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バレオロゴスの罠 15


 謁見室は、ベリサリウスから聞いたとおりだ。

 豪奢と称しても差し支えない空間に、フランチェスコ達がいた。彼等は全員が一段高いきざはしの上にいて、巨大な垂れ幕を背にしている。

 偽大公のみが金色の煌びやかな椅子に座り、他の者は立っている状態だ。


 階の下の床には緑色の長い絨毯が敷かれ、その上を大公に謁見する者が歩く事になっていた。

 絨毯の左右には両側とも、等間隔に五名づつ、完全武装の騎士が侍っている。いざとなれば大公の盾となるべき護衛なのだろうが――こうも鈍重そうな鎧を装備しているなど、愚の骨頂であろう。


 あとは内務、財務、外務の各長官が相談役として、階の下に机を並べている。

 これは各国の使者が訪れた場合、早急な判断を下す為に必要な措置であると、ベリサリウスが言っていた。

 言われてみれば確かに、全てにおいて専門家ではない大公では、判断に困ることもあろう。

 この制度に関しては、陛下も素直に頷いておられた。

 今後、我が国の謁見のあり様が、少し変わるのかもしれない。


「よく来てくれました、巡検士シュラ――」


 偽大公の少年が立ち上がり、階から降りて私の前にやってきた。そしておもむろに手を取り、ブンブンと振る。歓迎の意を表しているのだろう。それに、いかにもクロエがやりそうな仕草だ。

 真紅の髪と淡い緑色の瞳、加えて仕草も声も、確かにクロエと瓜二つ。これでは皆が騙されるのも、分かる気がする。


「歓迎して頂いて大変恐縮ですが――本日、私がまかりこしましたのは、この国にとって余り良いお話ではありません」


「なんと……それは一体、どういうことでしょうか?」


 私の言葉に一度大きく目を見開き、それから偽物のレオ五世は眉を顰めた。


「じつは今回、些か不審な情報を仕入れましてな。どうもこの国が聖教国と繋がっておると――そういう話があります。

 それも民を攫い、奴隷として聖教国へ売り払っているという話ですから、帝国としては放置する訳にも参りませぬ」


 言いながら、財務長官の顔をチラリと見た。じっと、私の後ろに立つクロエを見ている。

 時折目を擦っているが、それは我が目を疑っての事だろう。良い傾向だ。


「む……そのような話が――知っておるか、フランチェスコ顧問官」


 偽大公は振り返り、まるで石膏の仮面のような大司教に問いかける。


「存じませんな」


「ふうむ――我が顧問官も知らぬそうだ」


 眉間に皺を寄せたまま、偽大公が再び私を見た。まったく、本当にクロエそっくりだ。段々、殴りたくなってくる。


「では、閣下もご存じないと?」


「当然であろう。我輩が知っておれば、そのような輩を許しはせぬ!」


「でしたら、さっそく証人をお連れ致しますゆえ、話をお聞き下さいませ。その後、真相を調査するとことに致しましょう」


「証人……? そんな者が、おるのか?」


「証拠も証人も無しに、どうして閣下へこのような無礼を申せましょうか」


 私は微笑を浮かべ、偽大公に会釈をする。

 若干顔を引き攣らせた偽大公は、「よろしい、証人をここへ――」と言い、階の上にある黄金の椅子へ戻っていった。


「コホン」と咳払いの音が聞こえた。

 見れば坊主頭のヨハネスが、しきりにフランチェスコへ目配せをしているようだ。

 フランチェスコの方は素知らぬ顔をしているが――大方、伏兵の配置でも確認したいのであろう。分かりやすい男だった。


 ◆◆


 シーリーンが間者の一人とムニエルを連れて謁見室に戻ると、フランチェスコとヨハネスが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 フランチェスコはムニエルを見て、ヨハネスは間者を見て――である。


 まずはムニエルが進み出て、昨日と同じ法衣を着たフランチェスコの罪を問う。


「我はムニエル! 偉大なるテオスシャムシールさまにお仕えする者であーる! 我はそも、汝によって地上に顕現せし者! 任は奴隷と為すべき者共の監視と護送――そして聖教国の為に戦うことであった!

されどそれは、偉大なるシャムシールさまの意に沿うことにあらず! 故に我、ムニエルはここに宣言する! バレオロゴス大公国は、シャムシールさまを裏切っておるのだとっ!」


「ムニエル? はて――そのような御使いを、私は知りませんが?」


 フランチェスコが苛立たしげに、自らを指差すムニエルを見据えている。


「むう! とぼけるか、フランチェスコ! いや、第一級神格者ヘルメス卿!」


「神格者? それはまた、おかしな事を。我等の教義に、そのような格などありませんぞ」


「人間共の教義など、知った事ではない。貴様がいかに、偉大なるシャムシールさまと同等の神格保持者だからといって、我が再び平伏するなどと思うなよ! 今、化けの皮を剥いでくれるわっ!」


 ムニエルが四枚の翼をバサリと広げ、ツカツカと廊下を進む。そして階に足を掛けた、その瞬間――


「なるほど――魔族アスモディアンが化けているのか。ならば容赦はせぬ」

 

「む、ぐ、ぐぅ」


 高く掲げたフランチェスコの杖から、金色の蛇が飛び出した。それがムニエルの全身を這い、とぐろを巻いて彼を締め付ける。


「翼があれば、誰でも天使エンジェルだと思うかも知れませんが――残念ながら堕天フォーリング・ダウンする者もおります。

 さすれば、その者は既に魔族アスモディアン。引導を渡して差し上げましょう……」


 フランチェスコが杖を翳すと、蛇が大きな口を開けた。

 おぞましいのはそこからで、巨大な蛇がムニエルを頭から飲み込んでゆく。


「ぐぅぅ……おお……! ら、らめぇぇ……!」


 悲鳴を上げるムニエルは光の蛇に飲み込まれ、やがて蛇と共に光の粒子となって消滅した。いや……消滅……したよな?


「貴様! 帝国が証人として用意した者を、断りも無く殺したな!?」


 私はフランチェスコを断罪した。

 まあ――別にムニエルが死んだところで痛くも痒くもないのだが、ここは言っておかねばならないのだ。

 しかしヤツは笑みを浮かべて、


「虚言を弄する魔族アスモディアンを生かしておいては、両国の為になりますまい……」


 と、言うのみ。これは完全に開き直っている。それはそれで、腹が立つな。


「……そもそも、貴様が元凶ではないかっ!」


 私が奥歯を噛み締めていると、元間者が怒声を上げた。

 ヤツは自らを“影の騎士団(シャドーナイツ)のスブリウスと名乗り、ヨハネスとフランチェスコを糾弾してゆく。


「私が今まで任務の最中に見聞したことは、全てが国の為と思えばこそ、口を閉じてきたのだ。しかし――真実を知った今、もはや語らねばならぬ!」


 こうしてスブリウスは、三人の長官に向けてフランチェスコとヨハネスの癒着を説き、最後に本物の大公――クロエの前で跪いた。


「本物の大公閣下は此方におわす! 各々方、見誤ることの無きようにっ!」


 これには長官達と騎士達が、共にざわついた。そしてクロエの姿に、全員の視線が集まる。


「馬鹿な……フランチェスコどのとヨハネスが共謀して、大公閣下の暗殺を図ったなど……」


「だが、実際に見るのだ。巡検士どのと共に居る者を……大公閣下と瓜二つだ」


「うむ。最初から不思議であったが……」


 三人の長官が、口々に言っている。騎士達も動揺しているようで、ガチャガチャと鎧を鳴らし、階の上の大公とクロエを交互に眺めていた。

 当のクロエ本人は、未だ無言だ。自らが言葉を発するときは、決定的な時――とでも考えているのだろう。

 まったく、いけ好かないガキだ。


「な、何を世迷言を……! レオ閣下に似た者を用意しただけであろう! シュラどの! これ以上、我が国に干渉なさるとあらば、巡検士と言えども牢に入っていただきますぞっ!」


 ヨハネスが唾を飛ばして怒鳴っている。

 ヤツは銀の甲冑を纏い、真紅のマントを肩に羽織っていた。背丈はベリサリウスよりもやや低いくらいで、特徴的なのは丸坊主の頭だ。


「黙れ、ハゲ。貴様等こそ、皇帝陛下の忠実なるしもべであるムニエルを消して、どのように申し開きをするつもりか?

 その上、私を牢に入れるだと? 自らの国を滅ぼすつもりなら、それも良かろうなっ!」


 私は腰に手を伸ばした――が剣が無い。一刀の下に、首を刎ね飛ばしてやろうと思ったのに。くそう。


「なっ、ハゲ……ですと?」


「ハゲにハゲと言って何が悪いっ! 輝ける太陽とでも言えば満足かっ!」


 ……なので仕方なく、私は舌戦に応じている。


「……お待ち下さい、シュラどの。貴女を牢に入れるなどと申したは、ヨハネスの軽率。それに関してはお詫びいたしましょう。

 されどムニエルと名乗る魔族アスモディアンに関しては、浄化したまでのこと。むしろお側に置けば、皇帝陛下にとっても害悪となります。

 大司教たる私がこう申しているのですから、その点に関しましては、偽りなどあろうはずが御座いません。

 ――そうであろう、ドゥーカス?」


 フランチェスコが毅然とした態度で言った。さらに表情を一切崩さず、背後に控える銀髪の騎士に同意を求める。

 

「はい……大司教猊下の仰る通りにございます。シュラどのにおかれましては……是非ともご容赦を……」


 銀髪の騎士は真っ白い鎧の上に青いタバードを纏い、その上に鎖を巻きつけている。

 肩の左右に掛かった鎖は異様だが、見たところあれも武器のようだ。

 鉄鎖術の達人というのも、あの姿を見れば頷ける。それに左手に持った巨大な盾も、此方から攻撃する場合には驚異となるだろう。

 つまりあれが神殿騎士団テンプル・ナイツの団長、ドゥーカスだった。


 ドゥーカスは、じっと私を見ている。短い銀髪に碧眼――そして長く尖った耳は、間違いなく妖精族エルフだ。

 ならば身体能力は、人間を遥かに凌駕しているはず。そして妖精エルフのご多分に漏れず、闇妖精ダークエルフである私を毛嫌いしているのであろう。


「なるほど、あくまで白を切ると言うことかな?」


 私は一歩、前へ進み出て言った。


「白を切っているのではありません。証拠も無く、無体なことを仰っているのは貴女でしょう」


 フランチェスコが笑みを浮かべている。まだ、余裕があるのだろう。

 

「ところで、私の知るフランチェスコどのは、随分と老齢であったと思うのだが――貴方は随分と若い。魔法か何かで若返られたのかな?」


 うろたえる長官達が、視界に入る。

 どちらのレオ五世が本物か、未だに答えが出ないようだ。

 それと同時に、どちらに付く方が得策か――考えているようにも見えた。

 ならば彼等が此方に靡くまで、揺さぶりを続けるのも面白い。

 となると――クロエに関する決定的な証拠は、まだ出さない方が良いだろう。


 私はクロエに目配せをして、まだ語るな――と伝えた。


「ふっ……別に不思議なことは無いでしょう。先代・・がお亡くなりになられた後、私が跡を継いだだけのことです。大司教位は、司教の中から選ばれるのですから」


 青い目を細めて、フランチェスコが私を見ている。いつでもお前如きは殺せるのだぞ――そう語るような目だった。

 舐められていると思えば不快だが、同時に、この男なら私を殺すことなど容易いのだろう、とも思える。

 一体――この男は何なのだ?


「巡検士どの、我等は神殿騎士団テンプル・ナイツ。我等が付き従っていることで、フランチェスコさまの正当性を示すことにはなりませぬか?」


 ドゥーカスが言った。私は頷き、同意する。

 確かに、どのような事情があれ、神殿騎士団テンプル・ナイツは大司教を守護する為の騎士団だ。彼等が認めているのであれば、フランチェスコを別人として裁くことは出来ないな。


「――もう一つ、気になることがある。昨夜、随分と大きな騒ぎがあったようだが、一体何があったのだ?」


「あれは恥ずかしながら、囚人が脱走しまして」


 私の問いに答えたのは、レオ五世――つまり偽物だ。

 チラチラとフランチェスコの表情を気にしている辺り、よほど恐ろしいのだろう。


「人数は、どの程度だったのですか?」


「凡そ、二百名。今のところ、市街に被害が出ていないのが救いです」


「彼等の罪状は?」


 この問いに、偽物は目を泳がせた。


「罪が無くば、虜囚とはならぬはずでしょう?」


「――そのような問いは、内政干渉であります。お控え下さい、シュラどの」


 詳しく追及しようとした私に、丸坊主の騎士ヨハネスが言った。

 彼は口をへの字に曲げて、あからさまに不満を表している。


「内政干渉だと? その囚人達こそ、奴隷だったのではと言っているのだ。貴様等こそ、陛下の傘の下に居ながら、この期に及んで隠し立てするか?」


「貴様っ、大国の使者だからと言わせておけばっ!」


 私の言葉に、ヨハネスがいよいよ激昂した。


「何なら、証拠を集める為に聖教国まで行ってもいいのだぞ。皇帝陛下が全軍に号令を掛けさえすれば、聖教国など一揉みに踏み潰せるのだから。

 だが――そこでもしも奴隷を扱った商売を貴国がしているとの証拠が出たら、どうなるか分かっておろう?」


「言うにことかいて、脅しかっ!?」


「ああ、脅しだ。これが大国の特権というものだろう。小国の騎士団長よ……くくく」


 私はなるべく嗜虐的な笑みを浮かべ、階の上に居る四人を睨む。だが――歯軋りをするのはヨハネスただ一人で、フランチェスコ、偽者のレオ――そしてドゥーカスは動じていない。やはりまだ、決定的ではないのだ。


「それこそ、我等は皇帝陛下の御意に従うのみです、シュラどの」


 偽のレオ五世が困ったように、額を指で掻いている。

 この件を有耶無耶にしつつ、スブリウスに偽物だと言われたことを、何とか消し去ろうとしているのだろう。

 だが残念ながら、そうはいかん。


「ところで先程から不思議に思っていたのだが、貴殿は一体誰なのだ? 座っている椅子は紛れもなくレオ五世閣下のモノであろうが――スブリウスも言っていたであろう。こちらにおわすお方こそ、本物のレオ五世閣下であると!」


 笑いを堪えながら、私は言った。

 いよいよ長官達の動揺が頂点に達していたのだ。やはり、我が帝国の軍事力は恐いと見える。

 言ってやれ、クロエ!

 

「そうだ! その椅子は、紛れも無く我輩のもの! そしてフランチェスコ! 貴様が聖教国と繋がっておること――誰より我輩が知っておるぞ!」


 私の言葉に呼応して、クロエが大声を張り上げた。

 胸を張って、人差し指を階の上のフランチェスコに向けている。その姿に長官の一人が立ち上がった。


「前々から、私も思っておりました! 私からも問いたい! 貴方は一体、誰なのですか!?」


 髪も薄く白髪交じりの、几帳面そうな初老の長官が叫ぶ。ロマヌスだ。

 彼の指先は、真っ直ぐ偽のレオ五世を差していた。

 紺のチュニックや黒のズボンには皺一つ無く、彼は実にパリッとした佇まいをしている。しかし表情は暗く、目の下にどす黒い隈を作っていた。

 随分と悩み続けたのだろう。その発露が今なのだ。

 しかし上唇を震わせ、声が上擦っていることからも、彼の人生が度胸や勇気からは縁遠いものだったことが覗える。


「ロマヌス財務長官どの。いくら元老院議長ライクトールと言えども、口を慎まれませ」


 目の下をピクリと動かしたフランチェスコが、苛立たしげな声を上げる。


「フランチェスコ大司教顧問官どの、今日という今日は言わねばならん! 貴方が来られてから、この国は変わってしまった!

 わ、私はこれを、もっと早く、声を大にして言うべきであったのだ!」


 ロマヌスは進み出てクロエに一礼すると、そのまま緑色の絨毯を踏みしめて語り始めた。

 三人の騎士が彼を取り押さえようとしたが、シーリーンが割って入り、あっさりと敵を制圧してしまう。

 恐らく顎に当身を入れて回ったのだろう。それにしても寸分違わず急所を狙い、相手の脳を揺らして体の自由を奪うなど、並みの人間に出来ることではない。


「自分の国の財務長官が話をしているのに、それを捕まえようなど無粋なことを」


 シーリーンは一人の騎士から短槍を奪い、構えている。もののついで――といった気軽さだ。

 その様を見たヨハネスが、舌打ちをしつつも、「止めろ」と部下達を制する。だが騎士達は止まらず、敵愾心をむき出しにしてシーリーンを囲もうとしていた。


「巡検士シュラさまは、ロマヌスどのが何を語るか――知りたがっておられる。それを邪魔すると言うならば相手をするが――あまりシュラさまを怒らせてくれるなよ?

 私と違ってシュラさまは、“殺戮隊マズバハの化け物”との異名を持つお方。手加減など期待できぬ。勢い余って、お前たちを皆殺しにしてしまうかも知れんからな」


 シーリーンは倒した騎士の短槍をヒュンヒュンと回しながら、残りの騎士達に言った。

 この仕草から見ても、彼女が短槍という武器に精通していることが分かる。

 が、しかし――シーリーンがまた、私で他人を脅している。いくらなんでもその言い方は、酷いのではないか……化け物って……そんな。

 

 ――いやいや、そんなことより確認をせねば。


「ロマヌスどの、貴方はバレオロゴスと聖教国の繋がりを知っておられる。そういうことですね?」


「む? ああ、巡検士どの。そうです――だが、それは我等が望んでの事ではない。奴隷の売買に関しても――已む無く」


 ロマヌスが頷き、申し訳無さそうに項垂れている。


「我輩じゃ、我輩のせいじゃ……! 我輩があの日、天使如きに敗れたりせねば……!」


 クロエはロマヌスの手を取り、涙を零し始めていた。


「ええい! もういいっ! 巡検士どのといえど、大公を語る偽者を連れてくるとは許し難しっ! 者共っ! 奴等を捕らえよっ!」


 ヨハネスの怒声が響き渡るが、誰も動こうとしない。

 あれ? 私が恐いのか? いや、そんな、まさか――。

 騎士達の動きが止まっている間に、長官達が動く。

 

「ロ、ロマヌスどの……お主はそちらのお方を信じるようだが――何か証拠があるのか? 我等も信じるに足る証拠さえあれば――!」


 長官の一人が、おずおずと言った。

 ロマヌスが申し訳無さそうに、「グナエウス……」と言いながら、クロエの僅かばかり膨れた胸を指差した。


「おお! グナエウス! 証拠が欲しければ教えてやろう!

 実は我輩――女なのだ! 女である事を内緒にして即位をした! その事実を知る者は少ないが、ロマヌスは、その数少ない者。

 ほれ、見よ! 我輩には立派なおっぱいがあるのだ! それが証拠である! そして我輩のおっぱいは、皇帝陛下のものであるぞっ! わははははっ!」


 クロエが叫び、答える。アホか! 何がおっぱいだ!

 確かにクロエは今、黒い衣服を着ている。そして胸元が少しばかり膨らんでいるので――断じて私よりも大きくはないが、というか、同じくらいだが――傍目から見れば女と分かるのだ。

 しかし、これでいいのか? こんなのが証拠として、成り立つのか? 私はそこはかとなく、不安に駆られた。


「グナエウス! 確かにレオ五世閣下は――女であることを隠されて即位なされた! そういうことなのだ! ゆえに壇上の大公閣下が男であれば、それは偽物に相違ないっ!」


 ロマヌスが階の上を睨み、叫ぶ。

 偽物は秀麗な顔を歪めて、初老の長官を睨みすえていた。

 しかしその横で薄笑みを浮かべたフランチェスコが、「ふぅー」と小さな息を吐いている。


「まあ、仕方ありません。証拠は消せばよいのです……ドゥーカス」


 溜息交じりの声で、フランチェスコが言った。


「御意」


 ドゥーカスが頷くと、偽大公達の背後にあった垂れ幕が捲れ、数十人の騎士達が乱入する。彼等は皆、神殿騎士団テンプル・ナイツだった。

 

「お前たち、出合えっ!」


 ヨハネスも叫んだ。

 すると謁見室の両脇から、無数の騎士達が現われた。彼等は銀色の鎧を着た、バレオロゴスの騎士達だ。

 こうしてあっという間に、私達は包囲されたのである。


「シュラさま、早く」


「ん?」


「だから、叫びなさいよ」


「ん?」


「とぼけてないで……! シュラ!」


「だってシーリーン、恥ずかしいではないか……」


「武器が無いのよ!」


「槍があろう? 敵から奪えば……」


「無茶言わないで。フランチェスコとドゥーカス……あの二人は、得体が知れないわ!」


 私は渋々――本当に渋々、悲鳴を上げる事にした。


「……――きゃー! 陛下! 助けてー!」

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