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残念騎士の憂鬱

 ◆ 


 床はひんやりしていて気持ちが良いが、それでも寝苦しい。

 長湯をしてしまったせいで、未だに身体が火照っているのだ。何回も寝返りをうったが、それでも丁度よいポジションを探せずに、俺は一時間以上を台無しにしていた。

 隣ではハールーンが、幸せそうな顔で眠っている。羨ましい限りだ。


「蜂蜜水って、耳から飲んでもおいしいねぇ。むにゃむにゃ……」


 ハールーンの寝言が響いた。

 お前は一体どんな夢を見ているのだ?


 俺は、どうせ眠れないのならと思って立ち上がり、窓から街を見下ろす事にした。

 寝静まった街を見下ろす俺。ハードボイルドだぜ。


 窓辺に木製の椅子をもって移動すると、わりとネフェルカーラのベッドが近くにある。

 ちょっと顔を覗き込んでやろう。脳筋魔術師の寝顔に落書きをしてみたい。うん、今なら可能な気がする。

 油性マジックはなくとも、筆ペン的な物ならば持っている俺様だ。ふふ、日頃の恨みを思い知れ!

 と、思って、ネフェルカーラの静かな寝息を邪魔しないように顔に近づくと……緑の瞳がパッチリと開かれました。


「わっと……!」


「おれの寝顔を見ようなどと、不届きな奴だ」


 寝ていても、間近に気配を感じると目覚めるらしい。やっぱり只者ではないネフェルカーラである。

 でも、そんなんだと、ゆっくり休む時はあるのだろうか? ちょっと疑問に思う。 


「いや、その、出来心で! じゃなくって、眠れなくて外でも見ようかと」


「そうか。おれもな、どうも今夜は寝苦しい。少し、話でもせぬか?」


「はい。ネフェルカーラさまが寝るまで、話し相手をさせてもらいます」


 なんだろう、唐突に。

 まあ、でもシャジャルもハールーンも寝ているようだし、ネフェルカーラと二人で話をする事ってあんまり無いからな。断る理由も無いし。

 決して、悪戯しようとしてたのがばれたら大変とか、そんな理由で快諾した訳じゃないぞ!

 とにかく、俺が快く応じると、ネフェルカーラがベッドの上で半身を起こした。

 窓から差し込む薄い月明かりのせいかも知れないが、彼女の切れ長の目が、何処かしら物憂げに見える。脳筋でも悩みはあるのだろうか?


「ふふ。そう畏まるな。

 なあ、お前はサーリフ様に買われた事、恨んでおるのか?」


「はぁ……。

 そりゃあ、牢に入れられるのは嫌だし、もっと良い食事はしたいけど、だからって今放り出されても俺には行くところもないし。それに、十人長になってからは給料も貰えてるし……だから、恨んではいないかな。ただ、戦争にかり出されたり、今回みたいな暗殺? みたいな任務はちょっと。

 ……俺は、誰も殺したくないんですよ」


「他を圧する力を持ちながら、殺しは嫌か。面白いな、お前は」


「多分だけど、ネフェルカーラさまも殺しは嫌いなんじゃないですか?」


「ふふふ。どうしてそう思うのだ?」


「殺し好きなら、今頃生きていないでしょ、彼女は」


 俺は、シャジャルが眠るベッドを指差して言った。

 ネフェルカーラは、無言のままベッドの上で妖艶な微笑を浮かべている。それは、肯定のようにも取れるし、否定しているようにも見えた。

 まあ、要するに、俺には脳筋魔術師の考えが良くわからんかった。


「……ふむ。お前は、おれの事が怖くはないのか?」


「……最初は怖そうな人だなと思ってましたよ、雷撃されたし。細い剣持ったら危ないし。

 でも、本当は優しい人なんじゃないかなって、最近は思ってます」


「なっ……や、優しくなど」


 ネフェルカーラがそっぽ向いた。多分、照れている。

 この脳筋魔術師は、俺にとって、非常に解り易い人物になりつつある。でも、きっと他の人には解らないんだろうな。彼女は、損な性格をしていると思う。

 そう思うと、俺は以前よりもこの脳筋魔術師に親近感を覚えるようになっていた。


 その時である。

 静かに部屋の扉が開いた。おかしいな? 確か、鍵はかけておいたはずなんだが。


 開かれた扉から姿を現したのは、食堂で顔を会わせた金髪碧眼の美女、アエリノールだ。

 薄闇の中、窓から差し込む月光を反射して、表情が青白く浮かび上がる。その姿は美しいが、固く結ばれた口元が、決して友好的な来訪ではない事を告げていた。

 いつの間にか、ハールーンが床から飛び起きて、刀の柄に手をかけている。

 シャジャルも同様にベッドの上に立ち上がり、いつでも魔法の詠唱を行える体制だ。


 しかし、アエリノールが柔らかく微笑むと、ハールーンが片膝をついた。辛うじて、刀を支えにして崩れ落ちるのを耐えているようだ。

 シャジャルの方は、呼吸を荒くして、ベッド上に蹲ってしまう。

 俺にも、心と体を締め付けるような圧迫感が襲ってきている。多分、ネフェルカーラの魅了チャーム魔法みたいなものだろう。だが、妙に体が重い。

 ネフェルカーラさえもが、苦しげな息をして、舌打ちをしていた。


 正直、まずい。

 多分、まともに動けるのは俺だけかも知れない。


「ネフェルカーラ、よくもわたしをたばかったな。しかし、ここに居たのが貴様の運の尽きだ」


「ふん。よくおれの事が思い出せたな。馬鹿なお前の事だ。どうせ思い出せまいと思って油断したわ」


「なっ! ば、馬鹿っていうな!」


「だって、馬鹿だろう?」


 ちょ、ネフェルカーラ。ここで挑発するの? まずいって、絶対。

 一応、俺は魔剣を手に取り、相手の出方を伺っていた。


「もういい! この忌々しい魔物め! 今日こそ死ね!」


 アエリノールは、よっぽど頭に来たのだろう。ハールーンもシャジャルも無視して、ネフェルカーラのいるベッドに真っ直ぐ向かう。

 俺は、咄嗟にネフェルカーラの座るベッドに横から身体を滑り込ませて、アエリノールが振り上げた剣を受けた。

 

 ていうか、最初、刀で受けようと思ったら、魔剣が俺の手からすべり落ちて、”がらん”と大きな音を俺の後ろで立てていた。とっても重くなっていたのだ。

 驚いたことに、持ち上がらなかった。

 理解は出来ないが、重力の操作でもされていたのかも知れない。

 結局、俺は、ネフェルカーラの正面に身体を乗り出して、アエリノールの剣を左肩で受ける事になってしまったのである。


「ああっ! ごめんっ! 無関係の人を巻き込むつもりは……!」


 ごめん? なんか、アエリノールが謝ってるぞ? そして、俺の肩からは血がどくどく流れてる。痛い。

 謝るよりも止血してくれ。白いシーツが、どんどん赤くなる。

 あと、俺、ぜんぜん無関係じゃないから! アエリノール! やっぱ馬鹿だ……

 

「アエリノールっ! おれに挑みたければ時と場所をわきまえろっ!」


 あ、ネフェルカーラが怒った。漆黒の髪が”ざわざわ”と逆立って……ああ、ネフェルカーラって、本気で怒ると全身から凄い妖気が出る……んだ。


「シャムシールっ!」


 弾かれたようにハールーンがアエリノールに飛び掛り、斬撃を繰り出していた。

 そうして、俺の意識は途切れたのである。


 ◆◆


 柔らかな絹の肌触りと、小鳥の囀り、そして竜の咆哮で俺は目を覚ました。

 うん、目を覚ました原因は、主に竜の咆哮だね。

 いや、良かったよ。小鳥の咆哮じゃなくて。小鳥があんな声で鳴いたら世界の終わりだよ、まったく。


 目を開けると天井には神々しい天使の壁画が描かれており、ベッドも広く、何処までも白く高級感が漂っていた。

 ベッドの右側では、げっそりとした表情の金髪碧眼アエリノールが苦笑していた。長耳も、ちょっとだけ垂れ下がっている。

 左側をみると、木製の椅子に足を組んですわり、むっつりとアエリノールを睨みつける、目つきの悪い緑眼の魔術師がいた。


 とりあえず、状況が良くわからないんだが?


「あー、おはようございます。ここはどこで、何がどうなったんですか?」


「ここはアエリノールの館だ。昨夜、間違・・ってお前を斬ってしまったアエリノールに、責任を取らせて看病させておった。

 おれには、上位回復魔法ハイヒールなど使えんからな。シャジャルも無理だと言っていたし。

 こやつは腐っているが上位妖精ハイエルフ。我等よりも回復に優れておるのでな」


「こ、これは、事故でしょ! そもそもわたしはアンタを斬ろうとしたんだから、これはアンタのせいでもあるんだからね!」


 うん、なるほど。なんか状況はわかった。でも、他の二人はどこだろう? とりあえず、聞いてみよう。


「シャジャルとハールーンは?」


「アエリノールに部屋を用意させた。今は休んでおろう」


「なっ! それはわたしの厚意でしょ! ちょっと、言葉に気をつけなさいよ!」


 なるほど、良かった。二人も無事だったんだな。てか、この二人、喧嘩になってないか? いや、元々昨夜もネフェルカーラをアエリノールが殺しに来たんだから、喧嘩して当然か。


「一々うるさいな。今から戦うか?」


「ちょ! 今わたしは魔力カラッポなのよ! あれだけの怪我を回復させるのに、どれだけ苦労したと思ってるのよ!」


「うむ、ご苦労だったな。だが、おれの命を狙ったんだ、殺されても文句は言えまい?」


「えっ? ネフェルカーラ? それ、卑怯じゃない? わたし、彼の怪我を治すの頑張ったし! 三日位待ってくれない? ねえ、ねえ?」


「なんでおれがお前の回復を待たねばならんのだ?

 ……が、まあ、しかし、此方の条件を飲んでくれるというのなら、待ってやらんことも無い」


「じょ、条件?」


 俺を間に挟んで、黒髪と金髪の美女が非常に険悪な会話を続けている。なんともいたたまれない気分だ。

 とはいえ会話の内容からすると、ネフェルカーラの方がアエリノールよりも一枚上手のようだ。

 なにしろ、その条件というのが「自分達をオロンテスの王城に連れて行ってくれ」などというものなのだから。

 そして、しぶしぶその条件を飲むアエリノール。今戦ったら絶対にネフェルカーラに勝てないという事だろう。碧眼に涙まで溜めて、肩をすぼめて小さくなっていた。

 緑眼の魔術師の方はといえば、口を三日月形に歪め、邪悪な笑みを浮かべて、本当に楽しそうだ。


「た、ただし、王城に連れて行く者は一人だけにしてくれ。全員など、流石のわたしでも無理だ。そ、そうだ、この者! シャムシールといったか? この者だけ連れて行く、ということでどうだ?」


「おれじゃ駄目なのか?」


「馬鹿を言うな! 魔族を王城になど連れて行けるか! 砂漠民ベドウィン共も同様だ! だが、この者ならば……多少雰囲気が違うが、まあ我が騎士団に居たとしてもおかしくはあるまい」


「ふむ、どうだ? シャムシール、もう動けるか?」


 ネフェルカーラが魔族とか、びっくり情報なんですけど。ていうか、アエリノールも耳が長いから人間ではないよね? エルフさん? てか、魔族とエルフさんだったら、そりゃ何となく仲良くないのも頷けるけど。

 でも、険悪な会話の中にも、何処か親密な空気が流れているような気もする。

 そんなことを考えつつ、ベッドから起き上がって、俺は左腕を動かしてみた。

 うん、動きに問題はない。それに、ゆったりと大きなベッドで寝たお陰で疲れも取れているようだった。


「うん、問題ない。いけます」


「えっ……嘘でしょ? まだ動けないと思ったから言ったのに」


 俺の動きに、アエリノールが驚愕の表情を浮かべていた。ついでに、心の声が口から出てるぞ。


「ふふ、アエリノールよ。シャムシールを侮ってもらっては困るな。この者も、普通ではないのだ。ふははは」


 邪悪な哄笑を始めた漆黒の魔術師に、恨めしそうな碧眼を向けて唇をかみ締めるアエリノール。

 なんか、俺、ちょっとこの人が可哀想になってきちゃったよ。

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