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第三次カルス会戦 4

 ◆


 東の地平線が、徐々に明度を増している。

 時刻でいえば、午前四時を過ぎたあたりだろうか?

 ともかく、深夜から早朝という名へシフトチェンジするであろう頃合だ。


 俺の眼前では、ファルナーズとドニアザードがアリスに掛かりっきり。というより、押されている。

 別に助けに入ってもいいが、相変わらずプロンデルは上空から全体を見渡して、腕組みをしていた。時折、槍を投擲して此方に損害を与えるが、それは単に暇つぶしの様に見える。

 なので、俺はプロンデルの警戒を優先させて動かないことにした。

 

 状況は膠着しつつあった。

 だが、それは此方の望むことだ。

 この戦場が膠着すればするほど、背後から味方が近づいてくるのだから、有利になる。

 実際、既に敵の後方で暴れまわる純白の神象が目視出来る程だった。


 ――――


 不死骸骨スケルトンと聖騎士達を眼下に見下ろす形で、ジャンヌとクレアは対峙している。

 俺が知っているクレアは、強力な魔法騎士といったところだ。

 強力といっても精々アエリノールの下位互換だから、セシリアあたりと互角だった様に思う。

 けれど色々あって強くなっているのだろうが、今の状況は異常だ。

 あのジャンヌがあらゆる魔法を放っているのに、全てを手で受け止めて、無傷のまま宙に浮くクレアが俺には見えるのだから。


「その力は――もしかして」


「ええ、絶対破壊よ、師匠」


「むむぅ。だったら、僕も本気を出さなきゃいけないんだね!」


 炎も水も、剣も槍も、全てを魔法で作り出し、弾かれたジャンヌは仏頂面でクレアに物申す。

 クレアは眉を顰めると、左手を突き出すような形で、構えをとった。

 クレアは剣を腰に戻している。となれば徒手格闘だ。アリスと似たような戦闘方法を身に着けたのだろうか?

 

「覚悟しろよぉ、クレア! 僕の拳が真っ赤に萌える! 勝利を掴めと轟き騒ぐっ!」


 ん? あれ? 

 ジャンヌがおかしな事を言っている。

 何かつっこみたくなるけど、つっこんではいけないようなことだ。

 ジャンヌの右手から、炎が噴出している。

 炎はジャンヌの右拳全体を覆い、腕の中ほどまで到達した。


 ただ――炎がそのまま衣服に燃え移っている事にジャンヌは気付かない。


「ふおおおおおおっ! 僕が――アリスに格闘を教えたこと、忘れた訳じゃないよね、クレアッ!」


 クレアは小さく頷いている。

 ジャンヌの服が燃え始めている事を知っているから、状況を恐れていないのだろう。むしろクレアは微笑を浮かべている。

 手早く水の魔法を準備したクレアは、指先から水弾を飛ばす。


 ”バチャンッ”


 ジャンヌの身体に水弾が当たり、衣服の炎が消える。

 ナニコレ? クレア、親切じゃん。

 しかし腕の炎はそのままで、だからジャンヌは止まらなかった。


「ふおおおおおっ! 爆熱っ! シャイニング――デミ・ゴォォッド――!」


 いや、フィンガーまで言っちゃまずいだろ……俺がそう思ってジャンヌの行動を見ていると、異変が起こった。

 ジャンヌの腹部に深々と、クレアの手刀が突き刺さっていたのだ。

 ジャンヌの背中から見える、クレアの血塗られた手刀。

 そして、ゆっくりとそれが引き抜かれた。


 ジャンヌの顔色が蒼白なモノに変わる。

 無詠唱にて傷口を瞬時に塞ぐジャンヌは、しかしその表情を驚きに変えた。


「ぼ、僕の結界を破壊……した?」


 どうやらジャンヌ一人でクレアと戦うには、相性が悪いらしい。

 俺はファルナーズに目配せをして、この場を任せる事にする。

 もっとも、ファルナーズとドニアザードだけでアリスを抑えられるとも思えない。だからジャムカにも戻ってきてもらおう。


 そして俺はアーノルドに跨り、ジャンヌの加勢に行く。

 しかしその時――ついにプロンデルも動いた。

 今までは上空で督戦しつつ、骨に衝撃波を放ったりしていたプロンデルが、俺の眼前に来たのだ。

 どうやら奴も、俺を警戒していたらしい。


「シャムシール、邪魔はさせぬぞ」


「くっ、ジャンヌっ!」


 俺はプロンデルとジャンヌを交互に見る。

 ジャンヌは多分、刻を止めている。だけどクレアがそれをモノともしていないのだ。

 原理は分からないが、止めた刻を破壊しているようにも見える。言ってしまえば、出鱈目な力だ。


「シャムシールちゃん、僕なら大丈夫っ! 弟子にやられる訳がないじゃないかっ! それより僕のパンツ、大事に持ってるよねっ!?」


「あ、ああ! 大事に持っている! 懐にしまった! 無くしたりするはずが無い! だからジャンヌ、戦いに勝って、またアレを穿いてくれっ!」


 ジャンヌがとてもいい笑顔を俺に向けた。

 それは心配する俺を勇気付ける為の、ジャンヌなりの配慮だろう。

 俺も力強く、胸をドンと叩いて頷く。

 そう、あれは死亡フラグなんかじゃない。戦士の約束だ。俺とジャンヌは生きる意味を、互いに託しあったのだ。

 

 ――しかし。


 プロンデルの視線が、冷たい。

 クレアが俺を、塵でも見るような目で見ている。


「シャムシール王……あのようなつるぺた女のパンツなど、持っていてどうするのだ……?」


 ふぬあっ!


「師匠に欲情するとは、シャムシール王……変態だわ」


 おふぅっ!


「ふふっ! 僕はこれでもシャムシールちゃんの抱き枕だからねっ! 毎日くんずほぐれつさっ!」


 もう黙れ、ジャンヌ。

 二人の視線が痛いんだ。

 俺が戦う前に精神的ダメージで動けなくなってもいいのか。

 

 そう思い、俺がガックリと肩を落とした刹那。プロンデルが高速で迫る。

 白金の竜が炎を吐き出すと、アーノルドも応戦した。

 白と黒の竜達が放った業火は、どうやら互角のようだ。

 炎の中から槍を繰り出してくるプロンデルは、口元に薄笑みを浮かべている。


 俺は魔剣を下から上にかち上げて、プロンデルの槍を払う。

 どうやら本気の突きではないようだった。


 次は俺の番だ。


 まず、アーノルドに重力操作をさせる。

 それは白金竜の転移にて容易く逃げられた。

 

 よし――予測どおり。


 プロンデルの転移先は上だ。

 理由は簡単。俺の上に逃れれば、重力攻撃を仕掛けてこないとでも思ったのだろう。

 ああ、俺だったらそう思う。

 そしてプロンデルの頭は、所詮、俺と同レベルってことだ。


氷槍ザルシュ・ハルバっ!」


 俺は左手を翳し、氷の槍を作り上げる。

 久しぶりに使う精霊魔法エレメンタルだが、ちゃんと発動してくれるだろうか?

 そんな心配は杞憂に終わる。


 氷の槍は、竜のさらけ出された腹部にめり込んだ。


「グギャアアアアアッ!」


 巨大な竜がもんどりうって悲鳴を上げる。けたたましい叫び声だ。


 俺はアーノルドを上昇させると、一気に竜を屠るべく魔剣を上段に構えた。

 しかしプロンデルは竜から飛び降りると、そのまま俺に体当たりをする。

 黄金の鎧は強大な魔力を放ち、俺の鎧と同等な程の防御力を持つ。

 そんなモノに当たれば俺だって流石に弾かれ、アーノルドから落ちてしまう。

 というか、実際落ちた。


「くそっ!」


 俺は腕力にモノをいわせて、左手だけでプロンデルの首を締め上げる。

 なんだか泥試合みたいで嫌だが、そんなことは言っていられない。


「ぐっ、ぐっ!」


 みるみる赤く染まるプロンデルの顔は、奥歯を噛み締めた精悍なものだ。

 だが、単純な力だけなら、俺に分があるらしい。


 と、その時――。


 俺の身体に真っ白な物体が当たった。

 

 純白の髪が上へ流れ、だけども身体は下へ。

 いや――真っ白じゃなかった。

 ワンピースのような服には、まだら模様の赤い染みがある。

 瞼は閉じられていないが力無く、焦点が合わなくなったかのような瞳は虚ろだった。


 変わり果てたジャンヌだ。


 俺は咄嗟にプロンデルの首を離すと、ジャンヌを左手に抱えた。

 

治癒ヨアーレグッ!」


 しかし傷は治らない。


回復ヒールッ!」


 古代語エンシェントでも同じだ。


「ごめんね、シャムシールちゃん。僕、負けちゃった」


 俺はその言葉で、中空に浮くクレアを見た。

 クレアもどうやら満身創痍だ。

 脇腹に穴が開き、額からは血を流し、純白だったマントはもう、ズタボロになっている。

 しかしクレアの方は、それでも順調に回復しているのだから、致命傷ではないのだろう。

 俺が目を放した隙に、勝敗が決まっていたのだ……。


「師匠は最後の最後まで……甘いのです……私を殺そうと思えば、出来たはず」


「ふ、ふふ、うふふ。弟子が師匠を殺してこそ、免許皆伝でしょ……師匠が弟子を殺す意味なんて、ない、もの……」


 おい、ジャンヌ。まさかクレアに何かを伝授したんじゃなかろうな? そういうのは、某比古さんだけで十分だぞ。そして某比古さんの弟子ならば、師匠を殺したりはしない……。


「……天より来たれ、風の乙女。地より生まれよ、大樹の丈夫、母なる海にて育まれよ。されど私はここに眠る――さあ、この力を封じる棺は誰ならん――黄昏の闇を囲いし刻、かのものは我と汝の糧となる」


 ジャンヌが俺の腕の中でボソボソと呟いている。

 目は、相変わらず半開きだ。

 しかし、焦点が定まっていないという事は無い。

 今、ジャンヌはしっかりとクレアを見つめていた。


「し、師匠――?」


「クレア――殺しはしない。だけど、一緒に眠ろう――それが僕の、贖罪だから――『三賢の聖櫃』」


 俺の腕が弾かれた。

 見ればジャンヌが光となって、消えている。

 その一方で、クレアの回りを虹色の光が取り巻いていた。

 グルグルと回る虹色の光は、やがて固まってゆき、紫色の水晶になる。

 水晶の中には、クレアがいた。


 ――封印魔法?

 

 俺がそう思ったとき、同じく呆気に取られていたのであろうプロンデルが笑った。


「はははははっ! 倒錯の魔術師も酔狂な事よ! 無駄死にだな!」


「なんだとっ!」


 俺は”ギリッ”と自分が奥歯を噛み締める音を聞く。

 だが、確かにジャンヌは無駄死にだったのかもしれない。

 紫色の水晶は今、中央部に亀裂が入り、ついには真っ二つに割れてしまったのだから。

 そしてクレアが水晶に触れると、さらさらと粉の様に崩れ去る。


「師匠の魔力も、これまでね。もう、幽体アストラルの力も残していないでしょうし……さようなら、ジャンヌ……」


 本当に、ジャンヌが死んだというのか。

 半神デミゴッドは死なないんじゃないのか?

 いや、死なない為の力を使ってまで、ジャンヌはクレアを封印しようとしたのだろう。

 だけど――出来なかった。


 結局俺は、プロンデルとクレアに挟まれる。

 嘆き悲しむ時間などなく、俺は、より一層ピンチになった。


◆◆


 剣を抜いたパヤーニーは珍しい。

 しかしフィアナの射抜くような眼光に耐えながら、強かな斬撃を受け流すパヤーニーは、一流の剣士だった。

 

「面妖な……これが不死公リッチー


 仮面の女――フィアナは幾度と無く必殺の斬撃をパヤーニーに放つ。


「ふむ、そのような下等な輩と一緒にするでない。余は不死王イクシルであるぞ」


 ニヤリと笑おうとしたパヤーニーは、やはりカサリと笑う。所詮干物はそんなものだ。

 しかしフィアナは何事かを言おうとして、やめた。

 

(ならばこの男を倒せば、全ての不死骸骨スケルトン共が消えると考えて、間違いあるまい)


 フィアナの推測は正鵠を射た。といって、パヤーニーはまさしく強敵である。

 先日、パヤーニーを斬り刻んだフィアナは、遊ばれたのだと悟らざるを得ない。

 だが――一騎討ちだけを見れば有利でも、全軍を見渡せば、明らかにフローレンス軍が危機である。


「その不死王イクシルとやらが、こんな所で私達にかかずらっていてよいのか? そこでクレアどのに、お主らの将が倒されておるぞ」


 仮面の下にある薄い唇を歪め、フィアナは笑う。

 

 フィアナが何故仮面をつけているのか、その理由を知る者はいない。

 ある者は、醜い傷があるからだという。

 ある者は、法王の私生児バスタードだからだという。

 だが、本当の意味は戦の為である。

 目元を見せない意味合いは、このような心理戦に有効だからなのだ。

 自らの動揺を隠し、敵の動揺を誘う――その為にこそ、フィアナは仮面を被っていた。


「ふむ……確かに、余も覚悟を決めねばならぬ時やもしれぬ、な……」


 この時、パヤーニーは動揺した訳ではない。

 しかし、戦局を本当の意味で見極めた。

 この戦場は、ジャンヌ程の者さえ生き残る事を許さないということだ。

 シャムシールにこれ以上、大切な者を失って欲しくない。

 だからジャンヌの敗北を知ったパヤーニーは、その忠誠心から自らに、ある責任を科した。


(皆を生かすには、不死隊アタナトイを強くするが最良よ)


 パヤーニーが土を蹴ってフィアナから距離を取る。

 呪文を詠唱する為だった。

 

 僅かの時間で剣を砂に刺し、左手を天に翳すパヤーニーだ。その口からは複雑怪奇な呪文が流れ出る。

 まさに聖騎士から見れば、悪夢のような瞬間だ。

 天を覆う魔方陣から邪悪な光が降り注ぎ、仮初の命しか持たない骨に肉体を与えるのだから――。


「――聖戦ジハド!」


 パヤーニの言葉を得た骨達は、以前を遥かに圧倒する力を得た。

 サクル、マーキュリーも同様である。

 しかし一人、パヤーニーだけがぐらりと揺れた。

 

(余は、シャムシールさまに必ずや勝利を齎す――たとえこの身が朽ち果てようとも……あ、もう朽ちておったか……)


「勝機――!」


 足場の悪い砂の上でなお、フィアナの踏み込みは鋭い。

 空を飛べるはずのパヤーニーが、肩口に斬撃を受けた。


 フィアナの剣は、聖剣である。

 聖剣は、即ち魔物を滅する力を持つ。


 パヤーニーは本人がどのように名乗ろうと、世間一般から見れば、魔物だ。それも、超が付くほど大物の魔物だった。

 肩口に埋まった聖剣から、煙が立ち昇る。聖なる力でパヤーニーが浄化されてゆくのだ。

 パヤーニーは、単に斬られただけではない。聖騎士に聖剣で斬られた。

 それも、他者に力を与える魔法を使ったあとで――である。

 

 それでもパヤーニーのくすんだ瞳は、爛々と輝く。

 パヤーニーは両足を肩幅に広げ、砂から剣を引き抜くと、フィアナの剣を払いのけた。


「余の力、侮るなよ……」


「怪しげな魔法を使って尚、力尽きぬか……」


 ――――


 マーキュリーの元気は今、はちきれんばかりだ。

 なんならお尻もパッツンパッツン、髭も整っている。体脂肪率なら三パーセント。以前の骨だけ零パーセントな体脂肪率とは訳が違う。


「ナイスバルクッ!」


「わかるか、ティルムッドとやら!」


 戦いは、棍棒対戦槌。

 どう考えても脳筋同士なマーキュリーとティルムッドの対決は、膠着している。

 なぜかといえば、互いに筋肉を見せ合っているからだ。


 ティルムッドは光り輝く頭を垂れて、今、片膝を付いた。

 白いタンクトップから零れるマーキュリーの溢れる筋肉に圧倒されたのだ。

 ましてやマーキュリーの純白に輝く翼――。


「て、天使どのっ!」


 ティルムッドも上半身の鎧を脱いでいる。その姿はまさに筋骨隆々、まるでどこかのプロレスリングマスターのようだ。

 しかしティルムッドは聖騎士。

 聖騎士であるから、天使は味方である。

 

(ましてこれほどの筋肉! 敵であろう筈が無い!)


「むんっ!」


 調子に乗ったマーキュリーは腕を上げて、上腕二頭筋のポーズ。


「キ、キレておりますっ!」


 もはやティルムッドは、マーキュリーの虜と言っていいだろう。


 ――――


(ない――あれは、ない)


 同僚の無様な姿を横目に、小さな少女から受ける極めて重い斬打・・に耐えるオスカーは閉口していた。

 オスカーは亜麻色の髪を持つ、まあ美青年といった括りに入るであろう騎士だ。

 剣の腕は上々――聖光緋玉騎士団スカーレットナイツでさえなければ副団長はおろか、団長に抜擢されてもおかしくない逸材である。


 それが先ほどから菫色の瞳をした怪力少女に、手も足も出ず防戦一方なのだから、たまらない。

 加えて副団長であるフィアナと戦っているパヤーニー。奴が何やら呪文を唱えたと思えば、空に禍々しい魔方陣が浮かんだ。

 それが原因だろうが、ついに骨達が肉体を持ち、表情を変えながら戦い始めたのだ。


(これではもう、人と人の戦いだ――!)


 ”ガギィィン”


 少女の打撃とも思える斧の斬撃を盾で弾くと、オスカーは横に飛んだ。

 何も怪力を誇る相手と、真正面から戦うことはない。


(しかし――やはりこの可憐な少女も、不死骸骨スケルトンなのだろうか?)


 オスカーは戦いつつ、それでも目の前の少女に惹かれていた。

 体の半分程もある大斧を振り回しつつ、それでも息を乱さない少女は魅力的だ。

 

(出来れば殺したくない)


 その思いが騎士道から来るものなのか、欲望からくるものなのか、オスカーには判然としない。

 

「君は、不死骸骨スケルトンなのか……?」


 だからオスカーは、訝しむように目を細めてサクルに問いかけた。


不死隊アタナトイ副長――大斧アル・ファウス――の、サクル」


 サクルはかつて、大斧アル・ファウスと呼ばれていた。

 というより、サクルという本名を呼んでくれたのは、パヤーニーとカイユーム、他は数える程しかいなかった。

 サクルの生前は戦の連続で、だからこそ本名よりも小柄な体で振う大斧が目立ったのだろう。

 サクルもそれが誇らしかった。


(全部、思い出した。私はおしゃまな女の子なんかじゃない――! 戦士だ!)


 と、ふと横を見ると、ミイラが仮面美女と戦っている。

 反対側では、筋肉達磨同士が筋肉の見せ合いをしていた。

 サクルは戸惑った。

 

(あれ? ここは戦場――じゃなかったっけ?)


 そんな時にオスカーの問いがあったのだから、サクルはようやく全てがつながったのである。


(パヤーニーさま、おいたわしい……)


 もっとも、それはサクルの思い過ごしだ。

 パヤーニーに関しては、好きでミイラなのだから問題ないのである。


「ならば、相手にとって不足なしっ!」


 サクルの返答を聞いたオスカーは、右足を前に出す。

 その直後、盾を翳してサクルに突進した。

 盾を突き出すオスカーに対し、サクルは半身になって構える。

 

 サクルが斧を横に払うと、オスカーの盾が真っ二つに割れた。

 だが、盾の先にオスカーはいない。

 

「もらったっ!」


 サクルの頭上にオスカーの姿がある。

 剣を下段に構え、サクルの脳天を狙っていた。

 だが――オスカーはサクルを殺すつもりはない。

 騎士として、やはり女性に暴力はどうかと考えたオスカーだ。

 

 そんな隙を、サクルは見逃さない。

 しゃがみ込んで、斧の刃を地面につける。そのまま力任せに、斧を上へと振りぬいた。

 

 オスカーの剣は割れ、鎧はひしゃげ、もはや原形を留めない。

 サクルに一切の容赦はなかった。

 それが不死隊アタナトイだと言わんばかりである。


 しかし同時に、パヤーニーも倒れた。


「ふむ……当然の帰結よな……余が半神デミゴッドの手先とならば、あの魔王が許すはずもない……この機会を待っておったか……にしても、余の心臓は……一体、どこにあったのであろうな……」


 パヤーニーは決して、フィアナに敗北した訳ではない。

 その事は、フィアナが大きく肩で息をしており、真紅の鎧が一部砕けている所を見ても明らかだろう。

 パヤーニーは、どこか分からない所から、何者かに攻撃された。


「サクル……不死隊アタナトイの指揮権を、委ねる……以後は……シャムシール陛下を……お前が守りまいらせよ……ただし……余、亡き後、不死隊アタナトイ不死骸骨スケルトンにあらず……皆……生き……よ」


 サクルはパヤーニーの言葉を理解したくなかった。

 だが、戦場に立つ身として、理解せざるを得なかった。

 皆が、数百年前より甦っている。

 そして今、シャムシールという新たな王の勝利を掴む為、聖戦クルセイドの聖騎士達と戦っている。パヤーニーの齎した”聖戦ジハド”と共に、だ。


「進めぇ! 勝利を掴め、不死隊アタナトイィィ! 我等に撤退の二文字はないぞォォ!」


 雷鳴の様なサクルの声が、戦場に響き渡る。


承知マーシ。新たなる不死王イクシルよ」


 そしてマーキュリーが、鮮やかにティルムッドを屠った。

 ティルムッドは恍惚とした顔で、マーキュリーに心臓を潰されたのである。 

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