バレオロゴスの罠 13
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応接室でありながら、誰も座っていない。テーブルの上には冷めた茶が乗っていて、張り詰めた空気には不釣合いだ。
私達は今、偽大公の間者に様々なことを聞いている。
もっとも重要なことは、聖教国との繋がりだ。どのような経緯を経たのか――間者から得られる証言は貴重なものだった。
「神殿騎士団の団長ドゥーカスはかつて、聖光白玉騎士団の一員だったらしい――団長のジーン・バーレットと反目して飛び出したのだと言っていた。
腕が確かだったので、一度フィアナに引き止められたそうだ。
実際、ドゥーカスの剣技は凄まじい。俺だってあれだけの人物が部隊を抜けるというなら、引き止めるだろう。
それに聖教国と東方教会は対立関係にあるとはいえ、今は教皇不在。――そんな時に東方聖教における圧倒的権威、大司教が手を差し伸べたのだ。フィアナの心も揺れたのだろうな。
……つまりドゥーカスがフランチェスコとフィアナの間に入り、両者の協力関係を整えた――ということだ」
間者の言葉のあと、中空から「おおー! 余のフィアナよー! 今助けに行くから待っておるのだー! おのれ、憎きは神聖帝国!」という叫び声が聞こえた。
……放っておこう。どうせパヤーニーの怨念に違いない。
というか、あのミイラ、気は確かか? フィアナも敵なのだぞ。
それはともかくとして聖教国は今、同じくフローレンスを名乗る神聖帝国に苦戦している。
闇隊の調査によって判明している二国の戦力比は三対一だから、一であるところの聖教国としては、後背に敵を抱え込むわけにはいかないのだろう。
むろん同盟関係が結べれば、それに越した事はない――現実主義者であるフィアナならば、そう考えるはずだ。
それに聖光緋玉騎士団は、教皇を団長とする聖騎士団の要。有象無象の枢機卿から教皇を選ぶよりは、遠くの大司教に尻尾を振った方がフィアナとしても楽なのだろう。
一方でバレオロゴスとしても、再び神聖帝国の矢面に立つ事は避けたい。だから聖教国には、何としても神聖帝国の攻勢を凌いでもらわなければならない――といったところか。
だとすれば、同盟は必須とも思える。もちろん、バレオロゴスの背後に我が国の軍事力が無かったとすれば、だが。
「だが、フランチェスコやドゥーカスはバレオロゴス人ではなかろう? 国の高官や貴族達はどうしたのだ? 彼等が承認せねば、外国人たる奴等が勝手に振舞った所で、それだけのことのはずだ」
「それは――多くの者が、水面下で聖教国と繋がるのも止むなしと考えて……」
「ふん、舐められたものだな。それ程、我が帝国は頼りにならんか?」
私の不機嫌な声で、間者の一人がビクリと震えた。
「そ、そんなことはない! 第一、そもそも我が国の外交はシバールと聖教国に対し、均衡を保つものだった。それが伝統なのだ」
「伝統は先の大戦の折、潰えたのではなかったか?」
「そ、そうだ。だからもちろん、これを同盟とは呼んでいない。あくまでもフランチェスコ大司教顧問官を通じ、商人を介しての付き合いだと言っている。
表立って行動すれば帝国に睨まれるし、そうなれば我が国など容易く滅ぼされてしまうだろう。皇帝陛下の恐ろしさは、存じ上げている」
「そ、そうです。ですから双方とも、角を立たせてはならぬとフランチェスコさまが……ヨハネス団長もそれを良しとされていますし……」
別の間者も、下唇を噛み締めている。
一方で陛下は、魂が抜けたような顔をしておられた。
「ほう? では、自分たちとしては、やむを得ずコトを進めたと? しかも大半はフランチェスコとヨハネスの独断ということか?」
「そうだ。今では、あの二人に逆らう者などいない。というより、フランチェスコ大司教が現われてから、国がどんどんと変わっていったのだ……」
そう語った間者は諦観を込めた表情を浮かべ、苦笑していた。
しかしそんな中で聖教国との連携を頑なに反対していたのが、当のクロエ・レオ・バレオロゴスだという。
強烈なシャムシール派であった当時のレオ五世は、断固としてフランチェスコの主張を認めなかったそうだ。
「当然であろう! 五頭竜の軍旗を掲げて、何故西側の国と相容れようかっ! 我輩をなめるなっ!」
間者の話を聞きながらも、拳を握り締めてクロエは言った。
再び怒りが沸きあがってきたらしい。
「それに――何が双方共、角が立たぬよう……だっ! そういうのを日和見というのだ! 我輩、絶対にそんなことはせぬ! シャムシール陛下の為に生き、死ぬるまでよっ!」
うむ……その意気やよし……とは思うが、一国の君主がそれでは困るな。だからこそ、クロエは失脚したのだろう。
純真無垢といえば聞こえは良いが、これでは天然バカに過ぎん。そう簡単に陛下は渡さんぞ。くそ、陛下にくっつくな! この小娘がっ!
というわけで当時、頑なに提案を受け入れないクロエに、大司教のフランチェスコも辟易していたらしい。
一方で彼は神殿騎士団を伴いコンスタンティノポリスへ留まったまま、神の御技としか思えないような数々の奇跡を起こしてゆく。
要するに昨日見た“回復”や“蘇生”のことだが――これで民の心をがっちりとフランチェスコは掴んだということだ。
その結果バレオロゴス騎士団長のヨハネスとも懇意になり、いつの間にか自身も顧問官という地位に収まってしまった――という顛末だった。
結論から言えば、その過程で大公の交代劇があった。
「偽物のレオ五世は、どうやら天使が化けているようだな」
交代劇の真相については、陛下がご存知らしい。
先程“現界の記録”を取り出し、ムニエルを召喚して何事かを確認しておられたのは、このことを調べる為だったのだろう。
いつの間にか陛下の側で、ムニエルが片膝を付いている。昨日、何があったのかは知らないが、今ではすっかり気心の知れた主従のようだ。
一礼して立ち上がると、ムニエルは全員を前に語り始めた。
「われら主天使は、時に聖人として人を導く。故に姿形を他者に似せて顕現する者も多い」
聞く者を魅了するような、ムニエルの美しい声だ。そういえばマーキュリーも無駄な美声を誇るが、天使とは元来がそういった存在なのかもしれない。
「――そうは言っても、実際の顔が変わっている訳ではない。あくまでも幻視だ。要するに魔力を全身に廻らせ、衣服の様に纏っているだけのこと。
つまり残念だがバレオロゴスの民は、主天使の魔力による変装に騙されている、ということだな」
今のムニエルに翼は無い。白い麻の服を着て、紺色のズボンを履いている。
だとすると、これらも全て自らの魔力によって生み出したものに過ぎないのだろうか?
ということは、コイツ裸か? つまり変態なのか?
「なるほど――概要と仕組みは分かったわ。けれど具体的に、どうすれば変装を破れるの?」
シーリーンが顎に指を当てて、首を傾げている。
「――そんなものは簡単だ。表面の魔力を維持出来ないほどの攻撃を加えてやれば、正体は自ずと露見する……がぼぉぉっ! な、何を――! シュラどのっ!」
「おお……本当だ。魔法の服が消えた……くくっ。というかお前、やはり裸だったんだな……」
私は、ムニエルを蹴飛ばした。
当然死なない程度に手加減はしたが、魔力を込めた私の右足は、見事にムニエルの脇腹を抉ったのだ。瞬間、衣服が霧状に散って、奴の肌理細やかな白い肌が露になる。
……男の癖に胸と股間を隠して、恥ずかしい奴だ。貴様の貧相なモノに、興味など無いわ!
「ふ、服を破っても同じ結果になるであろう! 魔力であれ繊維であれ、破壊されれば裸にもなるわっ!」
ムニエルが文句を言っている。何だか、私が無理やり脱がしたみたいな言い分だな。ちょっと不愉快だぞ。
――――
ともかく、大よその真相は分かった。
クロエを隠密裏に排斥したフランチェスコが、彼女に似せた天使を操り国を統治させていた、というわけだ。
「クロエさまを襲った天使が、そのまま入れ替わったという可能性は?」
ベリサリウスが、おずおずと口を開いた。彼は陛下の存在に気圧されて、部屋の隅で大きな身体を小さくしている。
「可能性というより、その通りだ。クロエと入れ替わった天使は、対象の抹殺に失敗している。だからそのことをフランチェスコに悟られないよう、必至なんだ」
「そのようなことまで、その本には書いてあるのですか?」
陛下が中空に浮かべた一冊の本を指差し、ベリサリウスは言った。
「ああ。この世界のことなら、何でも。――だから逆に、見たくないんだけどな」
陛下が苦笑を浮かべ、溜息を吐いておられる。ああ――側の空気になりたい。
そして、陛下は語られた。
当時、その天使にクロエの寝所を襲わせたのが、軍務の最高責任者であるヨハネスだったことを。
つまりはフランチェスコの野望にドゥーカスとヨハネスが加担し、表向きはシャムシール帝国の忠実な同盟国でありながら、裏では聖教国と繋るという二律背反したバレオロゴスが誕生したという話だった。
これも小国の生存戦略と思えば可愛いものだが、実体はそう言って済ませることなど到底出来ない。
何しろ現在のバレオロゴスは奴隷と天使の軍勢を聖教国へ貸し与え、神聖帝国との戦力を拮抗させている。
云わば、大陸西方の均衡を作り上げているのだ。そうなると、迂闊に滅ぼすことも出来ない。
しかも復興の遅延を理由に我が国から食料と財政支援を徹底的に受け、自らの国庫を富ませ続けている。なんとふざけた国家であろうか。
「何の為に、こんなことをしているのか……問題は、フランチェスコの思惑が分からないことだ」
これには温厚な陛下も怒りを露にして、奥歯を噛み締めておられる。
だが――フランチェスコの思惑が分からないとは、不思議だな。現界の記録に書かれていないのであろうか?
「陛下。我輩が不甲斐ないばかりに、申し訳ございません……」
クロエもギリギリと奥歯を鳴らし、悔しさを滲ませている。
私の疑問を他所に、クロエがまたも陛下に抱きついた。
ムカッとする。思わず私の奥歯も軋んだ。
「おのれ、ヨハネスッ! バレオロゴスの騎士団長でありながら、主を売るとはっ!」
ベリサリウスも同じく怒り、地団太を踏んでいる。相変わらず鎧がガチャガチャとなって、五月蝿い男だ。
「それこそ、ベリサリウス――副団長たる貴様が、騎士団を正せばよかろう?」
怒るベリサリウスに、私は皮肉を目一杯込めて言った。
「私は副団長といっても、冷や飯喰らい。実際には部下が一人もいない、爪弾き者。そうでなければ、今頃はとっくに騎士団を掌握している……」
悔しそうにベリサリウスが言う。ちょっと心の傷を抉ってしまったようだ。
「ベリサリウスを責めないでやってくれ。我輩を守っていたせいで、行動の自由が少なかったのだ。悔しい想いをさせたのは、偏に我輩のせいである」
瞳を潤ませ、クロエがベリサリウスを庇っている。
陛下がそんな彼女の頭を撫でて、慰めていた。
くうっ――この女っ、狙っているのかっ! 私も撫でてもらいたいっ!
「貴方がそういう立場になったのも、二年ほど前からではないか?」
私達の会話を聞いていた間者が、皮肉っぽい笑みを浮かべている。お陰で冷静になる事が出来た。
危うく陛下の胸に飛び込み、頭を突き出すところであったわ……。
「詳しく話せ」
私は言った。まだ何か情報があるなら、洗いざらい語らせねばならん。
「あ、ああ……二年前のことだ。私が報告へ参ったとき――ヨハネスさまは天使の一人から何か――そう、恐らくは金を受け取っていた。
私は『下がれ』と言われたのでその場を後にしたが、思えばあの後、ベリサリウスどのは東方兵站調査隊なる閑職に回されたはず……」
なるほど――ヨハネスが大公の異母兄であるベリサリウスを宮廷から遠ざければ、自分の正体が露見する可能性が下がる。クロエの抹殺に失敗した天使も、相当に必至だったようだ。
とはいえ、そのお陰で本物が足元に潜伏することになったのは皮肉を通り越して、いっそ愉快だな。
「ぐぐ……おのれ、ヨハネス――騎士団長という要職にありながら……!」
間者の言葉を聞いたベリサリウスは、悔しそうに地団太を踏んでいた。無駄に体が大きいせいで、石の床さえ抜けるのでは? と思えるほど激しい音が聞こえる。
ベリサリウスには悪いが、情報は充分集まった。これ以上、間者に聞くことはないだろう。
「ということは、フランチェスコ、ドゥーカス、ヨハネスの三名が、今回の大公暗殺未遂に始まる、国家の簒奪を企んだ首謀者ということだな。加えて聖教国との関係を密にし、我が国を裏切ろうとしている。となれば、由々しき罪だ。即刻裁かねばならんが――
しかし、慌て者の天使がいたお陰で、クロエどのは生きていらっしゃる。不幸中の幸いとは、このことのようだ」
三人の間者は一様に頷き、私を見上げている。
「よろしい。巡検士シュラの名により、お前達を解放する……後日、今日と同じ話をしてもらうこともあろうが、その時はよろしく頼む」
私は三人の縄を解き、解放を宣言した。
身元などの情報は、陛下の現界の記録にある。そのことは奴等も理解していよう。
しかし何故か間者共が、不思議そうに私を見ている。殺してほしいのだろうか?
残念ながら、それは無理な相談というもの。陛下は無用の殺人を好まない。
ここで無抵抗なお前たちを殺しては、私が陛下に嫌われてしまうではないか! さあ、散った、散った!
陛下が私を見て、頷かれた。そして中空を見上げ、声を張り上げる。
「パヤーニー! 宮殿へ行くぞ。お前は不死隊で宮殿を囲み、万一の事態に備えろ」
陛下が力強く仰った。直後、中空に濃い闇の波動が現われ、「了承」という声が響く。パヤーニーの声だ。
周囲は怪現象に狼狽しているが、真実を知っている私やシーリーンからすれば、失笑を禁じえない。
それにしても陛下が“はーふぱんつ”というのは、やはり変な感じがする。
「その――皇帝陛下。我等はどのように行動をすれば……?」
間者の一人が、おずおずと言った。
跪いて頭を垂れる姿勢は、感心できる。最初からそうしていれば仲間の死も、怪我も無かったであろうに。
――というか、さっさと逃げ出せばよいものを、何を留まっているのだ?
「どのようにも何も……好きにしていいんだけど……むしろ、どうしたいんだ?」
ほら、陛下も困った顔をしておられる。
「むろん、皇帝陛下に絶対の忠誠を誓いますからには、供をさせて頂きたく存じます。これから宮殿へ向かわれるというのであれば尚のこと、陛下におかれましても、我等が必要ではないかと。
ただ、その前に少しばかりお時間を頂戴いたしたく存じます」
「……え? 俺? そこはクロエに忠誠を誓って、彼女を守って欲しいけど……」
「御意。では、クロエさまに忠節を尽くします。もとより、我等は大公家の影騎士。当然のことでございましたな」
「ああ、分かればいい。それで、付いて来たいなら止めないが――時間はそんなに無いぞ。何をするんだ?」
「はい。仲間の亡骸を放置するのも忍びなく……寺院へ運びたく存じます」
一瞬、間者の目がジロリと私を見た。
ふん――陛下とクロエには忠誠を誓うが、私のことは好かんといったところか。
「あっ! そうだった! 再生」
陛下が驚いた様に、手を打った。それからすぐに右手を伸ばし、中庭で死んでいる二人へ視線を向ける。瞬間、金色の光が二人の亡骸を包み、輝いた。
暫くすると死んだはずの二人が立ち上がって、キョロキョロと辺りを見回している。
応接間いた三人の間者が口々に二人の名を呼び、「良かった!」と声を掛け合っていた。
しかし復活したにしては、二人の様子がおかしい。顔面蒼白で、瞳の色も曇っていた。何やら強力な闇の波動も感じる……。
「ああ、間に合わなかった……」
陛下がボソリと仰った。次の瞬間、「さーびす、さーびすぅ! 新品の腐乱死体を二体、げっとしましたゾッ!」という声が中空に響いたのである。
「まだ腐乱してねぇよ……パヤーニー、さっさと行け」
陛下は髪をボリボリと掻きながら、珍しく不機嫌そうな顔をなさっていた。
◆◆
私達は邸を出て、いよいよ宮殿へ向かうこととなった。
陛下はテオドシウスの大剣を借り受け、背中に背負っておられる。本当は鎧も借りたかったようだが、大きさが余りにも違う為、断念されたらしい。
その代わり服装を整え、今は全身黒尽くめとなられている。
これはクロエたっての願いで――「やはり黒甲帝ですから! 黒い服を着てくださらないとっ!」と、彼女は半ば強引に、陛下の衣服を決めてしまったのだ。
どうも陛下は押しに弱い気がするが、正直、これだけは私もクロエに賛成だった。
鬱蒼としたベリサリウスの庭園を出れば、宮殿は目と鼻の先にある。
川を一本隔ててるといっても、平時の今は橋もあり、通行に不自由することはなかった。
パヤーニーは再び不死隊を指揮するために北側の森へ向かったらしく、彼の気配は周辺に無い。だからここで行動を共にする者は、シャムシール陛下、シーリーン、クロエ、ベリサリウスと五人の元間者だ。
合計すれば十人となるから、通りを歩けばそれなりに目立つ。ことに馬に跨ったベリサリウスの巨体が、誰彼構わず目を惹いていた。
決して二体の腐乱死体が目立っている訳ではない、と思いたい。
とりあえずこんな状況なので、設定がある。それは――ベリサリウスが騎士団の副団長として、護衛を申し出た。それを快く受け入れた私は、彼に案内を頼み、宮殿を訪れる――というもの。
幸いベリサリウスが閑職に回されていた為、「帝国に何とか取り入りたいのだろう」という周りの憶測も期待できる。
「これが一番だと思うけれど……信憑性も高いでしょう?」
この設定の誕生時、発案者のシーリーンは頬に指を当てて微笑んでいたが――当事者であるベリサリウスは、なんとも情けない顔を浮かべていたものだ。
そんな訳でクロエと五人の元間者は、ベリサリウスの私兵ということになっている。
なので全員が、彼の支給した銀色の全身鎧を着用していた。
“ガチャ、ガガッチャ”
「ぬ、ぬ? お、お?」
道を歩きながら、クロエが妙な動きをしている。
躓きそうになって慌てて体勢を戻したり、陛下にぶつかってみたり――だ。
小さなクロエの身体には、一般的な成人男子が着用する鎧など大き過ぎたらしい。足の部分など、特に緩いようだ。
こうなるといっそ、転ばないのが奇跡としか言いようがない。
――と思ったら、陛下がクロエを支えておられる。なんだかイラァっとするぞ。
「クロエどの。――鎧が重ければ、脱いで馬丁のふりでもしてはどうです?」
「い、嫌だ。それでは我輩、武器を持てぬ。武器を持てねば、偽物と対峙した時、戦えぬではないか!」
「でも、そんな鎧を着ていては、戦えないでしょう? 馬丁でも、剣くらいは持っていますよ」
「む、む……では、宮殿に着いたら脱ぐ……だが今は、このままで……スンスン」
私の言葉に頷いたクロエは、ガチャリ、ガチャリと重そうな音を立てて歩く。
腕を陛下に支えられ、幸せそうな顔を浮かべているのが腹立たしい。
しかもドサクサに紛れて、またも陛下の匂いを嗅いでいた。
――とはいえ彼女は今まで、本当に辛かっただろう。二年という雌伏の時を越えて、今日、陛下に再会したのだ。そう思えば、この浮かれようも納得できる。
おそらく成長すれば、クロエは良い君主になるであろう。
正義を尊び道理も弁えている。私とは正反対の彼女の資質が、とても輝いて見えた。
……うん、ヤツが大公位を放棄するというなら丁度よい。闇隊に入れて、たっぷり闇色に染めてやろう。その間に私が陛下と結ばれるのだ、くくく……。
「シュラ……シュラさま? 涎が出てるけど、大丈夫?」
「む、シーリーン、問題ない。警戒を怠るなよ」
「……あ、貴女がね……」
陰謀の説明がくどいと感じたら……すみません。