08
街を歩く男女。僅かに疲れている印象を受ける二人は、しかし真っ直ぐ前を見据えて歩いている。二人の手は堅く繋がれており、互いに寄りかかっているのではなく、共に歩いているという印象を見る者に与えながら。
女性は、小さなバッグを、男性は一冊の本をそれぞれ繋いでいない方の腕に抱えていた。
通りかかったのは何の変哲もない教会。そこでは今正に結婚式が行われているらしく、教会の鐘が鳴り響いている。見れば大きく開かれた正面の扉の前、一点の曇りも無い白を纏った男女が、周りを囲む人々からの祝福の声に満面の笑みを浮かべながら応えていた。
少し羨ましそうな視線を向ける女性。そんな女性の様子に、男性は繋いだ手を強く握る。
「いつか、君のご両親に許してもらえたら、他の誰よりも素晴らしい結婚式を挙げよう」
約束する。そう言って女性を見つめる眼差しに嘘はなく、女性は嬉しそうに微笑んだ。
「私も、約束するわ。貴方を信じ、決して裏切らないと」
二人の願いは叶うのだろう。それが『彼』を手にする事が出来た二人の行く道ならば。
お互いの顔を見合わせてひとつ笑みを交わすと、繋いだ手に力を込め二人は再び歩き出す。輝かしい未来、それを脳裏に描きながら。
二人が通り過ぎた後の教会では、新郎新婦が幸せそうに微笑んでいる。
性格の良さがそのまま顔に出ているような容姿の新郎が、隣に立つ新婦を優しく見つめている。愛らしい少女のような新婦は、そんな新郎に寄り添い、幸せそうに微笑んでいた。
そんな二人を囲む人々は、二人の門出を喜び、新郎新婦に向って花を降らせながら、祝いの言葉を口々に投げかけている。
そんな人々の輪の後方で、同じように二人を言祝ぐ同僚の女性らしき二人がいた。
「それにしても、彼も運が良いわよね。社長令嬢に見初められるなんて」
遠目に新郎を見つめる髪の長い女性。本当は、新郎の方も昔から新婦を想っていた事実を知る者はいなかった。
「そうね。でもあの性格の良さだもの。おかしくはないんじゃない?実際最初にこの話聞いた時、やっぱりって思ったもの。まあ、折角の有料物件がって嘆く人達もいたみたいだけど」
髪の短い女性のどこか残念そうな様子に、髪の長い女性がにんまりと笑う。
「そんな事言って、自分がそうなんじゃないの?」
からかいを含んだ声音に、
「え!そんな事は……まあ、ちょっとはね」
髪の短い女性は慌てて否定しようとし、結局観念したように頷く。
「やっぱりね。どおりで感情こもってる筈だわ」
したり顔で笑う髪の長い女性に、髪の短い女性は頬を膨らませる。
「べ、別に私はそんなに執着してたわけじゃないわよ。そんな事言ったら
それ以上からかわれては堪らないと、それ以上の会話を打ち切るように顔の前で両手を振る。
「そ、そういえば、やっぱり来なかったわね」
「わざとらしく誤魔化しちゃって。まあ、良いわ。んで?やっぱりって誰のこと?」
きょとりと首を傾げる髪の長い女性に、髪の短い女性は何で分からないのかと思いつつ、内緒話でもするように、顔を寄せる。
「誰って、あんたんとこの課長よ、か・ちょ・う、あのセクハラ親父。彼がいきなり自分より出世したもんだから、かなり荒れてたらしいじゃない。その上今度は社長令嬢と結婚だもん、招待されても来たくなくて当たり前かもね」
ま、あたしは休みの日にまで会いたくなかったから良いけど。と、笑う髪の短い女性。そんな女性に対し、髪の長い女性の方は、目に見えて表情を曇らせた。
いつものように乗ってこない女性に、髪の短い女性が不審げに視線を向けると、髪の長い女性の怯えの混じった様子に益々怪訝そうに眉根を寄せる。
「どうしたの?もしかして、あの親父に何かされた?」
嫌な事があると周りに当り散らすあの男の事だ、有り得ない話ではない。だが、髪の長い女性はただ首を振るだけで。
じゃあ何?と首を傾げる髪の短い女性に、髪の長い女性は何度か浅く呼吸をし、意を決したように唇を開いた。
「……課長、今入院してるの」
「入院?何で?」
殺しても死ななそうなのに、一体どうしてそんな事態になったのか。
状況が把握できていない髪の短い女性。対して髪の長い女性は
「廃人…ってゆうのかしら。会社を無断欠勤するようになって、自宅に連絡しても繋がらなかったから、何人かで課長のマンションに行ってみたんだけど」
夏であるというのに、寒そうに自身の腕を擦り、首を竦めている。その情景を思い出しているのか、心なしか顔色が悪い。
「インターホン鳴らしても返事がなくて、管理人さんに鍵借りて部屋に入ってみたら、部屋の中めちゃくちゃで、その中にぽつんと課長が座ってて…」
「……」
その様子を想像してみた髪の短い女性の背筋に、嫌な汗が伝う。どう考えても尋常ではないそれに、その場にいたわけでもないのに薄ら寒いものを感じていた。
「いくら声かけても返事してくれなくて、ただ『本が』ってずっと呟いてたの」
髪の長い女性の顔色はもはや蒼白だった。何せその現場にいた一人であったものだから、甦ってくる光景も生々しいものだった。
「えー、何か不気味。それってまるで…」
髪の短い女性はわざと明るく振舞ってみるも、呪われたみたい。そう言いかけて口を噤んだ。まるでそれを恐れているかのように。だが、何を言いたいのかを察した髪の長い女性が、重々しく頷いた。
「うん。だから皆、課長のことに関して口に出したくないんだと思う」
重苦しい沈黙の漂う女性二人。そんな二人のすぐ傍では、正反対の華やかで明るい雰囲気の中微笑み合う新郎新婦。
その余りにも正反対な空気が、より一層の不気味さを醸し出しているのだった。
図書館に訪れる者達は、皆が皆一冊を見出し帰って行く。訪れる者の数だけある人生。そしてそこから綴られる物語。光に満ちた物語。闇に消える物語。その明暗を分けるのは果たして―――
長々とお読みいただきましてありがとうございました。




