表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/162

魔剣

 ◆

 

 俺は今、分厚い石造りの城壁に圧倒されている。下から見上げると本当にすごい。所々傷ついているが、これは先日の火の玉とかの攻撃によるものだろうか? 抉り取られているような跡もある。もしも観光でこの場所にきていたなら感嘆の声を上げただろうね。


 その城壁の長い階段を上って一番上に出ると、俺の眼下には、広大な大地が広がっていた。絶景。

 風が吹くと小さな砂の粒子が目に入って痛いけど、我慢。

 雄大で荒涼とした大自然だ。たまに狼らしき影やライオンっぽい影が大地を横切る。


 あ……


 なんか、すごく見ちゃいけないものも見た気がする。

 狼とかライオンぽい生き物とか、カラスみたいなのが群がってる物体。あれは見たくない。

 多分、きっと、木に括りつけられた死体だ。新しいものは気持ち悪いし、古いものは白骨化している。


 っと、気を取り直して視線を左手に移す。奥に細い川が見えたけど、それは大分遠くにありそうだ。それ以外はもう、全部、本当に荒涼とした大地で、砂漠という程じゃあないけど、草原というには程遠い。 この感じだと、人がこの近辺で生きる為には、マディーナの街っていうのは不可欠だろうな。

 

 それにしても、北の城門ってサーリフが言ってたけど、門がない。門が無ければ、俺、逃げられない。ていうか、さっきの光景みたら、あんまり逃げようとも思えないけど。


「何をぼーっとしておる」


 あ、ファルナーズさんに怒られた。


「すみません。景色に見とれてまして」


「こんなものが珍しいのか? おぬしは、どこの出身なのじゃ? 砂漠民ベドウィンではなかろう? 肌の色が違うものな。といって、我等とも違う。イルハン族に似ておるが、それにしては華奢な体つきじゃ」

 

 華奢って、貧乳のアンタに言われたくないわ。っと失礼。銀髪ツインテールさんはきっとまだ、発展途上なんだ。


「……出身は日本って国です」


「日本? どこじゃそれは。どのあたりにあるのじゃ?」


「さあ。それはこの場所がわからないと、俺にはさっぱり説明のしようもないです」


 銀髪小鬼は、顎に手のひらを当てて考え込む仕草を見せる。赤い瞳を虚空に向けて、俺に対する親切心を全開にしているらしかった。可愛いから、抱きしめても良いだろうか。


「ふむ。ここは、我が国の王都リヤドからはるか北方にある街、マディーナじゃ。先日の戦によって我等が異教徒共から奪回したのじゃ。そして、ここより東には聖帝カリフさまのおわす国、シバール国がある。遥か西には白き海が広がり、ここよりさらに北方には、蛮族共やら異教徒共やらが暮らす未開の地が広がっておる。わかったか?」


 ……わかるか!


 そう言えたら、気分も楽だ。


 こいつだけなら、まあ、正直、言ってもいいと思う。でも、こいつのお父さんがやばいもん。一言目には「殺す」。二言目にも「殺す」。そんで結局、刀抜くという鬼だもの。ああ、角あるから、間違いなく鬼なんだけど。


「いや。全然。国や街の名前すらわからないですから」


 とりあえず、小鬼には、そう答えるしかなかった。


 それからも案内されるままに歩く。

 そうは言っても、胸壁にそって真っ直ぐ歩いただけだ。暫くすると、城壁と併設されている塔の中に入った。

 内部は昼間でも薄暗くてひんやりしているけど、その中で働いている人は、緊張した顔で刀を磨いだり、槍を磨いたり、はるか大地をみはるかしていたり、と。

 いや、それ、実はそんなに忙しくないんでないか? ていうか、ここは見張り櫓的な感じかな。


 その塔の内部にある階段を下っていくと、今度は、それなりに大きい広場に行き着いた。

 おかしな事に、四方を壁に囲まれている。というか、外から見たら四角い塔だけど、実は内側が空洞でしたーっていうオチだな。

 オチじゃなく、どうやら中庭らしい。そこでは、何十人かが剣や盾を使って打ち合っている。訓練をしている最中だろう。


「ここが当面、おぬしの住処となる場所じゃ」


 中庭らしき空洞を、剣戟の訓練を横目に通過すると、壁面に牢獄が見えました。

 はい。またしても、1Rですか。そうですね、一人暮らしには1Rで十分です。ええ、十分です。永遠じゃなくて当面ですむなら、それでも我慢します。


「ハールーン! ハールーンはおるか?」


 銀髪小鬼の凛とした声が響く。


「はいはい。ここにおりますよっとぉ」


 チャラ男だ。チャラ男が出てきた。お前の頭はバレンシアオレンジか! みたいなやつだ。垂れ目のクセに間延びした声出しやがって。しかもイケメンで俺よりちょっと背も高い。むかつく。


「今日から、お前の牢に一緒に住まわせる。頼むぞ」

 

 一人暮らしですらなかった。1R、チャラ男との共同生活になるらしい。虐められたらどうしよう。


「えぇ。俺はファルちゃん以外の人と一緒に暮らすのは嫌だぁ」

 

 男がふくれっつらしても、可愛くないと思う。可愛くないけど、なんか許せる。そんな雰囲気が、このチャラ男にはある。

 いや、一緒に暮らすなら虐められたくないから、自分から積極的に嫌うのはやめようとか、そういう打算ではないと思う。


「ファルちゃんなどと呼ぶでない」


「じゃあ、ナーズちゃん」


「おかしいじゃろう!?」


「ルナちゃん?」


「ふむ。それは……なかなか良いのではないか……」


 いいのか? ファルナーズ! それでいいのか!? 俺は、心の中で声を大にしてツッコミを入れた。


 ◆◆


 今、とりあえず俺は城門の塔(仮)の中庭らしき所で刀の素振りなんぞをしているが、別に、剣道部に入ったわけではない。


 さっき、ファルナーズさんがオレンジ髪の垂れ目を呼んだのは「俺と剣の勝負をさせたかったから」という理由もあったようだ。当然ながら、俺は中学時代は陸上部、高校に入ってからは帰宅部で、インターハイを目指したかったかもしれない男だ。剣なんか、握った事も無い。


 だから当然、チャラ男にボロ負けした。


 いや、最近のチャラ男は強いね。伊達に肌の色も黒くねぇよ。しかも、勝負の最中に火の玉出すってどうよ? お前がファイヤー〇リオだったのか? え? って言いたくなった。


「そうじゃないんだよねぇ。もっと身体ごと、さ」


 妙に俺の身体をぺたぺたさわる、チャラ男ことハールーンである。


 ちなみに、ファルナーズは、勝負の顛末をみると、呆れ顔で去っていった。

 一応、城門の警備があるから、あとはよろしく頼む、とかなんとかオレンジ髪に言い残していたけど、俺にはまるで一瞥もくれない感じ? 興味失せましたーって雰囲気でした。

 どうでもいいけどね。


「ねぇ、フルチン」


「……ふ、フルチンと呼ぶな……」


「フ・ルーチン?」


「むぐぐ」


 そう、俺は負けた時に思いっきり尻餅をついてこけた。そして、大またを開いてしまったのだ。下着などつけない主義の俺は、見事にこいつとファルナーズに見せ付けてしまったのであった。

 あ、なんか、ファルナーズが俺を無視して行った理由がわかった気がする。


「ボクと同じように、刀を振ってぇ」


「ん? ……わかった」


 とにかくも、俺には他にやることも無い。今を生きる為には従うのが最良だ。それに、この刀がしっかり使えるようになれば、赤鬼サーリフからも身を守れるようになるかもしれない。上手くすれば、携帯も取り返せるかもしれないのだ。

 認められてもよし、裏切ってもよし。どっちにしても、俺にマイナスはない。わっはっは。


 曲刀を振り上げ、下ろす。返して斬り上げる。


 一連の動作にしてやってみる。


「フ・ルーチン」


 ん? おお。俺のことか。名前が変わっちゃったのか? ふざけんな! いや、こんなの俺の本意じゃないぞ。本当に本意じゃない。でも、強がってないと涙が出ちゃう。だって、こんな孤独な世界でパンツも無いなんて。


「少し、やすもうよぉ」


 ハールーン(オレンジ髪)が、俺を木陰に誘う。

 木陰で腰を下ろすと、直射日光を浴びていた時の熱気が嘘のように引いた。涼やかな風が、汗に濡れた肌を撫でると、俺は少しだけ爽やかな気分になる。

 ハールーン(チャラ男)が、なにやらコップみたいなものを俺に差し出してきた。ポカリか? 個人的には、アクエリアスの方がいい。あと、女子マネはいないのか? と、切実に問いたい。


「これは?」


「蜂蜜水だよぉ」


「なんで回し飲みなんだよ」


「ボクたち下級の奴隷兵に、食器が沢山あるわけないだろぉ」


 とりあえず、チャラ男と間接キスは不快だが、喉の渇きには変えられない。「蜂蜜水」なるものを飲んでみる。意外とあっさりしていて、ちょっと爽やかだ。うまい。

 それに、チャラ男の言い方だと、どうやらコイツも奴隷らしい。そりゃそうか。ってことは、ファルナーズめ。つまりは俺を牢屋に連れてきただけじゃないか。ってことが判明しました。


「ねぇ。その刀、ちょっと貸してくれないかなぁ?」


「ん? いいけど」


 俺は、腰帯に挿してある刀を鞘ごと渡す。元がサーリフのものであっただけに、重量感もあるし、なにより俺の身体には少々大きい刀だ。もっとも、俺自身が刀の重さを感じることは、あまりない。気分的に、ラーメンのどんぶり一個分な感じだ。うーん。大盛どんぶりくらいかな?


「おっ。おお……」


 チャラ男が、刀を受け取ったと同時にひっくりかえった。

 おかしい、ラーメンのどんぶりがそんなに重いとは思えないのだが。


 俺は左手で隣に座っているハールーンに渡しただけなのに、なんでだ? ちょっと笑った。こいつホントは虚弱じゃないか?


 なんとか身体を起こして、鞘から刀身を取り出すと、慎重にそれをハールーンは扱っていた。ついには、地面において突付いたりしている。本当は重いのもしれない。俺はよくわからなくなってきた。


「ねぇ、フ・ルーチン」


「……俺はフルチンだけど、フ・ルーチンじゃねえ」


「じゃあ、チン」


「だから……」


 こいつは渾名をつけるのが好きなのかな? でも、この方向性は断固拒否する。


「シャムシール」


 あ。俺、そういえばまだ名前を名乗ってなかったよ! うっかり! 失礼、ごめんね、チャラ男。


「あぁ、やっと名前を教えてくれたぁ。シャムシールかぁ。良い名前だねぇ。

 でさぁ、この刀ってどうしたのぉ?」


「どうしたって、サーリフさまに貰ったんだけど?」


「これ、魔剣だよぉ」


 ハールーンは、褐色の額に落ちかかる汗も拭わずに、わりと真面目な顔を俺に向けてくる。でも、真面目な顔して魔剣といわれても、俺がピンとくるわけが無い。ピンときてたまるか。


「どういうこと?」


「うん。これの場合は多分、重量を引き換えに、切れ味や……殺傷能力っていうのかな。そういうのが高まってるんだぁ。代償系の付与魔術エンチャントだねぇ。これ、とんでもなく重たいものぉ。だから素振りくらいならいいけど、普通の訓練じゃあこれは使わない方がいいかもねぇ、怪我人出ちゃうよぉ」


 ハールーンは、そういうと、両手をぷるぷるさせながら俺に刀を返す。相変わらず俺は、それを左手一本で受け取ると、無造作に腰に戻した。


「こんな武器を使えるのは、テュルク人だけだと思ってたよぉ」


「なにそれ?」


「ほら、サーリフさまやファルナーズさまだよぉ」


「へぇ。じゃあ、チャラ……ハールーンは違うのか?」


「ん? ボクかい? 俺は砂漠民ベドウィンだよ。だから、人並みの力だよぉ。だからそんな刀は使えないねぇ。まぁ、今ここにいる以上、どっちにしてもマルムークって呼ばれるだけだけどねぇ」


「……てか、さ。マルムークって、なんなの?」


「あはは。そんなことも知らなかったのかぁ。

 うーん。奴隷騎士、とでも言えばいいのかなぁ。とにかく、俺たちの所有者はサーリフさまで、今は、その下の将であるファルナーズさまに仕えている、ってこと。その中では人種も種族も関係がないんだよ。ただ、強ければいいんだぁ」


 俺は明晰な頭脳を猛烈なスピードで回転させた。むろん、空回りが大半であったとしても、それは止むを得ないところである。明晰すぎる欠点だ。

 結局、俺が「奴隷」である、という事実は曲げられない。出口もどこだかわからない。夜になれば牢屋に閉じ込められる。加えて俺は鬼の所有物で、子鬼の部下になるらしい。しかも、極めつけはお仕事だ。これは、たぶんきっと、戦うことなのだろう。

 つまりは、俺ピンチ。


「何をしておるか!」


 あ、また、誰かに怒られた。


「はいはい。すいませんねぇっと。……さ、訓練の続きをやろう。シャムシール。生き残りたかったら強くなるしかないからねぇ」


 やむなく同意。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ