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揺れる奴隷心

 ◆


 俺は青いチュニックを着て黒いズボンを履き、茶色いブーツを履いている。ついでに、腰にぶら下げた剣は、珍しく直剣だ。


 俺は今、聖光緑玉騎士団グリーンナイツの騎士隊長という事で、団長、副団長と共に馬に乗って王城に向かっている。


 オロンテスの大通りを行く人々が俺に向ける眼差しは、憧れに満ちていた。

 それもそうなのだろう、世界に冠たる聖騎士団の隊長達が颯爽と馬を駆り、城へと向かっているのだから。

 いっそ、拝む人さえいる始末だった。それ程に、オロンテスの人々は追い詰められているのかもしれない。


 騎士隊長という地位は、ネフェルカーラがアエリノールにゴリ押しして貰ったモノだ。

 それはつまり、俺はこれから、この地位が無ければ入れない場所に行かなければならないということ。


 なんてことだ。敵地の最深部で一人ぼっちなんて! こんなぼっちは聞いてない! もっとこう、チョロイのを想像してたんだよ、俺は!


 だから実際は、颯爽とは程遠い。

 本当は、恐怖と馬の振動でおしっこが漏れそうなのである。いや、正直に言おう……ちょっとだけ漏れた。

 だから皆、見るなぁぁ!


 ◆◆


 オロンテスには国王直属の二大騎士団があり、それは金牛騎士団クリューソスタウラス銀羊騎士団アルギュロスアリエスという。

 俺が臨時で所属する事になった聖光緑玉騎士団グリーンナイツは、王直属ではなく、遥か北西にあるという法王直属騎士団というものらしい。国王リジュニャンに泣きつかれて、現在はオロンテス防衛の為、五〇〇〇人ばかりが近隣に駐屯しているという話であった。

 

 そういった様々な説明を、俺は食堂で朝食を摂りながら受けた。

 まったくの無知で王城に入れば、貴族やら騎士やらと会話した時、絶対に話がかみ合わない。それでは情報収集等出来る訳がないのだ。だから俺は、明晰な頭脳を猛烈に回転させて、話を聞いていたのだ。

 だが、途中でお腹が痛くなり、大半の事はうろ覚えである。

 ヨーグルトを食べ過ぎたのかもしれない。

 故に俺は、やむなく会話による情報収集は諦めた。体調さえ良ければと思うと、残念でならない。

 ……決して、馬鹿だから覚えられなかった訳ではないぞ。


 そういえば食堂に通された時、シャジャルとハールーンは先にいて、俺を見ると涙を浮かべていた。

 二人とも目を真っ赤にして、殆ど寝ていないようだった。


「兄者……! 無事でよかった!」


「シャムシールっ! あんな無茶はもうやらないでよぉー!」


 凄く俺を心配してくれていた。

 二人とも「俺に付き添いたかった」との事だが、ネフェルカーラが俺の部屋に入れてくれなかったそうだ。

 なんでだろう?


 ついでに、俺が意識を失った後の事をハールーンに聞いてみたら、ハールーンはアエリノールに飛び掛かったあと、刀を弾かれて意識を失ったそうだ。気がついたらこの館にいたという。

 シャジャルは抵抗出来ず、そのままベッドに蹲っていたとのこと。やはり気を失って気がついたら、ここにいたそうだ。

 どうも昨夜の顛末はネフェルカーラしか知らないようだけど、聞いても妖艶な笑みを浮かべるだけで、答えてはくれない。

 まあ、皆が無事ならいいか。


 朝食の席には、昨夜アエリノールを酷く馬鹿にしていた二人の騎士もいた。

 赤毛の騎士がセシリアで、栗毛の騎士がクレアだと紹介された。

 セシリアが聖光緑玉騎士団グリーンナイツ序列第四席の騎士隊長で、クレアが副団長との事だった。

 どちらも、食堂に入るなり俺たちを見て驚いていたが、アエリノールのションボリ顔を見ると、呆れたように席についていた。いつもの事だと言わんばかりである。


 アエリノール……可哀想な上位妖精ハイエルフだ。いつも、一体何をやらかしているんだろう?


 それはさておき、今日は王城で会議が開かれるというので、アエリノールも王城に招かれる事になっているという。

 まったく、俺たちには都合が良すぎる展開ではあるが、それに乗じて、ネフェルカーラの条件の通り、俺も彼女のお供として王城に潜入する事になっていたのだ。

  

 アエリノールは会議に随伴する人物を、俺とクレア、という風に朝食の席で語った。

 クレアは、副団長という立場上随伴する権利が大いにある。しかし、随伴から外された赤毛のセシリアは、当然面白くなかったのだろう。


「何で私じゃなく、シャムシール? この子が随伴するんだ?」


 赤毛さんは、アエリノールに食ってかかっていた。

 食ってかかりながら、五個目のヨーグルトを一生懸命食べていた。いっそ、シャジャルと競う勢いで食べている。シャジャルは六個目に突入していた。

 気がつけば、俺のヨーグルトが無かった。会話に気をとられていた俺は、油断したのだ。

 犯人はシャジャルかと思ったら、ネフェルカーラに奪われていた。お前もかよ! ぺこちゃんみたいに舌を出した脳筋魔術師を見て、俺は怒りに震えたのである。

 ハールーンは半ベソで、縋るように俺を見ていた。なす術もなく、シャジャルにヨーグルト奪われていたのだ。


 それはともかくアエリノールの残念な頭脳では、セシリアの言いがかりに対して、うまく説明して納得させることなど不可能であった。


「ご、護衛も兼ねている。シャムシールは強いんだよ?」


 結局、碧眼エルフは侍女にヨーグルトのおかわりを大量注文すると同時に、頬を膨らませながら、こんな事をセシリアに言ってしまったのだ。

 さあ、大変である。

 それは別に、第二次ヨーグルト大戦が始まった事ではない。

 せっかく怪我が回復したと思ったら、すぐに朝から一試合する事になった俺が大変だったのだ。


「じゃあ、戦って勝ったほうが随伴だ!」


 セシリアがこんな事を言い出したのである。


 当然、そんな顛末はネフェルカーラも大好物だし、ハールーンも嫌いじゃない。シャジャルなんか、目を輝かせながら「兄者! 強さを見せ付けて下さい!」なんて言う始末だった。

 アエリノールの反応も酷かった。上手く話がまとまったと言わんばかりのドヤ顔をしている。

 まともだったのはクレアだけだった。


 クレアは、溜息混じりに憂いを含んだ声で呟いていた。


「はぁ。皆、戦う事しか考えてないのかしら」


 試合の方は、結果だけ見れば俺の圧勝だった。

 もっとも、これは剣戟云々の話ではなく、単純に力の問題なのだ。

 お互い直刀と盾を使ったのだが、セシリアの初撃を俺が盾で弾き、そのまま彼女を身体ごと吹き飛ばした。そして倒れた彼女の首に、剣をつき付けたのだ。

 多分、セシリアは初撃を様子見で打ち込んだのだろう、腕力の差も判らないはずだから当然だ。しかし、それが油断に繋がった。

 セシリアは首筋に剣をつき付けられて”ぽかん”としていた。

 確かに彼女の斬撃は早く強烈だったし、もしも俺の特性を知っていたならもっと戦えたとは思うけど、勝負は勝負である。

 赤毛の騎士は潔く諦めて、アエリノールに随伴する役割を俺に譲ってくれた。


「次は、本気で勝負してくれ」


 ただし、こっそりとこんな事も言われてしまったのは、とっても残念である。

 だって、俺は間違いなく本気でやったんだもの。買いかぶり過ぎというものなのだ。


 こうして、ネフェルカーラ達はセシリアの案内で大聖堂を見学に行き、俺たちは王城へと向かうことになったのである。


 あれ? ネフェルカーラさん、貴女の目的、観光に変わってません?


 ◆◆◆


 アエリノールの館から王城までは、一ファルサフ(約五キロ)。特に問題もなく、アエリノール、クレアと共に馬を駆り、俺は王城に辿り着いた。

 正直、今から行く場所を思うと、俺は怖い。だから、ちょっと位問題があって欲しかった。


「やっぱり行けなかったよー」


 こんな事を言いながら、へらへらと戻る事が第一希望でした。


 なのに、限りなく広がる青空の下、白亜の宮殿が俺の眼前に聳え立っている。

 なんだろう、この絶望感。


 それにしても、白い壁に金の縁取りとか、随分と豪華な建物ではありませんか。本当に負けそうな国なのかね? なんて考えてしまう。床だって、白大理石の部分が多いし。いや、こんな事に金を使ってるから負けそうにもなるんだろうな。

 群青玉葱城なんか、内装の補修だってされてない。その代わり、倉庫には大量の武器があるし、訓練場なんかは飛び散った血で彩られていたりする。

「でも、それが群青玉葱城の良い所」なんて考え始めてる辺り、俺も脳に、かなり筋肉が付いてきたな。まったく、日頃の訓練の賜物だよ。


 さて、門を潜り、白大理石の回廊を長々と歩き、緋色の絨毯が敷かれた階段を上って、一つの部屋に俺たちは入った。


 大会議室である。


 正面には黄金色の玉座があり、その下方には長大な長机がある。更に、その長机を左右から挟むように、多数の小机と椅子が並んでいた。

 すでに、それなりの人数が室内にはおり、アリエノールが入室すると、室内の面々が一斉に立ち上がり、礼を施している。

 軽く片手を上げて周囲を制す、アリエノール。

 その姿は、後ろから見ていると神々しい。さすが、上位妖精ハイエルフだ。今だけは残念さが影を潜めている。


 アエリノールの座る席は、長机よりも上方、玉座へと至る階段の手前である。その場所は玉座に最も近く、それはつまり、彼女が法王の代理としてこの地に赴いていることを表していた。

 

 アエリノールが小机を前に中央の席に座ると、俺とクレアはその左右に座った。


 正直、もしかして俺、立ちっぱなしかも? なんて思っていただけに、座って会議に参加出来る事は予想外にラッキーだ。

 でも、寝ちゃったらどうしよう。新たな不安が、俺の脳裏を過ぎる。

 学校ではもっぱら睡眠学習を得意としていたこの俺だが、如何せん、記憶効率が悪い事も否めない。悩みどころであった。


「シャムシール、キミはどうしてネフェルカーラのような性悪魔族なんかと一緒にいるのかな? キミは、砂漠民ベドウィンでもなく、魔族でもないでしょう。

 ……弱みでも握られているの?」


 俺が退屈を持て余し始めると、碧眼の長耳女騎士が声を潜めて聞いてくる。


 うん、その疑問はもっともだ。しかし、答えられない。まさか奴隷騎士マルムークだから! なんて正直に答えたら、九十パーセントの確率で俺、命落とすと思うから。

 まあ、弱みを握られているといえば、実際そうかもしれない。何しろサーリフのところに俺の携帯電話があるんだから。


「え、ええ? ネフェルカーラさまが、ま、魔族ぅ~? そんなこと無いですよぉ!」


 悩んだ結果、とぼけてみる。アエリノールは馬鹿だから、これでも十分誤魔化せるだろう。実際、俺はネフェルカーラの正体が何者かなんて知らない。全部アエリノールが言っているだけのことなのだ。

 しかし、意外にもクレアの方が食いついてしまった。


「どうして神聖な騎士団の館に魔族なんか入れるんですか、アエリノールさま。法王猊下に知られたらタダじゃすみませんよ?」


「え? いや、いや、ちゃんと殺そうとしたよ? でも、さ、ほら、お日柄とか関係するでしょ、戦うって」


「負けたんですね……それで弱みを握られてこの状況に?」


「違うって。戦おうとしたら間違って……ほら、ここのシャムシールを斬っちゃって。あは」


「あは、じゃないですよ。

 いいですか、大体アエリノールさまは、いつもそうやって一人で先走って失敗するんですからね。

 ……そもそも、魔族と馴れ合うとはどういうことですか。彼等は総じて怠惰で欲深く、無礼で残忍な生き物です。時を共にしても、我等には一利とてございません。

 ……もしもネフェルカーラという女が魔族なら、即時滅殺すべきです」


 どうやら、アエリノールはクレアの地雷を踏んだらしい。

 俺としては、下手な誤魔化しをせずに済んだようであった。

 だが、それとは別に、どうにもネフェルカーラの言われようが釈然としない。

 何もしていないのに殺されるなんて、いくらネフェルカーラでも可哀想だろう。

 いや、結局、密偵だから殺されても仕方ないってのは置いておくとして、だが。


「仮にネフェルカーラが魔族だとしても、彼女は人間を無差別に殺したりはしない。

 相手が魔族だからと言ってすぐに殺すなら、俺はそっちの方が酷いと思う。

 ……それが聖騎士のやり方なのか?」


 我慢できずに言ってしまって後悔する事って、あると思う。

 今がまさにその時だ。

 異教徒相手に、「魔族の擁護的発言は絶対ダメ」だった。

 それにしても、クレアの言ってた魔族の特徴とネフェルカーラってかなり一致してる。ちょっと笑えた。

 いやいや、問題はそこじゃない。俺は、生まれや種族だけでその人を判断する事は間違いだと思う。今は、その事を彼女達に伝えたいのだ。


 でも、青い瞳と褐色の瞳が俺を睨みつけているよ。そりゃあそうだ。

 ああ、俺、どうしよう! 人生詰んだ、かな?


「なっ! わたしがネフェルカーラを狙うのには事情がっ!」


 アエリノールが声を荒らげ始めた、やばい。でも、なんかポイントが違う?


「ぷっ。と、まあ、馬鹿馬鹿しい話は止めましょう。我が聖光緑玉騎士団グリーンナイツの内部に魔族などいるはずが無いのですから。

 アエリノールさまも、シャムシールも冗談が過ぎます。私も悪乗りが過ぎました。

 間もなく、国王陛下がご入来されますから、私語はこの辺で……」


 あれ? 結局、クレアがやんわりと纏めてくれた。

 そうか、ネフェルカーラを魔族と認めたら、騎士団まるごとヤバイもんな。


「そ、そうだよ。ごめんね、シャムシール。わたし、変な事を言った。

 わたしはキミを騎士団に誘いたかっただけなんだよ。今朝、セシリアを倒したのは見事だったもの。

 だから……ネフェルカーラから離れて、良かったらわたしの下で仮初ではなく、本当の聖騎士に、ね」


 なんとアエリノールは勧誘だったのか。それでネフェルカーラを……。

 なんて回りくどいんだ。

 でも、携帯を捨て置けば、こっちの方が待遇良いかもしれない。


 今、激しく揺れる、俺の奴隷心であった。

ちょっと長い話になってしまって、すみません。

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