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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第59話 怖くなかった

 夕食の席で、アシュリーはほとんど全部食べた。


 ここに来てから、少しずつそうなっていた。最初の頃は半分ほどで手を止めることが多かった。食べることに意識が向かなかった。王都にいた頃も、仕事が立て込んでいる時期は食事の量が減った。体が疲れているのではなく、頭が休まっていないせいで腹が減らなかった。でも今日は全部食べた。腹が減っていた。仕事をしていたから腹が減った。それだけのことが、少し新鮮だった。


 夕食が終わって、ロドリクが「少し外を歩きませんか」と言った。


「はい」


 アシュリーは答えた。


 城館の裏手から出た。夜の庭だった。昼間とは違う顔をしていた。月が出ていた。木々の輪郭が白く縁取られていた。石畳が冷たく光っていた。息を吐くと白くなった。北方の夜は暗く、静かだった。王都のように遠くから馬車の音が聞こえてくることもなかった。灯台の明かりも届かない。ただ月と星と、風の音だけがあった。


 シエルが少し離れた場所を歩いていた。気を利かせているのだろうと思った。そういう人だった。近すぎず、遠すぎない距離を保つのが上手だった。四年間、ずっとそうだった。


 石畳を歩いた。どちらも何も言わなかった。沈黙が苦ではなかった。この人と黙って歩いていても、何かを埋めなければという焦りがない。この感覚に気づいたのは、ここに来てしばらく経った頃だった。王都ではこういう沈黙が苦手だった。黙っていると何かを考えてしまうから、仕事のことや手続きのことを頭の中で処理して時間を埋めていた。今夜はそれをしていなかった。石畳を歩いて、夜の冷たさを感じて、月を見た。それだけだった。


「……今日、不思議なことに気づきました」


 アシュリーが言った。


 ロドリクが顔を向けた。


「何ですか」


「疲れています。でも怖くない」


 ロドリクは何も言わなかった。待っていた。その待ち方を、アシュリーはもう知っていた。急かさない。次の言葉を引き出そうとしない。ただ、聞く用意がある、という沈黙だった。


「以前は」


 アシュリーは続けた。


「仕事が終わるたびに、怖かった。また何かミスがなかったか、先方に失礼があったのではないか、次の担当者に引き継げていない事項がなかったか。仕事が終わって部屋に戻るたびに、そういうことを一つずつ確認していました。眠れない夜も何度かありました。翌朝書類を読み直して、問題がなかったと確かめてから、やっと少し落ち着く、ということが何度もあった」


 木の葉が風に揺れる音がした。


「でも今日は、疲れてはいます。確かに疲れています。足が重い。でも……ただそれだけで、怖いという感覚がない」


 言葉にしながら、それが本当のことだと改めて気づいていた。今日の交渉が終わった後、ヴェルナーに「解決しました」と言われた時も、ロドリクと中庭に立っていた時も、怖いとは思わなかった。うまくいった、と静かに思っただけだった。あとでもう一度考え直す必要がない、という感覚があった。


 以前は違った。儀礼が終わるたびに、もっとうまくできたはずだという声が頭の中に残った。帰りの廊下で手順を振り返った。あの言い方でよかったか、席次の組み方に見落としがなかったか。翌朝もその続きを考えていた。そういう夜が、四年間に数えきれないほどあった。


 九月の外交饗宴の後、どうしても寝付けない夜があった。隣国の使節との会話の中で、一カ所だけ敬称の省略をしてしまったかもしれないと気になった。確かめることができないまま夜が明けた。朝になってから記録を見直して、問題がなかったとわかった。でもその翌日も、同じ場面を何度も思い出した。大丈夫だとわかってからも、怖さが消えるまでに時間がかかった。今夜はそれがない。


「それは良かった」


 ロドリクが言った。


 それだけだった。解説しなかった。慰めなかった。ただ、よかった、と言った。その短さが、アシュリーには正確だと思った。よかった。それ以上でも以下でもなかった。「頑張りましたね」でも「大変でしたね」でもなかった。今日起きたことを事実として受け取って、それがよかったと言った。その言い方が、アシュリーには合っていた。


 石畳が続いていた。二人は並んで歩いた。足音が石に吸われていった。月が少し動いた。遠くの木が風に揺れて、葉ずれの音がした。


「これが普通のことなのですか」


 アシュリーは聞いた。


 自分でも、その問いが少し奇妙だと思った。普通がどういうことかを問うのは、普通を知らないということだった。仕事が終わって疲れて、それだけで怖くない、という状態が普通なのかどうかを確かめたかった。これまでの自分が普通ではなかったのかどうかを、誰かに確かめてほしかった。確かめることができる相手が、今は隣にいた。星が出ていた。北方の夜空は澄んでいて、王都より多くの星が見えた。アシュリーはそれを、今夜初めて気づいた。


 月が木々の向こうに少し動いていた。夜風が少し冷たくなった。シエルの足音が遠くに続いていた。


 アシュリーは問いを出したまま、ロドリクの答えを待った。答えを急かしていなかった。ただ聞いた。この人は正直に答える。知らないことは知らないと言う。わかることはわかると言う。適当なことを言って安心させようとしない。それを知っていたから、聞くことができた。


 ロドリクが答えた。アシュリーがその言葉を聞いて、何かが静かに決まった。

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