表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/162

一万人対ニ五〇人

 ◆


 ファルナーズが取り落とした魔剣を、奴隷騎士マルムーク二名が何とか持ち上げている。震える手で差し出された魔剣を受け取ったファルナーズは、ようやく茫然とした面持ちから開放されていた。


「ち、父上を救出するのじゃ! 父上が討たれるはずが無い!」


 すぐに馬首を巡らし、城外へ抜けようとするファルナーズだ。


「なりませぬ! ここで引き返せば敵の思う壺。兵はこのまま前進を。さすれば、他のシバール軍も動き、全体での勝利は動きませぬ」


「し、しかし父上がっ……!」


「それは、我等にお任せを!」


 取り乱すファルナーズに、いつになく真剣なネフェルカーラが食い下がる。確かに、前線で戦う奴隷騎士マルムークが退く事は困難だろう。

 それに、挟撃されているとはいえ、数に勝る此方が冷静に対処すれば、たしかに敗北は無いと思える。ならば、ここで崩れる方が問題だろう。とは言え、後方の崩れ方が尋常じゃない。

 どの軍も、毒プラス指揮官襲撃というコンボがあったのだろうか? そして、サーリフも他の万人将も討ち取られたのだとすれば……


 俺は、自分の想像に身震いした。

 あのサーリフが、簡単にやられるだろうか。ファルナーズではないが、正直、俺も酷く不安だ。


 ファルナーズは悩んでいるのか、きつく唇を引き結んで、喋らない。


(シャムシール、お前が行け。サーリフが生きているのなら助け、敵を蹴散らして来い)


 突然、ネフェルカーラからの念話だ。


 おい、オマエ、一体何を言っている? また無茶振りか? と言い返したい。  


(敵は一万人程度だろう。此方の混乱に乗じて攻め込まれている。だが、ここに到達させなければ、我等が勝つ)


「お、俺一人でいくの?」


 恐る恐る、聞き返す俺。大体、一万人程度ってなんだ? 程度の基準がおかしいぞ。

 それに、もしもサーリフが討たれたというのが本当なら、とんでもない敵がいるんじゃないか? 死んじゃうではないか!


(馬鹿をいうな、近衛隊を全て連れてゆけ。その代わり、おれが、ここでファルナーズを守る)


 ああ、良かった……って、思うかぁ!

 一万人対ニ五〇人とか、おかしいよ!


(シャムシール、お前は強い)


 冑の中で響くネフェルカーラの声は、いつになく優しい。

 それに、サーリフを助けたい、という気持ちが俺の中で大きくなってきていた。

 サーリフが討たれたとは、俺にはどうにも信じられないのだ。きっと、あの混戦の中で生きているにちがいない。

 だが、もしも本当にサーリフが討たれていたら、俺は、敵を許せるのだろうか?

 ふつふつと湧き上がる疑念が、俺の身体を突き動かしていた。


 俺は、強い。

 自分に暗示をかけるように、幾度も脳内でその言葉を反芻する。

 そして、意を決した俺は、曲刀を鞘に収め、背中に背負った槍を右手に持ち、高く掲げた。


「近衛隊! 続けっ! サーリフさまを救出するっ!」


 俺の声は、自分が思っていたよりも遥かに大きく、オロンテス西門に木霊した。

 漆黒の軍団が歓声を上げ、剣や槍を突き上げる。

 俺は、馬首を翻し、門を抜けていった。


「全軍、前進せよ! 王城を落とせっ!」


 俺の背中越しに、ファルナーズの凛とした声が聞こえ、ついで鬨の声が聞こえた。

 多分、ファルナーズは俺を信頼してくれたのだろう。それが少し嬉しく、歯がゆかった。


(シャムシール、無事に戻れよ)


「ネフェルカーラも、無理するなよ」


(なっ、なっ、お前に心配されるいわれはないっ!)


 ◆◆


 馬を走らせて各部隊を回ると、やはり紫色の煙が覆う場所が幾つもあった。恐らく、それぞれの本陣であり、万人将が居た場所なのだろう。周辺にいた奴隷騎士マルムーク達は皆、所在無さ気に固まっていた。

 

 とにかく、西門から最も近い万人将の陣でアエリノールが紫色の煙を消すと、現われた死体は無残に切り刻まれた万人将なのだから、敵の狙いは明白だった。


「シャムシール、急いだ方が良いよ! 軍が指揮系統を失っている!」

 

「そうだねぇ。サーリフさまからの指示を伝える伝令も居ない所を見ると……最悪の場合に備えて、各部隊にはこれからファルナーズさまに従うよう、指示を出しておこうか?」


 一応は騎士団長だったアエリノールが現状を把握したらしく、細眉を顰めて叫んだ。だが、それよりも、もっともらしく、ハールーンが対策を立てたことに俺はびっくりした。

 なんだ、この実は出来る子でした感は? ハールーンの癖に!


「よし、各軍に伝令を。指揮官が不在になっているならば、サーリフさまの別命があるまで、ファルナーズさまに従うように、と」

 

 ハールーンの意見を取り入れて、俺は部下を幾人か選んで送り出す。でも、よく考えたら俺のいう事って、近衛隊以外でも聞いてもらえるのだろうか? ちょっと不安になった。


「でも、俺の伝令で皆信じてくれるかな?」


「大丈夫ですっ! 兄者の名前は、今や黒甲将軍カラ・アミールとして有名ですっ!」


 すると、すかさずフォローを入れてくれるシャジャル。

 顔に敵兵の返り血がこびりついていてちょっと怖いが、それでも胸を反らして兄を称えるシャジャルは十二歳の女の子。

 やっぱりシャジャルは可愛いなぁ。


 いや、和んでいる場合じゃなかった。

 どうやら攻城戦の間に、俺はけっこう有名になっていた様だ。

 たしかに工事をしながら、合間を縫って、一騎打ちを何度かした気がする。そういえば、全部勝ったな。勝たなきゃ死ぬし。

 ……ああ、それもこれも、この黒い鎧が悪目立ちしたせいだ。


 とにかく伝令を見送ると、敵の側面を迂回しつつ、俺はサーリフの陣に向かった。

 迂回案は、セシリアが出してくれた。

 俺が正面から突っ込もうとしたら、


「ねえ、バカなの? アレだけの集団にコレだけで正面から突っ込むとか、シャムシールもバカなの!?」


 と、泣きそうなセシリアに言われたのである。


 サーリフの本隊があったであろう場所に辿り着くと、俺は目を疑った。その場で目にした光景を、俺は、きっと一生忘れられないだろう。

 真っ先に視界に入ったのは、既に動けない奴隷騎士マルムーク達にとどめをさす、銀羊騎士団アルギュロスアリエスの姿だったのだ。

 乾いた砂が、奴隷騎士マルムーク達の血を吸い上げて、赤黒く滲んでいる。

 歓声を上げながら、既に瀕死の奴隷騎士マルムーク達に槍を突き立てるオロンテス騎士達は、一体どういうつもりなのだろう。

 馬蹄に踏みつけられて絶命した者もいれば、逃げようとして背中を槍で刺される者も居る。

 俺は、腹の底が締め付けられるように苦しくなり、この場から逃げたくなった。

 城壁に取り付いていた部隊の混乱など、生易しいものだった。

 そもそも城壁上の戦いは、形勢が変わり、敗走しつつあったとしても、敵に背後から襲われた訳ではない。指揮官が一時不在でも、立ち直れる可能性がある。

 しかし、サーリフの本隊は違う。

 混乱の後、すぐさま敵に襲撃されたのだ。そうなれば、壊滅しか道はなかった。


 幸い俺たちは敵の背後から、サーリフの陣だった場所に抜けた。すでに敵の本隊は前進して、別の部隊に襲い掛かっているからだ。

 全軍をあわせれば、まだ此方の方が数に勝っているはずだが、連携が取れない上に、指揮官が居ない。だから未だ、どの部隊も敵に蹂躙されるままだった。


「サ、サーリフはどこだろう……」


 暫く探すと、大きな身体がうつ伏せに倒れていた。その身体は、見覚えのある、有翼獅子の意匠が施された鎧を纏っている。そして、僅かに離れて巨大な曲刀が落ちていた。

 俺は、馬から下りて、その身体を確認した。

 うつ伏せから、仰向けにする。力の入らないその身体は、ぐったりとしていた。けれど、口元だけは笑っている。

 外傷は、なかった。けれど、大きな曲刀に幾つかの刃こぼれがある。間違いなく、誰かと戦ったのだと、俺は思った。

 そして、サーリフは、負けなかった――そう、俺は確信した。


「アエリノール! シャジャル 治癒を! もっと!」


 俺の目の前で、既にアエリノールの声が響いていた。

 シャジャルも、懸命に呪文を唱えている。

 けれど、目を覚まさないサーリフを見て、俺は苛立ち、声を荒らげた。

 蘇生も治癒も出来ないとわかるのに、それ程の時間は掛からなかった。

 だから、俺は三人の部下に、サーリフの死体をファルナーズの下に届けるよう指示を出し、再び馬に飛び乗った。


 俺の目には、一万騎の敵が背中を向けている姿が見える。

 どうせ、どうにかして敵の足を止めなければならないのだ。

 俺は、無言で馬を走らせた。

 悲しい、とか、悔しい、とか、そういった感情はなかった。

 ただ、死んで尚、笑顔でいたサーリフの気持ちがどこにあるのか、知りたかった。

 多分、ファルナーズが生き続ける事を、幸せになる事を、疑うことなく死んだのだろう。だから、俺はサーリフの願いを一つだけ、聞き届ける事にしたのだ。


「……ファルナーズを頼んだぞ」


 いつか、サーリフはそう言っていた。


「おおお……!」


 何処から出てくるのか分からない俺の声に、俺自身が圧倒される。けれど、俺は一万騎の敵中に入り、雄叫びを上げていた。

 

 槍を縦横に振えば、力の加減を失った俺は、鎧ごと敵の上半身を奪い去り、同時に槍を失った。

 ならばと曲刀を鞘走らせて、唯ひたすらに敵を斬り伏せる。それでも飽き足らず、俺は感情の赴くままに魔力を開放し、ぶつけ、駆け抜けた。


 俺の後ろに続いた奴隷騎士マルムーク達も、それぞれに雄叫びを上げて駆け抜けると、オロンテスの騎士たちは、肉食獣に追い散らされる草食獣の様に、逃げ惑うだけになっていた。


 どれ程時間がたったのか判らないが、敵を散々に蹴散らした俺の下に、シーリーンが現われた。


「援軍を率いて参りました。

 私はナセル閣下の名代、シーリーン。先ほど、敵将レオポルドが降伏しました。これ以上の攻撃は控えなさい、シャムシール」


 敵の血で真っ赤に染まった魔剣を鞘にしまい、俺はシーリーンを見た。

 オロンテスで敵対しておいて、よくも俺達の前に姿を現せたモノだと感心したが、思えばそもそも同じ奴隷騎士マルムーク。こういう事もあるのか、と、僅かばかり冷静さを取り戻した俺は考える。


 面頬を上げた俺の顔を見るシーリーンは、心なし口元を引き攣らせていた。

 目が合ったとたんに顔を背けるとか、もしかして俺、シーリーンに凄い嫌われてるのだろうか?


「ハールーンっ!」


 けれど、俺の横から現われたハールーンを見つけると”ぱっ”っと明るい笑顔に変わっている。ちっ、ブラコンかよ。


銀羊騎士団アルギュロスアリエスよ、聞け! 我が名はザール! 団長のレオポルドは我がリヤド王国に降伏した! これ以後、武器を捨て、一切の抵抗をやめられよ! さすれば諸君等の命を、我が名において保障する!」


 シーリーンの背後から現われた巨漢が、それに見合った大音声で叫んでいた。

 俺は、巨漢で黒髪黒目、その上、乳白色の角があるその男を見て、サーリフみたいだな、と思ったら、うっかり涙が出てしまった。今更、酷く悲しくなったのだ。


「何を泣いている?」


「何でもない……」


 巨漢は、そんな俺を見て笑ったが、頬に走る二筋の真新しい傷が痛んだのだろう。すぐに眉を顰めて、笑いをしまった。だから、俺も頑張って涙をしまう。


「その黒い鎧、お前がシャムシールか?」


「ん? そうだけど」


「ほう、サーリフ殿と互角だったと聞いているが」


 いつの間にやら俺の隣に馬を進めた巨漢が、静かに問うてきた。

 それにしても、馬に乗っていてさえ、俺とはとんでもない身長差だ。この人、サーリフより大きくないかな?

 ていうか、サーリフの名前を聞いたら、また、涙が溢れてきてしまった。


「うっうっ……ぞんなばけ無いだぼおぅ。ザーリブざばの方が、強かったにぎまっでんだろお」


 泣きながら喋る俺の姿を見て、今度は笑わない巨漢である。

 ただ、一度だけ視線を下に落とし、再び俺に向き直った時、その表情はどこかほろ苦そうだった。


「サーリフ殿は残念だったな。見事な武人だったと思う。

 ……俺の名はザールという。また会おう、シャムシール」


 ザールはそれだけ言うと、シーリーンと共に、自分の部隊の下へと去った。


 気が重いけれど、戦いはまだ終わりじゃない。

 俺は再び面頬を下ろして部隊をまとめ、ファルナーズの下へと急ぐのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ