バレオロゴスの罠 7
※残酷な描写があります。
◆
私とシーリーンで、手分けして牢を開けてゆく。囚われているのは百名程度と予測していたが、実際のところ倍はいた。といっても全ての牢に二十人ずつ、という具合に分けられていたわけではない。
老人や子供といった、値段の安そうな者は一つの牢に三十人弱。逆に戦奴となれそうな男達や性奴隷になれそうな女達が、十人前後で牢に閉じ込められていた。
当然、大勢が詰め込まれた牢の衛生状態が、良かろう筈もない。牢を開けると汚物の臭気が漂い、鼻をツンと刺激する。
要するに、奴隷は家畜と一緒。虐待もしないが、優遇もしない――といった所か。
陛下とパヤーニーには逃走経路確保の為、上の階にいるであろう牢番や兵の警戒を頼んだ。
パヤーニー個人の戦闘力は分からぬが、陛下お一人でも警戒はおろか、制圧も可能だろう。だからこれは、むしろ天使探しのようなものだ。
ついでにバレオロゴスの将軍も拉致できれば上々なのだが、流石に地下牢周辺になどいないだろうから、余り多くを望みすぎてはいけない。
私は牢を開けながら、他の場所に囚人が居ないかを尋ねる。
「ここの他に、牢は? まだ囚われている者はいないか?」
「い、いない。ヤツ等が一度に連れて行ける人数は、限られている。お、俺達がいれば、食費だって掛かるからな。ヤツ等も、無駄に捕らえたりはしないんだ……それよりアンタ……この人数を瞬殺って……しかも……うぷっ」
私の問いに答えた囚人の代表者らしき人物が、手で口元を覆っている。
なんだ、血を見るのが嫌なのか? 顔に傷もあって、いかにも戦士風の面構えなのにな。
「そうか……ところでお前、死体が恐いのか? 変なヤツだな。生きていればこそ、お前たちに害を為していたものを」
私は近くにあった牢番の頭を蹴飛ばし、廊下の隅へ転がした。ついでに優しく微笑んで、安心させてやる。あ、しかし覆面をしていた。意味が無かったな。
「あ、アンタの目が恐いんだよ……」
ん、何か言ったか? まあいい、聞かなかったことにしてやろう。こんなにたおやかな私が恐いなど、あり得んからな。ネフェルカーラさまのような人外と、一緒にされてはたまらん。
「――百九十六人。これで全員よ」
シーリーンの声が、背後から聞こえた。どうやらあの女は囚人の数を数えつつ、私の質問も聞いていたようだ。
「シュラ。貴女、死体の頭を蹴らないでよ。女の子が恐がるじゃない」
ついでに、こんな事を言われた。
いや、その……それはコイツが怯えていたようなので、視界に入らないよう蹴ったのだけれど……。
「わかった、シーリーン。だがな、私も女の子だぞ。私が恐くないのだから、皆だって……」
「はいはい、聞こえません。寝言は寝てから言って下さいね、シュラさん」
くっ! この女!
私をイラつかせておきながら、シーリーンは振り向きもしない。彼女は忙しなく、囚人達の状態を確認している。
まあいいさ、この状況だ。忙しい時に、取り立てて文句を言う事もあるまい。
そうこうしていると、先程の代表者と思しき男がシーリーンの側へ行った。
「そっちのアンタ、シーリーンなのか? 助かったよ。囚われてまだ日も経っていなかったから、死んだ者はいない。よく来てくれた」
おい、お前を助けたのは私だ。私にも少しは感謝しろ。
「いえ。私が何者かを知りながら、匿って頂いたお礼です。もっとも――脱出はこれからなので、安心するには、まだ早いですよ」
「礼などと……。ああ、ところで、あのとんでもない女はなんだ? いくら相手が牢番とはいえ、血も涙も無い所業だったが――」
代表者らしき男は白髪が混ざっているものの、無駄な肉のない均整のとれた体格をしている。恐らくハリムと同程度の実力は有していそうだ。それが私を見て、ぶるりと身震をしていた。
私を恐れているのか? いや、そんなまさか。覆面か? 覆面がいかんのか? 私は血も涙も出るぞ、このやろう。
まあいい、こんな所で詮索をされるだけ無駄だ。疑問に答えてやる。
「おい、私は帝国の巡検士、シュラだ。血も涙もないとは聞き捨てならんが、今は火急の時。とにかく急げ」
「帝国の? ああ、そうか。アンタがドゥバーンの殺戮隊か――あ、だがそれじゃ、シーリーンは?」
男が妙に納得している。そしてシーリーンを庇うように、彼女の横に立った。あらぬ誤解をしてくれるな……くそっ。
「シーリーンの罪はいずれ問うこともあろうが、死罪は免れよう。その女は、ハールーン王の姉でもあるからな。分かったら、さっさと歩け」
私は心配そうにシーリーンを見つめる男に、もう一度だけ答えてやった。面倒だが、ここで騒がれてはたまらないのだ。
「さあ、皆さん、あの血も涙もない人に付いて行って、地上へ向かってください! 宮殿の外へ出るまで、頑張って!」
シーリーンが言った。彼女がそのまま殿となって、私を先頭にした二百名弱が歩き出す。
陛下達はすでに地下一階へ上がってるようで、薄暗い地下二階に、その姿は無かった。
というかシーリーンまで私を「血も涙もない人」呼ばわりとは――罪には問わんが、後で絶対ぶん殴る。
――――
地下一階の手前に、金属の格子があった。その先には二人の牢番が立っている。
もしも地上から地下二階の牢獄を目指すなら、ここは必ず通らなければならない場所だ。
先ほどは幻界という違う次元を通った為、こんなものに阻まれることは無かったが、流石に二百名近くを幻界へ連れて行くわけにはいかない。
それに本来ならば上から来るであろう侵入者が、いきなり下から現われるのだ。敵も、かなり混乱するだろう。だから当初より、ここを通る作戦だったのだ。
「あの鉄格子は、俺が斬ろう」
「いや、ここは余が魔法で……」
「じゃあ、俺の魔法でもいいだろ?」
「だったら余が手足をバラバラにして」
私が追いつくと、階段の陰に隠れて陛下とパヤーニーが何やら相談をしていた。
「ジャンケンで決めるか?」
「む! 望むところ。余は負けぬ!」
「「ジャンケン、ポン!」」
「「あいこでしょ!」」
「「あいこでしょ!」」
何やら二人が、手を様々な形にして遊び始めた。なんだ、これは?
「勝ったぁ!」
結局、掌を大きく開いた陛下が、拳を突き出したパヤーニーに勝ったらしい。意味不明だが、どうやら陛下が階段上にある鉄格子を斬ることに決定したようだ。
「光速化」
陛下が一歩足を踏み出した瞬間、階段がひび割れた。そして陛下は爆風のように飛び出し、その刹那、階段上で凄まじい炸裂音が鳴り響いたのである。
――ガキィィィン――
濛々と土埃が漂う中で、石壁が崩れている。
鉄格子など跡形も無く消滅し、二人の牢番は吹飛ばされて、廊下の壁に叩き付けられていた。当然そんな彼等に、意識などあろう筈もない。
茫然としていたのは陛下で、ご自分の剣を見据えて――
「なにこれ、斬れないっ! あっ、割れたっ!」
と、喚いておられる。
だってその剣、なまくらですよ……当然です。
◆◆
武器を失った陛下は、憮然としてその場に立ち尽くしていた。
ともあれ鉄格子は消えたし、あとは進むだけだ。
進むだけなのだが――流石に、あんな物音を立てたのだから、人が集らない訳がなかった。
左右に広がる廊下は、牢番達の詰所だったのだろう。片方から十人ずつ、バラバラと完全武装の男達が姿を現した。
正面には地上へ通じる階段が見えるが、そこからもバタバタと足音が聞こえる。
私は陛下の右へ回り、十人の敵に備えた。
「パヤーニーどの、暫し陛下の身辺をお頼み申す」
まずこちらの十人を片付け、取って返して反対側。最後に正面の敵を片付ければ、問題などない。私一人で充分だ。
私は陛下の魔力が付与された曲刀を抜き放ち、敵へ突進してゆく。
同時に左手を魔力の炎で覆い、初撃の準備をした。
初手は敵の突き。
私は体を開いてそれをかわし、左手を敵の側頭部へぶつける。
「ぎゃあああ!」
炎を纏った私の拳を浴びて、敵の頭部が燃え上がった。むろん炎は全身を覆い、すぐさま敵の男は消炭になる。
炎に巻かれた男が炭化する様を横目に、二人の敵が私に斬撃を浴びせてきた。それをしゃがんでかわすと、そのまま私は一人に肩をぶつけ、敵の体勢を崩す。
相手の上体が反れたところで、ガラ空きの胴を一閃。男の上半身と下半身を分断した。二人目だ。
振り向きざま、返す刀で逆袈裟に斬り、もう一人も葬った。飛沫となった鮮血が、私の服を汚す。ちっ……。
「おのれぇっ!」
「とったぁっ!」
私が大振りをしたと思ったのだろう、二人の男が剣を構えて突進してくる。なかなか速い。確かにすぐさま、剣で対応するのは難しそうだ。しかし私がこの状況で、あえて剣に固執する必要などない。
(まったく――誰も剣士だなどと、言っていない)
だから私は魔法を唱え、そして首を廻らせる。
「お前たちは私が魔法を使うさまを、見ていなかったのか? 石化――」
見る間に剣を振りかぶった男が二人、足元から石になってゆく。
「これで五人。次は誰だ?」
ここに来て敵は警戒したのか、私を若干、遠巻きに囲む。
だが――いいのか? お前達は、私を斬り殺すしか生き残る道がないのだぞ?
「幻影……――」
私は姿を辺りと同化させて、一人、二人と男達の背後から首を斬り裂いた。鮮血が壁や床を彩り、篝火の炎に照らされて、ヌメリとした赤黒い光沢を放つ。これで七人。
「ひ、ひいいいいっ!」
残った三人の男は自らが詰めていた部屋へ戻り、鍵を閉めて篭城をする。
まあ、それも良かろう。
私は曲刀を鞘に納め、弓を射る仕草をした。
「光弓」
一撃目で扉が吹き飛び、二撃目で二人を同時に貫いた。
残った一人は壁際で涙を流し、怯えている。なんとも気概のない。我が軍中にいたら、このような弱卒など即刻処刑だぞ。だが、今この状況であれば、役に立つかもしれん。
私は歩み寄って近づき、壁際で震える男の顔面を掴んだ。
「た、助けてくれぇ」
「ふむ。では、陛下に忠誠を誓うか?」
「陛下?」
「ああ、シャムシール帝国皇帝、アッ・ザーヒル陛下だ」
「あ、ああ、誓う! なんでも誓う!」
「ほう、忠誠を誓うか、それは重畳。では、一つ、協力して貰いたいことがある」
「きょ、協力? 出来ることと出来ない事があると思うが……」
私は男の顔を掴んだまま、持ち上げた。指先に力を込めて、ギリギリと締め上げる。メキメキと音が聞こえ、男の顔が苦痛に歪んだ。
「わ、わかった! 協力する! 何でも協力するから、手を放してくれ!」
「ふむ……ならばレオ五世と聖教国の繋がり、これを証言できるか?」
「な、なんだ、それは?」
「知らんのか?」
「し、知らねぇ! 知ってたら喜んで証言するが、そんな国の大事、俺達みたいな牢番が知る訳ねぇだろ! ……です!」
「ふむ。では、お前は役立たずだな。やっぱり死ね」
私は指先の力を、さらに込めた。男は額から血を流し、痙攣している。そしてある瞬間、両目がグルリと上を向いて白くなった。
そのままグシャリと潰れた男の頭は、まるで柘榴の中身のようだ。といっても、食べたいとは思わないが。
私は握りつぶした男の頭を払いのけ、指に付いた脳漿を壁で拭う。これでこちら側の十人は、全て片付いた。
◆◆◆
「遅いぞ、シュラ」
私が部屋を後にすると、パヤーニーがふわふわと宙に浮き、側へやってきた。
見れば反対側の壁面が、真ん中あたりで抉れ、そして焦げている。しかも牢番達は全て胴体部分で両断されて、即死しているようだった。
私が敵を殲滅するのに掛かった時間は、先程の尋問を含めても僅かのはず。にも拘らずパヤーニーが遅いと言うのは、それなりに訳があったらしい。つまり、一撃で十人を屠ったということだ。
確かに一瞬で敵を殲滅したことに比べれば、私は時間を要したな。
「パヤーニーどの……あれは?」
私はどのような攻撃をしたのか気になり、パヤーニーに聞いた。
「ああ、うむ、余のメガ粒子砲である」
「目が、粒子砲?」
「目が、ではない。メガだ! ……といっても、確かに目から出るのだが」
「なんです、それは? 意味が分かりませぬ」
「ふむ。ここで詳しく申すのもなんだが、余の眼窩に魔力を収束せしめて――まあ、今回の場合は風系統……雷の魔力を利用したのだが――これにより極小なる数多の物体を電磁誘導によって加速させ、放出したのだ。それをご覧になった陛下が、“メガ粒子砲”と名付けて下さったのでな。余もそう呼ぶことにした」
顎に指を当てて、パヤーニーがウンウンと頷いている。彼の目からは今も、わずかの煙が揺蕩っていた。
「いや、パヤーニー。そういう仕組みの技なら、電磁加速砲という名にしよう」
陛下が水鳥の羽を背中に備えた男を引き摺りながら、パヤーニーに言った。
とても陛下の目が輝いていて、「レールガン、レールガンは男のロマン」などと呟いている。
この命名にパヤーニは一も二もなく頷き、「おお! それはカッコイイ響き!」と喜んでいた。
それにしても、陛下に引き摺られる男の翼は四枚――となれば、かなり上位の天使であろう。白い薄衣には銀の刺繍も施されているし、気品もある。しかしそんな天使が左頬を腫らして、グッタリとしていた。
これは「陛下がぶん殴って捕まえた」ということで良いのであろうか。まったく――相変わらず出鱈目なお方だ。
「正面の敵は、全部片付けたよ」
陛下が私を見て、事も無げに仰った。
やはり私如きが陛下の警護をするなど、おこがましいのであろう。結局、私が敵を殲滅するのに、一番時間が掛かっていたのだから。
「陛下。近辺の敵が片付きましたなら、急ぎましょう。ここを全壊させるおつもりならば構いませぬが、あくまでも法によって裁くなら、長居は無用と存じます」
「ああ、そうだな」
私の提案に同意された陛下は、引き摺っていた天使を肩に担ぎ、通路の中央へと戻ってゆく。
中央の廊下には、他にも六体の天使達が倒れていた。どれもピクピクと動いているから、まだ死んではいないようだ。
私は彼等を踏まないよう皆を先導し、地上へと続く扉を開けた。
ここから先は庭を突っ切り、宮殿の外壁をよじ登って外へ出なければならないが、その数も二百人となれば、相応の時間を有するだろう。
囚人全員に“幻影”をかける程の魔力など、私にはない。陛下もこれは、苦手のようだ。何故かお尻だけ見えたり、鼻だけ見えたりして、全てを隠すことが出来ないのだから。
とはいえ庭を突っ切る所までは、容易だった。牢番を全て倒したことが幸いしたのだろう。敵に情報が漏れるまでの時間は、稼ぐことが出来たのだから。
それから私は縄を渡し、宮殿の内から外へ抜けるための道筋を作った。子供たちから順に縄を昇ってゆく。力の無い者は、陛下や私、シーリーンが“機動飛翔”を唱え、抱えて運ぶことにした。
「わははは、調子に乗りおって! この主天使ムニエルを舐めるなよ……!」
“ポカンッ”
あ、陛下が天使の頭を殴った。
「ブフーッ! お前の名前、なにそれ!? ムニエルって魚料理かよ!」
私達が急ぎ宮殿の外へ囚人を移動させていると、突如、四枚羽の天使が喚き始めた。頬の腫れが引きつつあるので、体力が回復してきたのかもしれない。
見れば容姿は端麗と言えるし、引き締まった肉体も美しい。癖のある金髪は、まさに天使といった雰囲気を持っている。
だが陛下は、容赦なくそんな天使をペシペシと叩いていた。しかも腹を抱えて笑いながら、「ムニエル・ド・ムニエル!」と言っておられる。
意味が分からないが、名前と名前の間に“ド”を入れることで、ツボに入ってしまわれたようだ。
なんだか私も、段々と面白くなってきてしまった。ぷくくっ……。
「き、きさまらっ! 笑っていられるのも今のうちだぞ! 既に念にて我が主に、この事態をお知らせしたのだからなっ!」
「ああ、分かってるよ、そんなもん。だからお前だけ連れてきたんだ。黒幕を見たかったからな……」
「なっ、なっ……なんとっ……!?」
囚人達が半分ほど壁を乗り越えた頃だろうか――私達の前に、白い法衣を纏った男が現われた。率いる手勢は五十人ほどで、彼の背後に整然と並んでいる。完全武装した彼等は、牢番と雰囲気がまるで違っていた。まさに騎士、といういでたちだ。
「あれか、お前の主さまは? ムニエル・ド・ムニエル……ぷくっ」
陛下が、ムニエルと名乗った天使に問いかけた。
もう、ここに至ってムニエルは、陛下に首輪を付けられ紐で繋がれている。
陛下は人間の奴隷制度に反対のようだが、天使においてはその限りでは無いのだろうか?
「く、くぅっ……そ、そうだ……です」
「へえ、アイツは……」
黒い覆面に包まれた陛下の両目が、グッと細まった。
「このような夜分に神のご加護を受けたる宮殿を騒がせるとは、身の程を知らぬ者共ですね。天誅を下して差し上げましょう」
法衣の男の声に反応して、背後に並んでいた騎士達が一斉に前進した。
彼等は巨大な盾を前面に翳し、白い鎧を着込んでいる。マントの色は白で、裏地は青だ。
これは東方教会直属の神殿騎士団で間違いない。その戦闘能力は、聖騎士団にも匹敵すると云われているが……。
しかし本来彼等は、東方教会の大司教を護る為だけに存在しているはず。それが何故ここに……?
いや、違う。
騎士達の背後に隠れた男は、白の法衣に金の刺繍。緋色の帽子を被っているから、大司教に相違ない。
ただ――聞いていたよりも随分と若いせいで、惑わされてしまった。
たしか、東方教会の大司教は齢七十を超えているはず。しかし目の前の男は、どう見ても三十歳前後にしか見えないのだから。
「神のご加護を――」
法衣を纏った男が、両手を広げて天に祈る。すると騎士達の鎧が淡く輝き、金色の眩い燐光を放った。
「ふん――闇の戦いを知らぬ者共。夜に輝くなど、愚の骨頂であるわ」
私は輝く鎧に戦慄したが、パヤーニーは干からびた頬を吊り上げ、笑っている。風に靡く緋色のローブが、何処までも禍々しい。
「パヤーニー、シュラ、法衣の男との戦闘は避けろ。どうしても戦う必要があれば、俺がやる」
「承知――でも陛下、武器は? 余の仕込み刀を貸しましょうか?」
「あ……やっぱり今日は、時間を稼ぐだけでいい。あの男とは極力戦わず、撤退だ」
ジリッと陛下が後退された。そしてパヤーニーの肩をポンと叩き、疾風の如く駆け去ってゆく。
その時、陛下に引き摺られた首輪付きの天使が、哀れすぎる悲鳴を上げていた。
「ぐぅああああ! 締まる、締まる、死んでしまうううううっ! 止まって! 止まって下さい! 後生ですからっ! ムニエル・ド・ムニエル、一生のお願いでございまするぅー!」
「ブフッ――お前、自分で名前を言うなよ、面白いだろっ! ――っと。よし、この辺でいいかな。ムニエル――お前は石をありったけ集めて、俺のところへ持って来てくれ」
「はぁ、はぁ……ぎ、御意!」
いつの間にやら陛下は、あの天使を飼い馴らしたらしい。
そして次の瞬間、何かが私の横を飛び去った。
間髪入れず前進を始めていた騎士が二人、グラリと揺れて倒れる。二人は前後で縦列を成しており、さらに彼等の後方にある壁が、勢いよく爆砕された。
ついで耳を劈くような轟音が鳴り、凄まじい突風が私の全身を襲う。
背後を振り返れば陛下が右腕をグルグルと回し、「ちょっと力を入れすぎたか?」と仰っておられた。
またまたシュラ無双。
ちょっとだけシャムシールも無双です。
パヤーニーは……まあ……平常運転で。