記憶と曲刀、携帯と名前
◆
サーリフ様とやらは、俺にボロ布を与えて下さった。
うん、このへりくだった感じが奴隷だね。って、嫌だ……。ていうか、俺の携帯電話どこよ? 奴隷になるとか、マジ助けて。
こんな時、ホントに助けてくれそうな友達を思い浮かべてみる。お? ん? 二人くらい思いついたけど、でも、逆に迷惑かけたくないから、連絡しない。
そんな奥ゆかしい俺。って、連絡できないだけだ!
さて、奴隷商人からつつがなく黒髭角魔人ことサーリフ様にこの俺が引き渡されると、俺はとりあえず、外に出る前に、身体に巻きつける布を与えられた。
薄茶色のいかにもな布を、よくわからないままに身体に巻きつけて、腰のあたりで紐で縛ってとめて。これでなんとか人間らしくなったかな。
ちなみに下着はないぞ。下半身が若干すーすーするが、実は俺は、それが嫌いではない。ふふん。「我が巨木を駆け抜ける風よ! 刮目せよ!」とか思ってみる。テントの中だし、風も吹いてないし、巨木じゃないけど。どっちかっていうと、枝だけど。
「いくぞ」
「はい」
俺が布を身に纏うのを待ってたのかな?
ご主人様のドスの効いた声が響きます。一本角が、やけに白く目立って怖いです。ほんのり光ってるんじゃないですか? 刺す気? やっぱり刺す気でしょ?
だから、俺、「はい」って即答。「嫌だ」とか言いたい気持ちは、三万光年ほど彼方へ旅に出た。
それにしても、腕を鎖で縛られて、“だらん”とぶら下がる鎖の行き着く先は、黒髭角魔人の掌の中。彼に鎖を引っ張られると、俺を“ぐい”と強烈な力が支配するわけです。流れに身を任せる、という余裕ではなく、より切迫した命の危機を感じつつ、今は角魔人に従うしかないようです。涙。
そして、テントの裏口から裸仲間に見送られつつ、ご主人様に連れられて、俺は見知らぬ世界へと誘われるのでした。涙。
◆◆
まったく気がつかなかったけど、テントは、街外れの広場にあったみたいだ。
外にでてみると、意外とこの街は栄えている様子だった。
砂埃の舞う街路は石畳の上に埃が積もり、あまり整備されていないとしても、左右に並ぶ石造りの家々は相応に立派だ。
商店らしき所からは、威勢の良い店主や、使用人のおばさんやらお姉さんやらが客引きを頑張っている。軒を連ねる店の中には、彫琢も素晴らしい金細工やら銀細工なんかを、所狭しと並べているところもあった。
おっと。彫琢なんて言葉を知ってるあたり、俺のハンサムな知性はハザードだぜ。
てか、一個一五〇〇ディナール均一だって。……俺、装飾品に値段で負けてた……
ではなく。
素敵ポイントも見つけた。青い先端を持つ巨大な塔だ。これは、遠目からでも玉葱形の先端部分が見えているのだから、相当に大きなものなんだろう。城かもしれない。俺は今後、何があろうと、それを断固として、群青玉葱城と呼ぶ事にした。もう、決めたのだ。
その他にも塔は街のいたるところに立っていた。だけど、こっちは、四角く角ばっていて、どうも中世の軍事施設のように見えた。だから、素敵ではない。それに、所々銃眼らしき穴も見えるし、内部から時々覗く人影も、鎧を身に着けていた。それにしても、街中に幾つもこんなものがあるなんて、物騒な感じだ。お祭りに紛れて、戦争の準備をしているように感じる。
「ていうか、ここはどこで、どこに向かって歩いてるんだろう」
「ここは、城塞都市マディーナだ。今は北の城門に向かっている」
あ、俺、声に出しちゃった。そして、歩みを止めて質問に答えてくれるサーリフ先輩。うっす。意外と親切なのかもしれない。でも、マディーナがわかんないよ。
「お前は、北の蛮族――魔族共の仲間だったのか? それとも、罪人か? ……それにしても、貴様の力は解せん。あれは単なる力ではない。肉体的な力と魔力――それが渾然一体となっていたからな」
見上げると、逆光になって角しか見えないサーリフさんが、話しかけてきた。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩くペット、もとい、俺を不審に思っていたんだろうか? それとも興味本位だろうか? なんにしても、俺は北の蛮族でもないし、罪人でもない。
「……東の賢者です」
もちろん、賢者でもない。嘘をついてみた。
「俺は、カルス平原における戦に参加していた。奴隷市で貴様を見たとき、最初はそれと気付かなんだが、縄縛りを引きちぎった時に、ふと思い出したのだ。……カルス平原の魔人を、な。
あれほどの力とその容貌、貴様に間違いなかろう」
スルーですか? サーリフ先輩。俺の渾身の一撃をスルーですか……しかも、また歩き始めてるし。ていうか、俺、いつの間にか魔人になってたの? 魔人はアンタだって言いたいけど、それは飲み込むとして。もしかして俺、携帯だけじゃなく、記憶も喪失したのかも。
「だが、解せんのは、なぜ貴様が、あれほどまでの力を持ちながら、奴隷商人などにその身を奪われたのか……だ。俺はお前の力を、話に聞く“英霊体質”よるものかと考えておったのだぞ」
サーリフ先輩は、今度は後ろにいる俺を振り返る事もなく、街路を歩きながら、言葉をさらに続けていた。
俺の困惑も混乱も、前を向いていたら、そりゃ解らないよね。だけど、俺にはさっぱりちんぷんかんぷん。
英霊体質ってなにさ? 質問されてるの、俺?
そもそも、なんだってサーリフ先輩の言葉が俺にわかるのか、そこから誰か説明して欲しい。ていうより、やっぱり夢の賜物じゃないかな、と、逆に気楽に考えちゃう。早く醒めろぉ、って。
「……うーん……気がついたら牢にいたんですけどううううおおおあ!?」
それでも、とりあえず返事をしようとしたら、左側に並ぶ露店に黒い影が。
携帯電話みっけ! くそ、他人の物を堂々と露店で売りやがって。
俺は、思いっきりその店に突進したね。急左折ってやつです。
が、腕がついてこない。なぜなら、サーリフさんがしっかりと鎖をもっているから。そう、二人は二心同体……って、自分で言っててキモイよ。
でも、それでも、俺は携帯を取り戻したい。中にはちょっとえっちな動画だって入ってるんだ。取り返さなければ!
俺の上半身と下半身が九〇度程ずれた状態で、“ばきん”と何かが音を立てた。サーリフさんが僅かに離れた場所で尻餅をついていた。巨体だけに、辺りに砂埃が舞っている。
あ、ラッキー。鎖が切れた。
もしかして、両手を縛る鎖も切れるかも……
「ぬぐぐ」
“ばきん”お……切れた。
俺の周りに、遠巻きながら、人垣が出来上がる。悲鳴らしきものも聞こえてくる。鎖を千切られたサーリフさんは、素早く立ち上がったようだ。
手に持っていた金属の残骸を路面に破棄して、薄茶色のマントの内側から曲刀を抜き放つ。憤怒の形相がこれほど似合う人もいないだろう。まさに鬼。褐色の肌を怒気で赤く染め上げて、乳白色の角が蒼く輝いている。これは、まさに赤鬼だ。
ちょっとウケる。
「貴様……」
刀を抜いて目指すのモノ。それは、俺。え! ……俺ですか!? 俺そんなに悪くない!
「まって! まってください!」
俺は両手を広げてサーリフさんの前に突き出した。もう、ストーップ! って感じで。でも、憤怒の形相で迫ってくるもんだから、そりゃあ後ずさります。ちょっと笑いながら。
でも、どういえば許してくれるんだろう、なんて必死で考えてたら、一気に踏み込んできて、斬撃が左肩直撃!
するかと思った。……ええ、寸前で、かわしましたとも。涙目で。
でも、うしろに飛びのいて避けた結果、露店に並んでいたものが見事にあたり一面にぶちまけられちゃったね。
でも、ばらばらになった品物群の中から見つけました。携帯電話。携帯ゲット。ミッションコンプリート。目的達成。でも、このままでは命を失ってしまう! 大変!
「待ってくれ! サーリフ! サーリフさま! これ! コレが欲しかったんだ!」
必死になって携帯をサーリフの眼前に突き出して、状況を説明しようと頑張る。
「俺が気を失っていた間に失ったものを見つけたんだ」という事を五回くらい説明した。最終的には命乞い込みの哀願をした。
その間、三回は斬撃を見舞われたけど、しゃがんだり、揺れたり、白刃止めしたりしたら、なんとかやり過ごせた。俺すごい。俺、チート。二メートル二十センチ(角含む)の斬撃を止める俺の筋力に感謝。 でも、何よりすごいのは、俺の命乞い性能の高さ。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして「い、命だけはぁぁああ!」ってやったら、流石のサーリフの野郎も刀を収めたんだぜ。
結局、逃げたら殺す。しゃべっても殺す。泣いても殺す。鼻水は拭け、と。挙句に物質として携帯電話を取り上げられるということで、決着がつきました。
そして、無言で歩く事三〇分くらい。気まずい雰囲気ながらも、どうやら目的の場所に到着したようだ。どうも、ずっと街の中心街から反対に歩いていたようで、ここは街と外界の繋ぐ城壁のようだった。
そりゃそうだ。北の城門に向かうって言ってたもん。
◆◆◆
石壁の塔と傷ついた分厚い城壁が、俺の目の前にある。このマディーナとやらの外郭に位置する砦のようだ。
外壁の高さは二〇メートルもあるだろうか。胸壁に至るための階段は、ひたすらに長く急だった。
その、高く分厚い城壁の長さに至っては、とても測ることが出来そうにない。この街そのものを囲んでいるんじゃないだろうか、って位に長いからだ。それは、壮観だった。
「父上、お帰りなさいませ……その者は?」
「うむ。こやつは奴隷市で見つけた。カルス平原の戦いの折、我等と敵を共に蹂躙した魔人だ。覚えておるか? それがどうしたものか、奴隷として売られておったのでな。興味を引かれて買い求めてきたのだ」
『カルス平原』? あれか? 最初に気がついた場所のことか? さっきもそんなこと言ってたけど……ていうか、父上とか言ってるけど、この子サーリフの娘? 超可愛いんですけど。
銀髪に小さい角二本生やしちゃって、ツインテールだと。けしからん。鎖帷子なんか邪魔だ。とってしまいたい。でも、この子、幾つくらいだろう? 確実に俺よりも年下な気がするな。うん、犯罪の匂いがする。
「……では、この者を我が部隊に?」
「うむ。どうもよくわからぬ奴ではあるが、訓練をすれば相応の戦士になろう。力だけならば……今でも俺と五分だ」
「なっ……父上と!? このような者が……」
「まあ、住処と食事を適当に与えてやれ。俺はこれからアシュラフ様の下に行かねばならん」
「アシュラフ様……? ナセル様の下ではなく、ですか?」
「うむ。俺としても、ナセル様を越えて直接にお会いするのは如何なものかとは思うておるが、お召しとあらば致し方あるまい。ともかく、頼んだぞ、ファルナーズ」
「……はっ。父上の仰せのままに」
あのう。俺の携帯。
「そうだ、貴様。名を、与えていなかったな」
まてまて、名前はあるぞ。俺は日本人だからな。生まれたら名前をもらえるんだ。何を言ってるサーリフ先生。でも……あれ? 俺、自分の名前、思い出せん! やっば。
サーリフは腰から刀を鞘ごと抜き取ると、“どさり”と地面に投げ捨てる。すっごい、重そうだ。
「それを、やる」
えええ! さっき俺を切ろうとした刀じゃないですか!?
「貴様は、今日より『シャムシール』と名乗るがよい。そして、いずれ俺の傍らにいて、その名に相応しくなった暁には……」
お? 刀と名前は今もらえるとして、相応しくなると、どうなるんです?
サーリフが懐を探ると、一つの黒い長方形の物体が現れた。iph〇ne、だった。
「これを貴様に返そう。シャムシールよ……」
「は、はい……」
それかよ。
それにしても、鬼とアイフォン似合わねぇ……ていうか、ふざけてるようにしか思えない。あと、ここの住民は、みんな人のものを平気でパクりますなぁ。
でも、俺の返事は今回も弱気の一点張り「はい」でいきます。さっき命乞いしたばっかりで、もっかい同じ目にあいたくないもんね。
そういうと、サーリフさんは、部下らしき人が引いてきた、羽の生えたコモドドラゴンに乗って、颯爽と空に消えて行きました。
うん。現実をまたしても認めたくない現象に出会いました。爬虫類であることは間違いなかったと思う。でも、大きさがおかしいのと、羽付きコモドドラゴンさん、しゃべってた……しかも、尊大な口調。
「ふう」
こうなると、眼前の少女を見て癒されるしかないよ。ロリコンって言われても構わない。角ツインテールがなんだ! ここは日本じゃないはずだ! だったら犯罪にはならん! 大体、俺と年齢だってあんまり変わらないはずだ。だったら、いくら見たって構わないだろう。
うん、こうしてみると、鎖帷子の下から覗く太ももは素足だな。しかも綺麗な薄桃色っと。角だって可愛いく見えてくるよ。それなのに、なんだってあんな物騒な刀をしてるんだろうなっと。
「何を見ておる。無礼者」
「あ、すみません」
他人に咎められる前に、本人に咎められちゃった……
「わしはここの部隊の将をしておる、ファルナーズじゃ。シャムシールよ、そなたがカルスの魔人という事なれば、わし自らがこの砦を、まずは案内してやろうではないか」
ぶーっ。しかもワシっ子でした。ボクっ子程度の適度なのを期待してたのに……
とはいえ、角美少女ファルナーズの不敵な笑みが、なんとも微笑ましい。それにしても、この気温はなんだろう。とっても暑い。だけど股間は涼しいぞ。
あ、そういえば、パンツはいてなかったし。
とりあえず、貰った曲刀を腰にさしてみますか……って、あれ? 重くない。なんだろう?