第9話 噂が一人歩きしているらしい
翌日、俺は少しだけ警戒しながら王都の通りを歩いていた。
(今日は……静かにいこう)
昨日の“警戒態勢付き清掃”は、さすがにやりすぎだった。
次はもっと地味に、目立たず、普通に雑用を――
「……聞いたか?」
「例の雑用係の話だろ」
「やっぱり、本物らしい」
通りの脇、露店の陰から聞こえてきた会話に、足が止まる。
(……例の?)
嫌な予感しかしない。
「旧西倉庫、完全無事故だったって」
「騎士団立会いで、だろ?」
「普通、何か起きるはずなんだよ」
「それを“起こさせなかった”らしい」
……起こさせなかった?
俺は、そっとその場を離れようとした。
だが、次の言葉が耳に引っかかる。
「しかも、本人は“掃除しただけ”って言ってるらしい」
「出たよ」
「本物のやつだ」
やめてほしい。
*
ギルドに着くと、さらに空気が変だった。
掲示板の前に、人だかり。
依頼の紙よりも、噂話の方が多い。
「……ミレアさん」
受付に近づくと、彼女は俺を見るなり、肩を落とした。
「……もう、聞きました?」
「何をですか」
「噂です」
「やっぱり……」
俺は覚悟を決めた。
「どんな?」
「いろいろあります」
いろいろ、で済ませないでほしい。
「“動くと何かが起きる人”」
「“逆に、動くと何も起きなくなる人”」
「“戦わないのに戦場を制圧する人”」
……どれも、身に覚えがない。
「最後のは?」
「“名前を出すだけで、魔族が警戒する存在”」
それは、さすがに飛びすぎだと思う。
「ミレアさん」
「はい」
「俺、魔族と話したこともないです」
「……そうでしょうね」
納得されてない。
*
その時、ギルドの扉が開いた。
数人の冒険者が入ってくる。
その中に、見覚えのある顔があった。
「……カインさん?」
Dランク冒険者のカインさんだ。
いつもより、少し険しい顔をしている。
「アルト」
「はい?」
「変な噂、聞いたか」
「はい……」
彼は周囲を一瞥し、声を落とした。
「笑えないやつも、混じってきてる」
「……どんな?」
「“あいつは、意図的に何かを隠してる”」
「……」
「“国を操るつもりじゃないか”」
胸の奥が、少しだけ冷えた。
「俺、そんなこと……」
「分かってる」
カインさんは、即答した。
「だがな。噂ってのは、事実より速い」
それは、確かにそうだ。
*
その頃――
王都から少し離れた場所。
暗い森の中で、別の会話が交わされていた。
「……アルト・レイン」
魔族の斥候が、低く名前を呟く。
「人族の街道で、黒牙狼を単独撃破」
「倉庫清掃で、騎士団が警戒態勢」
「動いたのに、何も起きない」
情報が、淡々と並べられる。
「……罠か?」
「可能性が高い」
「“誘っている”のでは?」
斥候の一人が、爪を鳴らした。
「この男が関与する場所は、
“結果だけ見れば、完全に制圧されている”」
誰かが、息を飲む。
「……英雄級?」
「いや」
首を振る。
「英雄は、派手だ」
「こいつは、違う」
沈黙の後、結論が出た。
「――戦場設計者」
「近づくな」
「関わるな」
彼らは、そう判断した。
*
その頃の俺。
ギルドの片隅で、依頼票を眺めていた。
(今日は……どれにしよう)
目に留まったのは、またしても雑用。
『資料室の整理・分類
※静音作業』
完璧だ。
「これにします」
「……はい」
ミレアさんは、どこか複雑そうな顔で頷いた。
「アルトさん」
「はい?」
「……何も起きないと、いいですね」
「起きない方がいいです」
心からそう思った。
*
資料室は、静かだった。
埃っぽく、古い紙の匂いがする。
俺は、そっと作業を始める。
紙を揃え、棚を整え、落ちそうな本を支える。
(うん……落ち着く)
雑用は、いい。
考えることが少ない。
……はずだった。
ふと、窓の外に気配を感じた。
視線を向けると、屋根の上に影。
黒いローブ。
すぐに消える。
(……今の、何だ?)
気のせいだろうか。
俺は首を振り、作業を続けた。
“何も起きない”。
その裏で、
世界が勝手に、警戒レベルを上げていることも知らずに。
*
夜、宿へ戻る。
街のあちこちで、自分の名前が聞こえる気がした。
「……噂って、怖いな」
それが、今日一番の実感だった。
だが。
この“噂”が、次の騒動を呼び込むことを――
俺は、まだ知らない。
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