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帰還 

 ◆


 俺はアエリノールの手を左手に握り締め、右手には魔剣を持って、砂漠に顔を突っ込んでいた。多分、とても残念な格好に違いないぞ、くそう。

 口の中が砂塗れになったけど、状況がよくわからない俺としては、即座に立ち上がり、周囲を見渡した。


 相変わらずアエリノールはぐずっていて、セシリアはアエリノールの側で途方に暮れている。

 ハールーンとシャジャルも茫然として周囲を見回しているが、ネフェルカーラだけは黒衣をずらし、早速顔を隠していた。


「ああ、びっくりした。まったく、聖騎士の団長二人が相手など、冗談ではないぞ。

 ……しかし、顔を晒すのは、やはり抵抗があったな。これで落ち着くというもの」


 ぼやきつつ顔を隠した事で持ち上がった黒衣が、ヘソの上まで捲れ上がったネフェルカーラである。片手を腰に当てて歩くその姿は、いっそガールズコレクションのモデルみたいだ。それにしても、ヘソの出せる一九〇〇歳とは恐れ入る。普通の人間なら、とっくにミイラになってる年齢なのに。


「ここは?」


 俺は、近づいてくる緑眼の魔術師に、とりあえず質問をしてみた。


「あっ、ここは、この間のっ!」


 ネフェルカーラが俺の質問に答えるより早く、シャジャルが口元に手を当てて、場所の見当をつけたようだ。


「うむ。オロンテスに向かう時に、最後に野営した場所だ」


 シャジャルに頷きかけ、俺とアエリノールの固く結ばれた手を引き離して、ネフェルカーラが続けて言う。


「こやつ等のせいで、遠くまで転移出来なくてな……」


 忌々しげな視線を、アエリノールとセシリアに向ける緑眼魔術師である。

 しかし、この時、俺にはネフェルカーラの言葉の意味がわからなかった。

 だから、身動きも取れない程ショックを受けているアエリノールが、立ち直るのを待つついでに、ネフェルカーラに状況を説明してもらうのだ。


「本当は、三日目の野営地まで飛びたかったのだ」


 転移先は、それぞれ野営した地点に埋めた魔石に準じているという。

 今回は急ぎで印を結び、魔力消費も多少控えての転移であったそうだが、アエリノールとセシリアがいなければ、三日目の野営地まで飛べたのだそうだ。


「それなのに、お前が余計な事を言うから……大体、人を一人転移させるのにどれ程の魔力を消費するかわかっているのか? まったく……」


 途中から、俺への小言に変化するネフェルカーラの説明。俺は、地雷を踏んだのかもしれないぞ。


「でもさ、手を掴んだら一緒に転移させられるって、便利だよね。い、いやー、ネフェルカーラが凄いのかなー?」


「ふむ。考えてもみろ。服や剣など、身に着けているモノも転移出来ねば、皆、裸で移動する事になってしまうだろう? 故に、この魔法には様々な制約を設けるのだ。

 範囲、或いは重量など、共に転移させるべきモノ、させないモノ、等の分別だな。

 解るか、おれの偉大さが……」


 小言は、ネフェルカーラを煽てたら収まった。しかし、次には自画自賛が始まったのだから、もう、俺は耳を塞ぎたい。こんなものを長く聞き続けるのは、苦行以外の何物でもないぞ。

 などと俺が絶望の淵に立たされた頃、やっとネフェルカーラの標的が変わったらしい。 


「で、どうするのだ、アエリノール? おれに殺されるか、それとも戻って同胞にでも殺されるか?」


「なっ! 元はと言えばアンタのせいじゃないっ!」


 砂の上にへたり込んでいたアエリノールは、ネフェルカーラの声を聞くと、涙を拭って立ち上がった。

 アエリノール復活だろうか? もしやこれは、ネフェルカーラ流のショック療法だろうか? いや、まさかな。


「人聞きの悪い。クレアを信用するな、と忠告はしたと思うが?」


「なっ、なっ! そういう問題じゃないでしょ! 奴隷騎士マルムークなんかになっていたなんて、聞いていないわよ!」


「お前に言う義務も義理もないだろうが。大体お前は、おれのことを散々魔族だ、等と言いおって」


「なによ! 半分は魔族じゃないっ! そんなもの魔族よっ!」


「半分は、人間だぞ」


 口喧嘩が激しさを増したかと思ったら、ネフェルカーラが剣を抜いてアエリノールの首筋に当てる。


「殺せば……いいじゃない。どうせ、わたしにはもう帰る所もない。里にも帰れないし、聖騎士団からも追われるなら……」


 瞼を閉じて大人しくなったアエリノールは、やはりいつもの元気は無く、儚げだ。

 星明かりで反射する金髪が、砂漠の風で悲しげに揺れている。


「アエリノールさまらしくないっ!」


 セシリアの叫びに、内心、俺も同調する。

 残念なアエリノールの心がそんなに繊細だとか、やめて欲しい。

 それと、ネフェルカーラの発言も気になる。半分人間って、魔族とのハーフってことだろうか? 何となく、それだったら迫害されそうな気がするし、彼女の歪んだ性格の理由が、多少なりとも解った気がした。


「ネフェルカーラ、喧嘩してても仕方ないよ。剣を収めて」


 俺は、緑眼の魔術師の肩に手を置き、剣を収めるように促した。

 そういえば最近俺は、自分の上官を呼び捨てにしている。本人が「敬称など付けなくてよいぞ」と言っていたからなのだが、こんな時は何となく有難い。


「うむ? だが、こやつ、助けられたクセに無礼ではないか?」


 黒布の隙間から、僅かに覗く頬を桜色に染めつつ、剣を鞘に収めるネフェルカーラ。意外と言う事を聞いてくれる、素直な一九〇〇歳だ。ていうか、ホントは最初からアエリノールを殺す気なんか無かっただろうに、やっぱり素直じゃないや、この魔術師。


「アエリノール……良かったら、このまま俺達と一緒に来てくれないか?」


「へ?」


 さっきまで死を覚悟していたらしいアエリノールは、宝石の様な瞳を俺に向けて首を傾げている。しかし、その表情は見る間に生気に満ちて、死ぬ気は吹き飛んでいった様だ。


「わたし、が……? いいの?」


「なっ!」


「何を馬鹿なっ!」


 アエリノールの言葉に絶句するセシリア。そして、俺の言葉に反駁するネフェルカーラ。しかし、俺は二人をシカトする。


「おお、兄者! 名案ですっ! あははっ! アエリノール殿はこれから仲間ですっ!」


「いいねぇー。いっそセシリアもどうかなぁ? シャムシール隊がどんどん強くなるねぇ。奴隷騎士マルムークになろうよぉ!」


 シャジャルとハールーンは乗り気だ。そもそも、この二人は基本的にあまり深くモノを考えないらしい。先日まで一緒にご飯を食べていたのだから、これからも一緒なら嬉しい、という程度だろう。


「えっ? 奴隷騎士マルムークになる? 私も? アエリノールさま! ちょっと……!」


 セシリアが慌てふためいて、ジタバタしている。


「セシリアは、あたし達の仲間になるのは嫌?」


「い、いや、シャジャル。シャジャルと一緒には居たいよ? で、でもね?」


 シャジャルが腰に手を当てて赤髪の騎士を睨みつけると、彼女は残念な元上官に褐色の瞳を向けて助けを求めた。

 しかし、アエリノールは俺を潤んだ瞳で見つめ、部下の視線に気付いてもいない。


「……何一つ持っていない、こんな、こんなわたしでシャムシールは、いいの?」


 何だろう? 奴隷騎士マルムークになるのに、何か持っている方が逆に困ると思うのだが。 


「うん。だって、アエリノールはアエリノールだし。十分強いから、全然大丈夫。

 むしろ、俺が面倒見るような形になると思うから、元聖騎士団長には申し訳ない位の待遇になると思うけど……」 


「なっ! わたしの面倒をっ? そ、そこまで言ってくれるなら……

 不束なわたしだけど、これから、そ、その、よろしくお願いします……誠心誠意、尽くすから、ね?」


 アエリノールは薄闇の中、透き通る様な白い頬を薄桃色に染めて、俺の両腕を握り締めている。

 その姿を見たセシリアが、状況を察して笑顔になった。

 

「う、ん……アエリノールさまが同行するなら、私も行こう!」


 セシリアはシャジャルと手を結んで、いっそ踊り出している。もうちょっとシリアスにモノを考えた方が良いと思うよ、セシリア?


「ネフェルカーラ。アエリノールとセシリアを俺の隊に入れて良いかな?」


 頬を高潮させる緑眼の魔術師は、何処か怒りに震えている様にも見える。


「戦力が上がるならば、おれに否は無い……だがっ!」


「隊? 隊ってなに? わたし、シャムシールのお嫁さんになったんじゃ……?」


 アエリノールが言うなり、彼女の頭をひっぱたくネフェルカーラ。対してぶっ飛んだ誤解をしていた残念妖精ハイエルフ


 ――ええっ! 


 驚いたのは、俺である。

 勘違いにも程があるぞ、アエリノール。シャジャルさえ唖然とさせる突破力は流石だが、ここでそんな事を言い出すとは思いもよらなかったよ。


「違う違う。奴隷騎士マルムークで、俺の部下になってくれ、ってこと」


「な、なんだ。そうだったの。は、ははは、ごめんごめん。

 いいよ、それでも。今更、本当に行く場所もないから!」


 頭を掻きながら苦笑するアエリノールは、照れたように俺の側から離れて行く。

 いや、そんなに離れなくてもいいのに。くすん。


「ところで、ここからマディーナまで歩くとなると、結構な距離だと思うけど……」


 俺はふと、恐ろしげな事に気がついてしまった。

 とりあえずの危地を脱したとはいえ、食料も無く駱駝も居ない状況で、砂漠を五日間踏破出来る訳がない。


「そうだな。別に魔石の場所に応じておれが転移魔法を使っても良いのだが、二人増えると流石に辛いな……」


 形の良い顎に手を当てて、ネフェルカーラが僅かに思案している。


「あ、そういう事でしたら、あたしの村に来て下さいっ! 駱駝と食料を貰えるはずですっ!」


 明るいシャジャルの声が、ネフェルカーラの思案を破る。

 そういえば、シャジャルと初めて会ったのもこの場所だった。彼女の村が近いのも当然だろう。


「でも、もしもクレア達が追ってきたらどうするのぉ?」


 ハールーンの疑問はもっともだ。俺も、正直それが怖い。

 そんな時、横の方から澄んだ笛の音が聞こえてきた。陽気な様でもあり、物悲しくもある旋律を奏でる者は、決して空気を読まない上位妖精ハイエルフ

 そして、やっぱりネフェルカーラに頭を叩かれる、アエリノール。


「いたっ! 笛が歯にあたっちゃったじゃない!」


「折れてしまえ」


「酷いっ!」


 不毛な会話が暫く続いていると、突如、上空からの突風に晒された。

 俺は不吉な予感に囚われ、武器を手にして身構えた。

 ネフェルカーラは剣を抜き、呪文の詠唱を始める。シャジャルは複雑な印を結び始め、ハールーンも武器を手にした。しかし、アエリノールとセシリアは意外にも、上空を見上げ、笑顔を浮かべている。


「ウィンドストーム! アーノルド! ガイヤール! 無事で良かった!」


 一度羽ばたくだけでも大きく砂を巻き上げる巨大トカゲ、もとい竜が現れた。しかも、一度に三頭も現れたのだから、俺は激しく驚いた。

 ネフェルカーラは眉間に皺を寄せて剣を鞘に収め、ハールーンは見知った竜を見て笑い、シャジャルは印を結ぶ手を解き、セシリアは歓声を上げていた。


「さっき笛で呼んだんだ。一頭に二人ずつ乗れば、すぐにマディーナに行けると思うよ!」


 残念な部分さえなければ、何処までも凄いアエリノールである。


 こうして、俺はアエリノールと一緒にウィンドストームに乗り、ハールーンはセシリアにアーノルドに乗せてもらい、ネフェルカーラはシャジャルを乗せてガイヤールを操り、マディーナへと帰還したのであった。


 尚、ウィンドストームがネフェルカーラ、ハールーン、シャジャルを怖がった為、このような組み合わせになったのが、その時、ネフェルカーラが酷く残念そうな表情を浮かべ、アエリノールに対して呪いの言葉を吐いていたのをハールーンは見たらしい。


「あの二人の因縁って、何なんだろうねぇ? 最初は、アエリノールがネフェルカーラさまに一方的な殺意を抱いてるのかと思っていたけど、そうでも無いかも知れないねぇ」


 後に、自分と姉の因縁をすっかり棚に上げたハールーンが、俺にこんな事を語ってくれたものだった。

 

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