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麻美誘拐される~梓生死の境をさまよう~ルイの治療

 麻美誘拐される。

 放課後、いつものように麻美と梓は二人で渋谷の街中を歩いて帰宅の途に着いていた。梓もこの頃は麻美の家に住む事に慣れ、麻美と姉妹のような関係を築きつつあった。もっとも麻美のほうは、梓を自分の恋人のように扱ってはいたが。

 下校の途中の事だった。横断歩道橋で青山通りを渡って、人気のないオフィスビル街の裏道を歩いていると、前方から灰色のワゴン車がゆっくり近づいてくるのが見えた。ワゴン車の窓は黒く潰され、前面と側面にどこかのTV局みたいなマークが描かれていた。

「あのマーク、どこのテレビ局だっけ?」

 麻美が怪訝な顔をして梓に聞いた。

「さあ、あたしも見たことない」

 近づいたクルマを良く見ると、それは見たこともないマークだった。雷みたいなSの字にパイプを咥えた赤い鳥の顔があしらわれNHTVの文字が配置されている。

 そのワゴン車を見た時から梓の鼓動が高まり始めていた。

 なんだろう?胸騒ぎがする。

 ワゴン車は違法に路上駐車されたクルマと、大量の放置自転車の列に阻まれ、前に進めなくなった。本当は、隙間の方は十分あるのだが、運転手の腕のせいかすり抜けられないらしい。

 助手席からサングラスをかけた男の人が降りてきて、舌うちしながら自転車をどけ始めた。だが男の人が乱暴に自転車をずらそうとしたせいで、並んでいた自転車が一気に将棋倒しになってしまった。

「ありゃりゃ、あれじゃ大変だ。ねえ、梓、ちょっと持っていて」

 麻美は通学かばんを梓にあずけ、倒れた自転車に近づく。クルマからもう一人、別の男の人が降りてきた。

「手伝いましょうか?」

 人のいい麻美は、そんな風に話しかけ、屈んで倒れた自転車を起こし始めた。梓は少し離れたところから、その様子を見ていた。さっきからずっと、なにか嫌な感じがするのだが、それがなんなのか梓には分からない。

 何台目かの自転車を起こそうと屈んだ麻美の後ろに最初に降りて来た男の人が立った。

「わるいね、お嬢さん」

 そんな風に言った様に聞こえた。

 麻美が急に転んだ。転んだと言うより自分が持ち上げようとした自転車と一緒に、いきなり力が抜けて倒れ込んだ感じだった。

「麻美!どうしたの?大丈夫?」

 梓が駆け寄ろうとしたら、背中に何かがチクリと刺さった。

「痛!」

 梓が振り返ると、もう一人の男の人がいつの間にか後ろに立っていた。

 その男の人は拳銃のようなものを構えていた。梓がそこまで確認したとき、背中に激痛が走った。感電したような悪寒がして意識が遠のく。

 梓はかばんを投げ出しそのまま前に倒れた。だがすぐに手を突いて起き上がった。

 首を回して自分の背中を見た。

 梓の背中から、なにか電線のようなものが生えていた。

 鏃のようなものが、制服を突き破り、梓の背中に刺さり、電線は男の人の持つ黒い銃に繋がっていた。

 スタン銃だ。心のなかで銃の正体を言い当てる声がした。

 また凄まじい電撃が梓の全身を襲った。

 だが今度は意識を失わなかった。

 その様子を見た男の人がひるむのが見えた。

「なんで倒れねえんスか?このガキは!」

 また電撃が来た。

 さっきより強い電撃だったが、もう梓には耐性ができたみたいだ。

 痛みは感じるが、強く痺れる感じはしない。

 高められた電圧のせいで梓の背中の肉が焦げたようだった。

 背中から焼き肉屋さんのような臭いがしてきた。

 ワイヤを切れ!そんな声が頭の中で響いた。

 梓はワイヤを掴むと、力任せに引っ張り、途中から引きちぎった。

 ワイヤで手の平が裂け、左手の小指が切れてしまった。

 皮一枚を残して左手から小指の先が垂れさがるのが見えた。

 粘度の高い吸血鬼の血液が流れ出し、すぐに傷を覆い始める。

 しかし感電した影響かその恢復速度は遅いように感じられた。

「シャアアアアアア」

 梓の口から傷の痛みに呼応して蛇のような威嚇の声が上がった。

 思わず牙を剥き出し、鼻面に皺を寄せて唸り声を上げてしまった。

 自分でも異様な感情が湧き上がるのが分かった。

 梓の銀髪が、まるで蛇が鎌首をもたげるように持ちあがった。

 あれは敵だ!滅ぼさなければ、自分が滅ぼされる!

 だが、梓自身は自分の事より麻美の事が気にかかっていた。

 ワイヤの切れたスタン銃を構えたまま、梓の威嚇に凍りついた男の人を無視して倒れた麻美に向き直った。

 最初の男の人は、麻美を肩に抱えあげたところだった。

 梓は一挙動で男の人の前にジャンプし、両手の指を鉤爪の様に曲げて飛びかかろうとした。

 男の人は右肩に抱いた麻美の身体を盾にして、麻美の脇の下からスタンガンを向けて火花を散らしてきた。麻美は戸惑った。このまま男の人に襲いかかれば麻美を傷つけてしまう。

「やめろ!そいつはスタンガンが効かねえス」

 後ろで梓を撃った男の人が叫ぶのが聞こえたが、とりあえず無視する。

 今は麻美を助けるのが先だ。だがどうすればいい?また麻美が電撃を受けたらと思うと迂闊に手を出せない。

 グワシャ!

 逡巡する梓の後頭部に物凄い衝撃がきた。

 梓は自分の頭蓋骨が砕かれ陥没する嫌な音を聞いた。

 頭蓋骨が陥没するのと同時に梓の全身から力が抜けた。

 視線を前に向けて置くことができず、視野がガタガタと震えるのが分かった。

 運動中枢をやられた!

 頭の中でそんな声が聞こえた。

 梓は立っている事が出来ない。

 視野が回転した。

 倒れた自転車の山に突っ伏してしまう。

 全身が痺れたようになって痙攣している。

 それでも梓は自転車に手を突いて起き上がろうとした。

「ちきしょう!これでも効かないスか?」

 トレーニング用の重い野球バッドを構えた男が怖気を奮って叫んだようだった。

「脚だ、脚の骨を折れ!」

 麻美を抱えた男が叫ぶ。

 頭を回せない梓の視野の隅でさっきの男の人がバットを振りかぶるのが見えた。

 梓の脚を狙って思い切り振りおろしてくる。

 身体の自由が効かない梓はそれを避けることが出来ない。

 バキ!ギュっと言う嫌な音がして、梓の左の太腿がくの字に曲がり骨が折れた。

 折れた衝撃で大腿骨がずれたのか、梓の太腿が急に短くなり一気に二倍くらいに太くなった。

 梓はなんとか倒れた自転車の山の上で振り返った。

 振りかえった梓の額に、またバットが振りおろされた。

 ド、グジャと言う嫌な音がして、梓の額が割れた。

 傷から真っ赤な血と薄い灰色の脳漿が噴き出し、梓の視界を奪った。

 殴られた衝撃で身体が一回転して、また腹這いになってしまう。

 それでも梓はのこされた手と脚で麻美の方に這って向かおうとした。

 しかし倒れた自転車に阻まれ、麻美に近づく事が出来ない。

 また背中に凄まじい打撃が来た。

 肩甲骨が砕かれ、今度は右手が動かせなくなった。

 梓は痛みと怒りで我を忘れ、思わず牙をむき出して叫んでしまった。

「ギュヴグオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 麻美の名を呼んだはずなのに、その声はまるで何匹もの野獣の咆哮のように辺りのビルを震わせた。

「くそ!ば、化けものめ」

 男の人がバットを取り落して走り去るのが聞こえた。つづいてワゴン車が走り去る気配があった。

 梓はかろうじて動かせる左手で身体を少しだけ起こす事に成功した。

 血と脳漿で霞む視界でワゴン車のバックナンバーを確認しようとしたが、それはガムテープで隠されていた。

 梓はポケット探って携帯端末を取りだした。

 しかし左手だけでは番号の打ち込みができそうにない。

 小指が取れかけているので端末機を持つだけでやっとなのだ。

 震える親指で登録してある番号を呼び出す。

 祐天寺光の医院の番号を選び、なんとか発信アイコンを押す。

 永遠とも思える長い間コール音が鳴り響いている気がした。

「はい、祐天寺診療クリニックです」

 ルイの落ちついた声が聞こえたような気がした。

 脳をあちこち破壊されてしまった梓は、もう日本語が思い出せなかった」

「in vita protege, in mortis discrimine defende.」

「はい?今なんとおっしゃいました?」

 梓の中の誰かがラテン語で聖母マリアのための昇階唱の一節を繰り返し呟いていた。

「in vita protege, in mortis discrimine defende.」

「もしもし?もしもし?」

 梓は「私を生へと導き死から解き放ちお守り下さい」と繰り返し祈っていたのだった。


 祐天寺光の運転する濃紺のボルボが、梓の倒れている路地に入ってきた。彼はルイの報告を聞き、梓に何かあったと気付き、様子を見にやって来たのだ。

 光は梓の携帯のGPS信号から梓の居場所を突き留めた。

 梓は将棋倒しになった自転車の列の上にうつ伏せになって動けずにいた。

「あ、あれ!梓ちゃんじゃない?」

「なんて酷い…」

「クルマを止めて、アタシが見てくる」

 ルイが梓に駆けよる。光も続いてやって来た。

 光の目からは、梓は死んでいるように見えた。

 呼吸も心臓も止まり、瞳孔は開き、身体は微動だにしなかった。

 酷いありさまだった。梓の額は半球型に陥没し、銀色の髪は吹き出した血と脳漿でグジャグジャになっていた。

 左足の大腿骨が折れてずれてしまい、筋肉の収縮のせいで蛙の脚のようになっている。

 左手の小指は先端が切り落され皮一枚で繋がっていた。

 手の平には刃物を掴んだような疵跡が無数にあった。

 ルイは血まみれの梓を優しく抱きあげ、ストレッチャーに乗せた。

 それから狼人間の怪力で、倒れた自転車を一気に道端に押しやると、梓をストレッチャーごと抱え上げ、クルマに乗せて、光にクルマを出すように言った。

 光は静かにボルボを発進させ、瀕死状態の梓を自分の診療所まで運んでいった。


 光の診療所の地下には、地上の建物と同じように縮地術で造られた手術室があった。ただし光は精神科医と心理療法士が本業なので、手術設備は簡単な外科手術ができる程度のものしかない。そもそも外科手術は、インターン時代に何度かアッペに立ち会った事がある程度だ。だから光は梓の惨状を見ても、どこから手を付けていいのか分からなかった。

 そもそも、梓は一般的なバイタルサインを全く見せていない。梓は光から見て、まだ死後硬直を起こしていない死体にしか見えなかったのだ。

 なにより、不死身に近い梓の肉体が、ここまで破壊されたこと自体信じがたいことだった。

 梓と同等か、それ以上の怪力を持つ存在に襲われたということになるのだろう。

 だが、いったい誰が、梓の身体をここまで破壊したのだろう?

 幸いな事にルイの方は、前身が外科専門の看護師で、大手の救急病院の緊急外来に勤めていた経験があった。残骸のようになった梓を茫然と見つめることしかできない光に、ルイが優しいとも言える口調で言った。

「いい、梓はアタシが診るわ。光は手伝ってくれる?」

「ああ、でも、こんな状態で助ける事ができるのかい?」

「まあ、やるだけの事をやって見るだけよ」

 ルイは、系統は異なるとは言え、同じホモ・モンストローズ、つまりリンネの分類のよる「怪物的ヒト」の一種狼人間だった。だから、自分の感覚で、梓はまだ助かると感じていた。

 だが、急がなければならない。

 ともあれ梓の治療はルイが主導権を握る事になった。

 依然として梓の意識は戻らず、生体反応も全くなかったが、ルイはあまり気にかけなかった。

 彼女は自分自身が大怪我を負って、死の縁から復活した経験から、大けがを負ったホモ・モンストローズが仮死状態になって、自己再生を行う事を知っていたからだ。

 ただし梓のような酷い外傷を受けた場合は、受傷部分の手当てをしてやらなければ、いくら怪物的ヒトでも後遺症が残ってしまう。

 つまり物理的外傷の手当ては急がなければならない。

 ルイは光に手伝わせて、骨折と怪我の手当てから始める事にした。

 医療用の鋏で、ぼろぼろになった梓の制服を切断して脱がし梓を全裸にした。

 裸にされた梓は、幼い少女のような顔立ちとはミスマッチな、成人女性の身体を持つ不思議な姿に見えた。だが今はその身体が、血まみれの状態で治療用のベッドの上に横たわっている。

「光、大きな骨折から手当するわ。まず右足の大腿骨折から整復しましょう」

「わかった、ルイ、君の指示通りにする」

「梓の腰を押さえて、動かないようにしていて」

 ルイは光が梓の腰を右腕で自分の腰に押し当てるように抱え込んだのを確認すると、梓の股間に自分の右足の裏をそっと当て、折れた梓の脚を持ってグイグイとこじり始めた。

 光が驚いた事に梓の大腿骨は、折れたままで癒着が始まっていた。このまま大腿骨が固まってしまったら、梓は酷い後遺症を負う事になっただろう。

 グォリと嫌な音がして大腿骨同士の癒着面がはがれた。

 梓の白い太腿に内出血を示す青あざが、花が開くように広がる。

 光は思わず眼を背けたが、ルイは冷徹とも言える表情で梓の太腿を力強く引っ張り、正しい位置に戻してしまった。

「要らないと思うけど、一応添え木をしておいて」

「うん」

 光に後の処理を任せると、ルイは左手の小指の処置に移った。

 梓の小指は、皮一枚を残して血まみれでぶら下がっていた。ルイはストレッチャーの横に跪くと、ぶら下がった梓の小指の先と左手の切断面を一緒に口に含んだ。

 コリコリと口のなかで小指の先を転がしながら、唾液で血餅を溶かし舌で傷口の汚れを取り除いて行く。

 ルイは唾液まみれになった梓の小指の先端を口から取り出すと、手の側の傷口とピッタリ合わせてから、太く長い犬歯で梓の小指の付け根を軽く咬んだ。傷口からねっとりとした血液が流れ出すと、それを小指の切断面に塗り付けた。梓の血液は、たちまちピンク色の肉片に変わり、梓の小指の傷口を覆って行く。

 ルイは次に、梓の頭蓋骨の陥没の修復に取り掛かった。

 梓の頭を横にして、後頭部の傷を長く大きな舌で、ペロペロと舐め始めた。

 ルイは根気よく乾き始めた血糊や髪の毛や汚れを舐め取って、傷口の骨折痕を柔らかくして行った。途中で舌に刺さった木片に気づき、指で取り出し光に見せた。

「これたぶんトネリコだわ。梓を襲った犯人は、梓が吸血鬼だと知っていたのかしら?」

「どうだろう?トネリコは野球のバットにも使われるし。その傷だとバットで殴られたんじゃないか?たまたま使われたバットが木製でトネリコだっただけかも」

「ふうん」

 ルイは梓の治療に戻った。

「重傷に見えるけど、どうやって直すの?その凄い怪我」

「え?ああ、そんなに難しい事する訳じゃないわ。けど、気持ち悪いかも知れないから光は見ない方が良いわよ」

「そう言われると、よけい気になるじゃないか」

「まあ、見ていても良いけど、光って結構神経細いから。ここで吐いたりしないでね。掃除が大変だから」

 ルイはそれだけで光の顔が青ざめるのを見て優しく微笑んだ。

「うう…」

 光は梓の太腿に添え木を当てて包帯と巻きおえたところだったが、そう言われて思わず後じさった。

 ルイはその様子を横目で見ながら、また傷口を舐める作業を再開した。

 傷口を綺麗に舐めて血や汚れを取り去ると、陥没している頭蓋骨の傷の縁を唇で探っていった。ハムハムと良く動く唇で傷口の段差を調べ、一番エッジが立っている場所を探り当てる。それからルイは、梓の後頭部に無造作に咬み付いた。長い犬歯で小さな穴を穿ち、さらに前歯で頭蓋骨を頭の皮膚ごとバリバリと齧り取る。たちまち梓の後頭部には直径二センチくらいの穴が開いてしまった。

 ルイは自分で開けた梓の頭蓋骨の穴を見降ろしながら、中指を口に含んでペロペロなめていたが、いきなりその穴に指を突っ込んだ。

 それまで無反応だった梓の身体に一瞬小さな痙攣が走った。ルイは梓の痙攣が収まるまで待ってから、指で穴の内側を探り、器用に陥没した頭蓋骨を押し上げ、丸い後頭部の形に修復した。それから梓の左手を取って、まだ少しずつ流れ続けていたねっとりした血液を後頭部の穴から垂らしこんだ。

 梓の血液は、後頭部の穴を自分で見つけたかのように、流れを変え、穴の中に這いこんでいく。見ている内に血の色が皮膚と同じ色に変わり、頭蓋骨の穴はふさがって行った。

 ルイの視野の隅で、光が口を押さえて屈みこむのが見えた。

 まあ、これを見ても平然としていられるようなら、光はとんでもない冷血漢と言う事になるだろう。

 ルイはそれから梓の額の傷にも同じような処置を施した。一応女の子の顔だと気遣っているようで、前額部の穴は髪の生え際に開けて同じ作業を繰り返した。もっとも梓の血液が額の傷にかかると、傷は瞬くまに修復され、跡かたも無くなってしまった。

「運が良かったわね。梓の頭の傷はそれぞれ一回ずつバットで殴られただけだったみたい。硬膜は破れてないから、後は梓自身の治癒力次第ね」

「でも、女の子がバットで頭を殴られたり、脚を折られたり、指を切断されそうになる事自体、あんまり運が良いとは言えないんじゃないか?そもそも、ほぼ不死身の身体に変身しつつあった梓ちゃんに、こんな大怪我を負わせたのは誰だろう?」

「まあ確かに疑問は残るわね、でも梓みたいな奴を殺すつもりなら、脳髄を再生できないくらい粉々に叩き潰すか、心臓に木の杭を打ち込むくらいしなくちゃ駄目って事よ」

 その後も光はルイの脅威に満ちた治療を、固唾をのんで見守っていたが、治療が梓の肩甲骨におよぶ頃には口を押さえて治療室から出て行ってしまった。

 ルイは自分の牙で梓の背中の皮膚と筋肉を切り取り、剥がして裏返してから、肩甲骨を剥き出しにして、粉々になった骨の破片をパズルのように丁寧に繋ぎ直して見せたのだ。

「全く、男の癖に意気地が無いんだから」

 ルイはそう言いながら、すべての傷の修復を済ませると、あとは長い舌で梓の全身を綺麗に舐めて清め、清潔な包帯で覆ってやった。

 光はそういうルイの姿を見ていなかったが、その姿はまるで主人に使える犬のようでもあった。狼人間もそうだが、ホモ・モンストローズに属する怪物的ヒトの一族にとって、吸血鬼は主人に当たる存在でもあるのだ。普段のルイの梓に対する言動は、ある意味ツンデレみたいな強がりだったのかも知れない。


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