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敵の心

 ◆


 ちょっと頭の中を整理しよう。

 通路を挟んだ反対側にいる連中は、門衛の騎士達よりも確実に上位の存在だ。その上、どうもあの筋肉ムキムキ男爵はけっこう偉いらしい。

 それに対して、金髪美女もそれ程へりくだった感じではないから、やっぱり彼女もかなり偉いのかもしれない。

 てか、なんでこんな庶民的なとこでメシを食ってんだよ……

 まあ、それはいいとして、彼等の身分が高いということなら、それは彼等が俺たちの標的である可能性も高いということだ。


「ネフェルカーラさま、隣を……」


 俺は、隣でハールーンに説教らしき事をしているネフェルカーラの耳元に、口を近づけて囁いた。


「……はぁ……っん。耳に息を吹きかけるな。くすぐったくて気持ちが良いぞ」


 頬を桃色に染めて、切れ長の目を俺に向けるネフェルカーラ。

 妙にその口調が照れている感じだ。なんか、イラっとくる。色っぽいけど、今回は、そういうのは求めていないのだ。

 だが、どうやらネフェルカーラは飲んでいても、仕事はきっちりとこなしているようであった。それを、惚けた台詞の先に続く言葉が物語っている。


「うむ。あれは金牛騎士クリューソスタウラス団長のオットーと聖光緑玉騎士グリーンナイツ団長のアエリノールだ。後の二人は雰囲気からするとアエリノールの部下だろう。まさかこのような場所にいるとは、予想外であった」


「ふふ、るぅ?」


 ネフェルカーラの押し殺した声を、容易く聞き取ったハールーンがにやけ顔でしゃべっている。

 隣から見れば皿を頭に乗せた男の戯言に見えるだろうが、どっこいハールーンの目は、酔っていない。


「……今はいい。今挑んでも、分が悪かろう」


「たしかにぃ。こっちも無傷じゃすまないですねぇ」


 こいつら、ちゃんと気付いてたのか……まあいい。今は隣の隣の席の会話に聞き耳を立てよう。金髪碧眼美女を見るのは眼福というものだ。


「それよりも、妙な噂がありましてな。なんでも、オットー男爵、貴方が異教徒と通じている、というお話です」


 お、なんだか金髪碧眼美女騎士の眼光が鋭くなっている。それに、長い耳も”ぴん”と張って、鋭そうに……え? 長い耳? なんだあれ? とにかく、筋肉達磨男爵の顔が引き攣ったようだ。


「……噂? そんな話、私はしらんが?」


「ふむ、庶民的な閣下のこと。いっそ奴隷騎士マルムーク共にこの街が蹂躙され、庶民に犠牲が出るならば、と。自らの背信と引き換えに、住民の助命を異教徒の王弟ナセルに求め……」


 絶世の金髪美女が言葉を終わる前に、筋肉達磨の拳がテーブルに炸裂した。

 隣の席では、皿が宙に舞ったり、グラスが平衡を失って倒れたりしている。

 店内の喧騒も、その音のせいで止まり、多くの視線が彼等の席に集まってゆく。


「愚かしい! この私が戦う前から敗北を予想して敵に和を請うなどあるものかっ! 噂を元に弾劾しようとするなど、私を愚弄するにも程があるぞっ!」


 荒い息を吐きながら、オットー男爵が立ち上がると、場所を譲るようにアエリノールも立ち上がる。

 

 慌てた様子で、頭頂部も輝く店主が現れた。


「お、お、オットーさま! 如何なさいましたか?」


「すまん、声を荒らげてしまったな、迷惑をかけた」


 筋肉達磨男爵は、通路に立って店の主人に頭を下げつつ懐から包みを取り出した。それから、金貨を一枚ほどつるつる頭の店主に渡すと、申し訳無さそうに身を翻して出口に向かう。


「オットー男爵! これは多うございます! 男爵!」


「よい。迷惑料と連れの分もこれで……」


 店主は深く頭を下げて、オットーを見送っていた。


 筋肉達磨、もといオットー男爵。もしかして、とても良い奴なのでは? なんて俺は少し感心していたりした。まあ、敵将を見て感心しても、俺には一切得がないはずなので、考えるのはやめるけども。


「いきなりあんな話を切り出しては、誰だって怒りますよ……アエリノールさま」

 

 俺と同じく、事の顛末を席に座ったまま見ていた栗毛の騎士が”ボソ”っと言う。いかにも、今の行動には不満があります、といった口調だ。


「そうですよ、もう少し頭を使わないと。これじゃ何一つ進展しないじゃないですか。まあ、料理を食べにきたと思えば別に……もごもご」


 赤毛の騎士も同調して文句を言っているようだ。だが、この人は、皿から料理を取る手を休めることはなく、何よりぐいぐい陶器のグラスを傾けている。

 流石に、オットーが居たときは遠慮でもしていたのだろう。今の勢いは凄まじい。


「ふっ。作戦通りよ」


 金髪の美女は、オットーが居た場所で口を開け”ぽかん”としていたが、部下二人の言葉に”はっ”としたのか振り返り、頷いている。


「下手な嘘を……」


「作戦をホントに考えてたら、こんなトコに来ねえって」


 やっぱり二人の部下にぶつぶつ文句を言われている、俺に可愛いお尻を向けたアエリノールさんだ。

 なんだか”ぷるぷる”と震えている姿が哀愁を誘う。

 怒っているのやら、悲しんでいるのやら。


 反対側に目を向ければ、ハールーンは壁にもたれて涎をたらし、ネフェルカーラはしんみりと杯を空けている。

 ハールーン……戦わないと決まれば、結局寝るのか。お前も案外「脳筋」の部類だったのか?

 だが、ネフェルカーラは、その目線の隅にアエリノールを捕らえているのだろう。彼女の一挙手一投足を追っているようだ。

 緑眼の魔術師は、彼女達と戦う事を「分が悪い」と言った。それは、場所のことだろうか? それとも、実力なのだろうか?

 どちらにしても、俺たちの仕事の一つは情報収集だ。そして眼前に、その種が転がっている。

 俺は仕事を頑張ってみることにした。早く百人長になって奴隷を卒業したいのだ! 人殺し以外の仕事なら、俺だって頑張るんだ!


「あの、どうかしたんですか?」


「ちっ」


 さっきの話の内容からすると、オットー男爵というのはナセルという此方側の者と繋がっているらしい。それを弾劾していたという事は、彼女たちは間違いなく敵。だからこそ、親しくなって情報を引っ張り出しちゃおう作戦だ!

 だから声をかけた理由は、三人とも美人さんで、しかもアエリノールがめちゃくちゃ美人だったからじゃないぞ! 決してそうじゃないぞ!

 ……なんだかネフェルカーラが舌打ちしてたけど、それは気にしないでおこう。


「ん? あ、ああ。大した事ではない……せっかく食事を楽しんでいる所をお騒がせして申し訳ない」


「ほんと。アエリノールさまが余計な事を言わなければ……」


「アエリノールさまの頭、もう少し良くならないかなぁ」


 おお、碧眼美女が俺を見て微笑んでいる。それはとても嬉しい。

 でも、後ろから飛んでくる野次のせいで、彼女の顔はどんどん引き攣ってゆく。

 怒りを堪える為か、アエリノールが髪を掻き揚げた。すると、そこからは、やっぱり”ぴん”と伸びた耳が現われる。やっぱり、長い。そして、その妙に長い耳がぴくぴくと動いていた。


「だまれ! セシリア! クレア!」


 怒っていたらしい。

 耳長美女は、顔だけを後ろに向けて部下たちを一喝した。すると、さすがに黙る、赤髪と栗毛髪の美人騎士二人であった。

 まあ、赤髪の方は食べるのに熱中してるだけだし、栗毛髪の方はゆったりとお茶を飲んでるっぽいけど。


「いや、本当にお見苦しいところを見せた。騎士として、恥ずべきことだ。許して貰えるとありがたい……ところで……其方の御仁。どちらかでお会いした事があるような気がするのだが?」


 アエリノールは、顔の半分を引き攣らせつつ、半分に微笑を湛えるという器用な真似をして、俺に重ねて謝罪する。基本的に、礼儀正しい人のようだ。

 しかし、彼女はふとネフェルカーラに視線を止めると、訝しげにその緑眼を見つめている。


「いいえ、騎士さま、初対面でございます。わたくしはただの地方領主の娘、ネフィと申します。

 ただ、わたくしは騎士さまを存じ上げておりますわ。ね、高名な騎士アエリノールさま、でしょう? うふふ」


 不覚にも、ネフェルカーラの笑い方が可愛かった。しかしなぜだろう、イラっとくる。


「う、うむ。いかにも私がアエリノールだ。だが、そうか、初対面であったか、それは失礼した。

 とにかく貴方にも詫びよう、お騒がせした」

 

 アエリノールは、ネフェルカーラに向けて頭を垂れた。

 その瞬間、黄金の髪が”ふわり”と揺れて、俺の鼻腔を爽やかな香りがくすぐる。ああ、この人、匂いも最高だ!

 拡大する俺の鼻腔に気付いた脳筋魔術師が、細眉を吊り上げて俺の鼻をつまむ。

 なぜだ!

 俺は何も悪くないのに!


 ともかくもネフェルカーラは持ち前の演技力を発揮して、アエリノールに対し丁寧な対応をしていた。まったく、俺の鼻をつまみながらも、器用なことだと思う。


「さて……セシリア、クレア、もはやここに用はない。いくぞ」


 それから、二言三言ネフェルカーラと会話をした後、アエリノールは、一礼して、出口へ向かって歩きだした。

 後ろから、慌てたように金髪騎士に呼ばれた二人の女騎士がつき従う。その表情には「急に呼ばないでくれ」と、書かれている気がしたが、それは俺の気のせいだろう。

 しかし、赤毛の騎士は皿の料理を残す事が切ないらしい。最後に振り返って、焼いた羊肉を一つまみ程口の中に放り込んでいた。

 挙句に、それを見ていた俺に手を振るサービスまでつけて、実に楽しそうに帰っていったのである。


 当然ながら、あれが敵か……と、考えてみたところで俺にその実感は未だ、ない。

今日、もう一話投稿するかもしれません。

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