もって悲劇の幕を閉じる……
◆
自分の領土、その拠点で捕縛される王が、未だかつて居ただろうか。
いや、居まい。
「独立派などと称してファルナーズ閣下に取り入り、黒甲王に逆らおうなどと、不逞の輩めっ!」
現在俺は、群青玉葱城の門に併設された石作りの小屋に連れ込まれ、十人長にこっぴどく怒られている。
一応、剣を向けてきた事以外に無茶をするような男ではなかったらしい十人長は、机を”バンッ”と叩きながら、俺を怒鳴っていた。
「言えっ! このように”いたいけな少女”を巻き込んで、次は何を企んでおるっ!」
勝手にヒートアップする十人長は、なんら事情を聴取することなく、俺をファルナーズ第二近衛隊の残党だと断じている。
ちなみに”いたいけな少女”ことサクルは、俺の隣に座って足をぶらぶらさせていた。
「わたし、アタナトイ。へいかのごえい」
しかしここに至って、一応サクルも自らの本分を思い出したのだろうか。真実を語り始める。
だが、サクルの左肩に描かれた意匠は、未だ全軍が知るところではない。まして市街警備も担当する群青玉葱城の守備隊は、全員が不死骸骨で構成されている不死隊を見ているのだから、サクルが語る真実など、どこまでもでっち上げに思われるのだった。
「ええい、そのような嘘を。不死隊といえば、全員が禍々しい不死骸骨! そのような口裏を合わせても無駄なことだぞっ! 逆賊めっ!」
「逆賊? 一体、なんの証拠があって」
俺は後ろに縛られた腕をもぞもぞさせつつ、反論してみた。
疑われた事は仕方が無い。だが、証拠もなしに決め付けるなど犯罪捜査としてはお粗末だし、治安維持が目的だとしたら、明らかに悪政へ繋がる不当行為だ。
「証拠、証拠だと? 曲刀を持ち、奴隷騎士まがいの服を着ておるではないか。にもかかわらず、所属を名乗らないなど、これが証拠でなくて、なんだというのだ」
一瞬たじろいだ十人長は、しかし僅かに目を泳がせた後、言い切った。
背後に控える二人の部下に、動揺した姿を見せたくなかったらしい。
「なるほど、まず、詫びよう。隠していてすまなかった。
俺の――いや、余の所属はセムナーン、マディーナ、及びサーベ。階級は王、名は、シャムシールという。
隣に座る少女は、サクル――紛れもなく不死隊の副長で、護衛だ。これで問題は無いと思うが?」
「な、なっ! 何の証拠があって、陛下の御名を語るかっ!」
俺は瞼を細めて眼前の十人長を見た。
先ほど断罪するにあたり何ら証拠を提示しなかった男が、俺に対して証拠を求めるというのだろうか。
少しばかり怒りに駆られた俺は、圧倒的な証拠を見せてやる事にした。
俺は後ろ手に縛られている縄を引き千切ると、拳で眼前の机を叩き割る。こんな事が出来るのは、テュルク人でなければ俺くらいのものだろう。
「これが証拠で、どうだ? 必要なら、俺の剣を確認するがいい。一人で持てたか? あれは魔剣だぞ」
「もう、おわり?」
俺が立ち上がって周囲を睥睨していると、サクルも立って曲刀を抜き放った。
咄嗟に二人の奴隷騎士が抜き放った曲刀を、絶妙な剣技でサクルが絡めとる。
「ま、まさか本当に陛下っ? ひ、控えよ、無礼者! 曲刀など向けてはいかんっ! それから、百人長――いや、千人長を呼んでこい! 陛下がおわすと伝えれば、飛んでくるだろうっ!」
慌てた十人長は部下を怒鳴り、自らは平伏した。
「十人長、余の言葉、しかと心得よ。
疑わしきのみで、人を捕縛する能わず。また、民に威を持って接さば、厳罰に処す。いいな」
「で、ですが、証拠を集めていては、逆賊どもに余裕を与える事になるのでは? それに、威がなくば、民を従わせることなど」
流石に平伏した十人長は、それでも首を必死に持ち上げ、俺を見て言う。
確かに、この言葉は尤もだ。
「……一人の逆賊を捕らえる為に、十人の民を犠牲にするつもりか? それに威とは、剣のみによって保たれるものではない。余は、そう考えている」
「……重ね重ね言葉を連ねます事、お許し下され。――陛下は、甘うございます。そのようなことでは――」
「そのようなことで王位を保てないなら、俺はそれまでの男だ。――そう思わないか、十人長」
ついに項垂れた十人長は、額を床にこすり付けていた。
「はっ! 陛下は真にもって名君であられますっ! 此度、陛下のお考えをご拝聴させて頂き感涙に耐えませぬっ! されば陛下を捕らえ、無用な言を弄せし我が罪は万死に値しまする。この上は潔く死を賜りたく――」
その時、小屋の扉が音を立てて開かれ、一人の男が慌てて飛び込んできた。
「へ、陛下、陛下がおわすとっ!?」
冑に豪華な房飾りをつけた甲冑は、千人長のものだ。
精悍な顔に硬そうな顎鬚を蓄えた、三十歳前後の猛将――という記憶が俺の中にある。
名前は、ええと”ジア”と言ったか。ハールーン麾下で、歩兵を率いていたんじゃなかったっけ。
「へ、陛下っ! 我が配下の者共が、とんだご無礼をっ! この痴れ者めっ!」
言うなりジアは十人長を殴りつけ、懐から短剣を取り出して自らの首筋に当てた。
え? ちょっとまて。何故に死のうとする?
「ま、まてジア!」
「十人長は、私の命令に従ったまで! 罪を購いまするは、私一人でご勘弁いただきたくっ!」
殴りつけられた十人長は頬を抑えながら、瞳を潤ませている。きっとジアは人望も厚いのだろう。だからこそ俺はハールーンからジアの名を聞いていたし、覚えてもいたのだ。
「ちょ、サクル!」
「あい。ジア、しんだら、なかーま」
違う! サクル! 止めて欲しいのにっ!
仕方なく俺はジアの懐に入り、短剣を弾き飛ばす。そのままジアの右手を押さえて、”壁ドン”をした。
でもなぜ髭男に”光速化”を使ってまで壁ドンをしなければならないのか、俺は自分の運命を呪う。
「俺も悪いんだ。部下を連れず、こっそりとここに来たから! だからお前達の非を問うつもりなんて、最初からない! 大体、こんな事でお前を死なせたら、俺、ハールーンに何を言われるか分からないよっ!」
あまりの急展開に、一人称が元に戻ってしまった。”余”といい続けるのは、中々に苦痛だ。
それに今回の事は、俺の国の――というよりシバール国における官僚機構の脆弱さが原因だろう。別に誰かが不正をしようとした訳でもない。
だが、真面目であることと公正、公平であることは、必ずしも一致する訳ではないと、俺はこの事で学んだ。
「ううっ、もったいのう、もったいのうございまするぅ」
そして泣き崩れる髭面の猛将。
なんだろう、壁ドンした結果、「私も先輩の事が好きだったんですぅ」と涙に濡れる後輩女子を見るなら嬉しいが、ごつい男に泣かれても、つらい……。
「それにジア、お前の顔を見てわかった。お前達のような前線を得意とする部隊にとって、治安維持のような任務ではやり過ぎて当然だ。苦労をかけたな」
「へ、陛下のお言葉、それだけで皆が報われるでしょう……」
膝に手をつき項垂れるジアの顔には、涙と共に憔悴の色が浮かんでいる。
それはそうだろう。本来は最前線で突撃したい男が、街中で警備活動しか出来なかったのだ。
人には向き不向きがある。そう思えば、やはり新しい部隊の創設が必要だなと、俺は心に決めるのだった。
いや、でも、こんな風に有無を言わさず怪しいヤツを捕えるような部隊を配置したのはハールーンか。
俺はハールーンの思惑を感じ、一人苦笑した。
まったく、ハールーンもパヤーニーと似たような事を考えたってことか――。
◆◆
妙な事で時間を取られたが、漸く俺は当初の目的地に到着した。
群青玉葱城の地下、ひんやりした廊下を進むと、重厚な鉄製扉を開けて、ファルナーズの牢へと入る。
そこは牢とはいえ、居室と寝室、それから洗面室を備えていた。面積も十分で、一部屋が学校の教室程もあるのだから、贅沢なものだ。流石に浴場はないが、浴槽を居室に持ち込み、侍女たちが湯を満たすことで入浴も可能なので、ヒキコモリには最高の環境だろう。
ただ、ファルナーズは元来ヒキコモリなどではないのだけど。
「……っ?」
俺が牢に入ると、長椅子に横たわっていたファルナーズが身体を起こし、紅い瞳を此方に向けた。
俺の知っているファルナーズはいつもツインテールで、凛とした印象だったが、今日の彼女はまるで違う。
ぼさぼさの銀髪は光沢を失い、ばらばらだ。角もくすみ、頬はややこけている印象を受ける。
けれど俺を暫く見つめたファルナーズは立ち上がると、よろける足取りながら、確かに俺の方へ向かってきた。
「シャ、ムシール。シャムシール、シャムシールッ!」
ファルナーズの足は徐々に力強さを取り戻し、俺の腕の中に納まる頃には、表情も生気を取り戻している。
「シャムシール、良かった。わしは、わしは、お主が戻ってこぬのではないかと思って……」
涙に濡れるファルナーズは、若干臭い。
これはもう、食を断ってから、きっと入浴もしていなかったのであろう。
だけど、それでファルナーズの美しさが損なわれるかといえば、そんな事はなかった。
それよりも、柔らかい胸の感触が俺の身体に当たり、俺の下半身がモリモリと元気になる。
俺はファルナーズに覚られないよう、そっと腰を引いた。
というか、そのことで気付いたことがある。
俺の身長も伸びたけど、ファルナーズの身長も伸びていたのだ。胸も、思いのほか大きくなっていて、普段は着痩せしていたのかもしれない。
もう、これでは小鬼なんかじゃない。立派な鬼――いや、美女と呼べるくらいだった。まあ、今はちょっと匂うけど。
「食事、していないんだって?」
髪をなでながら俺がいうと、ファルナーズは頬を染めながらそっぽを向いた。
「お、お主が戻らないのなら、わしに生きている価値など無い。そう、思ったのじゃ。じゃ、じゃから――これからは食うぞ。モリモリ食うぞ!」
「そうか。じゃあ、今からでも、何か持ってこさせよう」
「う、うむ。お主も、食うか?」
「ああ、そうだな。そういえば、俺達も――いや、俺は何も食べてないな」
俺は後ろに立つサクルに目をやった。
そう、俺は食べていない。しかしながら、サクルはずっと桃を齧っているのだから、食事なんて要らないかもしれない。
「わたしも、たべる」
ああ、サクルも食べるんだ。
桃とは別腹なのかな……。
俺は侍女に三人分の食事を頼むと、ファルナーズにそれとなく匂いの事を伝える。
というか、サクルがしきりに”クンクン”と、犬の如くファルナーズの周囲を嗅ぎ回ったので、伝えざるを得なくなったのだ。
「こ、香水もつけておらんし、一週間も風呂に入っておらんから、あ、あはは」
「わたし、三百年くらい、おふろ、はいってない。だからみんなで、はいろう」
「い、いや。俺は一昨日――」
一昨日、小さなネフェルカーラとお風呂に入ったなんて、ここでは言えそうもなかった。
もっとも、日本人の感覚としては、出来れば毎日風呂に入りたい。
実際、戦闘状態になければ、俺は毎日でも入浴が可能な立場にある。それはそれであり難いのだが――。
「決まりじゃ。今日は大き目の浴槽を所望する。わしだけでなく、陛下も共に入られるゆえ」
って、おおおおおおい! ファルナーズ! お前、サクルの提案を飲むのかよぉ!
「おふろ、たのしみ、ねー」
サクルが指を舐めながら、嬉しそうにしている。
サクルが嬉しいなら、いいか。
彼女は悲惨な運命を辿り、死んだ。だからこそ、せめて今はなるべく幸せでいて欲しい。
それと同時に、俺はファルナーズとサクルの二人を見て、むくむくと下心が大きくなってゆく。下心だけじゃなく、下半身の一部も大きくなってしまったが、これはどうすればいいのだろうか。
やがて浴槽が運ばれ湯が満たされると、ファルナーズは侍女たちの手をかりて裸になってゆく。
まてまて、俺がいるのだぞ。
大体、浴槽を置く場所が間違っているのだ。
なぜ、居室の隅に置く? せめて垂れ布ででも隠すという配慮はないのか、侍女どもよ。
「ファ、ファルナーズ。俺、俺がいるんだけど……!」
「もとよりわしの身も心も、全てがお主――陛下のもの。見られて当然であるし、困るものでもない」
覚悟を決めているファルナーズの笑顔は、何処までも眩しい。
サクルの食べる桃のようなファルナーズのお尻が俺の視界に入り、鼻血が大噴火だ。
サクルも桃を机に置くと、衣服を簡単に脱ぎ捨てる。
そこには骨の面影もなく、実に見事な裸体が浮かび上がった。
「おお、サクル。お主、その胸っ……くっ!」
「ファルナーズ、せいちょう、とちゅう?」
何故か二人は強敵のようだ。
火花散る視線を交わし合い、それでも微笑を浮かべている。
「「陛下、はやく」」
俺はそんな二人を目の端に捉え、なるべく見ないように部屋を出ようとした。
すると二人に呼び止められ、侍女数人に囲まれる。
ここは”光速化”で逃げようかと思うが、身体が前かがみになって、上手く動かせない。
――万事休すか――そんな思いと共に、俺は侍女達に服を脱がされた。
腰にせめてもの布を貼り付け、前かがみになりつつ鼻を押さえて浴槽に向かう。
くそう、侍女達め。色々とガチガチな俺を面白がって、闇雲に胸を押し当てたり、お尻を擦り付けたりしやがった。嬉しすぎて昇天しそうだったぞ!
浴槽に張られた湯は、乳白色だった。これにより、ファルナーズやサクルの胸元に目がいっても、霊峰の頂上はなんとか見ないで済む。
三人で浴槽につかると、俺の方に二人が身体を寄せてきた。まるで逃げ場がない。そして、立ち上がることも困難だ。
「シャムシール――どうじゃ、わしの身体は。お主の奴隷となるに値するか?」
「ど、奴隷にするなんて、言ってないよ」
「では、わしはどうすれば? 無論、死も覚悟しておるが」
俺はファルナーズの言葉に、瞼を瞑る。
雑念を振り払って、ファルナーズに処分を伝える決心を――。
「へいか、かたい。なにこれ?」
――はううっ!
サ、サクル。君は今、掴んじゃいけない所を掴んだ! でも、とてもよいっ! なんだこれはっ!
俺の雑念を鷲掴みにしたサクルは、愛らしく微笑んでいる。
だめだ、サクル。骨に戻ってくれ! 今ならきっと、まだ間に合うから!
「どうしたのじゃ、サクル?」
「これ、きんにく?」
「どれ、ふむ? む? これは、こ、このような所も鍛えておるのかっ?」
やめろ、ファルナーズ! そうじゃない。そうじゃないんだ!
ファルナーズも一緒になって、サクルと共に俺の雑念に手を伸ばす。
もう、俺は限界だった。
浴槽の中で急にぐったりした俺に、二人は心配気な目線を送る。
「柔らかく、なったな?」
「なったー」
もう、俺はお婿にいけない。
俺は浴槽の中で膝を抱え込んで座り、侍女達に湯を交換して貰った。
◆◆◆
入浴が終わり、色々な意味でさっぱりすると、部屋には次々、料理が運ばれてくる。
皿の上にはファラーフェルと呼ばれるコロッケや、タブーリというパセリをふんだんに使ったサラダ。それからファターイルというパン生地を三角形にして、挽肉を中に詰めたパイ等が並んでいた。
正直、絶食をしていたファルナーズがいきなり食べたら問題がありそうなモノばかりかと思うが、意外にも彼女は気にせず料理に手を伸ばしている。
「テュルク人が頑健なのは、何も外見だけではないのじゃ」
俺の視線に気付いたファルナーズが、自分の腹を”ぽん”と叩きながら言った。
「そ、それよりも、わしはシャムシールの子を身ごもるであろうか?」
――身ごもらないと思う。ていうか、さっきの事は忘れて欲しい。
「十月。わたし、ほねにもどれない」
――いや、サクル。平気だから。気にせず、不死骸骨に戻ってくれ。ていうか、既に妊娠した設定とか、やめるんだ。
「おんなのしあわせ」
サクル、思いっきり棒読みだぞ。あと、ファラーフェル食べすぎ。むしろ色々食べたいから、何か理由をつけて身体を維持したいだけだろう。
俺もファターイルに手を伸ばし、齧る。中の挽肉が良い感じにジューシーで、美味しい。
「そんな事よりファルナーズ。さっきの話の続きなんだけど」
「わしの、処分か?」
俺は頷くと、手元にあった蜂蜜水を飲んで喉を潤した。
「うん」
俺の正面で胡坐を組んで座るファルナーズの表情が、にわかに固くなった。
俺の横では相変わらずサクルが、色々なモノを口に運んでいる。
「どのような処分でも、なんなりと」
「そうか。じゃあ、こういうことは早く済ませたいからな」
「ふふ、なるほど、これは最後の晩餐であったか。やはりお主は王。甘くはないようじゃの」
ファルナーズは覚悟を決めたようで、ゆっくりと瞼を閉じる。
俺は立ち上がり、剣を手に持つと、ファルナーズの後ろへ立った。
見下ろせば、ファルナーズの銀髪が背中へ流れて実に美しい。
入浴後の柔らかい香りが立ち上り、これを斬ってしまうのは、なんとも惜しい気がした。
――だが。
俺は魔剣を鞘から抜くと、一気にファルナーズの首元へ落とす。
剣圧は周囲に風を巻き起こし、軽い物を吹き飛ばした。
幸いにして料理はその場に保たれたが、サクルが若干眉を吊り上げた。
サクル――お前、俺が真面目にやってるのに、食事を中断しないのな。
周囲に、ファルナーズの長い髪が落ちてゆく。
もう、これでファルナーズはツインテールを作れない。
ああ、何という事だろう。ツインテール小鬼という属性を、俺は今、殺したのだ。
「太守として、俺に叛旗を翻したファルナーズはここで死んだ。以後、不死隊として、俺に仕えろ」
「え? えっ? あ、は、はい」
俺が魔剣を鞘に収めると、後ろを振り返ったファルナーズが目を瞬かせている。
「よ、夜伽は?」
「もちろん、してもらう」
――え? あれ、俺今、なんつった?
「わ、わかった。ネフェルカーラにも負けぬゆえ、期待してほしい!」
拳を握るファルナーズは、なんだかとてもやる気だ。
でも、アレを鍛えていると思い込んだファルナーズに、夜伽なんて出来るのだろうか?
俺は一抹の不安を覚えたのだった。
食事が終わると、訪れたのは睡魔だ。
それは俺もファルナーズも同じだったらしく、侍女達が気を利かせてこんな事を言った。
「寝室も、準備を整えてございます」
何の準備だ、こらぁ!
そう言いたかったが、頬を染めたファルナーズが余りにも綺麗で、それもアリだな、と思った俺だ。
とはいえ、浴槽で解放を終えた俺のパトスは現在休眠中。なので、添い寝程度でいいだろう。うん、それでいい。
「それにしてもシャムシール。サクルまで寵愛して、ネフェルカーラが怒らんのか?」
サクルも俺の肩に頭を乗せて、ウトウトし始めていた。
あれ? この人、俺の護衛だよね? と思わなくもないが、可愛いは正義なので、全て許す。
「怒る、かな?」
「怒るじゃろう。わしだって、いきなり現われた女を連れておるお主を怒りたい気分なのじゃ。なるべくなら二人きりになりたいのに……」
「サクルはさ……あまり楽しい思いもせずに死んだ、奴隷騎士なんだよ」
「不死隊であることは、わかっておる。じゃか、だからというて……」
「はは……」
「ああ、もう! シャムシール――陛下は優しいのじゃ! じゃが、それがわしらを傷付けるっ! さあ、寝よう! 疲れておるのじゃろうっ!」
ファルナーズは立ち上がると、急に俺の手を引っ張る。流石にテュルク人だけあって、その力は尋常ではない。
サクルの頭が揺れて、落ちそうになるのを、俺は左手で抑える。
こうして三人でファルナーズの寝台に潜り込むと、まっさらな絹の香りが漂ってくる。
部屋は蝋燭の明かりだけだが、壁面に描かれたタペストリーの様々な色彩と相俟って妙に幻想的な空間を生み出していた。
考えてみれば、これ程豪華な寝台で寝るのは久しぶりだ。
過去世界から戻るとそのまま戦闘に放り込まれて寝ていないのだから、疲れがどっと出る。
俺は右にファルナーズを抱え、左にサクルを抱えて、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。
「ま、まて。夜伽じゃ。せっかく女を磨いたわしの身体を堪能するのじゃ」
ファルナーズが俺の身体を揺するが、今はそれより睡魔が勝る。第一、風呂にも入っていなかった人が、なんで女を磨けるものか。
そもそもファルナーズは夜伽、夜伽と騒だわりに、すぐ眠りに落ちた。
サクルに至っては、誰より早く夢の中へ突撃し、
「シェフターリ」
と、桃を齧る夢でも見ているようだった。