茫然自失のファルナーズ
◆
俺は城壁の上を馬で駆けながら、まず、最初にシャジャルを呼んだ。
「シャジャルッ! 破れっ!」
「はいっ!」
前方にある塔を攻略するには、まず、入り口に張られた魔法防御を破らなければならない。
当然、素直で良い子なシャジャルは、俺に呼ばれた意図を正確に理解し、馬上で印を結ぶ。
「アエリノールッ! 矢を防げっ!」
「風妖精ッ!」
アエリノールには、俺の部隊に降り注ぐ矢を排除してもらう。
俺の鎧は鉄の鏃などモノともしないが、他の奴隷騎士にとっては、普通の鏃でも致命傷になり得るのだ。ここはアエリノールに皆を守ってもらう方が良い。
「ハールーンッ!」
「ふふふぅ~」
呼びかけると、俺の横に馬首を並べたハールーン。黒鋼の鎧を鈍く輝かせて、馬上から弓を引く姿が、これまた絵になる男だ。
引き絞った弓から放たれた矢は、朱色の炎を纏って、敵に吸い込まれてゆく。
不幸なオロンテス兵は、ハールーンが放った矢の数だけ眉間を打ち抜かれ、ついで炎に包まれ絶命する。ハールーンの弓術は、まさに神業の域に達しているのだ。こればっかりは、アエリノールさえ舌を巻いていた。
俺は槍を背中に背負って、魔剣を抜き放ち、塔の通路を駆け抜ける。
突き出される槍をかわし、叩き折り、敵の脳天を穿つ。幾度となく同じ動作を繰り返し、下へ下へと降りたとき、ついに地上に抜けていた。
門を開ける仕事は、後続の部隊に任せれば良い。
それよりも、オロンテス市街に入った俺は、見知った敵の顔を見て、驚きに目を見開いた。
筋肉男爵オットーが、城門の前で、しかも、最前線で指揮を執っている。
ならば敵は、金牛騎士団。しかも団長自らが剣を振るって最前線にいるのだから、オロンテスにとってもここが正念場だと、覚悟を決めているのかもしれない。
新たに現われた黒色の一団を目にしたオットーは、剣を縦横に振り回し、黄金の鎧に返り血を浴びながら、雄叫びを上げたていた。
「押し返せっ!」
戦況は膠着していたのだろうが、俺たちが現われた事で奴隷騎士側が勢いづいた。
銀色を基調として金の縁取りのある鎧を着た金牛騎士団の一団が、やや後退しつつある。
その中で、オットーは俺を見やり、長剣を構えて馬を走らせてきた。軍の士気を上げる為だろうが、脳筋なのは相変わらずだ。
俺とオットーの視線は、一度だけ絡んだ。けれど、面頬を下ろしている俺の顔は、オットーには分からないはず。ただ、禍々しい甲冑姿から、俺が部隊の指揮官だと判断したのだろう。こうなっては仕方ない。向かってくる筋肉男爵に馬首を向け、一騎打ちに備えた。
その間にも、アエリノールやハールーン、セシリア、シャジャルは縦横に金牛騎士団を打ち砕き、切り裂いている。
形勢は、俺たちに傾きつつあった。
「ええい! 俺に続けっ! 俺があの黒冑の指揮官をやるっ!」
しかし、オットーの大音声が、強引に金牛騎士団の士気を底上げする。
オットーはたしか、オロンテス最強の騎士だったはず。ならば、ここで倒せば、戦況は完全にこっちに傾くのでは? なんて思った今日の俺は、ささやかな狂戦士。
「オットー!」
俺は叫ぶなり、馬腹を蹴ってオットーの正面に迫った。
迫りながらも氷の魔法を使い、オットーが乗る馬の足を凍らせ、地面と接合する。最近、水系の魔法をシャジャルに習ったので、この程度なら俺も出来るようになったのだ。
そして悲痛に嘶き足を止めたオットーの馬は、主人が放り出される姿を見て、体を大きく揺らしていた。
「ちっ、やるな!」
重そうな甲冑を着ていても、なお身軽に空中で体を回転させ、着地するオットー。身体が僅かにぶれていたが、そのまま剣先を俺に向けて、眼光も鋭く睨んでいる。
すぐに体勢を立て直したオットーは、牛の頭を模した冑を掴んで投げ捨て、俺に突進してきた。
流石に、落馬させただけで勝負がつくほど、オットーは甘くない。馬が無ければ、自分の足で俺に向かってくる、生粋の脳筋野郎だ。
黄金の鎧を響かせ、純白のマントをなびかせながらも、その突進は早い。そして途中で姿を消したオットー。
――俺は、この技を以前、見ている。
俺は、身体を捻って振り返り、魔剣を横に払った。白刃の淡い光が水平に弧を描くと、オットーは、体をくの字に曲げて吹き飛んでゆく。
俺は、あえてオットーの鎧に、防御魔法を施した。殺したく無かったのだ。
「オットー! 俺の勝ちだ! 降伏してくれ!」
石畳に身体を打ちつけ倒れ伏したオットーに、面頬を上げて、俺は叫んでいた。
オットーの敗北に目を奪われている金牛騎士団は、既に陣形を崩壊させつつある。今、降伏してくれれば、ここは完全に制圧出来る。何より、オットーを殺さないで済むのだ。
「ぬ? シャ、シャムシールかっ!」
上半身を起こし、一瞬、俺の顔を見て笑顔を浮かべそうになったオットーは、しかし、右の脇腹を抑えて顔を顰めた。
「ふっ……俺も一軍の将だ、降伏する訳にはいかぬ。それに、一騎打ちで負けたのだ。すまんが、殺してくれんか?」
「嫌だ」
間髪入れない俺の答えに、筋肉達磨の太眉が下がる。とても情けない表情だ。でも仕方ない。俺は、このおっさんが結構好きなのだ。それを殺すなんて、とんでもない。
「むう。後生だ。殺してくれ」
「絶対に、嫌だ」
俺は、筋肉達磨の願いを聞き入れない。
殺してくれと哀願するとか、このおっさんはMなのか? ドMなのか?
(何をしておる。本人が死を望んでいるのだ、殺してやるのが本人の為だろう?)
俺が石畳に座り込んだオットーを馬上から見つめ、ひたすら首を横に振り続けていると、ネフェルカーラの声が冑の中で響いた。
どうやらネフェルカーラは、もう一つの塔を制圧して外に出てきたようだ。
それにしても一人で拠点を制圧とか、一人軍隊だ、怖すぎる。
「嫌だ、殺したくない。出来れば味方になってもらいたいんだけど……」
(……ふむ。仕方がないのう)
俺の頑なな決意に、ネフェルカーラも理解を示してくれた。そう思った時――
一筋の閃光が上空から落ちて、オットーに直撃した。
一瞬にして白目を向き、仰向けに倒れたオットーである。
「捕縛せよ!」
黒衣の近衛隊の中でも、より漆黒に近い衣服を纏ったネフェルカーラが、倒れたオットーの横に馬を進めた。
彼女の声を聞いた三人程の部下が、オットーの体を抱え上げ、縛り上げる。
「……ねえ、死んじゃってないですか? オットーさんが……」
(む? 加減はしたぞ?)
ネフェルカーラの手加減は、やっぱりおかしいと、俺は改めて思ったのである。
そして、すぐに兵達から歓声が上がった。
「敵将を捕らえた! 門も、開いたぞ!」
◆◆
ファルナーズ軍は、オロンテスの西門を制圧した。
これで、城内に侵入した部隊も引き上げる事が可能になるし、後方からの部隊も、城内に突入出来るようになった。
しかし。
その瞬間に、紫色の煙が俺達の周りに立ち込めた。
それを吸い込んだ馬は苦しげに嘶き、体を捩るように動かしている。
一部では、既に倒れて痙攣をしている馬もいるのだから、俺の黒馬は強いのかもしれない。まだ、”ぶるる”と不快気な声を出しているだけだ。
「アエリノールっ! シャジャルっ!」
ネフェルカーラの声が響き、見れば俺の側にいたアエリノールとシャジャルが揃って剣を収め、両手で印を結び始めている。
前方の奴隷騎士達の陣形は未だ崩れていないが、紫色の煙が到達した地点では、混乱が起き始めていた。
「シャムシールは面頬を下ろしておれっ!」
再びネフェルカーラの声である。
辺りを見渡せば、ネフェルカーラも早口に何事かを唱えていた。
俺は、何事か良くわからなかったが、ネフェルカーラの言うとおりにした。すると、普通に息が出来るようになった。煙が遮断されたようだ、驚いた。
これ、ガスマスク機能まであるのかよ。
半ば呆れつつ、冑の機能に感謝した。
なにしろ俺の目の前で、大半の近衛隊が馬共々倒れて行くのだ。俺の馬さえ例外ではなく、膝を折って座り込み、荒い息遣いに変わっている。
流石に、セシリアとハールーンは魔法耐性があるらしく、倒れ込むには至っていないが、それでも顔色が悪くなっていた。
いつの間にか側に居たファルナーズは、息を我慢しているのであろうか? 顔を真っ赤にして耐えているようだ。そういえば、彼女は魔法を使えない。
ふと、俺がファルナーズから視線を移そうとした時、尋常ではない速さで彼女に近づく影を捉えた。
俺は馬を下り、ファルナーズの前に進んで、影が放った刃を魔剣で受け止める。武器は、反りのある短刀だった。衣服は紺色の長衣で、薄茶色の皮鎧をその上に着けていた。つまり、魔法兵団のモノだ。
なぜ、味方がファルナーズに斬りかかってきたのか、それは判らなかった。
こんな場合、本来ならば相手を捕らえた方が良かったのだろう。しかしこの時、俺は咄嗟の事で身体が反射的に動いてしまい、短刀を弾いた拍子に手首を返して、相手を袈裟切りにしてしまったのだ。
それでも、息を止めて苦しそうだったファルナーズは、頷き、俺の働きを褒めてくれているようだった。
ファルナーズを襲撃した男が命を失ったとほぼ同時に、アエリノールが叫んだ。続く声は、ネフェルカーラだった。
「霧散!」
「解毒!」
紫色の煙は一挙に晴れた。そして、蹲る人も馬も、徐々に立ち直り、力を取り戻してゆく。
「……輝ける万物の源にして高貴なる精霊よ、我に力を貸し与え給え……治癒」
最後にシャジャルが印を結び終えた時、周囲の奴隷騎士達は、ようやく荒い息を整えて、安堵の表情を浮かべていた。
「機動飛翔」
馬上から城壁上を眺めやり、奴隷騎士の中の魔法兵団を見つめたネフェルカーラは、半瞬のうちに中空を舞った。
「ネフェルカーラ?」
(裏切り者共だ。始末してくる)
うっかり声を発した俺に、冷静に答えたネフェルカーラは、すでに城壁上で剣を振っている。呆気にとられている魔法兵たちを放置して、逃げようとした五人を追っていた。
三人程をさっさと斬り殺したネフェルカーラ。残る二名はきちんと生かして捕らえようとしたようだったが、魔法兵自身がそれを許さなかった。彼等は自らの敗北を悟ると、すぐに城壁から身を投げて死んでしまったのだから。
正直、見たくも無いモノを見てしまった、と俺が項垂れていると、新たな報告がファルナーズに齎されていた。
「サ、サーリフ閣下が、討ち死になさいましたっ!」
白馬から曲刀を取り落としたファルナーズは、そのまま両手を胸の前において固まっている。
怪訝そうな表情で城壁から降りてきた緑眼の魔術師が、再び馬に跨り、報告を齎した奴隷騎士に問うた。
「……一体誰に討たれたと言うのだ?」
「それがしには分かりませぬ! ただ、サーリフ閣下が討たれ、本陣が総崩れになりましたゆえ、急ぎファルナーズ様の御許に……!」
俺も、正直驚いている。茫然としていたかもしれない。あのサーリフが誰かに討たれるなんて、想像もつかないのだから、当然だろう。
だが、城門の外を眺めやれば、奴隷騎士達が、雪崩をうって壊走している姿が目に入る。
しかも、城壁上で戦う他のサーリフ軍さえ目に見えて押され始め、もはや軍としての機能を保っているのは、唯一ファルナーズが率いる部隊だけの様だった。




