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”ありがとう”が言えない魔術師


 ネフェルカーラとアエリノールは、ハインリッヒ暗殺の件で一事休戦する事にしたらしい。

 俺としては、正直、この二人が殺し合うのは見たくないと思っていたので丁度良かった。

 お陰で昨日、今日と、妙に平和な時間をアエリノールの館で過ごしている。


 一応、クレアの提案で、アエリノール、セシリアも俺達と共にハインリッヒ邸を襲う事になった。

 クレア曰く、シーリーンとその配下の主力がハインリッヒを警護しているはずで、短時間で決着を着けるにはアエリノールの力が必要だということだ。セシリアは、アエリノールのお目付け役ということだろう。

 それに、俺たちだけにオロンテスの大事を任せる気にはならない、というのも良くわかる。

 もっとも俺はクレアの表情から、理由がそれだけでは無いような気がしているのだが。


 それよりも、問題はシーリーンだった。


 先日、アエリノールとクレアが去った後に、俺たちはネフェルカーラの部屋に集まり、奴隷騎士マルムークだけの話し合いをした。

 俺は奴隷騎士マルムーク同士が戦って良いのか分からなかったし、シーリーンとハールーンに繋がりがある様な気がしていたから、話し合う事を提案してみた。

 すると、ネフェルカーラは眠たそうに目を擦りながらも、了承して、部屋を提供してくれたのだ。


 ハールーンによれば、それは死んだと聞かされていた姉の名前だと言う。


 シャジャルは、その名を炎の姫巫女シャーマンの御名だと言った。

 そもそも、砂漠民ベドウィン火が族の掟では、族長の長子がハールーンを名乗り、長じて部族の長になる。女子が生まれれば、長じて炎の姫巫女シャーマンとなるシーリーンを名乗るそうだ。

 いっそ、砂漠民ベドウィンの部族史やしきたりに関しては、シャジャルの方がハールーンよりも詳しいようだ。


「兄者! つまり、あたしは水の姫巫女シャーマンなのですっ!」


 説明のついでだったのだろうが、澄み渡った青空の様な瞳を持つ少女は、そう言って胸を反らしていた。

 するってーと兄になった俺は、水が族の族長にならねばならないのだろうか? 水系の精霊魔術エレメントは苦手なのだが。

 とりあえず、説明のご褒美として青い髪の頭を撫でてあげたら、シャジャルは大人しくなった。とても良い子なのだ。


 ネフェルカーラの話では、シーリーンは王弟ナセルの部下だ、ということだ。これは、クレアの話と一致している。

 さらに、俺が見たシーリーンの外見的特長をハールーンに伝えると、チャラ男は困った様に頬を指で掻いていた。

 少なくとも自分と同じ髪の色ならば、火が族には間違いない、という。

 

 それらを総合すれば、導き出される答えは二つである。

 一つ目は、シーリーンは炎の姫巫女シャーマンでありながら、ナセルの奴隷騎士マルムークだということだ。

 別に、考えてみれば不思議な話でもない。ハールーンもサーリフの妻に生かされたのだ。シーリーンも何らかの形で生かされていたとして、おかしくは無い。

 二つ目は、奴隷騎士マルムークシーリーンが炎の姫巫女シャーマンを語っている場合。

 だが、そんな意味は現在において、あまり無いはずだ。

 既に滅んだ部族の姫を語る理由など、あまりに希薄なのだから。


 ハールーンは心情を語らなかったが、シーリーンが姉ならば、殺したくはないだろう。しかし、彼女に対する生殺与奪を決定する権利など、オレンジ髪のイケメンには無いのだ。

 奴は、そっと脳筋魔術師の顔色を窺うばかりであった。

 

 ネフェルカーラによると、ナセルとサーリフは政敵であるらしい。

 だから、シーリーンの陰謀が成功すれば、ナセルに利益がある。当然、シバール全体の利益もあるのだが、現状では、サーリフがその利益にあずかる事は無いそうだ。それどころか、ナセルの利益はサーリフにとっての「害悪」でもあるという。故に、ネフェルカーラはアエリノールに協力するらしい。

 加えて、これに成功すれば、オロンテスにおける有力者の暗殺、というミッションも達成出来るのだから、確かに俺たちにすれば美味い話なのだ。

 さすがネフェルカーラだ。相変わらず、えげつない。


 えげつないと言えば、昨日の昼間、たまたまネフェルカーラと中庭でひなたぼっこをしていたら、こんな事を言われたのだった。


「ところで、アエリノールに口説かれなかったか?」


「騎士団に誘われました。けど、断りました」


 別に隠しても良かったが、俺はありのままに答えた。まあ、断った理由までは言わなかったが、それは必要ないだろうと思ったからだ。


「ふん。おれの心を弄んでおいて……裏切っていたら、殺していたぞ」


「えっ? 弄んだ?」


「お、お前は命を懸けて、おれを守ってくれた……。そんな者、おれが今まで生きた千と八百五十五年の間、居なかった……。守られるなど、初めてだったのだ。嬉しかったぞ、本当に。

 ……だから、シャムシール……」


 緑眼魔術師の口元は三日月型に歪み、相変わらず邪悪だった。しかし、その時の彼女は、同時に妖艶でもあり可憐だった。

 俺は、彼女の白磁の様な頬が桃色に染まり上気している姿をみて、思わずうっとりとしてしまう。

 まさか、魅了チャームだろうか?


「ぶうっ! 一八五六歳っ? お婆ちゃん――!?」


 だが、それよりも聞き逃せない情報が脳筋魔術師の口から漏れていた。

 びっくりだ。そして驚きだ。

 魅了チャームにかかっても良いが、この年齢差は見過ごせない。

 西暦に換算すると、彼女の生まれた年は一六四年ですか!

 俺はその頃に生まれた歴史上の偉人を思い出してみた。

 曹操……? いや、曹操よりは年下か?

 だから、俺がうっかり彼女の年齢を復唱したとして、誰が咎められるだろうか? 仕方の無いことだろう。これはもう、お婆ちゃんどころの騒ぎではないのだ!


 しかし――


「なっ! この乙女を、よりにもよってお婆ちゃんだと!?」


 俺が言葉を発した瞬間、ネフェルカーラの周囲に大気が凝縮して、高密度の重力場が発生した。

 ――小さな暗黒穴ブラックホール――

 それを認識した時、俺の視界も暗転し、意識を失ったのである。


 脳筋魔術師は遺跡クラスのお婆ちゃんだけど、ぬけぬけと自分の事を乙女などと言うのだ。しかも魅了チャームまで使って。

 挙句に気に食わないと暗黒穴ブラックホールまで作るんだから、本当に、えげつない女だと思った。


 ◆◆


 正確な時間などわからないが、時刻は午後八時を回った頃だろうか。俺たちは夕食を終え、ネフェルカーラの部屋で待機している。

 オットー襲撃の報が入り次第、すぐにハインリッヒ邸に突入する為だ。

 俺たちは「アエリノールの客人」という事になっているので、一人一人部屋が与えられてはいたが、一部屋にまとまって居る方が呼びに来る者も楽であろう、という配慮もある。

 

 まあ俺の場合、一応は敵地だから一人でいるのが怖いだけだ。実は、他意などない。


 気だるそうな緑眼の魔術師は、夕食後のひと時をベッドの上でまどろみに身を任せながら、俺を目の端で捕らえている。何か言いたい事でもあるのだろうか?


 オレンジ髪のチャラ男は床に座り込み、珍しく曲刀の手入れなどをして、口元をへの字に曲げていた。これは、シーリーンを名乗る者への複雑な想いからだろう。大人しくしていれば、本当にイケメンな奴だ。


 青髪の少女は、俺と一緒に長椅子に座り、アエリノールから借りた、魔法に関する本を読んでいた。


「シャジャルは凄いな。オロンテスの文字も読めるのか?」


「兄者、これはオロンテスの文字ではありません。古代語ですっ!」


 真剣な眼差しを分厚い羊皮紙の本に向けるシャジャルは、どうやら力をつけようと必死だ。

 なんでも、ネフェルカーラによると空間系を扱う古代魔術エンシェントは、こと防御において最強なのだそうだ。

 だから、一〇〇の力を持った精霊魔術エレメントを十の力の古代魔術エンシェントで防ぐ事が出来るという。

 つまり、同じだけの魔力を持った魔術師同士が戦ったとしたら、古代魔術エンシェントに精通している方が勝つ、という事らしい。


「シャムシールも覚えたらどうだ? 魔力は多いのだ、覚えて損はないぞ? ん? 何ならおれが教えてや……」


 ベッドでゴロゴロしている怠惰な魔術師に、そんな事は言われたくない。


「読めないんですよ! 古代語がっ!」


 なので俺は、ちょっとキレ気味に答えてやった。ついでに脳筋魔術師の言葉も途中で遮る。

 大体、昨日俺を気絶させておいて謝罪も無しとか、コイツの神経はやっぱりおかしい!

 考えてみれば、ハールーンも、なんだって水をかけて起こしたりするんだ。俺はいつから体育会系になったんだ!

 お陰で俺は今日、風邪気味なんだぞ。


「あ、じゃあ、兄者。あたしが古代語、教えますっ!」


「いいよ。だって、文字を教えてくれたら、シャジャルが魔法を覚える時間が減るじゃないか」


 そう、俺は曲がりなりにも受験勉強をしようと思った男。時間の貴重さは知っているのだ。

 少年老い易く、学成り難し、だ。シャジャルだっていつまでも子供じゃない。何年か経ったら、ネフェルカーラにも負けない魔術師になって欲しい。そして、この怠惰な魔術師から俺を守ってくれたら最高だと思う。


「で、でも……」


 シャジャルは、本当に良い子だった。

 ニッコリと微笑み、静かに本を閉じて立ち上がる。

 俺の為に参考になりそうな、今読んでいる本よりも易しいものをアエリノールに借りに行くつもりだろう。律動的な動作が彼女の快活さを表していて、本当に愛らしい。

 これで、「外道アシュラフ、殺す! シャーァァ!」と一日一度唱えるのを止めてくれれば、俺は一生彼女のお兄ちゃんでいたいと思う。いや、いっそ彼女が成長したら、別の何かにクラスチェンジしても良い程だ。うん。

 

 などと俺が妄想を膨らませていたら、部屋の重厚な扉が勢いよく開き、金髪長耳の上位妖精ハイエルフが飛び込んできた。

 扉の前で鉢合わせる形になったシャジャルがびっくりして二〇センチ程飛び上がり、それがアエリノールを驚かせていたあたりが面白い。

 二人して「ひゃあああ!」なんて言っていた。もはや、ロリとハイエルフのコントが出来そうな勢いだった。


「ハインリッヒが動いた。今、オットーの下でクレアが奴隷騎士マルムークを迎撃している。行くぞ」


 しかし、胸に手を当てて呼吸を整えると、今ばかりは真剣な眼差しを向けた上位妖精ハイエルフ。彼女は俺たち全員を見回すと、凛とした声で宣言をしていた。

ちょっと前半が説明臭くてすみませんでした。

そして、やっとヒロイン達がヒロインらしく! なっていないですね。おかしいなぁ……。

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