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オロンテスの方針

 ◆


 アエリノールの碧眼とクレアの褐色の瞳が、俺にざっくりと刺さっている。

 本来なら、こんな美人二人にまじまじと見られたら、嬉しくて鼻の穴が膨張するようなものだが、今回に限り、そうはいかなかった。

 俺は今、人生の岐路に立たされているのかも知れない。


「……聖騎士になれるのって俺だけ? シャジャルやハールーンは駄目なのかな?」


 多分、奴隷騎士マルムークよりも、間違いなく聖騎士になった方が待遇が良くなるんだろう。けれど、俺の脳裏には、シャジャルやハールーンの顔が浮かんでいた。

 あいつ等は奴隷騎士マルムークに滅ぼされて、奴隷騎士マルムークに取り込まれたのだ。いや、シャジャルを取り込んだのは俺だけど。

 それなら、あいつ等こそ聖騎士になった方が本望じゃないだろうか。


砂漠民ベドウィンは聖騎士になれないんだ。我等の中で彼等は『不浄の者』と呼ばれていから」


 申し訳無さそうに耳を下げて、アエリノールは俺の質問に答えてくれた。

 なんだか、その件に関しては碧眼エルフも不本意そうだ。

 けど、そういう事なら、俺が一人で寝返る訳にはいかない。残念だけど、俺はシャジャルの面倒を見ないといけないし、ハールーンの夢を聞いた以上、出来る限りは手助けしてやりたい。


「じゃあ、悪いけど断る。俺は聖騎士にならないよ」


 俺の答えを聞くと、アエリノールは目を見開いていた。もう、碧眼が飛び出さんばかりの勢いだ。耳も”ぴん”となってはいるが、左右でかなり角度が違う。なんだか、色々と美人が台無しだ。

 どこまで驚いているんだよ。

 ていうか、なんで断ってるの、この人、みたいに見るのはやめて欲しい。

 断られる、という事も想定してから誘えっていう話だ。


「じゃ、じゃあ、わたしはどうやってネフェルカーラを倒せば……?」


 おい、それこそ自分で考えてくれ。俺を味方にして何をしようとしてたんだ? この残念上位妖精(ハイエルフ)は。


「国王陛下、ご入来!」


 お、なんか号令が聞こえてきた。

 国王が来るらしい。

 良かった、これ以上アエリノールと不毛な会話を続けると、ここにいられなくなってしまう。

 クレアにジト目を向けられていたからな、あぶなかったぜ。


 辺りを見渡せば、長机の前にも小机の前にもそれぞれ人が揃っており、同時に起立していた。

 俺も席を立って、アエリノールの動作を真似してみる。

 右手を左胸の前において……多分、国王に敬意を示すポーズなんだろうけど、こういうのは、事前に教えておいて欲しい。


 国王リジュニャンが玉座につくと、一呼吸おいてから重臣達も再び椅子に座った。

 俺は、辺りを見回し、目ぼしい者を探る。

 ちょっと気が動転したけど、奴隷騎士マルムークとしての仕事をしよう。

 

 そうなれば、やはり、国王も標的の一人だ。

 リジュニャン。ニャンって名前だから、もしかしてネコミミかと思っていたんだが、流石に違った。この世界もそこまで甘く無いらしい。ネコミミはそう簡単に見つからない。

 リジュニャンは、癖のある金髪の上に宝石をはめ込んだ王冠を被る、中肉中背のおっさんだった。どこまでもがっかりだ。俺の萌え心を返してほしい。

 

 ……気を取り直して、目ぼしい人物を探そう。


 オットー男爵が長机の最前列に座っている。この人が二大騎士団の一つ、金牛騎士団クリューソスタウラスの団長だ。

 相変わらずの筋肉達磨だし、俺に気付く素振りも見せない。まあ、昨日会話した訳でもないし、当然か。だが、一瞬だけ俺をチラ見した眼光は鋭く、鋭利なオーラを纏っているように見えた。うん、やっぱ強そうだな。


 オットー男爵の隣に座っている人物は、レオポルド伯爵。こっちが銀羊騎士団アルギュロスアリエスの団長か。

 赤茶色の髪に褐色の瞳、通った鼻筋が顔の真ん中にあって、むかつくけどイケメンだ。アエリノールは全く興味無さそうだけど、クレアが奴をチラチラ見ている。

 クレア、わりとビッチ系か?


 あと、標的と言えば、オットーの正面に座っている男もそうだろうな。

 この国の宰相、ハインリッヒ公爵。国王の親戚だそうだ。金髪碧眼はアエリノールと一緒だけど、だらしない腹部は弛みきって、顔も脂塗れの様子。

 年齢は四十代も半ばって所だろうか? 王国きっての切れ者だ、なんてアエリノールが言っていたけど、アエリノールから見たら、全員が切れ者に見えるんじゃないだろうか。

 人物評はクレアに聞いた方が良さそうだな。


「さて、今日は明日にも攻め寄せるであろう異教徒共との決戦についてだが……皆の意見を聞きたい」


 国王であるリジュニャンが、厳かに会議の開始を告げた。

 議題を聞いて、俺は思わず吹き出しそうになってしまう。

 俺、なんてナイスなタイミングで潜入してるんだ。

 だけど、もしも俺の正体がバレたりしたら、きっと凄い事になるんだろうな。そう思い直すと、背筋に冷たいものを感じた。


「陛下、我が騎士団にご下命頂きますれば、きっとシバールの聖帝カリフめを誅殺してご覧に入れましょう」


 イケメンのレオポルドが、かっこよさげな意見を言い始めた。


「一万の兵で五〇万の敵をどうやって攻めるつもりだ。つまらぬ事を言い立てて、悪戯に陛下の兵を損なうつもりかっ! 気概だけでは勝てぬわっ!」


 筋肉男爵オットーが、現実的な数字を言っている。イケメンのレオポルドを一喝すると、筋肉男爵は、そのまま国王に、ちょっと弱気な進言をした。


「我が軍は総力を結集してさえ五万にも足りませぬ。ここは、和平の使者を送っては如何でしょうか?」


「何を愚かな! オットー殿。異教徒共と手を結ぶなど、法王猊座が許し給うはずが無い!

 ……さては、あの噂は本当だったとみえる。何しろ男爵は、敵と裏で結んでいると言いますからなぁ」


 しかし、デブッチョ公爵ハインリッヒが、真っ向から筋肉男爵オットーに異を唱えている。


「ハインリッヒ公爵、それはあくまで噂であろう? オットー男爵は誇り高き武門の者! 彼の潔白は私が保証する!」


 うん、イケメンのレオポルドめ、一々言う事がカッコイイじゃないか。

 しかも、さっきオットーに一喝されているのに根に持たないとは、性格も良いのでは?

 でも、まあ、一万で五〇万に勝つつもりだったんだから、馬鹿か。


「ふん。噂だとしても、だ。どちらにしても異教徒と和を結ぶなど馬鹿げておる! 断固として戦うべきだ!」


 デブッチョ公爵ハインリッヒは、唾を飛ばしながら自論を展開している。

 それにしても、主戦論の文官と穏健な騎士っておかしいよな。

 しゃべったら暑くなったのか、ハインリッヒは額に浮かんだ大量の汗をハンカチで拭っていた。

 それにしても、なんで王国一の切れ者が、負ける戦に乗り気なんだろう? 


 主戦派のハインリッヒが舌鋒鋭く議場を席巻し始めると、穏健派の騎士が怒声を発する。どちらも、俺が見る限りでは譲る気配がなく、時間ばかりが過ぎていた。


 そんな中、一つの有力な意見が、厳かな声によって齎された。


「うむ、なるほど。

 和議も……或いは良いかもしれぬ。

 しかし余は法王猊下に対し、改めて救援の要請をしようと思う。無論、聖光緑玉騎士団グリーンナイツの派遣はありがたく思っておる。しかし、やはり我等が勝利を得るには数が足りぬ。

 ……ここは聖地なのだ。

 法王猊下がこの地を守ると一言御下令あらば、それは即ち『聖戦』となる。ならば北西の諸王も団結し、我等の救援に駆けつけるであろう」


 国王の声に、会議に連なる面々の表情が明るくなる。

「それならば、勝てる」なんていう声もちらほらと上がっていた。

 様子を見ていると、ハインリッヒだけ妙に元気がない。オロンテスにとっては希望が見えてきたんじゃないのか? ハインリッヒは、負けたいのか?

 まあ、俺があいつを怪しんでも仕方ないんだけども。


 結局、この後も意見が大量に出たけど、国王の意見が通り、オロンテスの方針は決まった。

 つまり、堅固なオロンテス城内に篭り、北西諸王の援軍を待って篭城する、ということだ。

 そんな中、アエリノールもクレアも実に渋い顔をしていた。

 特に、アエリノールは「聖戦」というキーワードが出るたびに、眉間に皺を作りながら耳をぴくぴくさせている。

 余りにも耳の動きが気になったから、途中で掴んでみると、


「はうあっ!?」


 と、妙な声をアエリノールが出したので、俺は慌てて知らん顔をしたのだ。

 結局、会議中、碧眼エルフの発言はそれだけだった。


 まあ、さし当たって国家の方針を聞けただけでも、間者としての俺の働きは中々のものなんじゃないだろうか。


 会議が終了すると、皆、それぞれの身分に応じた広間へと下がり、任務が与えられるのを待つ事になった。


 さしあたり、俺には任務など与えられる訳もないのだが、一応は騎士隊長ということで「豊穣の間」と呼ばれる部屋へ通された。

 アエリノールとは離れることになったが、クレアは同格ということで側にいる。

 だがまあ、クレア一人なら心配は無い。さあ、仕事に取り掛かろう。


「シャムシール。何処にいくのです?」


「ふがっ」


 クレアさんが、俺を呼び止める。それもそうだ、無言で去って良いわけも無い。

 しかし、男にはなさねばならぬ事も、たまにある。


「あ、おしっこです」


 俺は、体をくねらせて緊急事態を訴えた。この程度の演技は、お手の物だ。


「うふふ。トイレの場所は廊下に出て右、それから突き当たりを左に行くと階段があるの。

 階段を下りれば、すぐにトイレの場所は分かると思うわ(くふふ。私と二人だからって緊張しているのね)」


 一瞬、舌なめずりをしているように見えたクレアさんは、にっこり笑って俺にトイレへの道順を教えてくれた。


 怪しまれない為に、俺はクレアの説明通りに廊下を歩き階段を下りて、トイレに入ってみた。

 むむ。トイレ事情は確実にマディーナよりも良い。常に壁から床の溝へと水が流れている。いわゆる水洗であった。

 

 いやいや、探るポイントはトイレ事情じゃない。もっと大事なことを調べなければ。

 あんまり調べられなかったら、それこそネフェルカーラに怒られてしまう。


 そんな訳で階段を上ると、俺は来た道へは戻らず、真っ直ぐ白亜の回廊を進み、「豊穣の間」の奥に位置するであろう部屋へと足を向けた。


 あれ? あそこにいるのはハールーン?

 

 長大な廊下の途中、デブッチョ公爵ハインリッヒの前に、俺は片膝を付いて畏まるオレンジ髪を見つけた。

 巨大な城で精神的”ぼっち”の俺は、ハールーンらしき人影を見つけて、妙に嬉しくなったのである。

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