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沙漠の帝冠 上

 ◆


 カルス会戦が終結すると、ゆったり一月を掛けて俺はヘラートへ凱旋した。

 凱旋した俺を待っていたものは、住民達の歓喜と歓呼、そして大将軍ライース・アルジャイシュの退位だ。

 だが、シェヘラザードが大将軍ライース・アルジャイシュを辞めてしまえば、いよいよシバール全体の統制が利かなくなる。だから俺はシェヘラザードに必死で翻意を促した。しかし、彼女は頑なに首を横へ振り続けるばかりだった。


「私は、シバールを未曾有の混乱に陥れた大将軍ライース・アルジャイシュよ。歴代で、もっとも惨めな存在ね。これ以上、恥の上塗りをしたくないわ。それに私は、貴方の妻になるのでしょう? スルタンの妻が大将軍ライース・アルジャイシュなんて、おかしいじゃない?」


 理由は、至極もっともだった。


 結局、大シバールとしては、これで権力に空白が生まれる。それは容認出来る事ではない。

 そこで現存する王達から投票によって、大宰相ヴェズィラーザムが選ばれることとなる。

 だが、スルタンを名乗る者は現在、俺だけだった。

 どういうことだ! 

 そう思った俺は、各地の太守たちにも声を掛け、王の代わりに投票するよう呼びかけた。


 結果――二十八対一と、圧倒的な得票数を俺は得る。

 ちなみに俺に入らなかった一票は、俺の一票だ。


 ――くそう。


 なんて言う訳がない。

 これは俺が作った出来レースだ。皇帝に至る為の、な。


 こうして俺は真暦一七五三年のティール月(六月)、大宰相ヴェズィラーザムに就任した。


 さて、大宰相ヴェズィラーザムというのは何かといえば、聖帝カリフから軍事、行政の権限だけをひっぺがしたものと言えよう。

 つまり純然たるナンバーツーが大将軍ライース・アルジャイシュだとすれば、大宰相ヴェズィラーザムはその上にあたる。

 宗教的な権限が無いだけで、シバールにおける最高位が大宰相ヴェズィラーザムなのだ。


 まあ――そもそも正直に言えば、俺は君主になる覚悟は出来ている。

 それも、極力宗教色を廃した君主――皇帝イムベラートールになるつもりだ。

 だからどちらにせよ、その階梯の途中に大宰相ヴェズィラーザムという地位が挟まるだけなのだが……なんとも簒奪者気分が半端ない。

 俺はあくまでも既成事実が欲しくて、このような手順を踏んでいるだけなのだから……。


 大宰相ヴェズィラーザムになった俺は、手始めとして美花宮殿ザフラ・ジャミールの一部を一般に開放。入館料を得て、その金を奴隷の解放に当てた。

 解放した奴隷はヘラート近隣の開墾や放牧に従事させて、後の税収も確保する。


「お、おら達、いきなりほっぽり出されても、何をしていいかわかんねぇ!」


 こんな事をいう元奴隷達は、半強制的に十年の軍役だ。その間に読み書きを覚え、土木の何たるかを知り、食物の育て方や家畜の世話を学んでもらう。

 その後は更に十年の軍役を努めるか、それとも平民として街に生きるか、農村へ下るかを選んでもらうことにした。

 ただ――この試みが上手くいくかどうかは、まだ分からない。 

 だが奴隷騎士マルムークとして十年仕込まれたものが、何の役にも立たない、などという事はないだろう。俺はそれ程心配していない。


「ふむ、上出来だな、シャムシール。小遣いを少しだけ上げてやろう」


 ネフェルカーラが俺の政治手腕に、少しだけ感心していた。

 結果、俺の小遣いはアップした。


 内政に関しては、俺が小市民だから出来るのだろう。

 それに現代の日本を手本にしている所もある。

 この世界には、俺の当たり前が、当たり前として存在しないのだ。

 だからそれを当たり前とするだけで、俺は立派な為政者となる。


 一方で、シェヘラザードをマディーナへ送った。

 彼女はマディーナでなら人気が高いし、俺はそもそもマディーナへ遷都するつもりだから。

 それに俺は、近い将来西へと軍を進めるつもりだ。

 何故ならプロンデルが破壊した諸都市から、治安維持をお願いされている。

 その準備の為にも、シェヘラザードの手腕は必要だった。


 ――といっても、少し前の俺ならば言葉の通り、治安維持を目的として軍を動かしたであろう。

 だが、今の俺は少し違った。

 

 名目は治安維持。しかし、実体は征服だ。

 俺は軍を進駐させたの後、その地に軍事基地を築く。

 そして軍事基地とマディーナを街道で結び、ニファルサフ(約十キロ)毎に駅舎を作るのだ。

 こうすることで首都と各地への連絡も密になり、全てがマディーナ化するという寸法である。

 所謂、すべての道はローマに通ず――作戦だ。

 やがて各国を属州や同盟国にすれば、パクス・シバールとか呼ばれる日が来るだろう。

 したがって、西へと広がる領土を視野に入れている俺は、遷都を心の中で決めていたのだ。

 

 執務室の窓から差し込む夕日を眺めながら、俺はネフェルカーラに今後の計画を語っていた。

 手に持ったチャイの器を机に置くと、”カチャリ”と磁器らしい硬い音が響く。

 かつては歴代の聖帝カリフが使っていたという重厚な部屋で、俺とネフェルカーラは向かい合わせに座って……は、いないな。


「そのように煩わしいことなどせずに、そのまま軍を進めて、制圧すればよいではないか。自国の治安も守れぬ者共の要請など、聞くに及ばぬ」


 ネフェルカーラは長椅子に横たわり、腕枕をしながら天井を見つめていた。

 こっちを向け、このやろう。


「それじゃあ、いずれ離反される。俺は世界の支配を目指すんじゃあない。共存を目指す事に決めたんだ」


「ふむ――では、神々は何とする?」


「――こちらから攻め込もうにも、行き方が分からない。精々今は、防御を固めるしかないな」


「それもそうか。では魔界は?」


「帝位を得たら、獲る」


「ほお……ふふ、ふはは」


 ネフェルカーラが長椅子から起き上がった。

 俺の顔を眺めて、なにやらニヤニヤしている……ようだが、口を相変わらず薄布で覆っているから、状態が分からない。


「なんだよ」


 俺は残っていたチャイを飲み干した。


「プロンデルに勝って、何やら変わったのう?」


「……俺が無様だったら、俺に負けた奴等が浮かばれないだろ……それに、俺の為に死んだ者も多いんだ……やるしかないだろ」


 俺は死ぬ間際のプロンデルを思い浮かべた。

 それにジャンヌ、パヤーニー、カイユーム……名も無き兵士達。

 皆が皆、俺が王であることを認めてくれた。そしてより高みに行く後押しをしてくれたのだ。

 プロンデルは、俺を対等な友と呼んだ。

 だったら俺は、皇帝になるべきなんだ。

 

 俺は拳を握り締めた。

 思い返せば、どうして彼らを助けられなかったのか。自分を不甲斐なく思う。

 

 ネフェルカーラが俺の隣に腰を下ろした。

 いつの間にか震えていた俺の右手を、ネフェルカーラが握ってくれる。

 柔らかくて暖かい、ネフェルカーラの手だ。


 思えばネフェルカーラと、これ程至近距離で接するのは、久しぶりだった。


 あの日、宴の後、ネフェルカーラは俺の寝台に潜り込んだが――俺は何もしなかった。

 いや、出来なかった。

 あの時はジャンヌもパヤーニーもカイユームも死んで、そんな気分にはならなかったからだ。

 以来、ネフェルカーラは少しションボリして、俺にあまり近づかなくなった。


 だが今日は、そろそろ日も暮れる。

 アエリノールは軍の訓練に出かけて、今日は戻らない。

 そしてネフェルカーラは、アンニュイな気分っぽい。

 俺は――


「なあ、ネフェルカーラ。今日は夕食を一緒に食べないか?」


「ん? もう食った」


 はやいよ……ネフェルカーラ。

 夕食から、気分を盛り上げてさあ、ぐっといこうと思ったのに。


 だが、この日の俺は少し違った。

 このまま即位したら、童帝と呼ばれてしまう。それは、避けたい。

 俺は咳払いを一つして、ネフェルカーラを所望した。


「じゃあ、夕食はいい。ただ……ネフェルカーラ、今夜は共に過ごしたい」


「…………?」


「嫌かな?」


「…………ふにゃ?」


 ネフェルカーラが大きく目を見開いて、驚いている。そのまま二度、三度と瞬きをした彼女は、跳ねる様に立ち上がって、後ろ足に扉の前まで下がってゆく。

 変な声は、気にしたら負けだろう。


 だけどネフェルカーラの反応は――俺を凄く不安にさせる。


 ここで俺、フラれるの? 散々妻になるとか言ってたのに……俺のベッドまで忍び込んできたのに、ちゃんと言うと、こんな反応なの?


「あ、あ、あ、あ、あ! あああぁぁぁとで、く、くっ、来るっ!」


 そしてネフェルカーラは、風の様に去っていってしまった。


 その夜、俺は一人枕を涙で濡らすのだろうと考えて、寝台に潜った。

 事実、暫く切なくて眠れなかった程だ。


 しかし、女神――ネフェルカーラが現われた。

 黒に金糸を散りばめたドレスを身に纏い、甘やかな芳香を漂わせたネフェルカーラが、湯上りの湿った髪のまま、俺の寝台に滑り込んできた。


 月明かりが照らす俺の寝室は、仄かに蒼い。

 そんな中に白い肌のネフェルカーラが現われれば、俺はもう、辛抱タマランですよ。


 ベッドの中で、手と手が触れ合った。

 

「はわっ」


 ネフェルカーラの体が、ビクリと震える。

 戦場では悪鬼のような彼女も、寝台の上ではまるで小動物だ。


 俺は優しくネフェルカーラのドレスを脱が……脱が……脱がし方がわからないので、自分で脱いでもらって、服を脱いだ。


 肌と肌が触れ合う。

 互いの温もりや心臓の音を確かめ合うと、自然笑みがこぼれた。


「シャムシール……随分と厚い胸板だな。触れてみると、よくわかる」


「ネフェルカーラの胸も、中々……触れてみると……ふへへ」


「こ、これは違う! 胸板とは言わぬ! ……あっ! 変な所を抓むな!」


 どちらからともなく唇を重ねると、自然、愛情が沸き上がってくる。

 互いに抱き合い、求め合って、俺とネフェルカーラは初めての夜を過ごす。


 こうして俺は、ネフェルカーラのお陰で大人の階段を上る事が出来た。

 ネフェルカーラも、俺のお陰で大人の階段を上れたと、感謝しているだろう。

 

 夜明けのチャイを、ネフェルカーラの寝顔を見ながら飲める日が本当に来るとは、思わなかった俺だ。

 初めて出会ったときは、ひたすら恐ろしい人だと思ったのに。


雷撃ラアドゥン……むにゃむにゃ……」


 瞬間、寝室に稲光が走った。


「ふ、なんだ、寝言か……」


 俺は焦げた頭を掻きながら、ネフェルカーラの肩に寝具を掛ける。

 朝方は特に冷えるから、風邪でもひいたら大変だ。

 でも、寝ているネフェルカーラを見ていたら、なんだかもう一回頑張りたくなってしまった。


「あっ、ひゃっ! やめぬかぁ……雷撃ラアドゥン……」


 言葉では拒絶しながらも、身を俺に任せるネフェルカーラが可愛くて仕方が無い。

 途中に挟まる雷撃如き、俺の前では静電気に等しいぞ。

 わはは、どうしよう、俺、止まらない。


 というわけで、しっかり夜が明けるまでに五回程こなした俺とネフェルカーラは、うっかり寝不足になった。

 朝食は皆と摂るしきたりだから、二人揃って寝不足だと物凄く疑われてしまう。

 だが、考えてみればネフェルカーラは妻だ。

 妻と夫が同衾して、一体何が悪いというのだ?

 そう開き直ろうと思ったが、俺はまだ彼女と正式に結婚している訳ではなかったな。


 そんな訳で朝食のとき、俺は意を決して皆に宣言したのだ。


「来年、俺は皇帝イムベラートールになる。それと同時に、ネフェルカーラ、アエリノール、ドゥバーン、ジャムカ、シェヘラザードの五名を正式に妻として、迎えようと思う」


 この席にはアエリノールとシェヘラザードがいない。だけど、ジャービルやダスターンといった将軍達もいるのだから、証人としてはバッチリだろう。

 ドゥバーンは感極まったのか泣き始めるし、ジャムカは頬を茜色に染めている。

 ネフェルカーラはいつも通りの様子で食事をしていたが、時折熱い視線を俺に向けてくれていた。


 ◆◆

 

 カルス会戦に参加出来なかったシャジャルがヘラートに到着したのは、俺が大宰相ヴェズィラーザムに就任して後のことだった。

 彼女はドゥバーンの指示に従いオロンテスを攻略し、その武威をもってかの地を平定した後の帰還だ。

 もちろんオロンテスは兵力を全て出して、もぬけの空だっただろう。それでも、人心を掌握し、オロンテスの地を服属せしめた功績はシャジャルに帰するものなのだ。


「兄者ぁぁぁああ!」


 謁見の間に、シャジャルの声が響く。

 シャジャルも今や、立派な将軍だ。

 水色のアバヤドレスを身に纏い、金の帯を腰に巻き、短剣を帯びたその姿は中々に凛々しいものだった。

 それでも、ダイビング抱っこは欠かせないらしい。

 謁見の間で、文武の官吏が無数並んでいるにも拘らず、彼女は階の上に立つ俺に突撃を敢行した。


「ご無事で、ご無事で何よりでしたぁ! あたし、あたしがもっと役に立たなきゃいけなかったのに!」


 柔らかい青髪から香る甘酸っぱい匂いは、シャジャルが女性として成長している事を感じさせた。

 有体にいえばシャジャルに抱きつかれた結果、彼女の胸の膨らみを、俺は今、如実に感じている。

 俺も大宰相ヴェズィラーザムという立場上、鎧など着ていられない。なので、黒い平服を着用しているからな。


 暫く俺に抱きついて涙を流し尽くすと、踵を返し、片膝を付いたシャジャルは将軍の顔に戻る。


「オロンテスと近隣諸都市、大宰相ヴェズィラーザム閣下の武威をもち、悉く治めてございまする……と申しても、メフルダートの死後は抵抗などありませんでしたが」


「はは、そうか、ご苦労。で、褒美は何を望む?」


 ここからは、通常のしきたり通りだ。

 これでシャジャルが何も望まなければ、金と武具、或いは領地を与えて終了となる。


「はっ……兄者……されば兄者の妻になりとう……存じます」


「はへっ?」


 変な声が出た。そう、俺の声は変な声なのだ。

 そして俺の横に立つネフェルカーラが、物凄い目つきでシャジャルを睨んでいる。

 

「シャジャルよ。その望み、王位などより上のものと心得ておるのか?」


 ネフェルカーラの声が、威圧感に満ちている。


「はい、存じております、ネフェルカーラさま。されどあたしは兄者のことが……」


「よい――すべては大宰相ヴェズィラーザム閣下の思し召しによる。お前の覚悟――気持ちは、もとより存じておった」


「すみません、ネフェルカーラさま」


 なになに? どういうことだ?

 ネフェルカーラはシャジャルの気持ちを知っていたって?


「兄者――いいえ、大宰相ヴェズィラーザム閣下。あたしはこれから、閣下のお気持ちが向くよう努力いたします。今回の褒美は、努力する事を認めていただければ、それで十分にございます」


 俺は頷いた。

 正直、シャジャルは可愛い。

 誰にも渡したくないと思っていた。だけど、それが我が侭だとも思っていたのだ。

 いずれシャジャルは誰かの妻になるのだ、と。

 ――諦めていた。


 といって、既に俺の妻は多い。

 今更俺の妻になって、シャジャルは幸せなのだろうか?

 いや、そりゃあ俺の地位は高くなった。

 地球基準で言えば、アメリカの大統領を超える権力者と言っても過言ではない。

 歴史で言えば、豊臣秀吉よりも成り上がった。

 でも、そんな男の下位夫人になることが、そんなに幸せだろうか?

 俺には分からない。


「シャムシール、自信を持て。お前はおれの夫なのだ」


 耳元で、凛としたネフェルカーラの声が響く。

 ああ、そうだ。

 俺が俺に自信を持てる理由が、あった。

 

 権力じゃあない。

 側に大切な人がいてくれる。

 だから俺は、自分を信じていられるんだ。

 シャジャルが望むなら、俺は精一杯シャジャルにも答えてやろう。

 だって、俺はシャジャルの事も大好きだから。


 シャジャルとの謁見が終わると、ハールーンが邸に来て欲しいと言ってきた。

 

「ウィダードを紹介しようと思ってぇ」


 ああ、そういえば、ハールーンの第一夫人はアーザーデではなく、ウィダードになる――そう聞いていた。

 なので俺は、将軍達の居住区へハールーンと共に移動する。

 一応馬車に乗るのは、権力者として仕方のない事だろう。

 それに俺は、美花宮殿ザフラ・ジャミール内の地理に明るい訳でもない。なので、馬車で行った方が迷わなくって便利でもあった。


 ハールーンの邸は、宮殿内の一角にある。

 といっても仮の邸だ。ハールーンも俺の遷都計画を知っているし、機会をみて姉探しの旅に出たいと言っているので、ヘラートに居を構えるつもりは無いようだ。

 邸の門には、二人の奴隷騎士マルムークが立っており、主人の馬車を丁寧に迎えた。

 丁寧に迎えつつも馬車の中にいた俺にビックリして、飛び上がっている奴隷騎士マルムークの一人は、少し残念な男だ。


「なんだか不思議な気分だなぁ」


「そうだねぇ。つい数年前は、あんな門衛でさえボクらの上官だったんだからねぇ」


 俺とハールーンは互いに苦笑しつつ、侍従に促されて邸に入る。

 ハールーンの邸に、メイドさんはいないようだ。


 邸の扉が開くと、小さな女の子が元気一杯にハールーンをお迎えしてくれた。

 

「お帰りなさい、ハールーンさま! それから、えっと……」


「シャムシールさまだよ。ボクらの王さまで、大宰相ヴェズィラーザム閣下でもある」


「いらっしゃいまし、シャムシールさま! はじめまして!」


 女の子の耳元へ口を寄せて、ハールーンがアドバイスをする。

 桃色のワンピースを着た紫髪の幼女は、礼儀正しく俺に頭を下げた。

 ハールーンが雇った侍女だろうか? やはりメイドはいたのか?

 それにしても、あんなに小さな子に家事をさせるのは感心出来ないな。


「わたくし、ハールーンがだいいちふじん、ウィダードにございます!」


 俺は、よろけた。

 アレが、ウィダードだった。

 ハールーンは、俺以上のロリコンだったらしい。

 俺のシャジャル好きなんて、可愛いもんじゃないか。

 

 確かにウィダードは可愛い。

 可愛いが、明らかに十年後だ。

 いや、三年、……五年後なら、いいかな。

 だが……今は、まずいだろう。

 児童なんとか法があれば、真っ先に引っかかるぞ、ハールーン。


「あ、ああ、その、シャムシール」


 頬をぽりぽりと掻きながら、ハールーンが何か言い難そうにしていた。

 しかし俺は、回れ右だ。

 いくら友とはいえ、これは子供過ぎる。

 少し羨ましいと思った俺は、変態じゃないぞ! 

 小さいものは可愛い! 可愛いは正義だからな!

 うん、俺は俺の思考が理解できないよ!


「――という、訳でございます」


 という訳だった。

 俺が回れ右をした先に立っていたのは、アーザーデだ。

 なんと俺は、アーザーデに説得された。

 アーザーデは、出来た女だ。自らは第二夫人に退いて、ウィダードという純真な蕾をハールーンの第一夫人にしようというのだから。

 それにウィダードは――本人が気付いていなくとも、沙漠民ベドウィンの中で間違いなく高貴な身分であったというのだ。


「だからハールーンさまに、最も相応しいのです」


 こうまでアーザーデに言われては、俺も納得せざるをえないだろう。


 そんな訳でハールーンが悪くないという事は分かったし、ウィダードの気持ちも理解した。

 結局ウィダードを正式に迎えるのは五年後だと言うし、その時にまた、改めて祝福してあげよう。

 いやあ、それにしても驚いたな。


 ◆◆◆


 シバールにおいて皇帝イムベラートールを名乗った人物は、未だかつていない。

 そんな中で、俺は帝位を得る。

 その日が、数週間後に迫っていた。

 

 戴冠式は、マディーナで行う事にした。

 黒甲将軍府を増築したり改造したりして、急遽宮殿としての体を繕っている。

 将来的には機能美を備えたテオス迎撃用城砦と為すつもりだが、戴冠式までの完成は間に合わないだろう。

 いや、もっと言ってしまえば、俺はマディーナそのものを第三新〇京市の様に、要塞化したいのだ。

 何しろテオスを敵に回すという事は、天使達を丸ごと敵に回すこと。同時にテオスの戦力は未知数なのだ。念には念を入れたい。


 もっとも、事情を知らないヘラートの民は、遷都される事と俺が出て行く事をとても残念がっていた。

 とはいえヘラートが真教にとって聖都である事は変わらないし、俺はヘラートに相応しい王をあの地に置くつもりだ。


「ヘラート王ハールーン」いい響きじゃないかな、と思う。

 俺がそう考えている事を告げると、


「ええええぇぇ! ボク、ここが仮の邸だと思っていたのにぃぃ!」


 なんて喚いていた。


「うん。まあ、来年からは美花宮殿ザフラ・ジャミールがお前の家だぞ」


 なのでこう言ったら、


「ええええ! ボク、五年は帰ってこないのにいいい!」


 と、素っ頓狂な声を上げていた。笑える。


 アイツは元々、王になりたかった奴だ。

 五年間旅に出るのは構わないが、その後は王国の統治もキッチリやって欲しいものである。


 さて、俺は今日、アエリノールの部屋でどんぐり研究に付き合わされていた。

 元々俺が鎧に火薬どんぐりを仕込んで武器にした事から始まった、アエリノールのどんぐり活用術だ。

 なので、頼まれれば付き合わない訳にはいかなかった。


 アエリノールは机の上で、どんぐりを縦に二十個も並べている。

 重力を無視したその様は、圧巻だ。しかしどんな意味があるのかは、まったく分からない。

 アエリノールが今、両手の間にどんぐりをおいて、気合を込めていた。


「はぁぁぁぁ……!」


 俺は長椅子に座って、じっと見守っている。


「シャムシール、後ろから、私の肩を抱いて! このどんぐりは、衝撃波をだすの!」


「ん? ああ、わかった」


 俺はアエリノールの華奢にも見える肩を、両手でしっかりと抱く。

 今のアエリノールは、平服だ。

 白く薄いブラウスのような上衣に、褐色のズボンを履いている。

 スカートを履けば、フローレンスの姫もかくやとなるであろうアエリノールは、基本的に男装を好んでいた。


 その時、アエリノールを外に弾き飛ばそうという力が、どんぐりから発生する。

 衝撃波――か。

 

 ”パァァァァン!”


 そしてどんぐりが弾けた。

 それは瞬間的に宇宙の開闢にも匹敵するであろうエネルギーで……ある訳も無く。ただ、俺とアエリノールが後ろに弾き飛ばされたのは、事実だった。

 弾き飛ばされた先には、アエリノールの寝台がある。

 俺はアエリノールを腹で支えながら、寝台に吹き飛ばされた格好だ。


「ううーん、失敗っ!」


 寝台の上で驚いている俺に、アエリノールが体ごと向いて舌を出している。

 やっぱりアエリノールは可愛い。

 俺の周囲は、アエリノールの香りで一杯だ。


 なんだか悶々としてきた俺を見て、アエリノールが首をかしげている。

 金色の髪が、俺の体の上を這っていた。


「アエリノール……」


 たまらず俺はアエリノールを抱きしめた。

 そうすると、なんの抵抗もなくアエリノールは瞼を閉じる。


「いいよ……」


 アエリノールの”いいよ”が、俺の頭の中を駆け巡る。

 この”いいよ”は、まさしく許可だ! 

 ミサイルの発射許可を、俺は今、大統領より得たのである!


 俺は既に、ネフェルカーラによって経験を得ている。

 剣術においては、人を一人斬れば初段の力があるという。

 ならば俺は初段だ。そして二段になる昇段試験を、今から受けるのだ。


 時刻はまだ、夕方だった。

 本日の夕食は、多分どんぐりだ。どんぐりになる。もう、どんぐりでいい。

 だがその為にこそ、俺は食前にアエリノールを頂く。

 

 アエリノールの髪は、サラサラだ。

 髪を撫でるとアエリノールは喜ぶから、沢山撫でてあげる。

 

「えへ、えへへ」


 とろけた様に笑うアエリノールは、本当に透き通るような美人さんだ。

 そんな彼女の服をゆっくりと脱が……脱が……せない俺。

 最近はネフェルカーラの服なら、なんとか脱がす事が出来るのだか。

 やっぱり仕様が違うと、ダメなんだな。


 結局俺は、アエリノールの服を中途半端に脱がしたところで、最大の難関にぶち当たった。


「いってぇぇぇ!」


 固く目を閉じたアエリノールの強固な結界が、俺の荒らぶる覇王を受け付けないのだ。


「ううっ! わたし、がんばるっ!」


 むしろ頑張らないで欲しいと思った俺は、アエリノールを優しく諭す。

 こうしてアエリノールに結界を解除してもらい、俺達は無事に結ばれた。


「結界を解除しないと、出来ないんだね、あはは……」


 翌朝、照れたように笑う半裸のアエリノールは、可愛すぎて反則だった。

 お陰で俺は、またしてもアエリノールの結界に当たり、股間に重傷を負う。

 しかしその事を誰に相談する事も出来ず、俺は一人、数日の禁欲生活に入るのだった。

あと二話です。


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