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バレオロゴスの罠 16

 ◆  


 “ドゴォォォン”


 凄まじい音を立てて壁が崩れたのは、私が悲鳴を上げてからすぐのことだった。

 私達を囲む騎士達は、余りにも突然のことに事態を把握出来ないようだ。武器を構えつつも、顔だけを崩れた壁へ向けている。


「何事だっ!状況を報告しろっ!」


 そんな中でバレオロゴス騎士団長のヨハネスが、ハゲ頭に玉の汗を光らせ喚いている。


「か、壁が破られましたっ!」


 当然ハゲの無茶な命令に対しては、いかに勇猛な騎士であろうと、認識以上の報告をする術などない。だから冑に房飾りを付けた若い騎士は、見たままを叫んでいる。


「見ればわかるっ! 誰が破ったのかと聞いているのだっ!」


 ヨハネスの苛立たしげな声に、バレオロゴスの騎士達は沈黙した。

 

 まったく、ヨハネスとやらは愚かな男だ。

 壁を破るような者が、味方であろう筈が無い。正しく想像の翼を広げれば、おのずと犯人を推測できるであろうに。

 しかしながらハゲに情報を伝達して額の汗を止めてやる義理も義務もないので、私は冷笑するに留めていた。

 

 崩れた壁の先には濛々と立ち込める砂埃の中、複数の陰がある。

 

「陛下!」


「「なにっ!?」」


 おっと。私の声に、この場の全ての者が反応した。

 私の視線の先に、皆の注目が集まっている。


「陛下……だと?」


 ヨハネスが窪んだ眼窩の奥にある目を細めて、薄れゆく砂埃の先を見ていた。


 大剣を構えた長身の戦士――陛下の姿が露になる。ついで巨躯の騎士ベリサリウス、それから四人の元間者が姿を現した。


「ああ、いかにも――我等が皇帝陛下だ! 無礼者共、跪かぬかっ!」


 私は“ダンッ”と床を踏み鳴らした。

 私達を囲む騎士達が、互いに目を見交わしている。動揺しているようだ。


「私が陛下と呼ぶお方は、地上にただ一人! 者共、こちらにおわすお方を、一体どなたと心得るかっ! 恐れ多くもシャムシール帝国初代皇帝、アッ・ザービル・イムベラートール・シャムシール陛下なるぞっ!」


 さらに畳み掛けるよう、私は言った。


 陛下がゆっくりと私の下に進み、悠然と全てを睥睨しておられる。

 その様に、誰もが頭を垂れた。偽物のレオ五世すらきざはしから降りて、陛下に跪く。

 ヨハネスの取り乱しようといえば、それはもう酷いものだった。

 だが、すべては当然のことだ。陛下がその気になれば、絶対の覇気を身に纏う。世界を足下に置く御身なれば、誰もその武威には逆らえぬのだから。


「シュラ、状況は?」


「はっ。結論から申し上げますれば――やはりレオ五世は偽物であり、フランチェスコ、ドゥーカス、及びヨハネスの拘禁が必要かと存じます」


 私も跪き、陛下に報告を申し上げる。

 現状、敵も味方もこぞって跪き、立っているのは陛下お一人だ。

 このような形になるのであれば、最初から陛下にお出まし願えば良かったか。


 ……いや、ダメだ。それでは私が助けてもらったお礼に我が身を差し出し、イチャイチャする作戦が遂行できない。


「そうか」


「少々お待ちを……おかしく、ありませんか?」


 陛下が私の言葉に頷いた瞬間、フランチェスコがユラリと立ち上がった。


「おかしいだと? 何を無礼な。それより貴様、許しも得ず、何故立ち上がった?」


 私は顔だけをフランチェスコへ向け、威嚇した。


「おかしいでしょう。我等が大公閣下を偽物だと、貴女は仰った。しかし、証拠は未だ無いのです」


「三長官が、既に認めておる。貴様とて認めたからこそ、開き直ったのであろうがっ!」


「それは追い詰められたが故に、已む無きこと。これら一連の出来事が貴女方の陰謀なのではないかと――私はそう申し上げている。そちらの皇帝が偽物ではないと、貴女はどのように証明なさるのです?」


 フランチェスコが彫像のような細面を私と陛下へ向け、言い募る。


「本物か偽物か――それはお前が一番、よく知っているだろう。目的は何だ? 俺を倒すことか?」


 陛下が傲然と仰った。凛々しい横顔だ。

 しかしフランチェスコはニヤリと笑って、肩を揺らしている。「くくく……」

 まったく、無礼な男だ。


 顔に右手を当てて、フランチェスコが言った。


「ドゥーカス! この皇帝を名乗る偽物を、処分しろ! ああ――当然、巡検士も偽物だ! この者共は我等を誑かし、バレオロゴスを我が物にしようとする罪人である! 神の名の下――鉄槌を下すべしっ!」


 なんという暴論であろう。フランチェスコは杖を掲げ、神の名を語り始めた。

 だが、これには一定の効果があったようで、騎士達も「皇帝と大司教……どちらが正しいのだ?」などと再び懐疑的になっている。


「……御意」


 ドゥーカスが立ち上がり、巨大な盾を持ち上げた。妖精エルフならではの怪力だ。

 ヨハネスは未だ跪いたまま、オロオロと辺りを見回している。


「フ、フランチェスコどの……!」


 ヨハネスがフランチェスコの裾に縋り、潤んだ瞳を向けていた。


「そういうことにすれば良いのです。長官達もここで葬れば、問題ないのでは?」


「お、おおっ! そうだ! そうであった! 皆、掛かれっ! 三長官もろとも、皇帝陛下を僭称するやからを蹴散らすのだっ!」


 ようやく精気を取り戻したらしいヨハネスが、立ち上がって剣を抜く。それを合図として、バレオロゴスの騎士達も次々に立ち上がり、短槍を此方へ向けてきた。


「「俺達はバレオロゴスの騎士だ。団長に従うっ!」」


 騎士達が、口々に叫んだ。


「ほら、シュラ、剣だ。シーリーンも。ま、同盟国って言っても、やっぱり外国なんだよな」


 陛下は苦笑しつつ、私とシーリーンに剣を手渡している。

 ベリサリウスが獰猛な唸り声を上げて、クロエの前に立った。主を護ろうというのだろう。

 クロエの剣は、元間者の一人が素早く彼女へ渡していた。


 再び私達は敵に囲まれた。しかし先程と違い、陛下がおられて武器もある。

 この状況ならば、まったく負ける気がしないのだが……。


 ◆◆


 戦闘が始まった。

 バレオロゴスの騎士達が群がり、私達に対する包囲を狭めてゆく。

 最前列の敵に油断は無いが、僅かな隙間から、その奥で余所見をしている騎士が見えた。

 シーリーンが、その愚かな騎士に狙いを定めて短槍を投げる。陛下に剣を手渡されて、槍は不要だと思ったのだろう。


「私を前にして、随分と余裕ね」


 シーリーンの放った短槍に脇腹を貫かれた騎士が「ぐぅっ……」と呻き、その場にくずおれた。数人の騎士がその様を見て、尻込みをしている。

 

「お前たち、フランチェスコの言葉を信じたのか? だとしたら、愚かなことだぞ。世界最強の皇帝陛下を前に、どれほどのことが為せる? 何より、お前達が奉ずる大公こそ偽物。本物は此方にいるのだぞ」


 私の言葉に、騎士達がざわめいた。


「だ、だが――団長は認めておられぬっ!」


「ヨハネスは真実を知りながら、お前たちを謀っているのだ」


「え、ええい、黙れっ! 黙れっ!」


 彼等にしてみれば、本来忠誠を尽くすべき相手は、レオ五世だ。

 とはいえ偽物が正体を現していないので、今のところはクロエと比べて半信半疑。長官達の言を信じるよりも、直属の上官たるヨハネスの言に信を置いているだけなのだろう。だから躊躇いながらも、二人の騎士が陛下に斬りかかってゆく。


「偽物、覚悟っ!」


 愚かな――。

 私は陛下の前に出て、迫る一人の腕を取り、捻り上げて陛下の盾とした。斬り殺してもよいが、どうも陛下がそれを望んでおられぬようだからだ。

 勢いを殺せぬ敵の騎士は、急に目の前に現れた同僚の肩口を斬り付けた。

 血飛沫が上がるほどではない。ただ、鎧の割れ目から、じわりと血が滴っている。


「うぐ……」


 私は斬られた騎士を投げ捨て、斬った騎士を蹴飛ばした。

 

「掛かってくるというなら、これ以上の容赦はせぬぞ」


 鞘から剣を抜き放ち、私は周囲を睨む。青白い燐光が愛刀の刀身を被う様が、血を求める幽鬼のように感じられた。


 敵の人数は、見たところ百人近くに膨れ上がっている。

 しかし私達を囲む者は、ヨハネス配下のバレオロゴス騎士団だけだ。

 神殿騎士団テンプル・ナイツきざはしの上にいてフランチェスコを囲み、護っている。団長のドゥーカスも同様だ。彼はフランチェスコの前に立ち、巨大な盾を前面に翳して、陛下に鋭い視線を投げかけていた。


「数で押せ! 揉み潰せっ!」


 醜いヒキガエルの様な、ヨハネスの濁声だ。頭皮を輝かせて叫んでいる。


「ヨハネスッ! そこを動くなよっ! 今、殺しに行ってやるっ!」


 おや? ベリサリウスが、自らの周囲に血風を巻き起こしている。群がる騎士達をものともせず、ヤツは血刃を振い、前へと進んでいた。

 ベリサリウスが右に、左にと動くたび、バレオロゴスの誇る銀色の鎧が拉げ、騎士達の悲痛な叫びが上がる。やはりヤツは、自らの体躯に相応しい力量を備えているらしい。


 ――しかし困ったな。同国人であるヤツが真っ先に、同胞を血祭りに上げるとは。


「囲め! 囲んで槍で突けっ! 決してベリサリウスと一人で戦うなっ!」


 ヨハネスが唾を飛ばしながら、周囲の騎士に喚いている。腰が引けているのは、自らがベリサリウスに及ばぬと知っている為だろう。


 ――――


 クロエも、“獅子リョダリ”とやら言う異名の恥じぬ戦いを見せていた。

 槍の突きを刀身でいなし、敵の懐へ身体を滑らせ潜り込むと、鎧の隙間に細身の曲刀(シミター)を叩き込む。

 その戦い方は私とシーリーンを足して二で割った後に、魔法を引いた――という感じのクロエだ。純粋剣士といったところか。


「偽物ぉぉっ! 我輩と戦えぇぇっ!」


 ただ問題はクロエが、むしゃらに偽物を目指していることだ。

 本来の目的は一撃を入れて偽者の正体を露見させることなのに、クロエは滅殺を旨としているように見えた。

 まあ、本物が偽物を裁くなら、例え殺しても正体を露見させることが適えば問題はないか。


「……陛下、クロエと偽物をぶつけては? バレオロゴスの騎士達は、未だ悩んでいます。ここで偽物が正体を現し天使マラーイクの姿を晒せば、大勢は大きく此方へ傾くはず……!」


 敵の斬撃を紙一重でかわし、シーリーンが言う。どうやら私と同じ考えのようだ。

 彼女は舞うような足取りで、敵を翻弄していた。今も一箇所に集まった短槍の先端に魔法の火力を集中し、溶かして固め、敵の武器を無効化している。


「分かった!」


 陛下は力強くシーリーンに頷き、大剣の腹で十人ほどの敵をなぎ払う。斬り殺さない為の陛下なりの工夫だろう。

 けれど刃は“ブォン”と凄まじい音で鳴り響き、次の瞬間――壁際まで吹飛ばされた騎士達が、真紅の花を咲かせていた。


「……陛下。些か力加減が……」


 クロエが偽物に向かう為の道は出来たが、代わりに死屍累々だ。シーリーンが陛下に白い目を向けている。

 陛下はシーリーンと目を合わせようとせず、私にボソッと言われた。


「……やっぱり皆、死んじゃったと思うか……シュラ」


「どうみても……死んだでしょう」


「……分かった……これはなかったことに……再生リバース


 頷きながら、陛下が敵兵を蘇生させた。剣を背中に戻して、「俺って、どう考えても人間相手じゃ、オーバーキルなんだよ……」と仰っておられる。


 おーばーきるってなんだ?


 陛下が両腕を広げて白い光を掌から放つと、傷つき絶命したはずの騎士達が皆、淡い光に包まれた。

 先程壁に叩きつけられ、血を吐いて絶命した騎士達は、次々と頭を振りながら身を起こしている。

 さらに陛下は、ベリサリウスやクロエが殺した騎士までも助けておられた。


 逆にフランチェスコは、味方を再生させようとしていない。

 恐らく、偽物の正体が露見するのも時間の問題、と察しているのだろう。

 ならば、いずれ敵に回るバレオロゴス騎士団を、助ける筋合いもない――ということか。


 シーリーンは、苦笑を浮かべながら呪文を唱えた。


「陛下も随分とお優しい。分かりました、お任せを――眠り(ナワム)


 白い霧状の靄が、シーリーンの周りに発生する。そして蘇生した敵の瞼を、強引に閉じていった。


 ん――何だか瞼が重たいぞ……。


「ちょ、シュラ! 魔法に抵抗しなさいよ! 貴女まで寝そうにならないでっ!」


「え……? 私にも魔法を掛けたのかっ!? この愚か者! ちゃんと私を避けろ!」


「そんなに便利な魔法じゃないのよっ!」


 危うくシーリーンに眠らされそうになった私は、文句を言った。まったく、油断も隙もない。

 

 ともかく、こうしてクロエの道は開けた。あとは彼女が攻撃を加え、偽者の正体を暴けばいい。

 それでも真実を受け入れぬバレオロゴスの騎士がいるならば、その時は改めて私が殺してやろうではないか……くくく。


 それにしても、眠いなぁ。欠伸が出るぞ。


 ◆◆◆


 彼我の差は、百対十。けれど此方は、そのうち五人が一騎当千といえる猛者だ。万に一つも、敗北は無いであろう。しかし私には、一つだけ不安があった。

 それは陛下の魔法障壁が、何らかの理由によって四枚ほど削られていることだ。

 現状では杞憂だと思えるが、しかし――この期に及んで動こうとせず、ただ呪文をじっと唱えるフランチェスコが、どうにも不気味でならない。


 しかもあろうことか、神殿騎士団テンプル・ナイツは鉄壁だ。

 集団で防御魔法を唱え、そのフランチェスコを守護している。

 そんな状況なので眼前の敵は、ヨハネスと彼の率いる騎士団、そして偽のレオ五世だけなのは幸いと言えるが。


「陛下! 神殿騎士団テンプル・ナイツの防御を突破出来ませんか!? フランチェスコの動きが気になりますっ!」


 私は一人の騎士を斬り払いながら、陛下に問う。

 ちなみに敵の騎士は、戦闘力を奪う為に手と足の腱を切った。


「それは俺も気になっているんだが……敵を殺さないようにやれる自信がない!」


 ふむ、なるほど。確かに陛下が戦うということは、蟻の上を象が歩くに等しいからな。

 とはいえ、神殿騎士テンプル・ナイツはフランチェスコに忠誠を誓っているようだし、彼等は殺してもよいような気もするが……それに最悪、復活させてもよい。

 もっとも、一度でも殺されれば、その恐怖を消し去ることは難しいと思われる。陛下は、それを考慮しておられるのだろうか。


 私はクロエを見やった。どうやら、ようやく偽物と刃を交わし始めたようだ。

 隣では、ベリサリウスとヨハネスの剣戟も始まっている。

 ヤツ等がそれぞれの相手を倒せば、バレオロゴス騎士団は掌握出来るであろう。

 一応、それまで待ってみるか。


「シュラ……どうもフランチェスコが不気味ね」


「うむ。私もそう思うが――まずはバレオロゴスの騎士団を掌握してからだ。我等がこの国にとって敵では無いと知ってもらった方が、後々やりやすい」


 なんだかドサクサに紛れて、シーリーンが完全に私を呼び捨てにしている。友達ではないのだがなぁ。


「あら、ちゃんと考えているのね? 驚いたわ」


 む、む……? しかもこの女。私をかなり馬鹿にしているのではないか? 

 私は眠りから目覚めて起き上がった騎士の顔を殴り気絶させると、シーリーンの暴力的な胸を掴んだ。

 

「おい。私はお前と違って、こんな所に養分を取られておらんから、しっかり脳が詰まっておる。馬鹿にするなよ?」


「……あんまり羨ましいからって、人前で揉まないで欲しいわ。微乳のシュラさん」


 シーリーンは私の手を払い退け、スッと右手の人差し指を突き出した。それが私の、ちょっと敏感な部分に当たる。


「あっ……!」


 おのれ……シーリーンめ。私の先端にサラリと指を当ておって! ちょっと気持ち良かったではないかっ! もっと!


 ――って! 陛下が鼻血を出しておられるっ! 大丈夫ですかっ!?

 

 陛下がヨタヨタとたたらを踏んで、おさがりになった。

 シーリーンが前に出て、陛下を庇う。剣を振り上げ敵の攻撃を受け止めると、払い、そして右足で蹴り飛ばした。

 分厚い鉄板の鎧が“ゴォン”と鳴って、一人の騎士が吹き飛ぶ。それに二人の敵が巻き込まれ、尻餅を付いていた。

 

「どうしたのっ、シャムシールッ!」


 あ、シーリーンのクセに、なんて口の聞き方をっ! 私はイラァッとして、彼女の横に立った。


「なんだ、その口の聞き方は?」


「貴女ね、そんなことを言ってる場合? 陛下が鼻から血を出しているのよ?」


 むう。シーリーンが振り返り、懐から布を取り出した。さらに「治癒ヨアーレグ」を唱えようとしている。


「ま、待て、陛下の負傷は私が癒す。シーリーンは敵の排除を」


「……そうね。ここは臣下である貴女に任せるわ」


 シーリーンは暫し考え、陛下の鼻に当てた布から手を放した。私は彼女に代わり、陛下の鼻に手を宛がう。


 それにしても……いきなり鼻血を出されるなど、どうしたことだろう。これがフランチェスコの攻撃なら、確かにヤツは只者ではない。

 まるで魔力を感じさせず、陛下の鼻に傷を与えるなど――!


「フランチェスコ――まるで魔力を感じさせぬとは、何たる魔法の使い手かっ!」


 私は神殿騎士団テンプル・ナイツに守られているフランチェスコを、“キッ”と睨んだ。


「あ、いや……その……違うんだ。シーリーンの胸がムニュってなって……それでシュラがツンってされてたから……それで」


 ん? 陛下は何を仰っているのだ? シーリーンの胸が原因で鼻血? 意味が分からないぞ。

 ともかく私は「治癒ヨアーレグ」を唱え、片膝を付いている陛下の頭を、ギュっと胸元に抱え込んだ。


「もう大丈夫です、ご安心下さい。フランチェスコがどのような魔法を放とうとも、陛下に毛ほどの傷も付けさせませぬ!」


「シュ……シュラッ!」


 しかし陛下は私の腕から逃れ――ああっ!


“プシュー”


 陛下の鼻から、またも大量の血がっ! どうしよう! 


「シュラのおっぱいはちっぱい……でも柔らかかった……ふへ、ふへへ……」


 陛下の血が広がってゆく。緑の絨毯がどす黒く濁り、陛下は倒れてしまわれた。

 くっ……馬鹿なっ!


「許さん……断じて許さんぞ……フランチェスコ。貴様の素っ首、斬り落としてマディーナの城門に晒してくれるっ!」


 私は怒りの余り、我を忘れた。ふと気付いた時に唱えていたのは、“隕石召喚ハグル・ナイザキだった。


「ちょっと、何してるの、シュラッ!」


 シーリーンが、驚きに目を見開いている。

 しかし彼女が顔を私に向けた時には、轟音と共に眩い光が辺りを覆っていた。


 “ゴゴゴゴゴゴゴゴ”


 赤々と燃える巨大な石が天空から降り注ぎ、バレオロゴスの宮殿に直撃する。

 幸いだったのは、謁見室の直上に何もなかったことだろう。 

 被害といえば、巨大な円蓋に描かれた天使達が瓦礫と化し、意味を為さない石の屑と成り果てたことくらいだ。

 

 結局、凄まじい物音の割に、人的な被害は無かった。

 理由は、半円形に張り巡らされた神殿騎士団テンプル・ナイツの結界によるものだが――お陰で決定的な崩壊が避けられたのは、皮肉なものだった。


 割れて砕けた天井からは、青空が見えた。それと共に、上空には無数の天使達マラーイカが舞っている。

 ヤツ等が一様に驚いた表情を浮かべているのは、いきなり隕石が降ってきたからだろう。しかしヤツ等も器用に避けたようで、どうやら損害は無いらしい。


 ちょうど、その時。偽のレオ五世が天空を仰いだ。

 一条の光線が、一体の天使マラーイクを貫いていた。

 レオ五世は、仲間の死を悼んだのかもしれない。


 私はその攻撃に、見覚えがある。間違いなく、パヤーニー・レールガンだった。

 唖然とする偽のレオ五世は呆気に取られ、口をあんぐりと開けている。上位天使が容易く葬られるとは、思ってもみなかったのだろう。


 クロエは、敵の隙を見逃さなかった。

 ガラ空きになった偽物の胴へ、渾身の一撃を叩き込む。

 クロエの放った白刃が水平の弧を描き、偽物の胴へ吸い込まれていった。


「ぐああっ!」


 白いシャツが真っ赤に染まり、ボタボタと赤い血を零す。刃は半ばまで、偽物の胴へ食い込んでいた。

 クロエと同じ容姿だった偽物の顔が、徐々に歪んでゆく。――そして完全に、別人となった。

 滴り落ちていた血はすぐに止まり、ヤツは憤怒の形相を浮かべている。

 そして髪色が金に変わり背中から四枚の翼を突き出すと、今、偽者は完全に天使マラーイクへと変貌を遂げたのだった。

シャムシールの活躍は、まだでした。


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