表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/162

サーリフの野心

あとがきに、人物等の補足があります。


 ◆


 オロンテスから戻り、三日程が過ぎた。

 

 俺の仕事である、ファルナーズの近衛隊副長というのは、単に組織の第二位階級というものとは多少異なっている。

 もっとも近い言い方をするならば、第二近衛隊隊長だろうか。要するに、俺は近衛隊の半数を指揮下に収めた、という事だ。

 もちろん、そうなった理由もある。

 元々一〇〇人規模だった隊なのだが、様々な事情からファルナーズが増員を繰り返た為、現在では二五〇人を数えるに至っているのだ。そうすると、部隊を有機的に動かす為には指揮官がもう一人必要、という事らしい。


 らしい、というのは、俺はそんな部隊の指揮など知らんからだ。

 お陰で、この二日間というもの、ファルナーズ先生の集中講義を受けるハメになっている。今日だって朝から勉強で、今も長閑な昼下がりだというのに、おっかない顔をした銀髪小鬼にスパルタ教育を施されている真っ最中なのだ。


「歩兵には方形陣テルシオ亀甲陣ファランクス、騎兵は一撃離脱カラコール、魔術師団は遠距離攻撃、基本的にはコレじゃな」


「ふむふむ。あ、ウチにはドラゴンがおりますが?」


ドラゴンを、どうするというのじゃ?」


「アエリノールとセシリアが乗れば、結構な戦力になるかと」


「アエリノールとセシリアにドラゴンを与えるのか?」


「はい、元々アエリノールのドラゴンなので」


「駄目に決まっておろうが! 馬鹿なのか? シャムシールは馬鹿なのか!? そのまま逃げられたら何とする! 貴様の命がないのだぞ!」


 ファルナーズが怒りを露にして、拳で座卓を叩いている。

 地味におチャイが零れない様に、直後に碗を支える姿はなんとも愛らしいが、基本的に彼女は短気だ。


 実は、護衛と称してネフェルカーラも同じ部屋に居るが、ファルナーズの背後に控えて、気持ち良さそうに寝ている。

 一見すると覆面の、眼を閉じ気配を消した凄腕の魔術師なのだが、もはや俺の目は誤魔化せない。

 何しろ、ファルナーズが怒りで座卓を叩いた拍子に、ネフェルカーラの体が”ビクン”と動いていたのだから。

 それにしても、ネフェルカーラはよく眠る。

 昨日など、彼女は休みだったのだが、俺が出仕して帰ってきてもまだ寝ていた。シャジャルが、夕食の準備が整った旨をネフェルカーラに伝えると、


「ふむ。もう朝か?」


 と、言っていたらしい。

 しかも夕食が済むと、また寝た。

 地味に俺のベッドで寝やがったのが腹立たしかったが、起こすと面倒なので、結局、俺がハールーンの部屋に行って寝る事にしたのだ。 

 ちなみに、昨夜、ハールーンに”シャトランジ”というゲームを教えてもらい、ハマってしまったので、俺の方こそ、とても寝不足である。

 ”シャトランジ”とは、チェスのようなゲームで結構面白い。結局、ハールーンに一回も勝てなかったが、今日は帰ったらリベンジだ! 絶対勝つぞ!


「……だが、ふむ……たしかに、ドラゴンを余らせておくのはもったいないな……。

 よし、ドラゴンは、シャムシール、貴様がまず飼いならすのじゃ。あとは、それからじゃな」


 俺が”シャトランジ”について考えていると、ファルナーズが頭を抱えながらも打開策を示してくれた。

 うん、まあ、それならアエリノールに逃げられても、最悪、俺も逃げられる!

 俺は自分の斬新な発想に満足して、快く銀髪小鬼の提案を受け入れたのだった。


「はいっ!」


 その時、緑眼魔術師の瞼が片方だけ開かれ、悪戯っぽく俺を見据えたが、何だというのだろう? 俺の思惑に気付いたとでもいうのであろうか? 


 ◆◆


 太陽が西に傾き始めた頃、俺は勉強に辟易し始めていた。

 とはいえ、戦術の方は、勉強としては、正直、面白い部類に入るかもしれない。そもそも、シミュレーションゲームの類は嫌いじゃないし、シャトランジとも通じる所が沢山ある。なので、まったく頭に入らないということもないし、理解も早いほうだとは思う。だから、教えるファルナーズも熱が入ったのだろう。


 しかし、ファルナーズに熱が入った故に、俺の欠点が露呈する事になる。


 それは、文字だった。 


 俺は全ての言語を日本語として認識しているが、ここの人々は複数の言語を操っている。

 俺は、傍から見れば状況に応じて言語を選択しているような超エリートボーイに見えるらしいが、実は違う。

 それこそ、俺のチート能力、俺名付け「超言語変換機能(文字読解能力無し)」のお陰なのだ。


 そんな訳で、なんとなく優秀に見えるっぽい俺に、しばらく口頭で戦術について説明を続けていたファルナーズなのだが、ついに笑顔で俺に手渡したものがある。


「兵法書じゃ。よく読んで、わしに解らぬ所を質問するのじゃ」


 おもむろに立ち上がり、棚や壺から「これと、これと、これ」等と言って巻物や羊皮紙の束を渡されても、なんと俺には何一つ読めないのだ。


 挙句、俺のメモ帖を見られて、


「なんじゃ、この角ばったり丸かったりする落書きは? 馬鹿にしておるのか! 熱心に、わしの言う事を書き留めておると思っておったのに!」


 なんて、ファルナーズに怒られた。いや、それ日本語です。


 なので、午後、暫く経って後は、この世界における国語のお勉強になってしまったのだ。


 うん、俺、悶絶。


 ただ、発音が解れば意味も解るから、割と進展は早いけれども。

 しかし、ファルナーズの険しい顔を向けられ続けると、脂汗が流れ続けないではいられない、俺の脆弱なメンタル。誰か、タスケテ……。


「休憩にしましょう」


 その時、ネフェルカーラの声が、窓から入る風と共に、俺の耳に触れた。


「ん? あ、ああ。では、ネフェルカーラ。チャイを」


「はい」


 こんな素敵なネフェルカーラを見るのは、初めてかもしれない。俺の為に休憩を進言してくれるなんて……。

 俺は、僅かばかり目配せをしてくれたネフェルカーラに、片目を瞑ってお礼の意思を伝える事にした。ちょっと恥ずかしかったが、他に今、お礼を言う方法が無いのだから仕方が無い。


 チャイを入れる道具は、執務室の隅に用意されていた。湯も、常時沸かしてあり、いつでもお茶は淹れられる状態なのだ。

 それ程に、ファルナーズはこのチャイを好んでいた。そして、ネフェルカーラが淹れるお茶が好きなのだ、との事。

 

 料理は出来なくても、お茶は淹れられるネフェルカーラ。しかし、だからと言って馬鹿に出来たものではない。流石にファルナーズに好まれる程に彼女の手際は良く、その動作は流麗で、ついつい見とれてしまうのだ。


「は、早く運べ!」


 あ、茶は淹れてくれても、運ぶのは俺でした。

 

 それにしても、やっと訪れた優雅な午後のひと時だ。

 チャイの香気に鼻をくすぐられ、俺は少しばかりの平和にほっとしていた。


「ファルナーズ! ん? おお? シャムシール、ここにおったか! はははは!」


 しかし、すぐに俺の平和はぶち壊される事になった。

 ヤツは荒々しく執務室の扉を開くと、俺の襟首を掴んで持ち上げたのだ。そして胡坐状態で、宙吊りにされる俺。

 金属が編みこまれた服だけに、摘み上げられても破れないのが奴隷騎士マルムーク仕様なのだ。人はそれを鎖帷子と呼ぶ。


 高いよ、高いよー!


「父上! いつお戻りに?」


 見下ろせば、ファルナーズが頬を薔薇色に染めて俺を見上げていた。いや、正確に言えば、俺を素通りして俺を掴んでいる人を見上げているのだ。


「うむ。さっき戻ったのだ。

 聞けば、シャムシールがアエリノールを捕らえ、あまつさえ己が奴隷として使役するというではないか。流石、俺が見込んだだけの事はある、そう思ってな、シャムシールを探しておった。

 が、考えてみれば、お前の近衛であったのだ、ここにおって当然だな。ははは」


 そこでやっと、俺を開放してくれるサーリフ。

 地面に足をつけた俺の両肩を叩き、幾度も頷いて、喜んでいるようだ。こういう感情を表すサーリフは、初めて見たな。


「褒めてつかわす、シャムシールよ」


「……ありがたき幸せ」


 口元に微笑を湛えるサーリフは、浅黒い肌と相俟って、相変わらず精悍で恐ろしい。けれど、褒められたんだから、問題ないだろう。闇雲に怖がっても仕方ないし。


「して、父上。随分と急ぎ戻られたご様子ですが、いかがなされたのでしょう?」


 ファルナーズは問いかけると共に、父のマントを肩から外し、旅装を解く手伝いを始めた。


「うむ。オロンテスへの出兵が決まってな。今回は聖帝カリフ陛下自らが軍を率いるのだ。

 ……すなわち、此度の戦、聖戦ジハドとなる」


「陛下は、本気でオロンテスを攻め滅ぼすおつもりなのですね?」


「うむ。そして、俺は今回、アシュラフ王からもナセル殿下からも切り離され、聖帝カリフ直属の太守として出征する事になったのだ……ふふ。

 ファルナーズ、この意味が解るか?」


 精悍なサーリフが目尻の皺を深めて、笑う。その様は、ただ喜んでいるだけではなく、何か底知れない野心めいたモノも感じさせる、そんな笑みだった。


「それは、つまり……ち、父上の……スルタンへの道が開けたという事、でしょうか?」


「……そうだ。

 此度の戦で功を上げれば、マディーナとオロンテスを俺に下さると、聖帝カリフ陛下自らがそう仰せになられたのだ」


 黒髭角魔人に飛びつく銀髪の小鬼。

 彼女は、満面に笑みを浮かべ、本当に嬉しそうだった。

 今がチャンス__俺は、そう直感して、一つの言葉を口にした。


「あ、あの、俺の携帯電話をそろそろ……」


 今、鬼親子は至福の極にいるようだ。タイミングはバッチリだろう。

 俺は、サーリフとファルナーズの横に片膝を付いて頭を下げる。そう、俺は最近礼儀だって覚えたのだ。


「む……? 携帯電話?」


 一瞬視線を宙に向けるサーリフ。相変わらず背が高すぎて、その表情はもはや伺うことが出来ない。てか、まさか忘れてる? ねえ、忘れてる?


「サーリフ閣下、行政官が面会を求めております、お急ぎを」


「うむ、わかっておる。直ぐに行く」


 その時、空気を読まないサーリフの副官が室外から忙しない声をかけてきた。

 おのれ、アイツいつか殺す、と思いながらも、視線をサーリフに固定させる俺。

 電池は雷系の魔法で何とかならんだろうか? えっちな動画をハールーンに見せたら喜ぶだろうか? そんな将来の展望に俺の鼻の下が伸びる。

 だから、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。俺の眼光に、僅かでもたじろげ、サーリフっ!


「……シャムシール、アレはまだ返さぬ。貴様は、危険なのだ。あのアエリノールさえ従える程に、な。なれば、貴様の欲するアレを、今、返すことは出来ん。

 だが、これは貴様を信用しておらぬからでは、断じてないぞ。むしろ、期待しておるのだ」


「その……じゃあ、いつ返して貰えるんでしょう?」


「……それは、俺がスルタンの高みに上った時……だな。それも、そう遠い事ではあるまいよ。

 今は代わりに、俺に自由に面会をする許可を与えよう。貴様には、俺が直々に稽古をつけてやる。これで許せ! はははは」


 そういうと、颯爽と執務室を去るサーリフさま。

 携帯電話と引き換えに、俺は妙な特権を手に入れた。だけど、あんな怪物と稽古とか、逆に避けたいよ。むしろ、裂けちゃうよ。


 しかし俺の失意とは別に、この日、群青玉葱アズラク城は、前祝とばかりに宴が催され、サーリフ・マルムークは一兵卒に至るまで、未来の栄達を信じ、降り注ぐ星星とサーリフの幸運と、その武名に感謝を捧げたのであった。

シバール国……多数の王国からなる連邦国家。元首として聖帝カリフが存在する。原則として、聖帝カリフにはスルタンの任命権がある。


アシュラフ……リヤドのスルタン


ナセル……アシュラフの弟


そのうち、設定のページを作るかもしれません。

ていうか、やっぱりあった方が良いのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ