百人長シャムシール
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マディーナの街に戻ると、俺とネフェルカーラ、ハールーンは、すぐに群青玉葱城にあるファルナーズの執務室へ報告に向かった。
アエリノールが「すぐ着くよ!」なんて言ってたわりに、到着したのは朝日が昇った後だったからだ。
ヤツは所詮、残念妖精。一日なんて一秒程にしか感じないのだろう。俺はもう、ヤツの「すぐ」は信じない事にした。
オロンテスの王城と比べれば、随分と質素な群青玉葱城だが、それでも何故か懐かしさを覚えるのは、俺がそれだけ奴隷騎士というものに馴染んだからだろう。
……ダメなんじゃないか?
まあ、いい。俺は過去を振り返らない男、今を生きるのだ。
執務室に入ると、正面奥にファルナーズが座る座卓が目に入った。
彼女に手招きをされるまま、室内を進み、彼女の正面に片膝を付いて挨拶をする。
「ご苦労であった。で、首尾はどうじゃ?」
書面に落としていた目を俺たちに移し、ファルナーズが微笑を湛えて声を発した。ついでに、足を崩して座るようにと手で促している。
「はい。オロンテスの重臣ハインリッヒを討ち、聖光緑玉騎士団の団長アエリノールと、その部下セシリアをシャムシールが捕らえました」
「なんじゃと!?」
「なに!?」
ネフェルカーラの身も蓋も無い報告に、ファルナーズは目を丸くして驚き、俺は尻が浮き上がった。
俺、アエリノールとセシリアを捕らえたつもりじゃ無いんだけど。
「……ア、アエリノールだと? たしか、上位妖精だと聞いておるが……。そのような者を、シャムシールが……今、何処にいるのじゃ?」
「今は、俺の牢に、セシリアと一緒に入ってもらってます。彼女たちも奴隷騎士にしたいのですが……」
実を言えば、シャジャルも一緒に俺の牢にいる。
ぶっちゃけ、とても狭いのだが、「流石に野放しには出来んぞ?」というネフェルカーラの言葉に従って、彼女達の身分をファルナーズに保証してもらうまで、我慢してもらう事にしたのだ。
「ふむ……ネフェルカーラ、わしはどうすれば良いのじゃ?」
窓を開け放ち、風の通りが良いはずのこの部屋でも、ファルナーズは額に玉の汗を浮かべている。しかも、声もやや上擦っているのだから、アエリノールの存在はそれ程に重いのかも知れない。
だからなのか、なんと判断を脳筋魔術師にぶん投げている。ぶん投げられる参謀がいるって凄いね! 投げる相手はネフェルカーラだけど……。
「シャムシールの下に付ければ宜しいかと存じます」
「うむ……」
こめかみに指を当てて考え込む銀髪の小鬼は、満面の困惑顔だ。拒む理由は無い、けれど不安、といった所だろうか。
折角だから、俺はもう一つ大切な事を伝える事にする。
「あ、それと、砂漠民の水が族出身のシャジャルという子も、出来れば俺の下につけてもらって良いですか?」
「シャ、シャジャルじゃと!? 水が族の姫巫女ではないかっ!」
今度はファルナーズの体が浮き上がった。尻で弾む面白動作を小鬼がやると、とても可愛い。
「あと、竜を三匹捕まえたよねぇ、シャムシール?」
ハールーンの言葉がトドメとなり、ついにファルナーズは泡を吹いて後ろに倒れてしまった。しかし、彼女が後頭部を打つ前にネフェルカーラが頭を抑え、気付けを行ったので大事には至らない。
結局、頭は打たずにすんだファルナーズだが、両頬が赤く腫れあがってしまったのは、何とも痛々しかった。
ネフェルカーラは、主君に対しても容赦しない女だったのだ。
◆◆
「良かったねぇ、シャムシール」
群青玉葱城から近衛隊の兵舎へ向かう道すがら、俺はハールーンに祝福されていた。
何でかって言えば、百人長になったからだ。
ハインリッヒを討った事が主だが、アエリノールとシャジャルを捕らえた事が、とても評価されたようだ。
何かがおかしい気もしたが、気にしたら負けだとネフェルカーラが言っていた。なので、俺はこれからファルナーズの近衛隊副長であり、千人長待遇の百人長である。まいったか。
それと同時に、俺は城からも程近い場所に、小さいながらも邸を賜った。そこで奴隷と共に住め、という事らしい。
被支配階級から平民を乗り越えて、最下級支配層に俺は出世したのだ。
ファルナーズ曰く――
「アエリノール、セシリア、シャジャルはシャムシールの戦利品である。奴隷として使役することを認め、かつ、シャムシール配下の奴隷騎士として登用する事を命ずる」
という事だった。
同時に、竜三頭も俺の邸で飼育する事になるそうだ。
そして、俺は晴れて奴隷身分から開放だ! と喜んでいたのだが、どうやらそこは簡単にはいかないらしい。
たしかに自動的に奴隷身分ではなくなったのだが、自らを買い戻す、ではなく出世であった為、サーリフの家臣になってしまったという。なんというパラドックスだろうか? どんどん体制に取り込まれる俺である。
この支配構造こそが奴隷騎士をして、大陸最強の武力集団と呼ばれる所以である、と俺が気付くのは、この日より遥かに後の事だった。
だからこの時は、詐欺だ! としか思っていなかった。
ちなみにハールーンは未だにサーリフの奴隷である。頑張ったのに、コレといった功績がなかったので、俺より出世が遅れたようだ。その代わり、努力に応じて金一封を貰える所であったのだが、駄々っ子ハールーンは、
「ボクもシャムシールと一緒に暮らすのぉ!」
と、ファルナーズに泣き付いて、金一封の代わりに、俺の邸で牢に入ることを選んだバカヤロウである。
「そ、それが良いと、おれも思う」
ネフェルカーラも、この件には賛成していた。何でだ?
「あ、なんなら、おれも一緒に暮らそうか? やはり、隊長と副長は一心同体でなければならんからな」
ついでに、よく解らんことも言っていたが、所詮は魔術師の戯言と片付けて、俺は無視したのであった。
最後に、シーリーンの件をハールーンから告げられたが、ファルナーズは微笑を浮かべ、
「会えて良かったな」
と、言っただけである。
その時、意味深な笑みをネフェルカーラと交わしていた小鬼は、明らかに兇悪な顔であり、支配者の風格を纏っていた。
「あっ」
近衛隊の兵舎を前に臨み、入り口の手前で俺はふと足を止めた。
その時、ハインリッヒ公爵こそが今回の標的であり、シーリーンの工作を挫く事が目的であったのだと、俺は、ようやく理解したのだ。
隣を歩いていたハールーンは怪訝そうな顔をしたものの、すぐに俺の名前と新たな身分を門衛に告げる。
すると堅い鉄門が開かれ、門衛が俺に恭しく礼を施した。
俺は、ただ自分の考えに耽り呆けていただけなのに、気さくだったはずの門衛が、俺と目を合わせようともせず、ただ、門を開けて待つだけ。
少なくとも、朝は元気に「お帰りぃぃ!」と言ってくれたじゃないか。
なのに、何一つ変らない俺を前に、それ程人は変われるモノなのか?
「実感、湧かない? シャムシール百人長ぅ」
妙な景色を見るような俺を振り返り、長身のハールーンが微笑を浮かべていた。
◆◆◆
俺は、奴隷から主人に華麗なクラスチェンジを遂げた。しかも、奴隷となったのは美女二人と美少女が一人だ。
シャジャルとセシリアは戦力としても、すぐに奴隷騎士として一線を張れる存在。アエリノール等は、それどころではない。大陸最強とさえ言われる剣術の使い手である。
俺は、自分にそう言い聞かせてみた。しかし、まったく喜べない。
奴隷を持てば、それに対して責任が付きまとう。
逃がしてはならず、死なせてもならず、服従させなければならない。そうでなければ、俺が罪に問われるらしい。
何ということだ。
無機物の足枷がなくなったら、有機物の足枷がついたぞ。
これはいっそ、鉄の足枷よりも遥かに重いのだ。
それなのに、俺は自分の奴隷達を、牢に閉じ込めようと思えない。
もしもアエリノールが逃げたら、俺の死罪が確定するらしい。シャジャルが逃げても同様だ。セシリアならば鞭打ち程度で済むらしいが、実際には鞭で打たれて死ぬ人もいるし、死ぬ方が多いのだ。安心なんか出来ないぞ。
だが……そもそも、アエリノールだったら、逃げようとさえ思えば、どんな牢からでも逃げられると思うのだ。その時、セシリアを連れて行かないとは思えない。つまり、牢に入れる意味がないだろう。
シャジャルは、俺を「兄者」と慕ってくれる。そんな子を、牢に閉じ込めるなど出来るだろうか? 出来る訳が無い。当然だ。
……ハールーンだけは、牢でも良いか。
嘘だ。
アレでも何だかんだで友達。一応サーリフさまの奴隷という事で、牢の形は作るけど、鍵などかけないつもりである。
「ふう」
溜息と共に、俺が暮らしていた牢の鍵を開けると、シャジャルが飛びついてきた。
アエリノールは藁の上で横になっていた身体を起こし、セシリアは不安げな顔で俺を見つめている。
「大丈夫……かどうかは分からないけど、皆、俺が所有する奴隷騎士という事になったよ。
もちろん、百人長にまでなれば奴隷身分じゃなくなるから。アエリノールの強さならすぐだと思うし、セシリアやシャジャルも問題ないとは思う。俺がなれた位だから」
なるべく三人を安心させようと、俺は一人一人の顔を見ながら言葉を発した。
だが、ふと俺の脳裏に良からぬ考えが浮かんだ。
ふ、ふふ。彼女達は俺の奴隷。ハーレムではないかっ!
しかし、俺の腕の中で蒼い瞳を輝かせるシャジャルの眼差しが、俺の邪心を打ち砕く。
そう、俺は良いお兄ちゃんなのだった!
「……わたしは別に地位なんかに拘っていないけど?」
立ち上がったアエリノールは、衣服についた藁を払い落としながら言った。彼女は未だオロンテスの騎士が着用する、上質な絹のチュニックを着ている。しかし、それにも関わらず藁の上で無造作に寝る位だから、その言葉は本当なのだろう。
ただね、アエリノール。奴隷なのは、さすがにどうかと思うよ? 少しは拘ろうよ。
「私も、アエリノールさまが側に居て、面白ければ問題無いね! それに、シャジャルも居るし!」
セシリアは、俺にしがみ付くシャジャルの頬を突付いている。実力的にライバル関係の二人は、すっかり仲良しの様であった。
「あたしは、兄者と共にアシュラフを殺――!」
慌ててシャジャルの口を塞ぐ俺。流石にここで言っちゃまずいと思う。
あまりここで会話を続けると、俺の首がいくらあっても足りなくなりそうだったので、とっとと皆を連れて、新居へ向かう事にした。
「お帰り! 遅かったではないか、心配したぞ。
うむ、夕食は出来ておる。今夜は特別におれの手作りだ! 明日からは奴隷共にやらせるゆえ、覚悟せよ!」
新居に帰るとヴェールを外したネフェルカーラが、黒衣の上に紫紺のエプロンして、唇の両端を吊り上げて迎えてくれた。
その上、食卓には怪しげなモノが並び、待ち受けているのだ。
しいて言うならば、原型を留めていないものか原型のままか、その、どちらかでしか在り得ない品々だった。色合いならば、黒を基調にして紫、深緑、藍色、等がある。
おかしいぞ、俺の目には、毒々しい姿の人が、毒を作ったとしか思えないのだが……?
ネフェルカーラは「夕食」と、言ったのか……?
そもそも、俺はネフェルカーラを呼んでいないし、食事を作ってくれと頼んでもいない。
「み、見た目はアレだが、味はうま……い……」
そう言って、自ら黒い物体を口の中に放り込んだネフェルカーラは、一度外に出たかと思うと、邸に戻るなり蒼白な顔に涙を浮かべて、全ての料理を捨てたのである。
味見しながら作れよ……ネフェルカーラ……。
しかし、その後、後ろ姿が余りにも物悲しかった為、俺はネフェルカーラを追い出す事が出来なかった。
こうして、俺達の共同生活が始まったのである。
嵐の前の静けさ……。みたいなお話にしようと思ったら……。




