第45話:天界からの「査察」と、神域を侵す「全自動・神気浄化機」
雲上の離宮で穏やかな時を過ごしていたゼノスとミーシャ。だが、その静寂を切り裂くように、遥か高天から目も眩むような純白の光柱が降り注いだ。
光の中から現れたのは、背中に六枚の翼を持つ男。地上の魔王たちを遥かに凌駕する神威を纏った、天上の管理神が遣わした使者――『天位監察官』アルカディアであった。
「……下界の人間ゼノス、および呪い姫。貴殿らの所業は、すでに天上の神々の耳に届いている。魔王を屈服させ、地上の理を書き換え、あまつさえ神域に近い空の上にまで居を構えるとは……。これは明らかな『秩序の逸脱』である」
アルカディアの声が響くたび、空気が振動し、離宮のガラスが微かに震える。彼は天上の神々が定めた「過酷な運命こそが人の成長を促す」という教理を執行するために、地上の「行き過ぎた幸福」を是正しに来たのだ。
「特にその、何だ……この『お茶』という儀式。苦難に耐えるべき衆生が、このような至福を享受するなど断じて許されん。今すぐその拠点を解体し、元の『あるべき不便な世界』へ戻るのだ」
アルカディアが手に持つ『裁きの聖杖』が光り、離宮を消去せんとする波動が放たれた。
「……あの、アルカディアさん。せっかく高いところまで来たんだ。そんなに殺気立たずに、まずは一杯飲んで落ち着いてよ。……それと、その杖。魔力が漏れすぎてて、空気がピリピリして体に良くないよ」
俺は、アルカディアが放った絶大な神威を、片手でひょいと受け流した。正確には、俺の背後に置いてあった「新作」が、その神威を勝手に吸い込み始めたのだ。
「なっ……!? 私の神聖なる裁きが、なぜ消える……? それに、その妙な箱は一体何だ!」
俺が指差したのは、離宮の隅に設置した、教皇庁の『壊れた祭壇』と東の魔王の『風の核』を組み合わせた装置だ。
「トントン、と」
【スキル:神気抽出・環境調和発動】
【神話級アイテム:『全自動・神気浄化空気清浄機「天の息吹」』】
「これはね、強すぎる神力や魔力を吸い取って、呼吸に最適な『神聖な空気』に変える装置なんだ。見て、君の杖から出た殺気が、ほら、綺麗な花の香りに変わったよ」
清浄機から吹き出したのは、天界の最深部にしか咲かないと言われる『永劫花』の芳香だった。アルカディアは、そのあまりの心地よさに、構えていた杖を思わず下ろしてしまった。
「……っ!? この香りは、主神様の寝所にしか漂わぬはずの……。それを、このような下界の機械が再現したというのか……?」
「お近づきの印に、この携帯用の『神気リフレッシャー』もあげよう。翼の根元の凝りが取れるよ」
俺が小さな呪具をアルカディアの翼に近づけると、パチンという音と共に、蓄積されていた「天界の激務」によるストレスと濁った魔力が、一瞬で浄化されていった。
「……ああ……。……あああああ……っ!! 何だこれは、我が魂が……洗われていく……。天界の冷たい法規よりも、この風の方が遥かに『神聖』ではないか……」
六枚の翼をふにゃりと力なく垂らし、天の使者はその場に座り込んでしまった。
地上を管理しに来たはずの神の使いが、ゼノスの「利便性」という名の慈愛に、一瞬で骨抜きにされた瞬間である。
「ゼノス様、天の方々も案外、お疲れのようですね。……いっそ、あの主神様とやらにも、この『肩揉み機』を献上して、地上への干渉を忘れさせてしまいましょうか?」
ミーシャがクスクスと笑いながら、アルカディアの隣でティーカップに新しいお茶を注ぐ。
「……ゼノス殿。……失礼、ゼノス様。……天界へ戻り、主神様に報告せねばなりません。『地上はもはや、天界よりも快適な場所になりました』と。……そして、私もここに、しばらく滞在してよろしいでしょうか……?」
こうして、地上の魔王のみならず、天上の使者までもが「ゼノス流スローライフ」の虜となった。
だが、この事態は、天界に住まうさらなる高位の神々――星そのものの運命を司る『星辰神』たちの関心を引くことになっていく。
俺たちの生活は、ついに世界の理を司る「天」をも、リフォームの対象として見据え始めていた。




