面を覆うシバールの三日月旗である。

 足元には緋色の絨毯が広がり、天井は相変わらず、白に金の縁取りがあるオロンテス風であったが、その他のあらゆる物が、所有者の変更を告げていた。

 例えば、聖教の伝説を模した壁画などは、荒々しく削りとられ、彫像は割られるといった具合に、あの美しかったオロンテス王の住居は、無残な姿に変わっていた。


「ファルナーズ、今回は気の毒に……」


 俺が、行くべき場所を探す為に胡乱な顔を左右に動かしていると、正面から、久しぶりに見る絶世の美女が現われた。

 

「あ、これはシェヘラザードさま」


 咄嗟に膝を折って礼を施すファルナーズ。続いて俺もネフェルカーラもハールーンも、慌てて膝を折る。普段、あまり偉い人に会わないだけに、こういった礼儀というものは、若干苦手な俺だった。


「いいのよ、立って。今日は無礼講。もっとも、聖帝カリフ陛下に対してだけはダメだけど、ね」


 金の杯を右手に持ち、左手をひらひらとさせるシェヘラザードは、柔らかそうな白の絹衣を纏い、頭には金の飾りを乗せている。

 彼女は多少酔っているのかもしれないが、声は優しく、ファルナーズに対する慈愛を感じさせる。

 いやまて。ネフェルカーラといい、この人といい、酒を飲むとは何事だ! 真教をバカにしてるのか! と、思った俺は、別に信者ではない。


「はっ」


 小さく返事をして立ち上がったファルナーズも、衣服は上質の青絹で、ゆったりとした長衣を腰の革紐で留めている。俺やハールーンの粗雑な黒衣に比べれば、どちらも雲上人のいでたちに違いない。

 何故かネフェルカーラの衣服だけは王侯貴族にも劣らないものなのだが、どこでそんなモノを仕入れてくるのだろうか? 今度聞いてみようと思う。

 

「姫、姫っ!」


「ウルージ、ここでは姫と呼ばないで。私はこれでも大将軍ライース・アルジャイシュなのよ?」


 慰めるようにファルナーズの髪を撫でるシェヘラザードに、慌てた声をかけるのは、何時ぞやネフェルカーラと喧嘩をした人物だった。


「……テュルク人などに気安く触られますな、大将軍ライース・アルジャイシュ! 穢れますぞ!」


「あら? ファルナーズは可愛いわよ? 穢れるなんて……」


 振り向きながら、シェヘラザードはウルージの言葉に反駁する。

 元気の無いファルナーズは何も言い返さないが、ネフェルカーラは相変わらず、ウルージの言葉で、導火線に火がついた模様。怪しく体を揺らしながら、ウルージを見据えている。

 俺が、鎮火する方法は何か無いかなぁ、と首を捻っていると、今度は後ろから声がした。


「ウルージ殿は、俺の先祖がお嫌いかな?」


 乾いた声が、低く澄んで力強く響いた。

 俺が振り返ると、切れ長の瞳を持った長身の男が立っていた。その背後には、戦場で話をしたザールとシーリーンがいる。


「ナ、ナセル殿。その様な事は……」


 ウルージが狼狽して、足を一歩下げていた。

 身長だけならば、ウルージとナセルと呼ばれた男の差はそれ程なかった。けれど、胸の厚みや腕の太さは、桁違いなほどにナセルが圧倒していた。

 さらに、ナセルの後ろに控えるシーリーンは巨乳だから羨ましいだけだが、ザールが巨人過ぎた。怖そうなナセルが、もっと怖そうなザールを連れて凄んできたら、ウルージでなくても、誰だって怖がる。

 怖気づかない人物がいるとすれば、俺の隣にいる緑眼の魔術師くらいだ……

 って、おい、ネフェルカーラ。何で、いきなりナセルを睨みつけてるんだ。機嫌悪いのか?

 とにかく、さっきウルージの言動に怒っていたかと思えば、今度はナセルを睨みつけているネフェルカーラだった。


「はてさて? テュルク人に触れると穢れる、と言ったではないか。

 いや、それ程ウルージ殿がテュルク人を蔑まれるとは、俺としても心外だ。

 俺の母方の祖父は、テュルク人なのだがな。むしろ、俺としては角が生えなんだことを気にしておる程なのだぞ。

 目出度い席でもあり大将軍ライース・アルジャイシュ閣下の御前ではあるが、このような侮辱は耐えられぬ。我が一族の名誉の為、貴殿に決闘を申し込ませて頂こう。

 ……受けられるや否や?」


 もはや俺たちは押しのけられて、ナセル対ウルージの様子。

 シェヘラザードは男たちの戦いに胸を期待で膨らませて、目を輝かせる最低の大将軍ライース・アルジャイシュであり、止める気は一切無さそうだ。

 それを感じたウルージは、精一杯の虚勢を張って、ナセルに言葉を返していた。


「い、いや、ナセル殿。いかに貴殿がリヤドの王弟とはいえ、そのような口ぶりは無礼であろう。ましてや、いきなり決闘だなどと。余は、シラズのスルタンであるぞ。

 そ、それに、そもそも大将軍ライース・アルジャイシュ閣下に申し上げた事は、ファルナーズに関してであって、お主に対してではないのだ」


「それがどうした?  

 俺が問うているのは、貴様が我がテュルクの血を侮辱したことに関してだ。この名誉を毀損した事に関して、貴様はどうしてくれるというのだ?

 さあ、どうするのだ? 決闘を受けるのか、受けんのか、それだけを答えられよ」


「や、やらぬ! 戦は終わったのだ! 馬鹿馬鹿しい! これだからテュルク人は……付き合いきれぬわ!」


 捨て台詞を残してウルージが場を去ると、ナセルとシェヘラザードが”からから”と笑う。

 いつの間にか、ナセルの手にも金杯が握らされて、飲むようにとシェヘラザードが促していた。


「ウルージも、悪い人ではないのだけれど。ナセル卿は、ご機嫌斜めなのかしら?」


「まさか。ただ、人種やら生まれらで差別をする者が嫌いなだけです」


「あらあら。ナセル卿は、陰謀や策謀が得意な、陰湿なお方だとばかり思っておりましたのに。案外、良識派でいらしたのね?」


「ははは。これは手厳しい。陰謀や策謀の類は全て、リヤドの為にございますれば、止むを得ませぬ」


「そう? ご自身の為ではなくて?」


 仲良く見えるナセルとシェヘラザードの会話の端々は、どうやら腹の探りあいの様だった。

 あまり関わらないようにと、俺はファルナーズの側に控えて目をそらしている。

 相変わらずネフェルカーラは不快気な視線をナセルに送っている。いっそ、ナセルに穴が開かないかと、不安になるほどだ。

 ハールーンの方は、シーリーンに釘付けである。シーリーンにしてもハールーンを見つめているので、姉弟でいっそ相思相愛、怪しい世界へ行ってらっしゃい、だ。

 ふと、ザールを見てみたら、そんなシーリーンの様子に、冷や汗を浮かべていた。

 巨人兵も人の子。いや、鬼の子。シーリーンが好きだってのがモロバレだ。そして、ハールーンに嫉妬してるとか、面白展開だな。


「間もなく父……聖帝カリフ陛下がいらっしゃいます。では、皆、楽しんで」


 いつの間にかシェヘラザードの側に歩み寄った騎士が、形の良い大将軍ライース・アルジャイシュの耳に何かを囁いていた。

 すると一言残し、笑顔を浮かべて踵を返したシェヘラザード。彼女が広間の中央に歩みを進めると、待っていたとばかりに大勢の人に囲まれた。あたりに居並ぶ武将達が、彼女の美貌に見惚れ、傅き、杯を交わそうと群がったのである。


「サーリフは残念だったな。スルタンの地位も間近であったのに。だが、あらゆることには、因果というものがある。生まれれば、必ず死ぬ。これもまた、逃れえぬ因果。

 ファルナーズ、もしもそなたが長く生きたいと願うなら、父とは同じ道を歩まぬことだ。無用な因果に巻き込まれるなど、愚かな事だと心得よ。せっかく拾った命だ、大切にするがよい」


 ナセルがファルナーズに視線を落とし、忠告めいた言葉を口にしていた。

 対する小鬼の顔は、緊張で固まっている。だが、それでも形ばかりの礼を述べていた。


「はっ、ナセルさまのお言葉、肝に命じまする……それと、先ほどは、有難う存じました」


「別に、礼を言われる程の事ではない。俺にもテュルク人の血が、四分の一だが、流れているのでな」


 深い彫の奥にあるナセルの双眸は、俺には見えない。けれど、言葉から滲み出る凄味が、ファルナーズを圧迫している。それは、サーリフとは違う形の、何処か陰湿な力だと思った。

 そういえば、ネフェルカーラが言っていたではないか。ナセルは潜在的なサーリフの敵だと。

 見れば、ネフェルーラの視線は油断無く周囲を捉えているし、フェルナーズの頬にも汗が伝っている。


「サーリフを、サーリフさまを殺したのは、お前か?」


 俺の声は、勝手に喉をせり上がり、空気を震わせていた。

 確信は無かったが、ネフェルカーラやファルナーズの反応が、そうだと告げていた。だから、馬鹿な事をと思っても、俺はナセルに問わずにいられなかったのである。

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