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二番目に大きな天幕

 ◆


 オロンテスの城壁外にある家々は、既に人も家畜もいないようだ。避難した、といえば聞こえは良いが、実際の所、せめてもの焦土作戦なのだろう。

 家屋にも火が放たれた跡があるし、家畜に至っては、殺されて、死体が腐り始めているものもある。

 馬や牛ならばともかく、山羊や驢馬は要らないということだろうか? ちょっと可哀想だと思うな、俺は。


 そんな感想を抱きながら、自陣から最高司令官である聖帝カリフ軍の陣へ、ファルナーズに従って馬を進める俺である。

 一緒に行くのは、ネフェルカーラとハールーン以下、近衛の十人長が五名程。数が多すぎてもダメで、少なすぎても舐められる、という事で、この人選なのだそうだ。


 アエリノールがいないのは、多少は彼女の気持ちや立場に配慮してのことだった。

 何しろ、つい先日まで彼女は敵の大幹部だったのだから、聖帝カリフの前に出たら何をされるか分からないし、彼女自身が何かをしてしまうかもしれない。


 それにしても、聖帝カリフの陣というのは、見ただけでも壮観だ。

 忙しく動き回る奴隷騎士マルムーク達の装備も上質だし、ファルナーズが言うには、聖帝カリフ直属の守護騎士ムカーティラという者もいるらしい。

 音も、楽隊が奏でる流麗な音曲は言うに及ばず、竜の咆哮も当然の如く聞こえる。さすが、シバール最大最強を誇る軍の陣営だった。


 聖帝カリフの陣に辿り着くと、木組みの門をくぐった所で俺たちは下馬をした。

 ファルナーズだけは騎乗を許されたが、俺やネフェルカーラ、ハールーン等は所詮木っ端騎士なのである。

 聖帝カリフ直属の武将に出迎えられて、


「天幕の間を下馬せずとも良いのは、将軍と伝令だけであるゆえ……」

 

 などと申し訳なさそうに言われては、良い子な俺としては、素直に馬から下りねばならなかったのだ。


 もっとも、一際豪華な天幕が並ぶ区画に辿り着いたところで、結局、俺たちは聖帝カリフに会う事が出来なかった。

 なんでも、聖帝カリフは体調不良で、今日は人と会えないのだそうだ。どうせ、仮病だろうと思ってしまうのは俺だけだろうか?

 もちろん俺の身分から考えれば、もともと会える訳ないよな、と納得も出来るが、ファルナーズはどうなのだろう? 一応、サーリフの名代として挨拶に来たのだから、不愉快だと思うんだけど。


 けれど、暫く聖帝カリフの巨大な天幕の前で待たされた後に、二番目に大きな天幕に通されて、聖帝カリフ配下の大将軍ライース・アルジャイシュのシェヘラザードに会うことになった。流石に、このまま追い返すのは悪いとでも思ったのだろう。

 ただ、百人長以下は天幕の外で待て、との指示だったので、ハールーンはションボリと小石を蹴飛ばしていた。


「あ~あ。シェヘラザードさまは絶世の美女らしいよぉ。シャムシールが羨ましいなぁ」


 ハールーンがションボリした理由は、そこらしい。なるほど。

 

「シェヘラザードさまはシバール国第一皇女であり、今回の戦、実質全軍の指揮をしておられるのじゃ。変な目で見るなよ」


 ハールーンの言葉に、だらしなく口が開いた俺である。そんな俺を叱責する様に、小声で大将軍ライース・アルジャイシュについて教えてくれたファルナーズ。

 きっと、良からぬ事をすると勘繰られたのだろう。俺はハールーンじゃない、心外だ。


 衛兵に天幕の入り口を開けてもらい中に入ると、赤絹の衣服に黄金の鎧を身に纏った黒髪の女性が、俺の視界に飛び込んできた。彼女は天幕の中で、圧倒的な存在感を見せて座っている。

 衣服から察するに、その人物が大将軍ライース・アルジャイシュなのだろう。

 卵形の輪郭に長い睫毛、大きな蒼い瞳と、整った鼻梁に大理石の様に白い肌。薄紅色の唇は小さく、けれど口角は僅かに上がって微笑を湛えている。そして顔の左右に落ちる巻毛は間違いなく、お姫様。

 歳は俺と同じくらいだろうか? なるほど、確かに絶世の美女というものだ。

 ……しかし、だ。細い身体に黄金の鎧は如何にも大きい。

 何だか鎧が似合っていないし、大将軍ライース・アルジャイシュという呼び名が、彼女には、そもそも不釣合いなのでは?


 もはや、うっかり笑いそうな俺である。


 だが、そこをぐっと堪えて、きざはしの手前で片膝を付いてファルナーズと共に挨拶をする俺。 冑を横において、あまり目の前の人物と目を合わせない様にする。

 

「お初にお目にかかります、シェヘラザード閣下。マディーナ太守サーリフが娘、ファルナーズに御座います。何卒よしなに……」


 ファルナーズの改まった声が、巨大な天幕の中に響く。

 天幕の中は、様々な旗指物がある。その中でも、やはり目を引くのが、赤地に白の三日月を描いた旗が多数あることだろう。それが、聖帝カリフの代理人である大将軍ライース・アルジャイシュの本拠地が、ここである事を強く主張している様だ。


 うん、うっかり笑ったら殺されるな。でも、笑っちゃダメだと思えば思うほど、笑いそうなんだけど。


「あら、可愛らしい娘をサーリフはお持ちですね。でも、貴方もサーリフに負けず劣らずの怪力なのでしょう? 戦場での武勇、期待していますよ」


 女性にしてはやや低いが、優しく澄んだ声でファルナーズの緊張を和らげるように、シェヘラザードは言った。


「はっ! 身命を賭して、シバール国の勝利に貢献いたします!」


「ふ、ふふはは。あの無骨者のサーリフの娘らしい口上だ。だが、武勇に逸る事はないぞ、ファルナーズ卿。

 オロンテスからは、既に聖騎士も撤退しておる。となれば、野戦に及ぶ事はあるまい。じわじわと土を積み上げて城壁を無力化し、囲み続けるだけで、この国は落ちるのだ」


 白に金の刺繍を施した長衣を着た男が、シェヘラザードの左前方、階の下に立っている。その男は唇を片方だけ吊り上げて笑い、お世辞にも、好意的とは言いがたい口調でファルナーズに言葉を吐いた。

 だが、シェヘラザードの傍にいるという事は、この男もまた偉いのだろう。俺はチラッと視線だけを上げて男を見た。頭上を覆う布にも金の刺繍が付いている所を見ると、将軍よりも、もっと上位に見える。

 だからなのか、ファルナーズも返答に窮して項垂れたままだ。


「……なるほど、それ程に有利な状況にありながら、ウルージ陛下の兵だけではオロンテスは落とせぬ、と? 流石は世に聞こえしシラズ国の弱兵ですな! わはははは!」


 俺の隣で、緑眼の魔術師がやらかした。

 片膝をついたままではあるが、顔はしっかりと嫌味な男を見据え、誰が聞いても無礼千万な発言を投げつけている。

 確かに、白い長衣の男には、俺もイラっとした。でも、ちょっとは我慢しようよ、ネフェルカーラ。俺たちにも立場ってものが。


 当然、反論された男は顔をみるみると高潮させてゆき、鼻の下に伸ばした口髭もVの字にならんばかりだ。

 痩せ型長身で彫が深く高い鼻梁を持った、外見だけなら知的イケメンの部類に入るであろうウルージという人物は、しかし、中身は粗野な野蛮人の様であった。


「き、貴様! 奴隷騎士マルムークの一隊長如きが、余にそのような口を利いて良いと思っておるのか!」


「おや、失言。

 そういえば……いつのことでしたかな? ウルージ陛下の軍が、我等サーリフ・マルムークに敗れ去ったのは。あの時は確か、こちらの数は一千程……陛下の軍は……多かった気が致しますが、如何せん、殲滅してしまったので、忘れてしまいました。

 ……あ、これは、また失言をしてしまったようで」


「ネフェルカーラっ! ウルージ陛下に無礼であろう! 今はお味方であるぞっ!」


 ネフェルカーラの涼しげな顔に、肩越しに叱責の声を浴びせるファルナーズ。

 俺はこういう場での作法はそれ程詳しくないけれど、ネフェルカーラの暴言が、決してあってはならない事だという位は理解出来る。


「あら……あなたがネフェルカーラ?」


 しかし不思議な事に、この場の最上位者がネフェルカーラに感心を寄せて、事態は収まりつつある様だ。


「……千年を生きる魔女、と伝説にさえなっているのに、どうして奴隷騎士マルムークに?」


「今は亡き友の頼みで御座いますれば……大将軍ライース・アルジャイシュ閣下」


「そう。貴女程の方に友人と思われるなんて、羨ましい人がいたものね。

 ……ウルージ王、貴方は知らないと思うけれど、彼女は指一本でこの天幕を、私たちごと消炭に変えるなんて造作もない事なのよ。あまり怖い方を怒らせないで頂戴」


 自分の巻毛を指で弄びながら、シェヘラザードは”からから”と笑う。

 ウルージもシラズという地のスルタンらしいが、巻毛の大将軍ライース・アルジャイシュの前では膝を折って、自身の軽挙を詫びる仕草を見せていた。


 その時、天幕に新たな客が二人現われて、完全にネフェルカーラの無礼の件は消え去った。

 二名は、シェヘラザード配下の武将であり、彼女に幾つかの報告を齎したようだ。

 俺とファルナーズはネフェルカーラに対する咎めが無い事で等しく胸を撫で下ろしていたのだが、問題の張本人である緑眼の魔術師は、鼻息も荒く、俺にドヤっとした視線を向けてきたので若干うざかった。


 シェヘラザードは武将二名の報告に次々と相槌を打つと、即断したかの如く、ファルナーズに翌日からの軍の展開と、サーリフへ伝えるべき戦術を口にする。


「ファルナーズ、行軍大義であった。本日は現在地にて本隊を待て。明日以降、サーリフ軍はオロンテス西門を包囲すべし」


 最後に現われた二名の武将の顔こそあまり見なかったが、どちらも身のこなし方や歩き方からして、ウルージとは比べ物にならない武人だろうな、と俺は考えていた。

 あと、シェヘラザードの言動から、大将軍ライース・アルジャイシュとしては有能なんだろうなぁ、とは思ったものの、やはり、華奢な体と大きな鎧のギャップに結局笑ってしまい、誤魔化すのに苦労した。

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