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異世界奴隷が目指すもの!  作者: 芳井食品(芳井暇人)
四頭竜の軍旗を掲げて
104/162

マディーナ篭城戦 5

 ◆


 俺は腰の剣を手に……。

 ん?

 俺は腰の剣を……。

 あれ?

 俺の腰に剣が……。

 ないいぃぃ!

 そういえば、過去世界のDIYハウスに剣を置き去りにしてきてしまった。


 どうりで、眼前のイケメンがニヤついている訳だ。


「剣で、私を倒してもらおうかな」


 むう。どこまでも嫌なヤツだ。

 だが、この期に及んでは、流石の俺も「やっぱり炎でやっつけちゃうよー!」とは言えない。

 俺は、ぐったりしているネフェルカーラの腰帯をさぐる。しかし、そこにあったのは鞘だけで、剣は無かった。気を失った過程で、ネフェルカーラは剣を落としたのだろう。


「んっ、んんっ」


 腰をごそごそと触っていたら、ネフェルカーラが俺の首に両腕を回す。

 なんだ、コイツ。本当は意識があるんじゃないのか? 心配して損した! 俺の、自分と敵に向けた怒りをどうしてくれるんだ!

 ともかく俺は、槍で戦っていて剣を必要とはしていないだろうハールーンに借用を申し込む。


「ハールーン! 剣をかしてくれっ!」


「無茶いわないでよぉ! こっちも大変なんだからぁ!」


 うむ、そうか、大変か。

 って、ハールーンと戦っている赤毛の男を、俺はつい最近見たぞ? 確かアモンとか云う上位魔族シャイターンじゃなかったっけ?


「ひいいぃぃ!」


 うん、間違いない。俺を見て、激しく怯えているものな。

 俺を見て身を翻そうとしたアモンの身体を、ハールーンの槍が貫く。

 ほらみろ、ヤツは弱い。所詮アレは、なんちゃって上位魔族シャイターンだ。ハールーンが苦戦する方がおかしい。


「どこが大変なんだよ! 早く剣を投げてくれー!」


 実はこんな事を叫ぶ俺は、既に黄金の輝きを失っていた。

 最上位の機動飛翔アル・ターラを発動させ続ける事も困難なほどに魔力を消費したようで、俺の身体は翼も失っている。

 つまり金髪イケメンさんが”剣”といってくれて、少し助かったかもしれないのだ。

 だって、この状況では、どうせ禁呪を放てないもの。


 ハールーンはさらに、槍を回転させてアモンを両断すると、素早く腰の剣を俺に投げて寄越した。

 その間にも金髪のイケメンが、俺に向かって槍を幾度も突き出している。

 いっそ、ネフェルカーラを盾にしようかな? とも思ったが、そんな事をすれば後で怒られる。

 だから仕方なく、通常の”機動飛翔アル・ターラ”に”光速化スピード・オブ・ライト”を上乗せして、俺は敵の攻撃を凌いでいた。


 ハールーンの投げた曲刀を手に取ると、ネフェルカーラが俺の頬にキスをした。

 おい、顔の薄布、いまちょっとだけ外しただろ? 意外と動けるだろ、ネフェルカーラ。そう思ってつっこみを入れたかったが、意外とイケメンは強い。真面目にやらないと、怪我をしてしまいそうだ。


「余裕だな、シャムシール。ヤツがウィルフレッド、そして竜は地竜――地底に潜り、自在に城壁さえ越える厄介者だ。ヤツ等を倒せば、戦局が覆る。出来るか?」


 ネフェルカーラの、うっすらと開けた瞼から覗く緑色の瞳は潤んでいる。それを横目で見た俺は、何も言えなくなった。彼女の表情からは、様々な感情が滲み出ている。少なくとも、心配を掛けたことは間違いないのだから。

 とはいえネフェルカーラが言うほど、俺に余裕なんてない。

 ましてネフェルカーラに雁字搦めにされて、目の前の敵と戦うって、ある意味では拷問だ。

 ていうか、ネフェルカーラ、無傷じゃない? 俺にしがみ付いて、なにしてんの、あんた。


「出来るか、っていうか……ネフェルカーラ、気が付いたのなら、ちょっと離れてくれないか? 戦いづらいんだけど」


「む? おれは気絶中だ。残念ながら、身動きがとれぬ。ぐぅ……」


 おい、今度は寝たふりか。

 俺は辺りを見回して、”戦局”とやらを観察する。

 たしかにマディーナの城壁から粉塵が立ち上り、敵兵が今にも市内へなだれ込みそうだ。

 それも、この場所に将軍達が集まっていることが原因の一端だろう。しかし、ここに強敵が多数いる事も事実だった。

 

「ハールーン! 兵を纏めて城壁を守れっ!」


「え? でもぉ、ウィルフレッドはぁ?」


「俺一人で何とかなる! 心配するなっ!」


 俺は、唯一手の空いたハールーンに命令をする。有無を言わせない口調を心がけたつもりだ。

 これに対して、心配そうな眼差しを俺に向けた朱色髪のイケメンは、何も言わずに頷いた。


 ウィルフレッドは幾度も俺に突きを繰り出すが、紙一重の差で俺は曲刀を閃かせて回避してゆく。

 多分これは、パラディンと行った修行のお陰だろう。

 相手をよく見れば、無駄な動きを減らす事が出来るのだ。


 それにしても、左手でネフェルカーラを抱えたまま戦うのは、かなりしんどい。

 たまに足を絡めるネフェルカーラは、むしろウィルフレッドの味方なのではあるまいか?


「ネフェルカーラ、ホントに離れてくれない?」


「ぐぅ……。(美女を眠りから覚ますのは……愛しき男の接吻だと……昔から相場が決まっておろう……むにゃむにゃ)」


 俺は今、とてもネフェルカーラを殴りたくなった。

 今、明らかに片目を開けて、ブツブツと言っていたのだ。

 何が「むにゃむにゃ」だ。

 二千年近く成長しないネフェルカーラの脳みそは、ある意味、奇跡の産物に違いない。


 だが、邪魔なネフェルカーラを引き剥がす為、俺は意を決して彼女の口元を露にし、そっとキスをした。


「……私と戦っているというのに、貴方という人は……」


 俺は横目に呆れ顔のウィルフレッドを捉えるが、これも仕方の無いことだ。

 ランドマスターが咆哮を上げると、ウィルフレッドと共に俺へと迫る。


「無粋。邪魔立てするな」


 俺から少しだけ唇を離したネフェルカーラは、左手をウィルフレッドに翳すと、透明の壁を作った。

 それから再びネフェルカーラは、唇を突き出している。


「いや、もうしたし。明らかに目覚めてるし」


「なっ! ちょっとではないか! 軽くではないか! もっとこう、濃厚な接吻というものがあろう!」


 ネフェルカーラの結界に弾かれたウィルフレッドが、黄金の槍を翳して再び迫っていた。


「とにかく、後だ! ネフェルカーラは全軍を纏めて、戦線を修復してくれ! マディーナが落ちたらまずいだろ!」


「ふむ、それもそうだ。では、シャムシール。今宵を楽しみにしておるぞ」


 こうしてネフェルカーラは俺から離れると、まずジャムカに加勢した。

 それからジャムカにニ、三の指示を与えて別の戦線に投入すると、自らは黒い翼の生えた女と激しい攻防を展開する。

 その際、暫くの間ジャムカがほんのりと頬を染めて、俺をじーっと見ていた。

 どこで覚えたのか知らないが、ジャムカのように前髪ぱっつんの女子が上目遣いをすると、破壊力が増す気がするのは、俺だけだろうか。

 うん、つまりジャムカは可愛いってことだ。


「いつまで余所見をしているっ、シャムシール王っ!」

 

 ウィルフレッドが放つ渾身の突きを、俺は身体を開いてかわす。同時に、竜の頭を蹴り飛ばした。

 その直後、ウィルフレッドの背後へ回ると、袈裟懸けに曲刀を振り下ろす。

 跳躍して攻撃を避けたウィルフレッドを無視して、俺はそのまま走り、竜の首を跳ね飛ばした。

 地面を潜る竜なんて厄介な敵、いつまでも生かしておくつもりはないのだ。


「ランドマスターッ!?」


 上空から悲痛な叫びが聞こえるが、知ったことじゃない。

 俺は左手を上へ翳して、空へ無数の光弾を撃つ。これを避けた所で、ウィルフレッドを斬ってやろうと考えたのだ。


反撃魔法リバーサルッ!」


 しかし俺の思惑通りには進まない。

 俺の攻撃はどうやら、そのまま弾き返されてしまったようだ。

 だが、それも問題にはならない。

 俺は全ての光弾を避けて、ウィルフレッドに肉薄する。何しろネフェルカーラを抱えていなければ、全てを紙一重でかわすなど、造作もない事だ。

 ていうか、パラディンの修行は、どれだけスパルタだったのだろう。ウィルフレッドの槍技が凄まじいことは理解できるが、パラディンの方が遥かに恐かった。


「うぐっ!」


 俺は黄金の槍を避けながらウィルフレッドの懐に入り込み、曲刀を水平に払った。するとウィルフレッドの戦衣が裂けて、すぐに赤い血が噴出す。


ヒー……


 小さく動くウィルフレッドの口元を見て、回復呪文だと覚った俺は更なる迫撃を仕掛ける。

 肩へ一撃入れると、ついで右胸を突いた。

 止めに、刀の柄をヤツの頭上へ振り下ろし、もはや飛ぶ力を失ったウィルフレッドを地上へ叩きつける。

 仕上げはそのまま俺も落下して、ヤツの首と胴を切り離せば終了だ。


 俺は、勢いをつけて落下する。

 だがしかし、ウィルフレッドを庇うように現われたのは、大盾をもった巨体の男だった。

 男は盾を頭上へ翳し、俺の曲刀を受ける気のようだ。

 俺は勢いをつけて大盾を斬りつけた。すると、凄まじい火花を散らして互いの武器が砕け散る。

 もしもいつもの魔剣だったら、きっと盾ごとコイツを切り裂いていたのに……そう思えば、少し残念だ。


「う、うぐっ……ぐっ……」


 だが、大男が守ろうとしたウィルフレッドは、全身の骨も砕けて、手足もあらぬ方向へ曲がっている。それに腹部の傷も肩の傷も右胸の傷も、どれをとっても致命傷になり得るものばかりだ。いっそ、止めをさしてやった方が情けといえたかもしれない程に、悲惨な状況だった。


 イケメンも、こうなっちゃ台無しだな。

 俺は脳裏に、酷く冷酷な感想を浮かべた。


「シャムシールちゃんっ! どいてっ! 千の剣(サウザンド・ソード)


 俺がウィルフレッドを見つつ、大男と対峙していると、上空からジャンヌが迫ってくる。


「ジャンヌ・ド・ヴァンドーム! 性懲りもなくっ!」


 俺は折れた剣を構え、迎撃体勢を作る。

 ウィルフレッドも厄介だったが、ジャンヌも厄介な相手だ……って、あれ?

 ジャンヌはさっきまで大男と戦っていたよな?


「今の僕は、ジャンヌ・ド・シャムシール! キミの妻だよ! でもっ、僕にキミの破廉恥な欲望をぶつけるのは、後にしてくれないかっ! 後でならっ、後でならいくらでもぉ……! ああ、興奮してきちゃったぁぁああ!」


 いやいや。

 なんでお前が俺の妻に?

 このツルペタ星人は、一体何を言っているんだ? でも、外見だけなら何処までもロリ可愛いジャンヌ。俺はかつて辺境の魔剣士ロリコンと……はっ、いかん、いかん。

 とりあえず俺は大男から距離をとって、ジャンヌの攻撃を回避した。

 大男の鎧には無数の剣が刺さり、いっそハリネズミのようにも見える。だが、それでも瀕死のウィルフレッドを庇うあたり、どこまでも忠誠心に厚いのだろう。


「ウィルフレッドさま、少々ご辛抱を」


 ハリネズミと化した大男はウィルフレッドを小脇に抱えると、高速で飛び退る。

 思わず呆気に取られた俺は、対応が遅れてしまった。

 だが、これによりネフェルカーラと対峙していた女も退いたのだから、この場での勝利は確定したといえるだろう。

 城壁上での戦闘は続いているが、俺がこのままの姿でいて良い訳も無い。

 俺はネフェルカーラを呼ぶと、鎧と魔剣が保管されている場所へ案内してもらうことにした。


 ◆◆


 魔剣と鎧は、黒甲将軍カラ・アミール府の自室にあった。

 だったら別に案内される必要も無かったじゃないか! とか思ったが、ネフェルカーラと話したい事もあったので、丁度良いだろう。


「俺が久織悠聖だと、いつから知っていた?」


「むろん、最初から、だ」


 俺は黒甲将軍カラ・アミール府の廊下を歩みながら、ネフェルカーラに聞いた。

 もう、思いっきり緑眼を泳がせているネフェルカーラは、間違いなく嘘をついている。

 俺は一つ、カマをかけてみる事にした。


「ふうん。ユウセイとの約束を破って、俺の第一夫人になろうとしたのかぁ」


「なっ、なっ! あれはそもそも、幼き日の戯言! ……ではないが、もう、会えぬと諦めておった。おれが大人になって、一体何年が過ぎたと思うておるのだ」


 うろたえるネフェルカーラは、あっさりと白状した。

 その後すぐに”ぷい”と顔を背けたネフェルカーラは、珍しく可愛らしい。

 小さな頃のネフェルカーラなら、頭を掴んで強引に振り向かせるのだが、今の彼女にそれは出来ない。だって、恐いもの。


「――どうして俺がユウセイだと分かったんだ?」


「ああ、それはな、これだ」


 ネフェルカーラは懐から俺のスマホを取り出すと、徐に電源を入れた。


「これでお前の正体……存在の謎が解けたのだ」


 ていうか、なんでネフェルカーラは電源を入れられるんだ。

 そもそも、どうして使い方が分かった?

 いや、そんな事よりも、俺の動画を見たという事は……まさかエッチな動画も……。


「ああ、そうそう。なにやら破廉恥な映像がいくつかあってな。不愉快だったので、消しておいた」


 ――おお、おお。運命の神は、俺を見放した。

 俺は廊下に片膝をついて、天井を仰ぐ。

 あの動画を確保するのに、どれほどの時を費やしたことか。

 

「落ち込んでおるのか?」


「い、いや、全然」


「で、推察した結果、今のお前はシャムシールであり、ユウセイである、とおれは考えたのだ」


 俺は再び立ち上がり、扉を開けて自室へ入った。

 そこでネフェルカーラは自らの推論を語り、俺は涙と共に渋々納得をする。


「――という訳でな。そんな事よりシャムシール、先ほどの続きだが」


 俺が悲しさを紛らわす為に、さっさと鎧を身に着けようとしていると、ネフェルカーラが俺の腕を掴む。それから口元を覆う布を外すと、身体を俺の正面に向けた。

 多少煤で汚れていても、ネフェルカーラの美貌は多分、世界一だ。そんな彼女に正面から見つめられては、俺といえどもドギマギする。


「アエリノールとは、したのだろう。いや、それだけではない。シェヘラザードやジャムカとも」


 あいつ等、言いやがった!

 という怒りが脳天に走ったが、考えてみれば言われて困る事でもない。


「ラ――」


「ネフェルカーラッ!」


 危ない。

「ラ」なんて言い始めるネフェルカーラは、「雷撃ラアドゥン」する気マンマンだろう。

 俺はネフェルカーラを抱きしめると、その唇を唇で塞ぐ。

 舌と舌を絡めると、ネフェルカーラの体からは力が抜けてゆき、時折、甘い吐息が漏れる。


「はぁ……雷撃ラアドゥン


”ドンッ”


 結局、電撃が俺の身体を駆け抜ける。

 何が気に障ったのかは知らないが、唇を離した途端にこれだった。


「こ、ここ、こんな恥ずかしいことを、おれを一番にせず、アエリノールと最初にっ! 許さん、許さん、許さんっ! おれは千年以上も待ったのにっ!」


 だが、頬を赤く染めながら怒る緑眼の魔術師は、今まで以上に美しかった。


 それから俺とネフェルカーラは武装を整え、再び戦場へ戻る。

 何しろネフェルカーラも剣を失っていたし、衣服もボロボロになっていたのだ。

 それにしても、なんで俺の部屋からネフェルカーラの服が出てくるのだろう? その辺が不思議だった。

 

 ◆◆◆


 俺がアーノルドに乗って戦場へ戻ると、奴隷騎士マルムーク側から歓声が上がった。

 さらに、ネフェルカーラの声が伝わると、敗色の濃かった戦場が、一挙に立ち直る。


「敵将ウィルフレッドは、既に黒甲王カラ・スルタンが撃退した。皆、この戦は我等の勝利である。この上は陛下の御前にて、残敵の掃討に励めっ!」


 この声に最も奮起したのは、パヤーニーだったかも知れない。

 クレアに絡みつきつつ、唇の無い口を彼女の頬に押し当てていたパヤーニーは、すぐさま眼光を鋭くした。

 いや、眼光といっても、基本的には濁っているが。


「陛下のご帰還、何より。さて、ではサクル、マーキュリー! 我がシェフターリを与えるっ!」


 言うや否や、パヤーニーは腹部に手を入れて、二つの桃を取り出した。

 桃は宙に放られると、サクルとマーキュリーの方角へ飛んでゆく。これは恐らく、パヤーニーがコントロールしているのであろう。


「クレアよ」


「ひ、干物めっ! き、貴様に名乗った覚えなど無いっ!」


「ふん。お主の身体をあれほど堪能したのだ。記憶如き、読み取れるわ」


「なっ、くっ!」


 相変わらず誤解を招くような物言いをするパヤーニーだが、さっきのセクハラ行為には意味があったらしい。


「悲しき過去が踏み誤らせた道、ということだな。お主の弱さを責めはせぬ。故に、我が妻になれ」


 いやいや、パヤーニー。お前は一体、何を言い出している。ここは戦場で、お見合いパーティーをしている場合じゃないぞ。


「……馬鹿、なの? どうして私が干物の妻になんてならないといけないのよ!」


「ふむ、お主の好みであろう? 余も金髪であるし、美貌である。何より心が美しいぞ」


 当然、目を白黒させるクレア。それから、もちろん怒り出す。


「誰と、一体誰と比べてモノを言っているのっ!?」


 なんだか、俺もクレアに加勢したい気持ちになる。


「だれと? それは当然ウィルフレッドであろうが。それに我が妻となれば、お主を呪縛から解き放つなど造作もないこと。何しろ余は、不死王イクシル――死せし者の支配者なれば」


 パヤーニーの言葉を聞いたクレアの顔は、一瞬だが青ざめた。

 だが、すぐに切り込んだクレアは、パヤーニーの腕を両断する。


「ぎゃあああああ! 余の腕がぁぁああ!」


 中空で暴れるパヤーニーは、切り落とされた腕が地上へ落下する様を見つめ、涙を零す。相変わらず、やかましいミイラだ。

 しかしパヤーニーが残った腕を動かし、手首を回転させて人差し指を上へ向けると、砂の大地、それから城壁上へ無数の杭が現われた。

 杭は岩であり木でもあった。それらは大小様々だったが、地から天空へそそり立つように生えて、人を貫く事だけは共通している。


「……なんてな。残念だ。冥府を彷徨うがよい――クレア」


 無数の杭は全てがパヤーニーの力で制御されているらしく、見事に敵だけを捕らえて串刺しにしてゆく。

 辺りには悲鳴が満ち溢れ、絶望の叫びが木霊する。

 その様に俺は嫌悪感を覚えたが、横にいるネフェルカーラは薄く笑っているようだった。


「これが我等に楯突くものの末路なれば、良い教訓となろう」


 突如出現した杭に、何とか反応を示したクレアは、全身を貫かれることだけは避けたようだ。けれど、腹部に大穴を開けている。よろよろと地上に下りたクレアは、もはや戦闘能力を失ったのだろう。


「ウィルフレッド卿も負傷されて、後退されました。指揮権をクレア伯へ譲ると!」


「そう。だったらこの戦、負けよ。すぐに退却を。私だって、もう戦えないわ」


 地上に下りたクレアは、すぐに馬上の人となる。だが、そこでウィルフレッドの負傷を聞くと、憮然として退却を命じていた。

 後方へ下がるクレアは馬上から血を滴らせて、砂塵の中に消えてゆく。

 見送るパヤーニーの表情は干からびていて読めないが、どこか安堵しているように、俺には見えたのだった。


 一方で、パヤーニーに桃を貰ったサクルとマーキュリーはピンク色の光に包まれて、再び肉体を取り戻している。

 

「みなぎる、わたし、やる」


 瑞々しい桃を食べたサクルは、柔らかい肌を取り戻し、両手で斧を構えなおす。

 前回とかわらず、スミレ色の瞳が愛らしいサクルだ。もう、ずっとこのままの姿でいて欲しい。骨になんて、戻ってくれるな!


 マーキュリーの方は微妙で、大胸筋をぴくぴくさせて遊んでいる。

 どちらも青いマントを翻す騎士と対峙しているが、肉体を取り戻した途端に敵を圧倒し始めた。


 他はといえば、遠方で巨大な魔力をぶつけ合う、カイユームとアリスがいる。

 俺がカイユームを助けに行こうかと思ったところで、ジャンヌが参戦した。


「アリスッ! どうしたのさっ! クレアが心配なのは分かるけど、僕はキミの師匠だよっ! 蹴りに帰ってきてよっ!」


「ジャンヌさま。ワタシはマスターの命令に従うダケ。アナタハ敵デス」


「師匠、やはりアリスの様子がおかしい。これは隷約スレイブなどではなく、もっと別の、禍々しい力で……」


 アリスの打撃によって罅の入った眼鏡を捨てると、懐から新しい眼鏡を取り出したカイユーム。

 ジャンヌはカイユームの言葉よりも、そんな眼鏡に気をとられて話を聞いていないらしい。

 それにジャンヌは、たまに俺をチラ見する。だが、主に顔より股間を見つめるジャンヌの狙いは、やはり俺の女子化なのだろうか。


「ところでカイユーム……キミは眼鏡、何個予備を持っているんだい? シャキーン! ちなみに僕のカチューシャは、七〇ニニ個さっ! これは新作だよっ!」


 ジャンヌの新作は、黒色で禍々しい角型のオブジェが付いている。


「へえ。そんなに、持ち歩けるものですか? 私は五個しか持ち歩きませんが。それにしても、そのカチューシャ、素敵ですね」


 カチューシャの角部分を指で突付きながら、カイユームが興味を示す。

 なんというか、この師にしてこの弟子あり、といった感じだ。色々と置いて行かれたアリスは、小首を傾げながら、メイド服を風に靡かせている。


「そうでしょ! これはね、シャムシール二号! これをつけるとねぇ……光剣ライト・ソード。ふふ、接近戦をしちゃおうかなぁって気分になるんだよ!」


「気分だけ、ですか……」


「それで十分だよ! 妻の嗜みだからねっ!」


「なっ! 私ですら、まだ愛人に過ぎないのにっ! 師匠が妻ですってっ!?」


 もっとも、此方の決着も着かなかった。

 戦力的にはアリスを圧倒していたはずのジャンヌ達は、途中から口喧嘩を始めたのだ。

 その間にアリスは退却命令を受けて、悠々と後退していったのである。

 ていうか、だからなんでジャンヌが俺の妻に? いつ、そんな話が……。それにカイユーム。俺がいつ、お前を愛人にした……。


 こうして潮の引くように、フローレンス軍は後退していった。

 もっとも、目ぼしい敵将を討ち取ることは叶わず、決戦が持ち越されたと言っても過言ではない状況だ。

 それでも俺は全軍をマディーナへ撤収させると、久しぶりに諸将の顔を見て、漸く安心することが出来たのだった。

 俺が居ない間に誰かが死んだりしていなくて、本当に良かったと思う。

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