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王と皇帝

 ◆


 ヘラートへ進軍するには、砂漠を突破しなければならない。


 砂漠の昼は灼熱だ――といっても、今は真夏より涼しいのだろうか? それでも体感温度は三十度を超えるし、炎天下の砂は多分、素肌で触ると「あっちっち!」となってしまう。

 なので軍勢が多ければ多いほど、進行は遅々としたものになる。なるべく早くヘラートの救援に駆けつけたいのに、もどかしいものだ。


 しかし――ここで行軍の最中、俺は不思議な二人を見つけた。

 上空でジャンヌの修行を受けた後の、アエリノールとサラスヴァティだ。おかしな点は、二人がまったく汗をかいていないところだろうか。

 馬に跨り二人は何気ない会話をしつつ、軍勢と歩調を合わせている。


「アエリノール。どんぐり神とは、どのようなものなのじゃ?」


「遍くどんぐりを統べる、偉大な神様だよ!」


 俺はそんな二人に近づいてみた。

 別にどんぐり神に興味は無いが、二人の涼しげな様子には興味があるのだ。すると、あろう事か彼女達の周りだけ、適温が保たれている。これはどうしたことだろう?

 俺は周辺の魔力を感知してみた。そうしたらサラスヴァティが冷気を操り、自身の周囲に結界状の快適空間を作り上げてる、ということがわかったのだ。


 ――なるほど、タネが解れば再現も容易いか。


 そう考え、俺もやってみようかと魔法を発動したら、うっかり自分が凍りそうになったので、これは難しいと断念した。

 全然、容易くなかったらしい。困ったものだ。

 俺は仕方なく二人に声を掛け、この魔法を全軍に掛けるよう頼もうと思った。


「アエリノール、自分たちだけずるいよ。これを皆にも――」


「ひっ……」


 俺が近づくと、サラスヴァティが顔を引き攣らせる。

 俺の様な紳士が近づいたのに悲鳴をあげるとか、酷いじゃないか。

 そう思ったけど、ネフェルカーラが俺の鎧に新機能を追加していたのを忘れていた。


 鎧の新機能――”闇の波動”。

 これは俺の”負の感情”に連動して、相手を呪う魔法だ。

 今の場合、”妬ましい”と思ったことが引き金だったのだろう。なんて無駄な機能だ、バカヤロウ! なんて思うことなかれ。

 敵と対峙したとき、たとえば俺が敵軍を”忌々しい”と思えば、それだけで相手に恐怖を撒き散らす事が出来る便利アイテムなのだ――ん――便利、なのか?

 なんとなくネフェルカーラに乗せられて、俺、この鎧を着ている気がしなくもないぞ。


「シャムシール。さっき赤く眼が赤く光ったのは、なに? ぞくっとしちゃったよ!」


 うむ。どうやら”闇の波動”が発動すると、冑の眼の部分が光るらしいな。そりゃ恐いだろう。まるで未来から来た、筋肉モリモリ殺人ロボットみたいだ。でもアレは結局味方だし、俺も味方だ、こんちくしょう。


「ああ、これはネフェルカーラが鎧に新しく付与した魔法だよ」


「へえ、凄いねー! 昔見た魔王より全然威圧感あったよー! ホント、ビックリした!」


 おのれネフェルカーラ。やっぱりとんでもないモノを俺に渡しやがって。

 軽く魔王超えとか、なにやらせてくれてんじゃ! 便利どころか、極悪だった罠だ。 


「や、やはり狂気の覇王……その威をもって女たちを侍らせ……ああ、なんと薄汚い男じゃ!」


 サラスヴァティは俺嫌いを拗らせるし……もう。


「いや、サラスヴァティの氷魔法、精度が凄いなと思って。もし可能なら、全軍が涼しく行軍できる位に範囲を広げてくれたらなぁ……」


 ションボリした俺は、思いついた案を伝え、その場を後にしようとする。だって、俺嫌いのサラスヴァティが頼みを聞いてくれるとは思えないからね。

 手綱を返し、馬首を翻して不死隊アタナトイの中程に帰るのだ。そうだ、そうしよう。所詮眼が赤く光っちゃうヤツなんて、骨の中に埋もれているのがお似合いさ。

 ていうか、一応俺の近衛隊は不死隊アタナトイなので、あまりそこから抜け出しているのもよくない。


「ほ、ほほう! わらわは凄いか? うふふ! 凄いか? 凄いだろう? 凄いよな?」


 だけど、なんだろう? 背中越しにサラスヴァティの嬉しそうな声が聞こえる。なので、俺は一端馬を止めた。

 俺が馬を止めると、行軍する兵が俺を避けて進む。ちょっと迷惑を掛けている感があったので、慌てて馬を軍勢の外へ出すと、ファルナーズから怒声が飛んだ。

 

スルタンが軍からはみ出てなんとするのじゃ! 邪魔でも良いから真ん中におれ!」


「ぐふふ。わらわは凄い。あの変態王スルタンも認めるほどに」


 一方で、ほくそ笑むサラスヴァティは一体何が嬉しいのだろう? それにサラスヴァティは見た目、氷の彫像を思わせる美人なのに、笑うと子供っぽくなる。

 もっとも、サラスヴァティの頭の中身は多分、人間年齢でいうなら八歳から九歳程度だろう。アエリノールと友達になったし、多分それで合っているはずだ。となると、笑っている方が”素”なのかな。

 ……あ、いや。少しだけ、アエリノールの方がお姉さんだとは思うよ、流石に……うん。


「まったく。護衛しているわしの身になってくれ。へ、陛下に何事かあらば、わしは……わしは……」


 俺の側まで愛馬を駆けさせたファルナーズは、文句を言っているのか、デレているのか判然としない。

 それにしても、ショートヘアーになったファルナーズは、逆に大人びて見えるな。うなじに流れる銀髪が輝いているよ。


 だが、不死隊アタナトイの装束を身に着けた元太守に、一般兵達は縮み上がった。

 世間的に、ファルナーズは俺が誅殺した事になっているし、その上で不死隊アタナトイに入れたと思われているのだから当然だろう。ついでに言うとファルナーズの鎧も特別仕様で、俺の鎧の劣化版。だから放っておいても恐怖を撒き散らすのだ。

 という訳で、俺とファルナーズは再び兵達の行軍に紛れ、恐怖を撒き散らしつつ、何だか喜ぶサラスヴァティの元へ行く。


「そんなにわらわが凄いと褒め称えるのであれば、うふふ、ぐふふ、範囲を広げてやらぬでもないぞ、シャムシール王!」


「え、ホント? じゃあ、お願いする!」


「おお、おお! 覇王にお願いされてしもうた! これはもう、アレじゃな? わらわの勝利じゃな?」


「ああ――そうだな、俺の小遣いから褒賞を出そう。二十ディナールでどうだ」


「二十ディナール? 金など要らぬ。ともかく、わらわが魔法勝負に勝ったという事実が大事なのじゃ!」


「そ、そうか? じゃあ、まあ、そういう事で」


 俺はホッとした。

 二十ディナールといえば、俺のお小遣い二日分で、手持ちの全財産だ。ケバブなら六本買える大枚なのだから、出費がなくてよかった。大体、この前サクルとデートしたら、ネフェルカーラにお小遣いを止められたのだ。くそっ! 

 それでも俺は太っ腹なスルタンを演出する為、自腹を切ろうと思ったのだが……サラスヴァティが無欲で助かったぜ……。


 何故かファルナーズが俺を冷たい眼差しで見つめているが、気にしたら負けだろう。

 ちなみに不死隊の給与はバラつきがあって、ファルナーズの三千ディナールが最高。次がサクルの五百ディナール。パヤーニーは、俺が異界の話をたまにしてくれるなら、それでいいとのこと。

 

「ミイラが金を持つ意味など、何処にある?」


 だそうだ。

 必要なものは現物支給するし、それで問題ないのだろう。サクルは俺の護衛で外に出ることもあるから、お小遣い程度の給金は必要、というだけの話だ。

 あれ? 俺、不遇の王様じゃない? 一日十ディナールの小遣いじゃ、一月に三百ディナールしか……。まあ、それなりっちゃそれなりだけど、どうなんだろう? しかも”浮気の罰”とかで、お小遣いが止まっちゃうなんて……ネフェルカーラに待遇改善を願い出ようかなぁ。


 そんな事を考えていたら、いよいよサラスヴァティが魔法の効果範囲を広げてくれるらしい。


「さあ、冷気の令嬢、舞い踊れ! 世界を緩やかな冬へ誘うがよい――甘い冷気(スイート・コールド)


 サラスヴァティが、最下位に近いだろう禁呪を唱える。いや、あれは古代語魔法エンシェントか。

 そもそも禁則呪文というのは、古代語魔法の中で強力過ぎる魔法を隠蔽したという事だから、この程度の魔法は禁則に当たらないだろう。

 ただ、十万の人間を覆う程に展開した冷気は、禁呪と呼べるほどに凄まじいものではあるけれど。


「ふふん! すごいじゃろう! だけどわらわは、いつまでこれを続ければよいのじゃ?」


 俺は答えず、ファルナーズと共に不死隊アタナトイの列に戻った。

 行軍の速度がこの後、大分速くなったのは、言うまでもないことである。



 道中、ヘラートを目指す道すがら、俺はロスタムへある命令を下した。

 ジーン・バーレットにしつこく挑む部隊が、彼女達の南方へ回りこむ気配を見せているという報告を受けたのだ。


 ジーンは性格こそ”アレ”だが、将軍としての能力はとても高い。

 ドゥバーン並みの戦術眼とアエリノール並の武力を併せ持っているのだから、均整という意味では将軍中随一と言っても過言ではないだろう。ハールーンもバレンツ会戦におけるジーンの用兵を闇隊ザラームから聞くと、しきりに感心していたくらいだ。

 もっとも、ジーンの本性を知ったらどう思うのだろう。

 ハールーンは俺が毎日ジーンからの手紙を震えながら読んでいるとは、想像も出来ないだろうな。

 ジーンは確かに類稀な名将だ。だが同時に、類稀な人でもある。

 俺がジーンに反逆されることは、ないだろう。けれど後ろから刺される事は、あるかもしれない。いや、十分にあり得る、恐い。


 ……っと、話が逸れたが、ともかくジーンはフローレンス本国で連戦連勝、破竹の勢いで勝ち進んでいるという。だが、だからこそ彼女と正面から戦うことを避けた敵は、南方に回りこむのだ。

 南方には港町リグーリアがあり、プロンデルが本国へ戻り次第、そこからジーンはアカバまで船で撤退する手筈を整えている。

 なので、ただ南に回りこまれるだけならば問題はない。問題があるとすれば、リグーリアそのものを破壊され、船を奪われることだ。

 もちろんリグーリアに直接手出しをする人物がいるならば、それは此方を作戦を読んだ知恵者がいるという事に他ならない。

 そして、そんな人物に俺は心当たりがあった――聖光緑玉騎士団グリーンナイツのクレアだ。彼女であれば遠征先にいながら、本国の兵を動かしても不思議は無いのだ。


 だからこそ俺はこの報告を聞き、現在アカバにて待機中のロスタムに下命したのである。

 幸いにしてロスタムから、「海賊を配下にしてやったぜ、ヒャッハー」的な報告を受けていたので、彼等を動かし海上からジーン・バーレットの援護が出来ると考えたのだ。


「シャムシール……陛下! 海賊どもをリグーリアへ派遣してきたぜぃ!」


 だが、俺の目の前にロスタムが現われた。

 俺は確かにロスタムへ「リグーリアへ向かい、ジーン・バーレットを援護せよ」と、命じたはず。それなのに、どうして千騎を率いてコイツは今、俺と合流したのだろう?

 今、俺の黒馬の横に並び、砂漠を行軍する形になったロスタムが笑顔を浮かべている。


「シャムシールッ! 骸骨どもに囲まれるってのも、壮観でいいもんだなぁっ!」


「いや、そうじゃないだろう? なんでお前がここに?」


「そりゃあ、陛下! 俺ぁ、船酔いが激しいからな! なに、心配すんな! ハイレディンってー俺の弟分が、軍船やら商船やら合わせて百隻で向かったから!」


 今のロスタムには、俺の表情が読めないだろう。当たり前だ、冑を被って面頬を下ろしているからな。

 だからお前は、そうやってヘラヘラと笑っていられるのだ。


”ヴォォォォン”


 俺が怒気を孕んだ瞳をロスタムに向けると、どうやらまたしても冑の眼が光ったらしい。急激にロスタムが、冷や汗を額に浮かべている。


「でででで、で、だ。俺は千騎を率いて陸からリグーリアへ行こうと思ってな! は、はは――見事ジーン・バーレットと合流したら、ハイレディンの船に乗って帰ってくるぜ! あばよぉっ!」


 うむ、よろしい。

 慌てたロスタムが、漸く俺の意志を汲んでくれたようで何よりだ。

 ただ、千騎で陸路をリグーリアまで行くのは、かなり危険だと思うがな。

 道中にはフローレンスの兵もいるだろうし、補給もままならないだろう――。


「パヤーニー! マーキュリーをロスタムにつけてやれ。不死隊は、三百。それから、糧食も運んでやれ」


「願いはそれだけか?」


 パヤーニーは普段、馬に乗って行軍する訳ではない。サクルが持った黄金色のランプの中に、身体を入れている。

 ランプは小さいが、その中は異次元とでも繋がっているのか、蓋を開ければ深い闇が広がってた。

 別にパヤーニーを呼ぶのにランプを擦る必要などなく、普通に呼べば、ヤツは出現する。だが、出てくる際、常に腕を組んで妙に踏ん反り返っているのが結構ウザかった。

 本人曰く、”魔神ごっこ”だそうだ。

 俺がパヤーニーの棺で遊んでいるとき、うっかりランプを見つけたのが運のつきだった。

 思わず懐かしくて、「アラジンと魔法のランプ」の物語をパヤーニーに教えたばっかりに……。


「アラジン、他に願いは?」


「誰がアラジンだ。早くやれ、パヤーニー」


「はぁ……御意……つまんないのぅ」


 こうしてロスタムは千人の奴隷騎士マルムークと三三〇人の不死骸骨スケルトンを率い、大陸西方へと赴いてゆくのだった。


 ◆◆◆


「陛下、どうもフローレンス軍の動きが妙です。カルス平原へ軍を向けているかと……」


 妙な報告をカイユームが俺に齎したのは、行軍開始から五日目のこと。ファルヴァルディーン月(3月)の七日である。

 いや、むしろ妙なのは俺の腰にしがみつき、耳元に口を寄せて報告する闇隊ザラームの長官の方が余程に妙だった。


 今、ファルナーズに思いっきり睨まれてます。


 正直、ファルナーズには告白されちゃった上、なし崩し的にお風呂も一緒に入ったし……見られたし触られた。

 何となくファルナーズの心情を思えば、ここでカイユームとの馬の二人乗りは、やっぱりちょっとダメな気がする。

 でも冑を被ってるから、接触とかは無いんだけどなぁ。


 太陽も既に西へ傾きかけている状況だったので、俺はその場で軍を停止させ、陣を築くことを命じた。

 もしも敵がカルス平原に陣をしくつもりなら、それを放置することも出来ない。

 だが、フローレンス軍にそれ程食料の余裕があるとも思えないし、何よりナセルの為に、そこまでして戦う理由があるのだろうか?

 言っちゃなんだが、フローレンスはあくまでナセルの同盟軍。盟約によってオロンテスを取り戻すようだが、それを貰ってしまえば、後は戦わない方がマシだろう。

 

 ――いや、そう考えるのは、俺だからか? フローレンスは……プロンデルがもっと別の観点で戦っているとすれば――


 太陽が西の地平へ沈んでゆくにつれ、反比例するように無数の天幕が沙漠に屋根を張ってゆく。それと同時に兵達が協力して調理を始め、胃袋を刺激する匂いが辺りに立ち込めた。


「およそ二十八万……フローレンス軍はその全てをカルス平原へ展開するつもりでしょう」


 俺は今、建てられた俺専用の天幕の外で、幕僚を従え椅子に座っている。まだ、天幕の中に入るには暑い時間だった。

 カイユームが真面目に、片膝を折って報告を齎す。それを珍しいと思ってしまう最近の俺は、少し悲しい。


 そんな事より、フローレンスは一体何を考えているのか――


 俺が思案していると、膝の上に純白のローブを纏った藤色の瞳を持つ美少女が乗った。


「し、師匠! 離れなさい! 邪魔です!」


 カイユームの怒声が響くが、意に介さないジャンヌはやはり腐ってる。


「嫌だ! 僕は毎日毎日、頭の悪い脳筋達に魔法を教えて疲れているんだ! ちょっと位ちゅっちゅしないと癒されない!」


 なんだか自称抱き枕が、抱きついてきた。ていうか、お前がちゅっちゅする方かい! 変わった抱き枕だな、おい!


 潤んだ瞳を俺に向けてくると、流石にジャンヌも可愛く見えるから不思議だ。しかし突き出された唇を回避して、俺は立ち上がり天幕へ脚を向ける。

 危ない。ネフェルカーラが上空から舞い降りてきたのだ。


 夜の帳が下りる頃、俺の天幕に主だった将を集めて会議兼夕食とする。

 当然俺が上座に座るが、なんとなく円形になっているので、和気藹々としたものだ。


「――多分、それはプロンデルの性格によるものだと思う。彼の人となりは戦を好むからね」


 話題はもちろん、捕捉した敵がカルス平原を目指している、という事についてだ。

 カイユームが全員に状況を話すと、ジャンヌが頬に食べ物を付けながら、胸を張って説明する。


 それにしても、何故かジャンヌは自然と俺の脚の上に座っている?

 そして何故、そこで食事?

 なにより、どうして皆、文句を言わない?

 抱き枕に人権は無いから、勝手にやってろってことだろうか。それならそれで、まあいいか。

 いやいや、駄目だ。

 

 その時だった。


「ジャンヌ、貴様、我が世の春を謳歌出来るのは今だけだぞ……」


 俺の横で、ネフェルカーラがジャンヌの耳元に囁く。

 

「こ、恐いよぉ」


 震えながら俺に縋りつくジャンヌは、なんだか本当の幼女みたいだ。ちょっと可愛い。だが俺は騙されないぞ、お前はゲスの極み乙女だ。


「くっ」


 服の裾を握り締めたネフェルカーラが、悔しげな声を漏らす。


「我等が貴様の世話になったからというて、調子に乗るなよ……貴様に許すのは、精々そこまでだ」


「ぼ、僕は実力でシャムシールの童貞を奪うんだ!」


 なるほど。

 ジャンヌはネフェルカーラやアエリノールに、何かを教えたのか。その交換条件として……って、俺か? お礼の品が俺なのか? 俺は粗品か? ああいいさ、所詮、粗末なモノしかもってませんからね! 泣くぞ、コラ!


 だが、そんな事は関係ないジャムカが、ジャンヌの襟首を掴んで外へ投げ捨てた。

 

「だからといって、将でも妻でもない者がこの場にいる事はまかりならん。抱き枕というなら、夜以外は大人しくしていてもらおうか」


 どうやらジャムカの言葉に、皆、異論は無いようだった。


「敵の全軍がカルス平原に終結するとしてぇ、その数は凡そ二十八万、こっちは十万足らず。正面から戦うのは厳しいねぇ」


 ハールーンがひよこ豆のスープを口に運びながら、暢気に語る。

 いやお前、最近は不敗将軍ラー・ハズィーマ・アミールとか言われてるんだから、何とかしてくれよ!

 そう思ったが、俺だってイズラーイールに兵法を教わった身。だから少しは考えた。ましてカルス平原は俺が、この世界へやってきた最初の場所……。土地勘だって、なんとなくある。


「いや、二十八万が完全に展開するには、多少狭いだろう。無理に展開させるなら、敵は必ず方型陣を敷くことになる。

 敵の主力は騎兵で、戦術は突撃。それなら、勝算はある」


「ですが分厚い方型陣は、それだけで強力です。仮に勝利しても、我等が甚大な損害を被っては意味が無いですにゃん……」


 一般論をあえて語ってくれるザーラは、こんな時あり難い。ついでに「にゃん」を付けるところも、中々ニクい。


「俺一人で十八万人分。なんて言ったらザーラは、信じてくれるかな?」


 まあ、ぶっちゃけ敵の突撃を俺のチートで防ぐっていうだけで、作戦でも何でもないんだけど。その上で敵の側面をハールーンとジャムカ、ネフェルカーラとアエリノールが衝いて崩せば、必然、統制を失うだろう。

 厄介なのはウィルフレッドと未知数のプロンデルだが、正直、ここ数日でもアエリノールのレベルアップは凄まじい。まるで今までのレベルが一だったんじゃないかと思える程だ。いや、レベルなんて概念はないけれどもね。

 それより、おでこに瞳を作りたかったアエリノール。残念ながらそれは無理だった。何しろ神族イーシャじゃなかったのだから仕方が無い。


「なんで、なんで目が二個しかないのよぅ!」


 世の中には目が一個になってしまった夏侯――ジーン将軍みたいな人もいるのに、こんな事を言うアエリノールの悩みは贅沢だった。


 その代わり、背中に四対八枚の翼が生えちゃったことはご愛嬌だろう。つまりアエリノールも、禁呪級の機動飛翔アル・ターラを会得したということである。

 ともかく今ならウィルフレッドを抑える位、ネフェルカーラでもアエリノールでも可能だってこと。

 だからこそ、俺はこの作戦でイケると思ったのだ。


 俺の言葉を聞いて、ザーラは何やら頬を染めている。そのままスープを口に運んだ彼女は、可哀想に咽た。


「あ、ザーラっ! 鼻から豆が出たよっ! あははっ!」


 追い討ちを掛けたのは、やっぱりアエリノール。酷い。あれほど美しいザーラに、なんという生き恥をかかせるのだろうか。お前なんか、頭が割れたクセに。


「では、軍をカルス平原へ向ける、ということでよいのだな、シャムシール」


「ああ、そうしてくれ、ネフェルカーラ」


 そんな彼女達を興味も無さ気に見つめて、ネフェルカーラが頷いている。

 それにしても、相変わらず、器用に口を隠したまま食事をするネフェルカーラは凄かった。


「おおお……余、何か嫌な予感がする……」


 ご名答だ、パヤーニー君。

 俺は敵の突撃を防ぐにあたり、俺のチートと君の不死性を目一杯使うつもりなのだよ。ふはは。残念だけど、三百回位バラバラにされてくれたまえ。


 ……って、ランプに引っ込むなー! おーい! パヤーニー!

 

 ◆◆◆◆


 二日後、敵が全軍をカルス平原へ配置したという正確な情報を得た。

 まったく、プロンデルという男は、食料に不安がある状況で、こうも堂々と布陣し待ち構えるなど、正気なのだろうか? それとも、俺が必ず会戦に応じるという確信でもあるのか?


 俺は不快感と不気味さを抱え、腕を組む。馬上で両手を離しても、全然平気になった。何なら、チャリの手放しより楽だぜ。落馬しても、空を飛べるしね(しょんぼり)。


 それにしてもプロンデルは――いや、考えていても始まらない。そのまま俺は軍を進め、かねてからの作戦通り敵軍に相対する位置へ陣を敷くよう、行軍を急がせた。

 ――それにしても、思惑通り過ぎて恐い。


 俺が馬上で唸っていると、パヤーニーがふわふわと側に来て、”カサリ”と笑った。


「ご主君、情報とは百聞くよりも、一目見た方が良い。もしも何らかの不安があるのなら、竜にでも乗って直接見てこられてはいかが? まあ、余は不安しかないので、あえて敵を見ないがのう!」


 いやお前、いつランプから出た?

 そう思ったが、パヤーニーは俺の周囲を囲む不死隊アタナトイの上空をゆらゆらと漂っている。

 幸い俺の右隣にファルナーズ、左隣は人化しているサクルなので、気持ち的には両手に花だが、世間的に見れば、相変わらず墓石に等しいポジションにいる俺だった。

 ちなみに不死隊アタナトイの馬は、当然骨だ。とはいえファルナーズは愛馬バルフに乗っているし、サクルは栗毛の馬に乗っている。

 あ、俺の愛馬は「月下」と云う名だ。月光に照らされると黒い毛並みが蒼く見えて、とても綺麗な馬なのだ。それでつい、そんな名前をつけてしまった。


 ともかく俺はパヤーニーの意見を聞いて、アーノルドを呼ぶと大空に舞い上がる。それからカルス平原を目指して飛ぶと、十分足らずで敵の軍勢を捕捉した。

 

 ――なるほど見事な軍勢に、見事な布陣だ。


 俺は整然と築き上げられた陣を見て、苦笑した。

 自国でありながら敵に戦場を指定されるという苦い思いを、笑いに変える他なかったのだ。


 その時、高空から一本の槍が俺に向かって飛んできた。

 咄嗟に曲刀を跳ね上げ、朱色の槍を弾き飛ばす。


「ほう? 余の槍は簡単に弾き飛ばせるほど、軽いモノではないのだがな? しかも怒気をその身に纏い、余を威圧するか……面白いぞ、黒騎士。ははははっ!」


 白金プラチナの竜に跨った黄金の鎧を纏う男が、いつの間にか俺の眼前に現われる。

 攻撃された俺は、咄嗟に怒りをその男へ向け発散したのだろう。”闇の波動”が機能したようだ。

 しかし男はその手に長剣をしっかりと握り、不敵に笑っている。

 男の容姿は、精悍と評してよいだろう――しかし、この状況で竜に乗り現われる男とは?


 竜と共に突進してくる男の斬撃は凄まじく、俺が曲刀で受け止めると、激しく火花が散った。それだけではなく、アーノルドと共に後方へ吹き飛ばされる。

 

「グルルルルルッ!」


 勢いよく後方へ飛ばされながら、アーノルドが口から炎を吐き出した。

 しかし容易く白金プラチナ色の竜は姿を消すと、俺達の後ろへ回る。


 ――まあ、そう来るだろう。そういう属性だもんな。

 俺は身体を回転させると、アーノルドにくくりつけてある槍を左手で投擲した。さっきのお返しと言うヤツだ。


「ふんっ!」


 俺が投げた槍も、やはり弾かれた。

 悔し紛れでもないが、大分強くなったと思っていたのに、容易く弾かれると凹む。


「俺の槍も、そう甘く無いはずだが?」


 俺がそういうと、男は動きを止めて暫し考え込む。

 俺も少し考えた。

 黄金の鎧に獅子の鬣を思わせる黄金の髪――そして類稀な武勇とくれば、一人の人物が思い当たる。それは敵の総大将で――。


「ふむ、そう言えば思い出した。黒い鎧といえば、黒甲王カラ・スルタン――シャムシールか。随分とウィルフレッド――余の宰相を可愛がってくれたな?」


「ああ、俺がシャムシールだ。そういうお前は獅子帝ライオン・ハーティド――プロンデルか。

 そもそも、お前が無謀な遠征などしなければ、ウィルフレッドも怪我をしなかっただろう」


「いかにも、余がプロンデルだ。ふっはははは――余が遠征をするのは強き者と、ただ戦わんが為。仕方がなかろう。それはウィルフレッドも理解しておる」


 やはり俺の予測は当たった。

 なんでこんな所に一人でいるんだ! 馬鹿なのか! と思ったが、俺も同じ立場なので何も言えない。

 ていうかそれより、なにこの遠征理由。これ、「戦」って言葉を使うから微妙にかっこいいけど、「殺し合いたい」に変えたら単なるサイコパスだろ。誰だよ、こんなヤツに獅子帝ライオン・ハーティドなんて名を与えた奴は。

 獅子は、無意味に生き物を狩るわけじゃない、生きる為だ。だけどコイツは――。


「だが、戦こそが世界を一つと為し、平和への渇望をもたらす贄でもある――。故に、余の覇道の後、世界は平和なモノへと再構築されるであろうよ。興味など無いが――」


 と思ったら、やっぱり獅子だった。これが本物の覇者ってヤツか。

 

 プロンデルの威圧感は、ウィルフレッドの比じゃない。正直、目を離せばその瞬間に首と胴を切り離されそうなくらいだ。

 俺はアーノルドに重力操作をさせると、一気に飛び込むと決めた。


「ぐっ!」


 正面で一瞬顔を顰めたプロンデルはしかし、剣を垂直に振るうとアーノルドの支配を破壊する。

 ――パラディンのような能力者か? そう思ったものの、今更止まる事も出来ない。

 俺は光速化スピード・オブ・ライトを使い、斬撃の速度を上げる。さらに魔力を高めてゆく事も忘れなかった。

 いっそ大規模殲滅魔法で、敵を一挙に葬ってやろうか――そう考えた瞬間だ。

 敵の鋭い刺突が俺の冑を掠めた。首を横に傾げていなければ、冑は無事でも俺の首が後ろへ折れていただろう。それ程に鋭い突きだった。


「シャムシール、余と一騎討ちの最中に、呪文など詠唱できると思うなよ?」


「だったらっ!」


 俺はフェイントを混ぜて曲刀を縦横に奮う。

 仄かに青白い輝きを放つ魔剣はプロンデルのマントを幾度も切り刻むが、一度たりとも肉体には掠りもしない。

 しかしそれはプロンデルも同様で、ヤツの剣も俺のマントを無用に斬りつけてゆくだけ。


 一端、距離を取った。


 互いの呼吸音が大空の中、妙に大きく聞こえる。

 強敵と戦うことが楽しいと思える――そんな自分に驚きを覚えつつ、俺は再び魔剣を構えるのだった。

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